第25話 少女と不可侵領域
テリオンの強襲部隊がシティ・カナンに集まってきたのは、数時間後のことだった。
巨大カーゴから、戦闘機の形をした爆撃機テリオンが発進する。爆弾を抱え、シティ・カナン上空まで雲霞の群れのようにやってくる。
センサーでは判別できないシティ・カナンを、テリオン側は大気の動きで輪郭を掴んでいた。人類の拠点が見つからないことから、不可視のジャミングが常に張られている予測を立てていた技術班は衛星監視による天候の動きからその所在を探そうとしていた。それが結果的に紫苑と倖亜の発見で、シティ・カナンまでの道が大幅にショートカットされたことになる。
大気の乱れを正確に捉えることは不可能だが、一度その姿を見た以上、作業員やコンピュータが全力でカナンの現在位置を割り出し、前線に送っていた。
爆撃機テリオンたちはシティ・カナン上空に達すると、次々に持っていた爆弾を切り離した。
不可視の結界を張っていたシティ・カナンは大気ジャミングを解除し、その姿を表す。
出現したシティ・カナンは、まるで空中に浮かぶ巨大な水晶だった。
曇天の中に突如現れた美しい結晶は、まるでシュルレアリスムの絵のようだった。
その真上から、爆弾が雨あられと降ってくる。
しかし、シティ・カナンの前に数でまさるテリオンの優勢というわけにはいかなかった。
シティ・カナン外壁から発せられたレーザーが瞬く。
レーザー照射は上空の爆撃機を捉え、網目のような光の線が瞬くと同時に上空に血の雨が降った。
テリオンの持っていた爆弾は、破裂するように血が撒き散らされると同時に内部で誘爆し、空中に二重の華を描く。
都市の防衛システムは、これまでの人類軍の比ではなかった。
テリオンの軍隊は戦局の立て直しを図り、生き残っている者から撤退していった。
・
イサクは怜悧な笑みを倖亜に向ける。
「こうしてあなた方と出会ったのも縁というものでしょう。我々はあなた方を歓迎します。世界の発展のために、よりよい選択肢を模索するとしましょう」
「よくもそんな白々しいことが言えるわね……!」
倖亜は大人への敵愾心を隠そうともしていない。紫苑は、二人の間で狼狽えるしかなかった。
途端、室内にビーッと警報が鳴った。
『テリオンの空軍を確認。その数五百。直ちに迎撃します』
コンピュータたちがぶぅんと音を立て、解析と外部への操作を自動で行う。
倖亜と紫苑はただ場に翻弄されていたが、やがて警報が鳴り止み、また静寂が戻ってくる。まるで小さな地震程度の影響しかなかった。
今の一瞬で、全てが終わったと言うのか?
『テリオン空軍の撤退を確認しました。状況は終了となります』
「ご苦労さまです。どうせ待っていれば向こうからやってくる。追撃の必要はないでしょう」
合成音声によるコンピュータの報告に、イサクは鼻を高くするように言う。
それから芝居がかった態度で二人に向き直った。
「ご安心を。シティ・カナンは爆撃機程度では落ちません。生き残るため、人間の技術の粋が詰まった都市なのですから。ついでに防衛システムは無尽蔵の力……トランペッターを動力として稼働しています。あれは、素晴らしいものなのですよ」
倖亜は無言でイサクを見る。やおら、口を開いた。
「人類がトランペッターを発掘したのは、記録から知っていたわ。でも、ここまで強いエネルギーを取り出す方法まで進んでいたなんて……」
「我々は何回もの輪廻に勝ち、何千年も青い地球を所有しているのです。これを有効活用しようとするのは当然でしょう? あの戦艦は、神からの贈り物だと我々は考えています」
「でも残念ね。あれを放置すると、みんな死ぬのよ」
「それはあなた方のどちらかが死ななかった場合でしょう?」
張り詰めた空気に紫苑は耐えきれない。
思わず叫んでいた。
「ねえっ! あの戦艦は何なの? あたしとユキのどっちか死ぬって、どういうこと?」
イサクは意外そうに紫苑を見た。
「おや……? あなたはご存知でない? てっきりあなた方はすべてを知っていて、その上で交渉に来たと思っていたのに」
「やめて!」
倖亜がイサクの言葉を遮る。
倖亜の肩は震えていた。
「紫苑に、教えないで……」
にんまりとイサクは邪悪な笑みを浮かべる。
その狡猾さは、まさしく蛇のようだった。
コンピュータに向き直り、イサクは次の指示を出した。二人に向けられていない顔は、笑顔がなかった。
「しかし、こちらも防戦一方ではいけない。『ドグマゼロ』を起動させる。あれが到達するまで日数を要するが、こちらには手札が全て揃っている。ならば打てる手はすべて打つべきだ」
『承知しました』
それからイサクはまた、笑顔を浮かべて二人を見る。
「居住区に来客用スペースがあります。きっと長旅で、あなた方も疲れたでしょう、しばらくそこで休まれてはいかがです? 当然、二十四時間監視はつきますが。明日また、もう一度よく考えて話し合いましょう」
「ええ。そうさせてもらうわ」
倖亜は辛そうな紫苑を見て、これ以上交渉を長引かせるのは無理だと悟ったらしい。
・
「ねぇ、ユキ」
居住区に向かう長いエレベーターの中で、紫苑は倖亜に言う。密閉された空間は、小さなカプセルで宇宙に放り出されたかのような気にさせた。
「ユキは、なんであたしに嘘ついてたの?」
倖亜は無言。
何と言えばいいかわからない。そのような感覚だった。
ごうんごうんと、エレベーターの駆動音だけが沈黙の中で流れていた。
・
宇宙にして火星の裏側。
衛星兵器『ドグマゼロ』。その巨大質量兵器は、遠隔操作で動き始めた。
広大な宇宙からすれば、衛星の破片は石ころに過ぎず、その動きは緩慢に思える。しかし実際には恐ろしい勢いで、地球に相対する星……テリオンの赤い地球へと向かっていた。
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