揚羽蝶と黙示録

樫井素数

どこかの国の御伽話

 むかし、むかし。そのまたむかし。

 人間の家に生まれた子供は勇者と呼ばれ、魔族の家に生まれた子供は魔王と呼ばれました。

 二人はすくすくと育ち、やがて良き友となりました。

 互いを敬い、共に競い合い、いつしか、かけがえのない相手となったのです。

 二人はこの友情が永遠に続くと信じて疑いませんでした。


 しかし。その友情も長くは続きませんでした。


 人間と魔族の間で争いが始まります。何が原因で起こった争いなのか、誰も知りません。しかし、取り返しがつかないことであるのは確かです。

 人間と魔族は交わることのない存在、今まで両者が平穏に暮らしていたのは奇跡でした。


 バランスが崩れ、何もかもが壊れていく世界で人間と魔族は取り決めをしました。

 人間の代表と魔族の代表をそれぞれ選び、勝ったほうの勢力が表のセカイを支配し、負けたほうは地獄で暮らすというものでした。


 人間の代表には勇者が、魔族の代表には魔王が選ばれました。他の者たちと比べて強いものとして、大人たちがそう決定したのです。


 二人は泣いて嫌がりました。友達と殺し合うなど、耐えられないことでした。

 しかし二人が戦わずにいると、どんどんセカイは崩壊していきます。

 大人たちは二人に頼み込みました。どうか殺し合ってくれと。そうしなければ自分たちは皆死んでしまうのだと。


 勇者と魔王は二人きりで話し合った末、覚悟を決めました。 

 自分たちだけの都合で、大勢の人が死んではならないからです。


 大勢の人が見守る祭壇の上で、二人は剣を持ち戦いました。

 戦いは三日三晩続き、両者とも疲弊の極みに達しました。

 しかし最後に、勇者が魔王の胸に剣を突き立てました。魔王の血が祭壇に流れます。


 人間たちは歓声を上げ、魔族は悲嘆に暮れました。

 湧き上がる喜びと怨嗟の声の渦中で、勇者は友人の亡骸を抱き涙を流しました。


 そしてヒトは表のセカイを支配し、魔族は地獄に住むことになったのです。

 勇者は人々から讃えられましたが、その胸中は悲しみしかありませんでした。

 最愛の友人を手にかけた苦しみは死ぬまで続き、勇者は悔恨の中で最期を迎えることとなりました。


 ですが、たった一つの希望、もしくはこの上なく残酷な仕打ちが勇者と魔王の二人を待っていたのです。


 天にいる神様は、二人が何度生まれ変わっても巡り会えるよう運命を仕組みました。

 勇者と魔王が生まれ変わるとき、表と地獄の世界は再び混ざり合い、混沌を迎えます。

 その時に勇者と魔王は再び出会い、殺し合って、勝ったほうの種族が表の世界を支配できるようにしたのです。


 この世界が生まれてから何百年も、何千年も続く御伽話です。

 

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