第6話 少女と男たち

「紫苑、どうする? こいつら、殺そうか?」

 倖亜が殺気立った声で紫苑に言う。紫苑は目の前の状況にひたすら困惑していた。

 防護服姿の男たちに取り囲まれ、銃を向けられている。自分たちは悪いことをしたのだろうか? 窃盗と思われただろうか? しかし、それは銃を向けられるような罪だろうか?


 島に来ていた商人のように、こいつらも怪物なのだろうか? しかし変身できるのなら、武装する意味がない。それどころかヘルメット越しに紫苑たちを見る彼らの目は、どこか恐怖しているようにも思えた。

「あの人たち、怪物じゃない、よね……」

 男たちの睨みの中で、紫苑が倖亜に訊ねる。


「そんなのどうでもいいわ。あいつら、敵よ。今の私、すごく不機嫌なの。こんな連中ならすぐ殺せるわよ」

「ダメだって! 人を殺すとか言わないでよ!」

 掌から剣を抜き取ろうとする倖亜を紫苑は必死で制した。


 男の一人が声を上げる。

「貴様ら、テリオンだな!」

 テリオン?

 紫苑は聞きなれない言葉の意味を必死で探した。

 人間が恐怖する存在、それはあの怪物たちのことだろう、とすぐ理解できた。


「違います! あたしたちは人間……」

「人間にそんな翅はない!」

 紫苑は反論できない。

 自分が人間かどうかなんて、今まで考えたこともなかった。そんなことは考える必要がなかった。

 しかし、今の自分は変わってしまった。その事実が紫苑を窮地に立たせている。

「信じてください! あたしたち、怪物じゃないんです! 誰も傷つけたりしません!」

「嘘をつくなぁっ!」

 がぁん、と一人が発砲した。

 弾は紫苑の頬をかすり、壁に打ち込まれる。つぅ、と紫苑の血が流れた。


「紫苑!」

 倖亜はいよいよ殺気をあらわにし、臨戦態勢に入る。その肩を、紫苑は押しとどめた。

「やめて、ユキ!」

 紫苑の目は必死に訴えていた。

 倖亜は不本意そうな顔をしながらも、内なる激情を鎮めている。

 防護服の男たちは慄きながらも、反撃してこない紫苑たちに歩くよう促す。

「ついてこい……我々の拠点で話を聞かせてもらう」

 紫苑はまだ何か言いたげな倖亜の腕を押さえるのに苦労した。


   ・


 町はずれの酒場。その地下に、人類の拠点の一部があった。

 元々はライブハウスとして使われていたらしい。思ったより広い空間は作戦会議室となっているようだ。壁には周囲の地図らしきものが張られ、机の上には会議で使われたらしい用紙が散乱している。

 紫苑と倖亜は取調室のそれに似た机に誘導され、座らされた。

 自警団の長らしき人物が彼女らの前に座った。貫禄のある、初老の男だった。

「……で、どのように我々を監視していたのか、吐いてもらおう」

 

 机の横には警備の者が立ち、紫苑たちの挙動を睨みつけている。

「知らないわ。この町に来たのはついさっきよ。あなたたちに興味すらないわ」

 倖亜はそう言い放つ。その語気の強さに紫苑はハラハラした。

「よっぽどの言いぐさだな。我々の置かれた状況を教えたほうがいいだろう。そのほうが何か反応するかもしれん」

 初老の男はふんと鼻を鳴らした。


「以前、テリオンに対し攻撃を仕掛けたことがある。町の近くに巣くうテリオンの集落に向かう途中で、待ち伏せを受けた。我々も銃で武装していたが、不意を突かれたことにより対処が遅れ、その際に三人が命を落とした。どいつもいいやつだった……。テリオン側に我々の情報が漏れていたとしか思えん。奴らは我々の陣営にスパイを送り込んでいたのだ」

 紫苑は眉をひそめながら、男に反駁した。

「あたしたち、本当に知りません……。ユキ、あたしの友達の言う通り、町に来てから間もないんです。あなたたちのスパイをしてる時間なんて、ありません。そもそもテリオンって何ですか?」

 初老の男は無言で紫苑を見下ろし、やおら傍らの警備の者に言った。


「自白剤を用意しろ。こいつらはしらばっくれている」

「違います! あたしたち、本当に知らないんです!」

 必死で弁明する紫苑。倖亜は殺意を込めた目で相手を睨みながら言った。

「もういいわ。こいつら、殺しましょう。その方が手っ取り早いわ」

「やめてよユキ! そんなこと言うと、余計に誤解招くよ!」

 紫苑の胃は破裂寸前だった。

 倖亜に人殺しをさせるわけにはいかない。かといって、男たちの言いなりにもなりたくない。

 こんな状況は、どうすればいいのだろうか。答えは誰も教えてくれない。


 くっくっ、と警備の者が笑った。

 その様子に、初老の男はしかめっ面をした。

「どうした? 何がおかしい?」

「いいえ。あなた方のやり取りがあまりにも面白くってねぇ。事情を知らない者同士の会話とは、ここまで嚙み合わないものなのかと」

 明らかに様子がおかしい。紫苑と倖亜は、傍らに立っている男を凝視した。

 あまりにも面白おかしいのを抑えられない、といった風に男は顔を覆っていた。その手の端から、にやけた口の端が見えていた。


「……何が言いたい?」

 初老の男は問いただす。警備の者は笑った口調のまま答えた。

「そいつらはスパイじゃないってことですよ。本物があんたの横にいるんですから。いつだってあんたの行動を見ていた。正直退屈だった。こんな連中、俺一人で全滅させられるのにな。人間の行動を把握するために必要だと俺の上司は言った。でも、それは無駄じゃなかった」


 そこから露骨に、警備の者の雰囲気が変わる。獲物を見つけた獣の目になった。

「スパイを任されたときは貧乏くじ引いたと思ったさ。実際はそれどころか、俺がテリオンの救世主になるかもしれん。我々の仇、揚羽蝶の翅を持つ女に巡り合えたんですからなぁ。ここで揚羽蝶を殺せば、テリオンの地球は人類の地球にとって代わる」

 警備の者の肉体はめきめきと音を立て、姿を変えていった。

 ライオンの顔を持った筋骨隆々の人間。その化け物と化したのだ。


 初老の男は腰を抜かし、椅子から床に倒れ込んで悲鳴のような声を発した。

「テリオン……!」

 紫苑と倖亜は立ち上がり、自分たちを見下ろす怪物に向き直る。

 ライオンの爪が男を貫く。男はひゅっと叫び、一瞬で絶命した。

 紫苑は痙攣する男を見て戦慄した。

 ライオンは爪を男の死体から引く抜いて、揚羽蝶の翅を持つ紫苑に狙いを定め、舌なめずりをした。

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