礁の章

第13話 少女と夢の機械

 倖亜はカナンに至るため、人の足跡を探した。

 どこも廃墟の町が広がっているが、そこにいた市民がどれも全滅したわけではない。必ず生き残った者がおり、その手がかりがある。

 倖亜はあまり破壊の度合いが高くない建物に目を付け、入った。紫苑もそれに続いた。

 内部にはもちろん人気はない。静まり返ったリビングの奥には、二階に続く階段がある。倖亜は躊躇わずに上っていった。

 二階の廊下にはドアがあり、開けると二段ベッドと机の置かれた部屋があった。

 元は子供部屋だったらしい。床にはぬいぐるみが落ちており、うっすら埃をかぶった机の上にはノート類が積まれている。


 倖亜はぬいぐるみを手に取った。クマのぬいぐるみは糸がほつれ、ボタンの目が取れかかっていた。ぬいぐるみの背中には、刺繍で『ガビジィ』と書かれている。

 目を閉じ、ぬいぐるみの表面を撫でる。倖亜は何かを感じているようだった。

「ユキ、何してるの?」

「これの情報を読み取ってる。持ち主が今、どこにいるのか」

「ユキ、ロボットでもないのに、そんなことできるの?」

「肌で感じたものを推理してるだけよ。この家には踏み荒らされた痕もないし、わりと綺麗よ。きっと家の人たちはどこかに逃げてる。ぬいぐるみの劣化の度合いから、これを扱った持ち主の性格と、その性格ならどこに行くかを調べてるの」

「探偵よりすごい……」


 ぬいぐるみを撫で続ける倖亜の綺麗な指に、紫苑は見とれていた。

 やおら倖亜は目を開く。

「ぼろぼろだけど、乱暴に扱われた痕がない。きっとこの子は、友達のように思われてたのね。戦争があって、やむなく手放さざるを得なかった。これを持っていた子は、最後までお別れしたくないって言ってたの。親に強引に連れていかれて、その拍子に床に落ちた。そうでもなければ、こんなに愛の感じられるものを手放さないわよ」

 はぁ、と紫苑は倖亜を見る。

「この町から近い距離にあって、隠れられる安全な場所……それは外に出て探すわ。紫苑、ついてきて」

 すたすたと倖亜は出ていく。紫苑は少し立ち止まっていた。

「どうしたの?」

 倖亜が振り向き、紫苑は無言で彼女の背中を追う。


 紫苑はこのまま、倖亜の背中を追いかけるばかりなのだろうかと思った。

 せっかく広い世界に出たのに受動的なままでいいのだろうか。

 もっと自分は、やりたいことがあるんじゃないのか。

 しかし、何を?

 自分は世界に出て、この人生で何がしたいのだ?

 その答えはいつ見つかるのだろうか。


   ・


 廃墟の町も見慣れると殺伐とした雰囲気を感じない。いつもの雑然とした風景が広がっている、としか紫苑は思わなくなっていた。

 町から北にある渓谷は、地形が大きくくりぬかれカルデラのようになっている。傾斜がきつく、易々と侵入はできない。が、それだけ内部にいれば安全ということでもあった。いわば天然のシェルターだ。

「ここを下って行ったんだね」

「そうね。一歩間違えれば転落死……それでも、テリオンから逃れるためにはそうするしかなかった」

「ここ以外に隠れられる場所はあるの?」

「多分、ないわ。町がああなってから、あんまり時間も経ってないみたいだし。遠くまで逃げるより、ここみたいな場所にいるほうがいいわよ」


 二人の少女は翅をはためかせ、ゆっくりと渓谷に降下していく。渓谷は深く、周囲の急峻の陰で暗く見えていた。まるで地獄の釜に降下していくようだった。


   ・


 ふわり、と二羽の蝶は渓谷の底に降り立つ。

 

 渓谷の底には様々なゴミが溜まっていた。元々はゴミ処理場として使われていたのかもしれない。家電などの廃棄物が多かった。ゴミはあちこちに散乱してかつ山になっており、足の踏み場もない状況だった。

「ここ、やっぱり人なんていないんじゃ……」

「奥の方に居住区があると思う。それに、こうしてただの処理穴に見せかけることで、敵の目を欺くこともできるわ」

「そうかなぁ……」

 紫苑は周囲を見渡す。どこもかしこもゴミの山。紫苑が暮らしていた島の海岸と似たものがあった。


 と、暗がりから何かがこちらにやってくる。紫苑と倖亜は弾かれた様にそちらを見やった。

 がしゃぽこがしゃぽこ、とせわしない音を立てながら、ゆっくりとそれは紫苑たちに向かってきていた。

 やがて全貌が明らかになる。それは、様々なゴミを改造して取りつけた、大きさ二メートルほどのロボットだった。足は四輪駆動、鉄の資材を集めたかかしのような上半身には、右手にハンマー、左手にはショベルがついている。


「なに、これっ!」

 紫苑は身構える。倖亜は冷静に、そのロボットを見る。

「テリオンのものではないようだけど……」

 ロボットはハンマーを振りかぶり、懐中電灯の目をぎんっと光らせ、車輪をぎゃりぃんと言わせてゴミの山を疾駆し、こちらを攻撃してきた。


 ぶぅんと振りかざすハンマーの動きは思ったより速かったが、紫苑と倖亜はひらりとそれをかわした。

 紫苑は掌に剣の柄を出現させ、ビームの刃を展開する。

 すれ違いざまに斬ろうと、紫苑は剣を構える。

「待って、紫苑! こいつ、何かおかしい!」 

 倖亜の制止。ハッと紫苑は斬り裂こうとした手を止める。

 がしゃぽこがしゃぽこ、と奇妙なロボットは大仰な動作でこちらを振り向いた。


「ガビジィ! 止まれ!」

 暗がりから空気をつんざく声がする。声変わりしていない、少年の声だった。

 ガビジィと呼ばれたロボットは、命令された瞬間に停止した。叱責を受けたように、がくりとうなだれた。

 あのぬいぐるみと同じ名前……? と紫苑は訝しんだ。


 暗がりから少年が出てくる。お世辞にも清潔とは言えないシャツとズボンに身を包み、手入れされていないぼさぼさの髪が目立った。

「すまなかった。ガビジィは、敵と味方の区別がつかないんだ」

 あどけない顔の少年は、腰を折り申し訳なさそうに紫苑たちに謝罪した。見た目とは裏腹に礼儀作法がきちんとしているらしい。

「あなたが、これを造ったの?」

 紫苑が訊く。

「うん。ガビジィは怪物と戦うために、俺がゴミをかき集めて造ったんだ」

 紫苑はさらに質問する。

 不思議なことに、この少年を見た時から紫苑は奇妙な親近感を抱いていた。

 島で一人ゴミ漁りをしていた自分とどこか重ね合わせているのかもしれない。

「あなた、あの町から逃げてきたの……」

「そうだよ」

「ぬいぐるみ、持ってた?」

「友達だった。今は、持ってこれない。だから俺の造ったロボットに、同じ名前を付けた」

「食料とかは、どうしてるの?」

「窒素からカロリーブロックを生成するキットがある。それで食いつないでる」


 倖亜はつまらなそうに二人の問答を傍らで聞いている。

 紫苑と少年は話に花を咲かせ、盛り上がっていた。

「あなた、名前はなんていうの?」

「ヤマガミ。あんたら、きっと怪物の仲間じゃないんだろう? あいつらみたいな殺気を感じないんだもの。よかったら、うちを見てってくれないか。来客は初めてなんだ。こっちだよ」

 紫苑はうんうんと頷いて、先導するヤマガミ少年についていった。

 倖亜は眉間にしわを寄せ、さらに複雑な表情をした。

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