第11話 少女とお茶会
「まぁ遠慮せず、座ってよ」
金髪の少女は友好な態度で椅子を引いてくれた。
部屋の中はふんわりといい匂いがした。香水でも使っているのだろうか。
ポットでお茶を淹れる金髪の少女に、敵対意識は感じられない。これが単なる女の子だけのお茶会のようにすら思える。
しかし疑問なのは、外が荒廃した世界なのに、どうやってこの家具やお茶を集めたのかということだ。
紫苑と倖亜は、差し出された椅子に座った。
紫苑が覗くティーカップの中の紅茶は澄んでいて、毒が入っているようには見えない。
対して紫苑の隣にいる倖亜は、じっと金髪の少女を睨みつけている。金髪の少女は、そんな倖亜にもにこやかな笑みを絶やさなかった。
「僕はフネス。記憶の人、フネスと呼んでほしい」
金髪の少女はにこやかに言った。しかし、顔は笑っていても、その目は無機質なままだった。動くマネキンのような所作は、人としての温かみを感じない。紫苑は敵意を向けられるより不気味な感覚を味わっていた。目の前の人物は何者なのか?
周囲の家具も、少女趣味な見た目と裏腹に妙に高さがあり、上から覗き込むように威圧されている気がする。部屋の中が何となく薄暗いのも気になった。
この部屋は何かが狂っている。
紫苑はそう思わざるを得なかった。
女の子だけのお茶会。それに他ならない状況。しかしこの場には異常な緊張感が漂っており、タワーの外は壁を隔てた死の世界だ。あまりにもアンバランスすぎる世界の上で成り立っている、少女たちの会合。
違和感を覚えないほうがおかしい。
倖亜は金髪の少女に敵愾心をあらわにしていた。金髪の少女は微笑を浮かべながら、それを受け止めている。
明らかに二人は、紫苑の知らない何かを知っている。それも何か大きな出来事に関わるものだろう。圧迫感の中、居心地の悪さは半端ではなかった。
ティーカップを手に取り紅茶を一口、紫苑は飲む。
毒ではないと思った。タワーの主人が、こんなところまでわざわざやってくる来訪者のために、毒を用意しているとは思えない。
苦過ぎず薄すぎず、最適な温度に保たれたお茶は美味しい、と言いそうになった。隣の倖亜を見て、そう言うのは憚られた。
「生体コンピュータと聞いていたけど、まさか生きた人間なんてね」
倖亜が言う。フネスは倖亜を見つめて、澄ました顔で言い返した。
「生きているとも言えるし、真の意味で生きていないとも言える。僕は現象に過ぎないからね。宇宙の生み出したシステム、その一つがたまたま僕だった、ということに過ぎないのさ」
「滅びをもたらす、神の手先のくせに」
「言い方が悪いね。生物の絶滅に手を貸すつもりはない。それが生物の進化として最適化された手段であれば、僕という道具はそのために使われる。僕を憎んでいるような目をしているね。それはまったく筋違いだとわかってほしい」
「でもね、あなたが生きていると、あいつに近づけないのよ。あなたが結界を張っているんでしょう」
「そうだ。君が僕を殺したいのも知ってる。僕からできることは何もないよ。今までの輪廻の者たちにも、そうする者がいた。君の好きにするがいい」
「その前に教えなさい。あれを引き留めている楔、それはどこにある……」
「カナンの町にあるよ」
「ずいぶんあっさりと話すのね」
「話さないメリットと、話すデメリットが僕のデータベースには見つからなかった」
淡々と話す倖亜とフネス。話が全くつかめない。紫苑は我慢できず、フネスに訊く。
「あのっ……あたし、何も知らなくて。あなたは何者なんですか?」
フネスの無機質な顔がこちらを向く。その生気のない笑みに、紫苑は思わずぞっとした。
「僕は宇宙の始まりから存在し、あらゆる事象を記憶している。いわばデータベースのようなもの。地球のあらゆる事象の上に存在する者……それを便宜上、神と呼ぼう。神に認められ、それが人間と宇宙を繋ぐインターフェースとして顕現しているのが、今の僕の姿だ」
「宇宙の始まり、そんなの、あるんですか?」
「僕は最初からこの姿だったわけじゃない。時代と、それに応じた知的生命体の変化。それに合わせた姿を僕はとっている。僕は因果の使者。因果の達成こそが、僕に与えられた使命なんだ」
説明されても紫苑は全く理解できない。
ただなんとなく、すごく博識なのだろうなと、フネスの言動から見て取れた。
「つまりあなたは、大きなコンピューター、的なもの?」
「そう捉えてくれて構わないよ」
「何でも知ってる、んですか?」
「とんでもない。僕はこの世で一番の無知だ。誰もが知ることを、僕は知らない」
「それは何です?」
「死だよ」
紫苑は息を吞んだ。
「あなたは死なない、んですか?」
「個体としての僕が死んでも、次の僕に記憶が引き継がれる。だから僕としては死を知ることはない。なぜそうなったのか、僕も知らない。誰か大きな何かが、そう決めたんだ。輪廻をめぐる君たちの運命と同じにね」
フネスは一呼吸おいて、続けた。
「君たちはこれから苦難の道を歩むだろう。何千回も続けられた輪廻。その試練が与えられている」
「それは、どういうこと?」
「普通の人間とそこまで差があるわけじゃない。誰も彼もが、何かしらの使命と試練を背負っている。君たちが背負っているものが、世界の運命だった、というだけさ。誰かを愛するということは、結局はそういうものかもしれないね」
紫苑はぽかんとした。フネスは構わず続ける。
「しかし同時に、君たちの存在は希望でもあるんだ。人間に魂が存在する、その証明になっているのだから。天国や地獄があるのか、僕は知らない。でも、君たちの中には確かに、相手を求めて輪廻をめぐるだけのものがあるんだ。君たちはこの後……」
フネスが言い終わらないうちに、どすっと刃がその胸に突き刺さった。
倖亜はテーブルに足を乗せ、掌から精製した刃をフネスに投げつけていた。光の粒子でできた刃が、フネスを貫通している。フネスは、何の不満を漏らすこともせず自分の胸を見下ろしていた。
血が床に滴る。フネスはそれでも、痛みを感じていないらしかった。苦痛を表情に表さなかった。
フネスの身体はのけぞり、ずるりと椅子から離れた。
「こんな茶番はいらない。行きましょう、紫苑」
倖亜は踵を返し、元来た入口へ向かう。
「ちょ、ちょっとユキ……殺さなくても……」
「そいつが人間じゃないの、あなたもわかるでしょう?」
紫苑は反論できなかった。
紫苑は戸惑いながらも、椅子から落ちて、床に倒れているフネスを見た。
彼女の身体から血だまりが広がっている。虚空を見つめる彼女の青い目は、何の表情も表してはいなかった。
「この子、死んじゃったよう……」
「そいつはクローンと入れ替わるの。何も感じてないわよ」
紫苑は倒れているフネスをもう一度見た。
倖亜から放たれた光の刃が床に突き刺さり、フネスは串刺しにされている。それでも何の絶望も彼女は抱いていないように見えた。
・
螺旋階段を倖亜と共に降りる紫苑。
しかし、その気持ちはこのタワーに来た時とは異なっていた。
冷たい壁には何もないと思っていたが、今の紫苑にはわかる。
あの視線だ。
壁に埋まっているのは、フネスと同じ身体のクローン。それが壁面を埋め尽くし、壁越しに彼女たちを見ている。きっとフネスが死んだ後、新しいクローンが彼女の記憶を引き継ぎ取って代わるのだ。
何千もの青い瞳が、去っていく紫苑を見下ろしていた。
紫苑は複雑な気持ちで、倖亜についてタワーを後にした。
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