エピローグ

閑話 少女と図書館

「これが、太陽系第三版惑星のおとぎ話だ。どうだった? 面白かったかい?」

 巨大な空間の壁には、本がぎっしりと詰まっている。無限に続く階層のすべてが図書館となっていた。


 宇宙の果て。神のデータベース。ここにはあらゆる知識が詰め込まれている。

 宇宙に浮かぶ図書館の館長、フネスは客人を出迎えていた。その背後には助手であるアポカリプスがぬっと立っている。

 客人は旅人。マントをつけ、つばの長い帽子をかぶっている。

 彼は椅子に座って一冊の本を手に取り、読んでいた。本の表紙には『揚羽蝶と黙示録』というタイトルが印字されている。

 ふぅん、と旅人はぱらぱらとページをめくって、何か所か読みなおす。気が済むと本を閉じ、テーブルの上に置いた。

「ふむ。少女の恋とその結末は興味深い。結局、運命に屈する以外になかったということだ」

 だが、と旅人は続ける。

「何の話かよくわからなかったな。結局主人公たちは抗えず死にました、という虚無的な話だ。正直読み終わった時、徒労感を感じたよ」

「そうだ。加えて一本のストーリーとしては、情勢の動きなど余計な情報があまりにも多い。寓話としてはまったくもって失格だね。しかし僕は、この話には何か意味があると思えるんだ」

「どんな?」


「この話が描きたかったもの、それは愛だよ。生き物としての性愛、情欲にとどまらないもの。それは様々な形で現れる。恋であったり、親子愛であったり、一見愛情とは思えない歪んだ何かだったりする。それでも、そのような複雑な感情が人間やテリオンの間に存在することは不思議だと思う。生物が生きる上で、愛というものは絶対に必要だとは思えないからね」

「確かに」

「ただ自分たちの種族を守る、という点では愛は必要だ。しかし時にはそれが殺意に転化するときもある。それは理不尽だし不可解だ」

「まぁ、自分でもそう思うよ。何なら感情というものも意味がないようだが」

「万物に無駄なものなど何一つない。それぞれ、何か意味があるはずなんだ。我々は人間たちの中でも彼女たちの在り方を尊い、と思った。限りある命だからこそ、彼女たちは愛し合い、殺し合った。それは『生』の在り方を見直すきっかけになると思わないかい」

「運命を設定しておいて白々しいな。もっと彼女たちが浮かばれるよう取り計らったらどうだったんだ?」

「宇宙は綿密なバランスの上に成り立っている。小さな原子の動きが、銀河系の果てに影響することもある。我々は宇宙を長生きさせるためにバランスを取っているんだよ。そのためには彼女たちの犠牲は不可欠だった」

 フネスは頬杖をつく。


「人間の伝承では、蝶は輪廻を表すとされている。幼虫から蛹になり、羽化するプロセスが転生にたとえられたんだろうね。とても素敵な話だ」

「しかし何度も人生を繰り返すのは、拷問じゃないのか? 特に人間やテリオンのような脆弱な生物にとってはな」

「でもきっと、彼女たちは何度も出会いたいと思っているはずだ」

「それだけの絆があるってことだな?」

「そうだね。恋、愛というのはまったく興味深い」

 ふふっとフネスは笑う。


 ここまで話して旅人は疑念に思い、言った。

「これは、おとぎ話じゃなくて実際にあったことだろう?」

「どんな物語も現実に起こりうる。それは君が一番よく知っているんじゃないかい?」

 そうだな、と旅人は笑った。


「君は多次元を渡り歩いていると聞いた。その点では我々も君に興味がある。しばらくここにいてくれないか? 本なら二千年経っても読み終わらないくらいある」

 旅人はかぶりを振って断った。

「いいや。俺は縛られるのは嫌いなんでね。旅を続けることが俺の人生なんだ」

「何のために旅をしているんだい?」

「俺は、俺が俺でいる理由を探している。そのためにいろんなものを見る必要がある。知らないものを見るということは、自分の知らない一面を探すことにもつながるからな」

 旅人は椅子から立ち上がる。

 旅人の前に、異次元に繋がるゲートが現れる。虹色に輝くゲートは、虚空に突然出現した。

「じゃあな。神様。楽しかったぜ」

 旅人はフネスを向いて言う。フネスは笑みを絶やさなかった。

「もう会うことはないだろうね。君の旅路に幸運を祈るよ」

 ゲートに足を踏み入れ、旅人は虹色の光に飲み込まれていく。光はやがて消失した。


 机に残された本をフネスは取り、アポカリプスに渡した。

「これを戻しておいてくれ」

「わかりました」

 アポカリプスはふわりと浮遊し、書架の上の方にある定位置へと本を戻す。

 『揚羽蝶と黙示録』の前には『どこかの国の御伽話』があった。

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