第21話 少女と禁断の恋
ジュリは孤独の中、ただ一人自分を見つめてくれる存在に感謝していた。
脊髄を損傷し、満足に動けなくなった自分をアザドは介抱してくれる。
髪は伸び放題になり、自分のことをお世辞にも美女とは言えない。
自分のことを『ジュリ』と彼は呼んでくれるが、実際の名前は違う。それでも、ジュリは彼が名付けてくれた名を大事にしたいと思った。
「食事にしよう、ジュリ」
研究室に入ってきたアザドが言う。
二人の関係性は外部には秘密だ。もし知られれば、二人は二人でいられなくなってしまう。しかしその関係性こそが尊いとジュリは思っていた。本来なら人類の生活を滅茶苦茶にしたテリオンを許すことはできない。だがジュリがアザドに惹かれているのは事実だった。それは自分にもどうしようもないことだった。
アザドはスープを持ってくる。首を傾けられないジュリに、スプーンで口にチキンブロスのスープを運ぶ。スプーンの中の液体が口に流し込まれるが、少しこぼれてしまう。アザドはこぼれた液体をハンカチで拭った。
「美味しいかい?」
美味しい。それは言葉で伝えられない。が、ジュリの視線をアザドは満足げに感じているようだった。言葉をかわせずとも、二人の間には確固とした信頼関係がある。
「今日はいいものを持ってきたんだ」
アザドはポケットからごそごそと何かを取り出す。
それは星の欠片に見える髪飾りだった。
アザドは動かないジュリの頭に、その髪飾りをつける。
「似合ってる……可愛いよ、ジュリ」
アザドは鏡を持ってきて自分の顔を見せてくれた。
髪飾りをつけた自分は、少しだけ綺麗になれた、気がした。しかし喜びの感情を表すことはできない。
彼がこうやって自分を気遣ってくれるのは、とても嬉しい。
アザドは自分が無言でもわかってくれたようで、満足げな顔をしてくれた。
「私はこれから会議がある。少しだけ待ってくれないか。それから、続きをしよう」
去っていくアザドをジュリは眺めていた。
その背中は男らしく、頼もしいと思えた。
・
「なぜです!」
アザドは会議の机をばんと叩いた。
会議室にはテリオンの重鎮たちが座っており、アザドはその中心にいる。これでは会議ではなく裁判だ。アザドは今や、被告人となっていた。
「何を不満がることがある?」
議長が冷たい視線をアザドに投げかける。
今、アザドの処遇について会議が行われているところだった。不可侵の研究所、そこで自分勝手に研究を進めている彼を、軍が許容し続けることはなかった。延々とアザドの経歴を羅列する文章が読み上げられた末、彼の行いは許容できないという判決が下された。
「君の行動には不審な点が多すぎる。なので行動を制限する……と言ったのみだ」
「私は一切の背信行為をしておりません! アゾートの素材だって、生きたテリオンではなく死者を用いています。それがなぜ、このような……」
「君は以前、前線に赴いたことがあるね?」
アザドは冷や汗を流し、硬直した。
「その後、君は何かを人間が入るくらいのカプセルに入れて持ち帰り、それからアゾートの研究を始めた……」
「アゾートは、テリオンの軍事発展に大いに貢献しているはずです! 生物兵器としての優位性を……」
「黙れ。今はそのようなことを話しているのではない」
ぴしゃりと言われ、ぐっとアザドは押し黙る。
「アゾートの研究で重視されているのは、生体のコントロールだ。しかしその方向性は兵器開発以上に何かに向けられているとしか思えない」
「それは医療に転用できる可能性を賭けて……」
「自分の身体を改造できるテリオンが、そのようなものを必要とすると思うか?」
アザドは反論できなかった。
かぁん、かぁんと槌が振り下ろされる。
「これにてアザド氏の不信任決議を終了する。そしてこの会議を持って、アザドの研究室に立ち入り、不審なものがないか確認する」
冷酷に議長は告げた。
アザドの頭にどくどくと血が滾る。
研究所にいるジュリを見られたら、すべて終わりだ。
「貴様ぁーっ!」
アザドは激昂し、テリオンの姿に変化する。めきめきとその肉体は盛り上がり、人ならざるものとなっていった。
彼は悪魔の翼と尻尾、ワニのような顔を持つガーゴイルと化した。
ふしゅうう、と裂けた口から息が漏れる。
「ギシャアッ!」
ガーゴイルとなったアザドは悪魔の羽を広げ、議長に飛び掛かった。
議長は襲い掛かられる形でも物怖じせず、ふん、と冷たい笑いを漏らす。
「議会に反抗することは死を意味する。君はその禁忌を犯した」
そして右腕を上げた。
「撃て」
その瞬間、背後で待機していた機動隊が押し入り、空中のアザドにマシンガンを斉射した。
ダダダダダダダ、と音が連続して会議室に響き渡る。
一瞬にしてガーゴイルはハチの巣にされ、床に転がる。
じんわりと血が床に敷かれたマットに広がった。
「外道が……」
アザドは弱弱しく漏らす。
議長はつかつかとアザドに歩み寄り、より冷たい視線で見下ろした。
「君が研究室に人間を匿っているのは知っていた。それがただならぬ情であることも、既に見抜いていたさ。それ以外に人間を守る理由など、あるまい?」
「そこまで知っていて、なぜ断罪しようと思った……」
何を言い出すかと思えば、といった顔を議長はした。
「人間とテリオンの恋など、成就すると思ったのかね?」
「教えてくれ、なぜ人とテリオンは交わってはならないのだ……」
議長は、更に温度の低い目になった。
「我々と人間は本質的に相容れないのだ。別種の生物なのだ。恨むのであれば、こんな仕組みを作った神を恨むべきだな」
「貴様ら……貴様ら……!」
がくっ、とアザドは力尽きた。
無念のうちに死んだ、その死体をテリオンたちが見下ろしていた。
・
ジュリは研究室で待っている。アザドが帰ってくるのを。
このお土産についての話をもっと聞きたい。綺麗になった自分を、もっと褒めてもらいたい。
そう思っていた時だった。
がぁん、と扉がけ破られた。
ジュリは、今日の彼は少し荒っぽいな、と思った。が、直後にそうではないと思い知らされる。
テリオンの兵士が彼女を取り囲んだ。
「対象Aを確保。相手に抵抗の姿勢はなし。どうしますか?」
隊長らしき者が無線で誰かに言っている。
ああ、ついにか。
ジュリは最期が来たのを察した。
どのみち自分は動けない。その運命を甘受するしかない。
ジュリが最期に見た光景は、自分に向けられるいくつもの銃口だった。
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