第15話 少女と少年の熱意

「おはよう、アラタマさん! オオゾネさん!」

 集落に来て三日目。紫苑はここの人物の名前を全員覚えていた。

 寝床から起き上がる人々が彼女に話しかける。

「おはよう、嬢ちゃん!」

「今日も可愛いな!」

 彼らとの交流を続けるうちに、紫苑は人々と馴染んでいた。

 紫苑の人懐っこい性格も幸いしたのかもしれない、が、ここの人々が紫苑を受け入れているのは事実だった。


「紫苑ちゃん、おはよう」

「テンマチョウさん!」

 ベッドの一番下から這い出てくる人がいる。テンマチョウは妙齢の女性だ。力仕事をしているためか、ガタイがいい。短めの髪は、働く女性としての気概がにじみ出ていた。

「あんた、一段と綺麗になったね。あーしの若い頃にそっくりだよ」

「そんな、褒めないでください。くすぐったくて……」

「いいや、あんたは絶対、いい女になる。あーしが保証するよ」

 テンマチョウはうんうんと腕を組んだ。むず痒くて、紫苑は頭を掻いた。

「で、さ。ちょっと話があるんだけど、いいかい?」

 テンマチョウから耳打ちされる。紫苑は黙ってそれを聞いた。


「うちのヤマガミ、あんたのことが好きみたいだよ。ちょっと付き合っちゃくれんか」

 紫苑はぼっと顔が熱くなった。

「あいつ、あんな誰が必要としてるのかわからないロボット作ってるけどさ、器量はいいんだよ」

「あたし、別に……」

 ヤマガミのことは嫌いではない。しかし、そういった男女の付き合いについては、紫苑も未知数だった。

 『好き』という言葉は祝福と同時に、呪いでもある。

 相手に寄り添うことを強制する、呪いの言葉。

 紫苑にそれはまだ、荷が重すぎた。

「あたし、そういうのには疎くて……」

「なぁに、あいつ、あんたがいると機嫌が良くてさ。褒めてやるだけでもいい。あいつに生きる気力をあげてほしいんだ。このくたびれた集落じゃ、あいつの若さを何とかしてやることができないんだ」

 紫苑は少し考えた。

 ヤマガミ少年が自分を好きならば、悪いようにはしないだろう。ここはひとつ、話でも聞いてやろうと思った。ここの人々には世話になっている。食事も幾分分けてもらった。それなら恩は返さねばならないだろう。

「頼むよ、この集落の若者は、あいつだけなんだ。若い女の子は、あんたらだけなんだ。話し相手にくらい、なっておくれよ……」

 テンマチョウの言葉を無碍にはできなかった。自分に何かできるなら、それをやらなければならない。


「俺からも頼む」

 横からすっと口を出す者がいた。

 ヒビノ。ヤマガミの父親代わりの人物だ。

「俺は、あいつが子供の時から見ている……そんなに長い付き合いじゃないが、あいつが自分の子供のように思えて仕方ないんだ。俺からも、頼むよ」

 そう言われて、断る理由はなかった。

 紫苑は誰の願いも断れない性格だった。

「あたし、やります……こんなあたしに、できることがあるなら、何だってやります」

 そう言うとテンマチョウとヒビノは笑った。

 二人に婚姻関係はないとのことだったが、熟年夫婦の雰囲気を醸し出していた。


   ・


 ヤマガミはガビジィの改造に取り掛かっていた。ガビジィを跪かせ、各部のメンテナンスをしている。

 機械人形のガビジィは、自身の装甲を溶接されていても黙って耐えているようだった。機械の顔は、何の表情も浮かべていない。

「ヤマガミ……さん」

 紫苑がヤマガミの背中に問いかける。

 紫苑に気づくと、ヤマガミは油まみれの顔で彼女に笑みを見せた。

 紫苑もそれに応えて、手を振りながら笑顔を返した。

「やぁ、紫苑さん。来てくれたんだね」


 それからヤマガミと二人で会話した。

 思えば紫苑は、同じ年代の男性と会話するのは初めてだった。

「ねぇ、ヤマガミさん。あのガビジィで、本当にテリオンを倒すつもり?」

「あぁ。今はゴミを集めた弱い身体だけど、命令系統の基礎は出来てる。もっといろんな資材を集めれば、さらに強くなるはずだ。そうすれば怪物だって一ひねりさ」

 あの、悪意にまみれた怪物を、ゴミを集めたロボットで? 紫苑にはにわかに信じ難かったが、ヤマガミは自分の作品に絶対の自信を持っているようだった。


「なぁ、俺と一緒にここを出ないか。きっと広い世界で、俺とガビジィ、君ができることがある。俺はそれを確かめたいんだ。外の世界で新たな武装を身に付ければ、ガビジィだって、もっと強くなるはずだ。そうすれば君を守れる。俺とガビジィが強くなるのを、君に見届けてもらいたいんだ」

 これは口説かれているのだろうか。紫苑は判断に困った。

 正直言って、ゴミの集合にしか見えないガビジィが、いるであろうテリオンの親玉を叩けるとは思わなかった。


 こんな時、倖亜がいたら、と思ってしまう。


 だが、倖亜はこの場にいない。


 倖亜は「調べることがある」と一人、集落の中心部に行った。

 そこには祠のようなものがある。誰かが祀ったわけではない、元々そこにあったらしい。


 倖亜は自分を人間ではないと言った。紫苑はその意味を掴みかねていた。

 この翅は病気ではないのか? 自分は人間ではないのか?

 倖亜の言っていた意味を掴みかねていた。それは紫苑にとって、自己存在の根幹を担うものでもあったからだ。

 倖亜はいつも、肝心なことを話してくれない。もしかしたら自分を信用していないのではないか。


 倖亜について様々な思いが絡んでいたが、今この場に彼女がいないことは事実だった。そして、同行を迫られている紫苑を助けてはくれない。

「なぁ、行くと言ってくれよ。俺とガビジィを祝福してくれ。俺が、このロボットで人間を助ける勇者になるかもしれないんだからさ……」

 それは無理だ、と、とてもじゃないが紫苑は口にはできなかった。

 何を返せばいいのか紫苑は悩んだ、それと同時に地響きが起こった。


   ・


 祠の中で、倖亜は周囲の状況を調べていた。

 祭壇に手を触れ、その情報を読み取る。

 何百年も続く歴史が、倖亜の掌から彼女の脳内へ情報を伝えていた。

「カナンに続く道……人はそれに引き寄せられる。運命の地がもたらす繁栄、それに惹かれてるんだわ。だとしたら、『あれ』は眠りにつく前にここを通った……?」

 倖亜は一人思索にふける。

 あの超兵器は、前の輪廻で目覚めた後、この地を縦断したらしい。それが約束の地『カナン』にいるという。カナンとは、テリオンの言葉で人間の発祥の地だ。あの兵器がここを通り、足跡を残したのならば、人はそれに無意識に集まってくる。

 倖亜は、超兵器が辿ったルートを検索していた。彼女の全細胞が、倖亜の知識をもとに、超兵器の埋まった地を計算する。

 その結果、一つの答えが見つかった。

 その時、倖亜は目を見開いた。


「そう……そういうことだったのね。トランぺッター」

 倖亜が感づいた時と、敵の襲来は同時だった。


『ウオオオオオオオオオオ!』

 その雄たけびとともに、何かが渓谷の斜面を下ってくる。獣の唸り声とともに。大きく周囲が振動する。

 倖亜は揺れ動く祠の中で体勢を保った。

「何っ?」

 倖亜は何が何だかわからなかった。

 祠の壁は薄い。天井から剥がれ落ちた石灰が降ってくる。祠が崩れる前に、倖亜は翅で滑空して逃れた。

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