第10話 少女と青のタワー

 倖亜はゆっくりと降下する。それに従い、紫苑も翅の動きを緩めた。

 二人は青いエキゾチックなタワーのもとに降り立った。夜明けなのか夜が来ているのか、いつも通りの曇り空では判別がつかなかった。巨大な月のように、赤い惑星が頭上にある。


 紫苑はタワーを見上げる。瓦礫の中に立つタワーは、底知れない威圧感があった。

 大きさはだいたい二百メートルくらいだろうか。こんなものが戦争の中でも傷つかずに残っていたというのが驚きだ。


 正確には戦争の中にあったのではなく、地面から生えてきた、というのが正しいようだ。

 タワーの周囲の地面が捲り上がり、その上にあったと思われるがらくたや地層が押し広げられている。地表は絨毯爆撃が行われたような惨状が広がっているが、その攻撃の後に現れたのかもしれない。


 見たところ、入り口らしいものはない。

 これが何の目的で造られたのか、見た目からは想像もつかない。観光? 送電? そのいずれも、見るものを威圧するようなエキゾチックな意匠の説明はできなかった。


 テリオンと人間がどんな戦争を繰り広げているのか、紫苑は知らない。しかし、以前襲ってきた自警団を見るに、人類は相当追い詰められているに違いなかった。

 もしかして、この塔に住んでいるのだろうか? これは要塞ではないか? とりとめもない想像が紫苑の頭の中に渦巻く。シェルターのような働きをしていたのではないか。


 倖亜はすたすたとタワーに向かっていく。

「伝承が正しければ、この先に入り口があって……」

 ぶつぶつ独り言を言いながら、壁の前で立ち止まった。

 タワーの壁に掌を押し当て、目を瞑って何かを念じる。


 途端。ごごごっと地響きがして、タワーは振動した。

「おおっ」

 思わずよろめき、紫苑は両足でステップを踏むように体勢を立て直す。

 紫苑が瞬きをする瞬間に、倖亜の前に穴が現れていた。

 いつの間にか揺れは収まっていた。何事もなかったかのように、廃墟に静寂が戻っていた。


「何? ユキ、何したの?」

「このタワーに語り掛けたのよ。私たちの魂に刻まれている、これが示すものに関する、遥か昔の潜在的な記憶。あなたはまだ目覚めていないと思う。もし知ってたら、これを初めて見たような発言はしないもの」

「このタワー、名前はあるの?」

「人柱」

 その名前の不吉さに紫苑は息を呑んだ。


 構わず倖亜は中に入っていく。その背中が遠ざかっていく。

「あっ、待ってよユキっ!」

 早足でタワーに入る倖亜を追いかけて、紫苑は小走りで自分も向かった。

 倖亜に置いていかれたら、自分は何もできない。


   ・


 タワーの中は照明がないのに明るかった。

 上空に向け、螺旋階段が延々と続いている。頭上を見上げても何があるのか見えない。それほどまでにタワーは高いのだ。


「ここ……何があるの? 目印って、何を示してるの?」

「私達が探しているものは、これの結界で守られている。だから、この機能を停止させないといけない」

「結界を停止させる? どうやって?」

「タワーのコントロールを破壊するの」


 二人は延々と螺旋階段を上がっていく。倖亜が先に行き、紫苑がすぐ後ろを歩いている。

 二人で歩く時間は永遠のようにも思えた。タワーの中は二人の足音以外全く物音がせず、内壁の冷たい大理石が、凍りついた時間を演出している。

 どこまで上がるのだろうと紫苑は思った。

 普通の人間は疲れて座り込んでいるような高さだったが、紫苑は気づかない。彼女は人間だった頃とはかけ離れた体力を持ちつつあった。


 やがて、頭上に部屋が見える。

 ぽつんとしたドアは、おとぎ話、塔の上のラプンツェルを思い起こさせるものだった。中にお姫様のような女の子がいても不思議ではない。

 倖亜はかつかつと階段を上がる。紫苑も続く。

 ドアの前に立って、倖亜は恐る恐るそれを開けた。


 部屋の中はロココ調の家具が並んだ、女の子の部屋のようなもの。おどろおどろしいタワーの外見には似つかわしくない。また、外で戦争があるとも思わせない、現実離れした光景だ。

 紫苑は信じられないものを見る目をしていた。


 部屋の中央に小さなテーブルがあり、誰かが紅茶を飲んでいる。

 かちゃりとティーカップを置き、その人物は紫苑たちに向き直った。


「やあ。君たちが今回の輪廻に回ってきたんだね」

 金髪碧眼の少女だった。

 死に装束のような真っ白なドレスを着ている。その青い目は生気を感じさせない、本当にお人形のようなものだった。


 

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