第14話 少女と少年

 ヤマガミ少年に案内された横穴の居住区には、三十人ほどが住んでいた。

 意外にもしっかりした区画に分かれ、エントランス上の広場から枝分かれした奥では、労働者の宿舎のように数段ベッドの上で何人かが寝ている。寝息がここまで聞こえてくるほどだった。天井から吊り下げられたランタンがちかちかと光っている。


「おおい! 皆、お客さんだよ!」

 少年が呼んだ時、ぱっと誰もが起き上がり、少年の方を向いた。

 お客、という言葉に反応したようだった。

「おう! ヤマガミ! 女の子なんか連れてきてどうしたんだ!」

 大柄な男性が大声で言う。ヤマガミはやや恥ずかしそうに返す。

「どうもしないよ」

 男たちの一人がベッドの上で身構える。腰でかちゃりと音がした。ナイフだろうか。

「そいつら、テリオンじゃないだろうな? 翅が生えてるぞ」

「テリオンだったら俺はとっくに殺されてる。とにかく、彼女らは敵じゃない。だって真正面から入ってきたのに、殺気が全くしないもの。この娘たちを見て、誰か敵だと思うかい? こんなに綺麗な、無害な蝶々なのに?」

 綺麗、と言われ、紫苑はかっと顔が赤くなる。

 ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。

 それを気に、緊張感が解かれ、どっと笑い声が巻き起こった。

 ここにいる人間は男が多いらしい。むわっと、それらしい臭気が漂っていた。紫苑は思わず鼻をつまみそうになる。


「わざわざこんな目立つ格好で玄関から来る敵さんなんていないよなぁ!」

「今日は休みだったけどよ、客が来たなら話は別だ。宴でも開こうか!」

「ヤマガミ、可愛い娘を引っ掛けやがって! 羨ましいぞ!」

「よせよ! そういうんじゃないって!」

 談笑し合う男とヤマガミたちを、ぽかんと紫苑は見つめていた。倖亜はどこか、居心地の悪そうな顔をしていた。


「いやぁ、客なんて何年ぶりだろうなぁ。そもそも誰も、こんなところに来ねぇからなぁ」

「来たからには歓迎するぜ! ここは娯楽に飢えてるんだからさ!」

「取って食おうとか思ってるんじゃないぜ、本当に嬉しいんだ!」

「そんなこと言うと、お嬢ちゃんたち逃げちゃうぜ!」


 男たちの応酬に紫苑はたじたじで、倖亜は興味もないといった風だった。男たちは対照的にテンションを上げ、酒まで飲み始める。

 こんな場所での酒は高価なはずだ。それでも男たちが飲んでいるのは、『祭り』のために違いなかった。紫苑と倖亜を神輿として担ぐ、祭り。やんややんやと男たちは紫苑と倖亜を取り囲んでいた。

 誰かがラジカセで音楽をかける。ラテン系の陽気な音色だった。

 広場でダンス大会が始まる。紫苑と倖亜は、呆然と男たちの踊りを眺めていた。

 よく見ると女性も交じっていたが、男たちと同じ作業着に短い髪のため、すぐには判断がつかなかった。


   ・


 男たちの仕事は、ゴミの山から貴重品を探すことだった。

 ここには大都市時代に不法投棄されたものが積み上げられている。それらを選別し、貴金属類を掘り出して、外部から来る業者に渡す。業者はテリオンの目を逃れるため、ジャミング電波発生器を持つ等最大限身を隠すやり方で集落に来ていた。

 紫苑はそれに、昔の自分を重ね合わせた。彼らの働きを彼女は間近で見ていた。手伝おうとしたが、「お客さんにそれは任せられない」と言われて、紫苑は彼らの働きぶりを眺めるしかできなかったのだ。


 仕事休憩のヤマガミが紫苑に近づいてくる。汗をかき、溌溂とした顔に見えた。

「よう。どうだい? あんたらの進捗は」

 紫苑はヤマガミを見上げる。彼は紫苑よりやや背が高い。

 倖亜が周囲の状況を調べに行っている。倖亜の作業が終わるまで、紫苑は待機を余儀なくされた。

 倖亜はいつも、紫苑には多くを語らない。勝手にどこかに行ってしまう。それが紫苑は不満だった。


 二人、作業場の片隅で息をつく。紫苑は、ヤマガミに本音をこぼした。

「あたし、自分が何をしたいのか、わからないんだ……。あたしも、小さな島でゴミ漁りをやってたんだ。それが広い世界に出て、自由になって……でも、それで自分がどうしたいか、わからない」

「つまり、自由であるがゆえに自分の指標を見失ってるんだな?」

 ヤマガミに言われて、紫苑は頷いた。ヤマガミは柔らかな笑みで返した。


「こんな時代だけどさ、こんな時代だからこそ、自分が何をしたいか、自分で探さないといけないんじゃないかな。自分の存在理由を探すってことが、人間みんなに課せられた使命だと思ってる。俺も君も、それは例外じゃない」

 紫苑はヤマガミを見た。ヤマガミは紫苑を見やって、また笑った。

「俺は結局戦火から逃げてきたけど、こうしてゴミ漁りをしながら、怪物と戦うためにガビジィを強くするって目標ができた。怪物は嫌いだけど、その点はよかったと思ってる」

 あのロボットでテリオンと戦うのは……と言いかけて、紫苑は言い淀んだ。

「ま、自分の立ち位置を見直すのも人生で必要さ。俺たちがそれの手助けをできればいいと思ってる。困ったことがあれば何でも言ってくれよ」

 ヤマガミは休憩を終え、再び作業場に向かう。紫苑はその背中を見つめることしかできなかった。


 自分の立ち位置……。

 あたしは一体、この人生で何をどうしたいのか?

 そのためには、どうすればいいんだろう……。

 それについて紫苑が考え始めた時、背後の気配に気づいた。それは倖亜だった。


「人間と馴れ合うのはやめなさい」

 倖亜は冷徹に言った。倖亜を振り返り、紫苑は苦笑する。


「何それ。まるであたしが人間じゃないみたいな言い方……」

「そのとおりよ。あなたはもう人間ではないの」

 えっ、と紫苑は思う。

 倖亜の顔はいたって真面目だった。嘘をついているようには見えない。


「この翅、病気だって……治ったら、元の体になるんだって。人間の身体になるんだって、そうじゃないの……」

「あなたを傷つけたくなかった。だからこの前、嘘をついたの。ごめんなさい。でも、このままあの人たちといたら、みんな不幸になる! その前に真実を知ってほしいの!」

「嘘だっ!」

 紫苑は叫んだ。


 それから、か細い声で言う。

「あたしたち、人間だよ……」

 紫苑は自分に言い聞かせるように言った。自分の翅を振り見て、撫でる。揚羽蝶の翅は、紫苑の肉体と同一化して、触られる感触も紫苑に伝わってきた。

 紫苑は少し考える。

 そして、決断するように啖呵を切った。

「人間だよっ!」

 そう言って、紫苑は倖亜のもとから去った。

 倖亜は紫苑の背中をじっと見つめていた。


   ・


 紫苑と倖亜が発った町に、ごうんごうんと輸送ヘリが舞い降りる。

 ヘリの外観は、明らかに人間のものとは違う技術体系で造られていた。流線型かつ、攻撃的なとげとげしい見た目をしている。両側にはホバー装置のようなものが装着されていた。ずんぐりした内部には、大型兵器が入るほどのスペースが設けられているようだった。


 ヘリは土埃を巻き上げて着地した。

 中から二人の人間が出てくる。正確には、人間の姿をしている者だった。二人の男のうち一人は、モニターのあるレーダーを持っている。

「こんなところに人間がいたって、大して何もできやしない。どうせ戦火から逃れた非戦闘員だ。無視しておくことはできないのか、アザド」

「しかし蝶の翅を持つものが二人も発見されたなら話は別だ。衛星の映像にも写っている。この近辺の地形を調べてみた。北にある渓谷なら、誰か潜んでいてもおかしくはない。おそらくそこに奴らはいるだろう」


 アザドと呼ばれた、赤髪の男はレーダーの画面を見せる。男は、苦い顔をして答えた。

「倖亜様……いや、今は裏切者と言うべきかな? 我々から逃亡して、何をしたいのかわからんが。揚羽蝶と一緒にいるなら、揚羽蝶を我々が殺しても伝承通り、地球は我らのものだ」

「そう。それができれば万々歳だが、そうとも限らない。しかしながら、抵抗力のない人間を襲撃したって何も悪いことばかりじゃない。周りに気を遣うこともなく、試作品のテストもできるからな」

「あの暴れ馬か。お前も悪趣味なものを作るよな」

 男がふんと鼻を鳴らしたとき、『ウオオオオオオオッ!』という唸り声、がんがんと檻を叩く音がヘリの中から聞こえた。その声はガラスを強くひっかくような、腹の底から恐怖を掻き立てるようなものだった。その迫力は、猛獣がいるようにしか思えなかった。


「改造生物アゾート。テリオンの様々な特徴を備えた生物兵器……。あれを実践投入すれば、味方への被害もあるだろうに」

「だからこそテストとして人間を襲撃させる。結果は目に見えているが、それでもアゾートの行動パターン等、得られるものは多い」

「虐殺の正当化としてはいささか説得力不足だと思うがね」

「相手は我々と同じであって、そうじゃない。種族としての人間同士の戦い……それこそ我々の発生以前、ホモサピエンスとネアンデルタール人が繰り広げていたようなものだ。ホモサピエンスより進んだ我々が次の人類になるために、これは必要なんだ」

「お前の発想力、俺はそれが一番怖いよ」

 男はふっと笑った。アザドは、爛々とした目で町の北に目を走らせた。

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