第37話 少女と決意

 紫苑の体調は日に日に悪化していった。

 少し前から熱に浮かされているような様子だったが、段々と具合が悪くなっていくのが倖亜の目にもわかる。いかにも辛そうな様子は、見ている方が耐えられない。


「アポカリプス……また冷却装置を出しなさい。あなた、何でもできるんでしょう?」

 倖亜が睨みをきかせてアポカリプスを見る。しかしアポカリプスの鉄面皮は全く動揺していない。

「それはできません」

「なんでよ……」

「揚羽蝶とモルフォ蝶を戦わせる、神のご意思に背くことになります。先日はおふた方が倒れそうになった故、やむなく力を行使したのです」

「死ねっ!」

 倖亜のビーム刃が投げつけられ、アポカリプスの頭部に命中した。

 アポカリプスは案山子のように倒れるも、すぐに起き上がる。

「今までの輪廻の中で、あなたは一番乱暴だ……」

 アポカリプスの言葉を、倖亜はもはや聞いていない。


 熱にあえぐ紫苑。その額に倖亜の手を付けると、紫苑の表情は少し和らいだ。

「ユキの手、ひんやりして気持ちいい……」

「私の手でよければ、いくらでもつけてあげるわよ」

 力なく微笑む紫苑に、倖亜は微笑み返した。

 肉体の疲労もさることながら、紫苑の精神面のダメージが大きい。トランぺッターは地球とテリオンの星を行き来し、人類やテリオンを見つけては殺戮していった。

 荒れた土地に必死でしがみつき、生きている人々の集落が無残にも壊されていく。優しい紫苑は、誰かが死ぬのが耐えられない。かといって自分たちにできることは何もない。

 その中にかつてヤマガミ少年がいた洞窟も含まれ、それが破壊される光景を見た時、一気に紫苑はふさぎ込んでしまったようだ。


「……このままセカイが終わるまで、二人で一緒にいましょうか。だって、もう守る価値なんてないじゃない。セカイはもう、ほとんど壊れてしまっているのよ」


「なりません。神が、それを許しません」

 アポカリプスが言った瞬間、倖亜は殺意を込めた目で振り返りビームの刃でアポカリプスを突き刺した。

 倒れた相手にそのまま馬乗りになり、ざくざくと刃を何度も何度も突き刺した。


「無駄なことを。神から儀式の進行を仰せつかった私に勝てるとでも?」

 アポカリプスの表面は、傷ついた箇所からすぐ復元していった。

 はぁ、はぁと倖亜は荒く息をつく。その目は血走り、余裕がなくなっている。怒りを隠しきれない声で倖亜は吐くように言った。

「あんたたちが、あんたたちがいなければ、紫苑はこんなことには……」

「いいの。やめて、ユキ」

 後ろから倒れたままの紫苑が言う。

「もう、どうにもならないことだから」

 倖亜はゆっくりと紫苑を見る。

 もはや紫苑の状態は限界のようだった。


 天井を見つめたまま、紫苑は悔やむように言った。

「あたし、結局何もできなかった。ユキの力になって世界を救おうとしたけど、無理だったよ……全部あたしのせいだ。あたしのせいで皆死んじゃうんだ」

 その紫苑があまりにも辛そうで、倖亜は胸が張り裂けそうな思いに囚われる。

「ああーっ!」

 半狂乱になり、倖亜は何度もビームの刃を部屋中央にある巨大心臓に叩きつける。

 結果は同じだ。心臓は全く傷つかない。

 無力感に打ちひしがれ、倖亜は膝をついた。


「どうして……どうして私たちには何もできないの? 神様はどうして、こんなに残酷なの?」

 倖亜の嘆きに、紫苑は頭をもたげた。

「ユキ……それは考えても仕方ないことだって、あたし思うようになったんだ」


「命がある者は皆死ぬ。それだって神様が決めた、残酷な現実。あたしたちは、それをどうすることもできない。セカイがこうなってるのも同じことなんだよ。ただそうあるべきだから、そうなってる」

「どうして……どうして諦めるの、紫苑。あなたらしくないわ」

「だって、何をどうやっても無理なんだよ! どうしようもないんだよ!」

 うっうっと紫苑はすすり泣きを始めた。

「皆幸せな未来にしたかったよ。あたしがこの力を持って生まれたんだから、何か意味があるはずだって思った。でも、そんなことはなかった。あたしは無力で、できることは、ユキと……大好きな人と殺し合うことで。それって何もしないより辛くて。でも何もしなかったら、どんどん人が死んでいく……」

 紫苑の泣き声は段々と悲壮感を帯びていった。

「どうしてあたしは生まれてきたのかなぁ。こんなにしんどいなら、生まれなければよかった」

「紫苑!」

 倖亜は紫苑に駆け寄り、強くその身体を抱く。紫苑の身体は驚くほど軽かった。

「生まれてこなければよかったなんて言わないで。私は紫苑に出会えてよかった。紫苑のお陰で救われたの。紫苑がいなかったら、私は本当に価値がない存在で……自分も許せなくて……」

「ユキ……」

 紫苑は力なく笑った。唇の色は薄くなっている。

「もうあたし、疲れたよ……」

 倖亜は眠り始めた紫苑の顔をじっと見つめていた。

 もう、時間がない。

 このまま紫苑が狂ってしまうか、世界が滅びるか。どちらにしても少女たちに未来はない。

 であれば。

 倖亜に非情な決断が迫られていた。


 紫苑が次に目覚めた時、倖亜は立ちふさがるように彼女の眼前に仁王立ちしていた。

 倖亜の顔はしかめっ面で、紫苑を睨んでいる。

「どうしたの、ユキ……」

 これまでの倖亜と何かが違う。紫苑は直感し、少しだけ身構えた。眠って体力が戻ってきたのか、熱は少し下がっているようだ。

「紫苑」

 倖亜は重々しく続けた。

「私、あなたが好き。その言葉に偽りはない。でも、付け足すべき言葉があるの」

 倖亜は厳しい言葉遣いで先を続けた。

「私はあなたを、壊したいくらい好きってことよ。私、あなたを殺したいの」

「ユキ、何を言って……」

「あなたを殺して、あなたの心を私でいっぱいにしたい。あなたが最期に見る光景が、私の顔であってほしい。だから」

 倖亜はビームの刃を顕現させ、構えた。


「私はあなたを殺すわ」

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