第35話 少女とおぞましき復活
「やったぞ! 終末戦艦を撃破した!」
おおっと管制室で歓声が上がる。
モニターにはボロクズと化したトランぺッターが力なく漂っていた。もはや死体のようなその姿に、人類は勝利を確信した。
「やったな……ついに我々は、神をも超越したのだ。あの脅威を打ち倒したのだ!」
長官は悦びに打ち震えながら、端末にかける。
「スズシロ、やったぞ! あの敵を倒したんだ!」
しかし返答はない。
長官は予感を感じた。そしてコンピュータルームに急ぎ、サーバーに接続されているスズシロを探した。
「スズシロ?」
返答はない。
椅子に座りケーブルに繋がれているスズシロは、力なく背もたれに身を任せていた。サイボーグながらも、ぐったりとした様子は魂が抜けていると感じられた。
「過負荷に耐えきれず壊れたのか……」
長官はスズシロに手を合わせた。彼女の功績は計り知れない。地球に戻ったら慰霊碑を立てなければならないと長官は思った。
長官は管制室に戻る。まだ緊張は解かれないが、どことなく勝利のムードが漂っていた。先程とは違う、重荷のとれた明るい雰囲気があった。
宇宙空間で、ニルヴァーナの直撃を受けたトランぺッターは漂っている。生気を感じないたたずまいで、完全に沈黙したように思われた。
これで地球を脅かすものはいなくなった。テリオンも、ドグマゼロにより本星が壊滅状態だ。残った地球の戦力で対処できるだろう。
しかし管制官の一人が異変に気付いた。
「目標内部に高エネルギー反応!」
「何だと!」
モニターに映る死んだはずのトランぺッターは、死から復活する不死鳥のように生物的な動きを見せていた。
金属でできているはずのトランぺッターはめきめきと姿を変えていく。近くの隕石を取り込み、巨大化していく。姿かたちも変わっていった。
羽の生えた巨大なホルンは、さらに巨大になっていく。隕石を飲み込んで手足と変化させ、今やそれは巨人となっていた。
そしてトランぺッターは、ゆっくりとニルヴァーナに向け降下していく。
管制室に再び恐慌が戻り、一気に人々は絶望に叩き落された。
「奴が来る! ニルヴァーナ、再充填急げ!」
「ダメだ、エネルギー供給が間に合わない!」
月のクレーターに隠されていた砲台、レーザー照射機が総動員され、迫りくるトランぺッターに向けられた。
しかし月面の迎撃システムは、未知の敵を前に豆鉄砲程度の威力しかない。巨人の前にはどんな攻撃も無力だった。
ずしん、とトランぺッターは月面に降り立ち、悠々と歩き始める。ひっきりなしに砲撃が向けられるも、それが効いている雰囲気は微塵もなかった。
砲身の横に立たれ、もはや無力と化したニルヴァーナの横に巨人は立つ。
がっと巨人は砲身を持った。
そして同化を始めた。
一見ずっ、ずっと巨人の方が飲み込まれていくようだ。しかし、ニルヴァーナ全体が粘土のようにぐねぐねと曲がっていき、それ自身が意志を持っているように見え始める。しかし砲台が意志を持っているわけがない。
トランぺッターにニルヴァーナは完全に乗っ取られた。
ニルヴァーナを吸収して、さらに巨大な巨人になる。もはやその全長は五百メートルをゆうに超えていた。
「トランぺッターが、ニルヴァーナを……食いやがった……」
管制官の一人が絶望の声を漏らす。
超巨大要塞と化したトランぺッターに、もはやなすすべはない。人類軍の戦力は全て使い果たしたと言っても過言ではないのだ。
「化け物め!」
長官は何度目かの拳をデスクに叩きつけた。
夥しい汗が長官の額を流れる。これまでの犠牲は、全て無意味だったというのか。神はどこまで無慈悲なのか。
しかしその考えも、危険を知らせる管制官の叫びにかき消されてしまう。
「トランぺッター、上昇!」
「推力上昇……どんどん内部のエネルギーが増していきます!」
長官は瞠目してモニターを見つめた。
自分たちが戦っている相手の巨大さ、壮大さを改めてかみしめた。こいつは制御不能の化け物だ。人知を超えたものなのだ。人間の手でコントロールなど、できないものだ。
「こ……こっちに来ます!」
「全員退避! 緊急用シャトルに乗り込め!」
長官が率先して部下の退去を促す。次々に自動ドアから急いで出ていく人々。しんがりは長官が努め、モニターに迫りくるトランぺッターを睨みつけていた。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオン』
獣の雄たけびが宇宙を轟かせる。
トランぺッターは、胸のブラックホールを手で押し広げる。それは胸に咲いた巨大な花弁のようだった。
ブラックホールが宇宙ステーションを吸い込んでいく。
脱出ポッドで逃げる余裕などなかった。大渦に巻き込まれた様に何もかもがへしゃげ、折れ曲がり、すべてが虚無に飲み込まれていった。
・
モニターで惨状を見つめる紫苑は、もはや言葉もなかった。
人々が次々に死んでいく。それも、紫苑が乗っているものによって。敵の心臓部は目の前にあるのに、どうすることもできない。無力感が紫苑を包み込んだ。
「人類如きが宇宙に進出しようなどと、ましてや神の機械を利用しようなどとおこがましい。彼らはそれがわかっていなかったのです」
そう言い放つアポカリプスを、きっと紫苑は睨みつけた。
「人間のことをわかっていないのはあなただよ!」
アポカリプスに表情筋はない。黙って真顔のまま紫苑の言葉を聞いている。
「あなたたち神は、人間がどんなに必死に生きているのか知らない……たとえ荒廃した世界でも、ゴミ山に埋もれようとも、生きる希望を失わない人たちのことを知らない! あなたたちは、そうした逞しく生きる人たちを絶望させてるだけなんだよ!」
「……ごもっともなご意見、ありがとうございます」
恭しくアポカリプスは会釈する。
「しかし……あなたは物事の尺度を測り間違えている。我々はそんな小さな次元で動いてはいないのです」
今度は紫苑が無言になって聞き入っていた。
「例えば、ゾウが蟻を踏み潰すのに悪意があるとお思いですか? それに比べれば我々は随分温情がある。人類の、ひいては宇宙の管理に努めているのですからね」
「あなたたちは……本物の外道だよ!」
紫苑はそう言い放った。
アポカリプスはやはり、何の表情も浮かべていなかった。
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