第39話 少女と人生
紫苑の脳裏に、今までの旅が思い出される。
青いタワーでフネスと出会い、意味深な言葉を投げかけられた。思えばあの時、彼女が言っていたことは今の状況に当てはまるのではないか。想像もつかない壮大な神が、人間たちの運命を操作している。それに抗おうとしても、結局はどうにもならない。
これまでの旅の中で出会った人たち。ヤマガミ少年が自分に好意を寄せてきたことがあった。あの時は彼の気持ちに応えられなかった。今も彼が好きだとはお世辞にも言えない。紫苑が好きな人は、倖亜なのだから。
しかしながら、自分のせいで命を失った人のことは忘れることができない。
『あんたにも、好きな人ができるといいな……』
「ヤマガミさん……」
あたし、好きな人ができたよ。
今でもその人とずっと一緒にいたいと思っているよ。
でも、今はその人と殺し合っている。
そうしなければ、彼女は満足しないから。
世界を救えないから。
紫苑は彼に無性に申し訳ない気持ちになった。
続いて、シティ・カナンでのことが思い出される。
あの町に滞在していたのはごくわずかな時間。それでも、自分と倖亜を繋いでくれた少女には感謝している。
「蓮華ちゃん……!」
シティ・カナンが崩壊した今、彼女は生きてはいまい。
紫苑と倖亜のわだかまりは、あのマンションの一室で解決した、と思った。
しかしそうではなかった。
あの日泣いた倖亜の気持ちは本当だろう。しかし紫苑は、それで倖亜のすべてを知ったわけではなかった。倖亜の深井戸のような心は、ちょっとやそっとで解明できるものではなかった。
でも、あの日時間を設けてくれた蓮華には感謝していたし、できれば彼女とも友達でいたかった。
あの世に行くことがあれば、彼女ともう一度話をしてみたいとも思う。
「あなたたちとの出会いを、あたしは無にしない……あたしがあたしでいるために、一番好きな人を……」
紫苑は必死で倖亜を憎む理由を探そうとした。
死んでいった人々の想いを、倖亜にぶつけようと思った。
自分の中に倖亜を殺すという選択肢はなく、今まで辛かった経験の原因を倖亜に見ることでしか、殺す理由がなかったからだ。
ビームの刃を構え、迫ってくる倖亜を迎撃しようとする。
が。
「できない、できないよ……」
紫苑はやはり、気持ちが固まらなかった。
倖亜の気持ちに応えたい。殺し合うのが愛というなら、自分もまた倖亜を殺さねばならない。
それでも紫苑は、身体から力が抜けてしまうのだった。
今までの自分。ゴミ溜めで生きてきた自分を倖亜が連れ出してくれなければ、自分は広い世界を知ることもなかった。以前の自分の殻から抜け出して見聞を広めることもなかった。
思い出すのは倖亜との楽しかった記憶ばかり。ブティックで服を選んでくれたこと。原宿でデートしたこと。それらのどれもが煌めき、何者にも代えがたいものに思える。
あの時の紫苑は生きる喜びに満ちていた。恋をするということは、生きることを楽しむということだから。
「あたしの中、ユキでいっぱいだよ……ユキしか目に映らない。どうしたらいいの……」
「だったら死になさい!」
倖亜は翅を広げて紫苑に肉薄し、その腹部に蹴りを放つ。
「うあっ!」
紫苑は勢いよく吹っ飛ばされる。
トランぺッターの外まで投げ出されそうになり、紫苑は咄嗟にビームの刃を甲板に突き刺した。
がががっ、と剣が甲板を抉る。その摩擦で何とか紫苑は場にとどまり、落下を免れた。
腹部をさする。今の蹴りは殺意が漲っていた。
このまま迷っていては、本当に倖亜に殺される。
迷ってばかりの紫苑と迷いを見せない倖亜。二人は近くにいながら、どこまでも対照的なのだった。
「ユキぃ……」
しかしながら紫苑にも意地がある。
自分の辛さをわかっていないのは倖亜のほうではないのか。倖亜は自分に夢を見すぎている。自分は彼女にそこまで思われるほど、高尚な存在ではない。
それなのに勝手に思い込んで、紫苑に重すぎる感情をぶつけてくる。お互いに好き合っていても、そこまで重い感情は願い下げだ。
「このわからずやぁ!」
紫苑のビームの刃が振りかざされる。
倖亜もビームの刃を振りかざした。
がぎぃん、と刃同士がかち合う。
ぶぉん、ぶぉんと粒子の振動が音になって聞こえる。紫苑は初めて倖亜に対して怒りを抱いた。
なんで自分にいつも気持ちを話してくれない。彼女は自己完結しすぎている。その自己完結した、高潔ともとれる態度に惹かれていたのは事実だ。
「でも……もう少しあたしと話してくれたって、よかったじゃん!」
紫苑は力押しでビームの刃を押し付ける。段々倖亜は気圧されて、しまいに倖亜が根負けし、剣を受け流す姿勢を取って紫苑の力を半減、飛び退ってまた距離を取った。
「あなたと何をどう話せと言うの!」
「もっと、楽しい話でも……くだらない話でも、沢山したかった! ユキをもっと身近に感じたかった! そりゃ、お互いが好きだってことはわかるよ。でも、好きの属性が違いすぎる! あたしはユキと同じ好きを感じていたかったのに!」
「私の好きを感じたいなら、この場で殺し合いなさい!」
「そうするよ!」
紫苑と倖亜はまた鍔迫り合いをする。
異星の表面に戦艦が浮かび、その上で粒子が激しくぶつかり合っているのだった。
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