第19話 少女と脊髄
「Arrrrrrrrrrrrr!」
おぞましい叫び声が幾重にも重なって、戦場と化した海にこだまする。
より強靭な羽を持ったアゾートが、空中に群れをなしていた。
赤い星をバックにした竜の群れ。その光景は世界の終わりという名が相応しい。まるで怪物アバドンが跋扈する黙示録のセカイだ。
鉛色の海に艦隊が集結し、上空に集中砲火を浴びせている。人類軍もまた、軍備を整え応戦していた。
テリオンの巨大空中母艦が、アゾートのさらに奥で、泳ぐクジラのように進んでいた。さらにアゾートの周りには、戦闘機の形に変化したテリオン部隊が飛び回っている。
コンドルを先鋭化させたような鳥型戦闘機テリオンは、ミサイルや銃弾の代わりに剥離した皮膚を弾丸のように飛ばしている。
ガルルルルル、と機関銃の唸りのような音を立て、テリオン部隊は人間の艦隊に斉射をかけた。
人類側も負けてはいない。
艦隊の上空に傘状のフィールドが形成され、敵の攻撃を弾き返した。
集中砲火が四方八方に飛散していく。
対する戦艦側からはクラスター爆弾が発射され、空中で鳳仙花のようにばっと鉄片が飛び散った。
破片がテリオンに当たり、空中にばっと血の華がいくつも咲く。
母艦のブリッジで、赤髪の男アザドは目の前の光景を無言で見つめていた。
敵味方関係なく命が散っていく。しかし今となってはなんの感慨もわかなかった。
こんな戦争をしなくても、揚羽蝶の翅を持つ者を殺せば済む話ではないか。アザドもそう思ったことがある。
が、目の前に生存競争の相手がいて、戦わない選択肢などないのだ。昔は代表同士だけが殺し合えばよかったかもしれない。だが、人類もテリオンも規模が大きくなった。そういうわけにはいかないのだ。
そのような未成熟な種族だからこそ、神は我々を殺し合わせるのだろうな、とアザドは自嘲する。
衛星から揚羽蝶とモルフォ蝶のデータは送られ続けている。しかし、今のアザドは戦争の先に目的があった。そのために戦場に赴いている。
「Arrrrrrrrrrrr!」
空戦用アゾートたちは雨のように味方の血肉が降り注ぐ中、火炎を吐いた。
射線上にまだ生きているテリオンがいてもお構いなしだ。火炎の威力は人類軍のフィールドを破り、戦艦の艦首に達する。
同時に戦艦のエネルギータンクに引火し、海上に爆発が起こった。
先日の揚羽蝶、モルフォ蝶との戦いのデータをフィードバックした新型アゾートは、主に艦隊戦で目覚ましい戦果を上げていた。
「あんなものをコントロールできるとは、あれに内蔵されたオルタード・カーボン……脊髄操作ドローンの性能はすごいですな。先日完成したとは思えないほどだ」
アザドは艦長の言葉にふっと笑った。しかしながら目は笑っていない。
「なぁに。前回のテストで行動パターンをつかめました。それに沿うような刺激を与えれば、奴らを意のままに動かせます。ただ、完成とはいいきれません。アゾートは戦闘ではほぼ完璧ですが、今は発展途上の段階に過ぎない。より高次な動きができるようにするのが、私の目標です」
テリオンの星は常に争いが絶えない。戦争の中で培ってきたノウハウを学び、アザドはドローンの研究に人生をつぎ込んできた。
アザドの様々な経験を糧としてアゾートは着実に進化している。ここまで事がうまく運ぶとは、開発者のアザド自身も予想外のことだった。
アゾート軍団の目覚ましい活躍により、人類軍の艦隊は追いやられていた。
女の顔をした竜たちが戦艦に飛び降り、がぁんと甲板を揺るがす。逃げ惑う人間たちを、アゾートは食い、爪で引き裂いた。
人類側の戦闘機が発進し、アゾートが到達する前に機銃斉射が竜の身体を貫く。竜は血しぶきを上げ巨大な肉塊となって、甲板や海に墜落した。血みどろの凄惨な光景が海上に繰り広げられた。
しかしアゾートの攻勢は激しく、人類軍の劣勢は目に見えている。
「では、私はこれで」
アザドはそう言ってブリッジを後にした。戦局は確定した。これ以上、この場にいても意味がない。
彼は戦闘機型テリオンをタクシー替わりにしている。甲板で、お迎えのパイロットが一礼した。
「仮称カナン・シティへの侵攻を急がねばならない。その前にアゾート最終形態の完成を済ませたい。大至急、戻ってくれないか」
パイロットは了承し、頷く。その瞬間にぶわっとその体格が膨らんだ。肉体は鳥類を模した形態、しかし戦闘機に近い形状になる。そのコクピットに当たる部分に乗り込める座席があった。
アザドは座席に乗り込む。戦闘機テリオンはブースターを噴かせて発進し、戦場を去った。
・
基地に戻ったアザドは、周りに挨拶もせず一直線に自分の研究室に向かう。
与えられた研究室はそこそこの広さがあり、巨大な試験管に入った生き物たちが立ち並んでいる。どれもアゾートの合成材料となるテリオンだ。
アザドは研究室を、外部の人間は立ち入り禁止にしている。誰にも研究の邪魔をされたくない。彼は研究家であり、同時に芸術家の気性も持ち合わせていた。アゾートはおぞましい生物兵器だが、彼にとっての『美』の追求でもあった。
しかしそれ以上に、彼にはある理由があった。
彼の部屋の中央に車椅子があり、そこに『彼女』は座っている。
試験管のぼうっとした緑色の灯りに照らされ、彼女はアザドが帰ってくるのを待っていた。
アザドはその姿を見ると、初めて心からの笑顔を見せた。
「ただいま。ジュリ」
長い髪をした車椅子の彼女は、じっとアザドを見つめ返す。
言葉を発せず、表情も動かせない。しかしそこには信頼の念がはっきりと見て取れた。
「待っていてくれ、ジュリ。脊髄をコントロールするオルタード・カーボンが完成すれば、君も前のように動けるようになる」
ジュリは無言でアザドを見ている。アザドはまた、笑みを返した。
彼女はアザドの言葉は聞こえているらしく、敵対心や怯えの雰囲気を放っていない。そこには両者の心の触れ合いがあり、穏やかな時間が流れていた。
彼女とは数年前、戦場で出会った。
まだキャリアを積む前、前線に出ていたアザドは、建物の下敷きになっている少女を発見した。
脊髄を損傷しており、助けたところで彼女は何もできない。しかも彼女はテリオンと敵対する種族、人間だった。
だがアザドは、彼女を一目見たときからどうしようもなく惹かれていた。
そして彼女を元の身体に戻すため、彼女の身柄を隠して脊髄コントロールによる生物兵器の開発を提唱。そのメリットがテリオン議会に受け入れられ、アザドはアゾートの開発にあたることになった。
オルタード・カーボンが戦争から得たデータで発達すれば、ジュリは回復できる。
そのためにいくつものアゾートを作っては戦場に投入していた。
実験に使われる同朋や戦死する人間たちなど関係ない。ただ一人、愛する者を救えればいい。
そのためだけにアザドは尽力している。
いつか、ジュリが自分に微笑んでくれる日を夢見て。
しかしアザドには懸念があった。
人類軍の動きは、地球を壊滅させられた割には妙に余裕がある。
テリオンの技術との差を引いても、かつて核戦争を何度も引き起こせるほどの力を持っていたとは思えない。
未だに正確な敵の本拠地を探し出せていないこともあり、何か裏があるのではないかとアザドは思わずにいられなかった。
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