第49話 彼女は優しい軍人(その心中はいかに??)
「ッ————…………」
先頭を意気揚々と進んでいた小さな背中が、突如揺れ、そして止まった。
二番手を進んでいた門真が、恐る恐る声をかける。
「お、お嬢様? いったいどう」
「お姉様と呼んでくれ」
「すいません……お姉様……?」
名も知れぬ幼女が振り返りもせず訂正を言い放ち、門真は雰囲気に呑まれ頭を下げた。
ベテランオペレーターが頭を下げてしまうほど、今の幼女は重い空気を纏っている。
重い、年月を掛けて厚く重ね塗りをした古璧の如く、見通すことを拒絶する深さを以て、尋常の人に許されざる過去を匂わせ、小木が根の威容で驚愕を及ぼすに似るか、英邁たる色を覗かせたるは、如何なる因果あればこそなるや。
知りたくば見よ。
その化け物じみた笑みと。
世界の果てまで追う瞳を。
「見つけたぞ
人たる肉を引き裂かんばかりの、裁定者の潔癖を。
†††††
「ッ————…………」
そろそろ動きべきかと腰を上げた男は、僅かな間中途半端な姿勢に止まり、次に元通りの姿勢へと腰を落ち着け直した。
「そうか……ふっ…………そこに、いるのか」
一割の光と、九割の闇が支配する地下の空間に、小さくも重量を想起させる声がこだまする。
オペラ歌手じみた厚みある声は、だがしかし男の喜びを伝える相手を見つけられない。
喜び、彫刻に祝福ありて瞳を開くが如く、人を捨てたが故にありし孤独を以て、ありうべからざるに手を伸ばす願いを匂わせ、メタセコイアが雷を賜るまでに似るか、悪たるを望めど信念の色、如何にしても信じればこそなるなり。
見れば知るだろう。
人を殺した果ての造物と。
並ぶ者なき知性の輝きを。
「見つけてみせたまえ……
人ならざる皮に隠された、願いを追う者の寛容を。
†††††
表に関わらない化け物たちが争う直前、表に関わる者たちもまた、次なる局面へと進もうとしていた。
「…………まよい、くん?」
日本支部統括長としてではなく、オペレーターとして立つ大ベテラン。ここまで汚れ一つなく進んできた鳳は、目の前の人物に驚きを隠せなかった。
「鳳アラヤ日本支部統括長。良いタイミングだ」
平然と堂々と表情一つ変えず、三日月真宵は言い放つ。
周囲にはテロリストを従え、カジュアルな服装でも抑えられない威厳を振り撒く。肩には野菜柄の着物を着た妖精が、ネギのようなものを携え正座していた。
「真宵君」
「真宵さん」
鳳とテロリストの言葉が重なった。立場は違えど、声に混ざった困惑は同種のもの。
誰も、真宵以外の人間は状況が何も分かっていない。
「そうだな、状況整理といこう。鳳支部長、周囲に敵はいるか?」
「……いや、分かる範囲にはいない」
そう、敵はいなかった。鳳が会敵しないようにルートを選ぶと、導かれるように真宵の元へ辿り着いたのだ。
明らかに不自然。鳳の背後に控えるみとも緊張を露わにし、警戒の視線を緩めない。
「僥倖。こちらはテロさん制圧後、協力者として共に這い回る機械を止めに行くところだ。弾数は多少不安あり。人員消耗はなし。練度は問題なし。手榴弾等はなし。能力者はいない。以上だ」
((テロさん?))
テロさんなる謎単語があったが、おそらくテロリストのことだろう。真宵以外は納得した。納得しなければ話が進まない雰囲気を感じたので、暗黙のまま納得しなければいけなかったのだ。
ただそんな中でただ一人、鳳だけがもう一つの単語に動揺していた。
(“能力者”……? “超常能力者”の略語? なぜ真宵君がそんな言い回しを。……)
西暦2110年現在、“超常能力者”あるいは“超能力者”の言葉は基本的に使われることがない。それらは蔑称のイメージが付いているからだ。
由来は55年前の西暦2055年にまで遡る。当時起こった大変革、超常の能力を持つ人と魔獣が現れ始めた時代の分け目。
魔獣という新たな脅威、超常の力による犯罪、極端な差別と区別、軍事力への傾倒。
人類と人類を分けた混沌のはじまり――
――
2065年にアラヤが発足するまで、
(超常能力者は今でも問題になるほどの単語だ。最近も名誉毀損の原因になった)
逆に言えば、それほどの意味が刻まれる過去がある。
(そんな中でも使い続ける、それも能力者と縮めてまで……)
それは反解放力思想の持ち主か、あるいはより組織的な意味を以て戦力を運用する……
「鳳支部長」
「っ……すまないこちらも開示しよう」
「感謝する」
「かまわないよ。そうだね、まずは」
……軍隊のような特殊環境くらいのもの。
それは鳳が時代を見てきた老兵だからこそ気づけたこと。逆にテロさんは前職故に違和感を抱けなかったこと。
その違和感はあまりにも些細で、見過ごすには深すぎた。
「ナンバーズ5と鳳支部長か。これは楽に目標を達成できそうだ」
真宵の口元が、ほんの僅かに緩む気配がする。
「そうだね。みと君は……強い」
「ああ、そのようだ。そして鳳支部長はさらに――」
「真宵君っ」
真宵の返事を、鳳は強めの言葉で遮った。
黒街みとより岡弓鳳を評価しようとしたから?
当然それもある。如何にみとや鳳が世界ランキング保持者とはいえ、ほぼ機密扱いされている二人の情報は簡単には集まらない。にもかかわらず、最近ティーチャーになったばかりの真宵が言及するものではない。
だが……だがそんなもの些末に思える原因があった。
鳳がここに来て、真っ先にみたのは真宵だ。見たというより視た、それよりもみた。みて、情報を得る。それが鳳の解放戦力。
『惑星の瞳』たる琴業奏のように惑星の表層を知覚することはできない。彼女は広域情報取得能力の頂点だ。だが同じ情報取得系統でも、鳳の解放力は少しばかり毛色が違う。
より狭く、より詳細に、より深くまで。
勲章下賜名称『見透かす者』。日本という国の象徴に賜った名は、日本で二人目でありオールドエイジ最後のワールドランカーに何よりも相応しい。
ただ視界に映す。それだけで鳳はありとあらゆる個体の情報を取得できる。そのときその場における、一つの存在の保持する要素全てをだ。
個体情報取得能力の頂点、『
現代の解放力を見つける技術、その大本たる解放戦力である。
「君は……」
見方によっては全てを見透かす、世界ランキング5位タイの超越者。
だからこそ、鳳は問わねばならない。
「……何者だい?」
世界を変えた解放力を以てしてさえ、何一つ見透かせない彼女に。
みとが驚愕のあまり、真宵から視線を外してしまう。鳳の発言は、あってはならないもの。ありえてはならない、絶対の崩壊だ。
鳳は関節が白くなるほど拳を固め、背中に冷や汗を浮かべる。
「なにもの、か」
空気から異常を感じたテロさんたちもが凝視する中、真宵は悠然と呟く。
「そうだな、私は」
少し早口に、真宵が呟きを生む。
「私は、私であるものは、私とは」
呟きが、流れる。
「三日月真宵とは……」
うっすらと、三日月のように、固く変わらない口元に。
微笑みが、現れた。
あたかも、待ちわびた贈り物が届いた瞬間の如く。
予感だ。
次の一言に、きっと圧倒されるだろうと。
所属も身分も関係なく、真宵の威を前にする一種の畏れ。
ゆったりと、優美な唇が緩んでいく。
「何者で在るべきだ?」
(んなもん知ってたら困ってないわっ! 強いて言えば陰キャじゃ!)
【急に強気になりましたね】
(ストレスだよ!!)
真宵は切れた。何にって? 自らに負担ばっか掛けてくるこの状況にだ。浮かべた微笑みは、怒りの引きつりだった。
アホの子ではあるが、真宵は馬鹿ではないし阿呆でもない。自分からみえる状況はかなり把握している。とりあえず怖い人と一緒に殺人兵器の指示系統を潰す。ここまでは分かる、ゲームでもお約束だ。
だけど何故自分が? 知りもしない人間と協力してまで?
ふざけるな。私じゃなくていいだろ。やるにしてもフレンド協力かソロにしてくれ。陰キャぼっちに初対面サポートとかできるわけないだろいい加減にしろ! だいたい今日はオフなんだよ!!
言い分は分かるな、全面的に賛成だ。ちなみに真宵はルヴィ信者なので、だいたい原因のルヴィを本格的に責めるのは絶対最終手段である。
(もーぅロールプレイも限界! さっさと終わらせるんだよ!!)
シューティングゲームキャラのロールプレイでストレスを乗り切っていた真宵も、さすがのさすがに限界が訪れていた。一応補足、鳳が注目した“能力者”も、人権能力持ちキャラを示すとあるゲームの用語である。
陰キャであってもストレスが溜まれば逆に攻めてウサギのように襲いかかるのだ! 略して『陰キャの逆襲』。Z級映画も真っ青のタイトルができあがってしまったな。
とりあえず持ち前の一万年に一人級の容姿で周囲を圧倒した後、真宵は苛立ちを込めて首を軽く振る。
なお、一瞬で無表情に戻ったので、周囲はすさまじく不機嫌になったと感じた。間違ってはいない、最初から不機嫌だっただけの違いだ。
「さて、さっさと片づけるか。協力してもらえるな?」
「あ、ああ」
ためらいつつも、鳳はそう答えるしかなかった。
それだけ今の真宵からは威圧的(不機嫌さ)なオーラ(怒り)が感じ取れた。なによりも鳳の解放力で特異な点(そりゃなんもないからな)が見当たらないのは、あまりにも不気味(能力がある前提ならな!)過ぎる。
「真宵君はまず、何をするべきだと思う」
「決まっている。速攻で機械どもの指示中枢に辿り着き、速攻で壊す」
真宵の発言に、テロさんたちが大きく肩を揺らした。
「それ以外――」
「……真宵さん。貴方は……壊すの、ですか」
テロさんのリーダー格が、切れ切れに声を絞り出す。
少し荒い動作で真宵が視線を向け、テロさんリーダーに告げる。
「それ以外、私が何をすると?」
(指示機械を壊すのが手っ取り早いでしょうがぁぁぁあっ)
テロさんは裏切られたような感覚を覚えつつ、同時に納得してしまう。
(ああ、そうだな。事態収拾のためには、連隊長を殺すのが一番手っ取り早い。ああ、間違いない)
「任せろ」と真宵は言ったが、どのようにするとは言っていない。
そもそも、真宵はテロリストである自分たちに「できる」と言ったのだ。その時自分たちは、自分たちで救いたいと考えていた。
自らの手で救いたいテロリストにできると言い、任せられると殺す選択肢を取る。
ならば、悪いのは真宵ではない。「できる」と言われながら自分たちを信じ切れなかった、『連隊長の部下』の責任だ。
騙していない。むしろ軍人としては、甘い。
「真宵さん。貴方は酷く優しいのですね。今のように、ときに残酷なほど」
テロリスト……武装集団が真宵からじりじりと離れていく。テロの意思はなく、故にテロリストではない。
上司を、仲間という名の家族を守ろうとする、武装集団だ。
「…………感謝します、真宵さん――――よって、ここからはお前を倒してコチラの目的を果たすッ!」
武装集団を前に、真宵は目を閉じた。
「そう、か。お前たちはそうするか」
「はい」
「なるほど」
真宵はキャップを直す。ふちを持つ手は、少しだけ震えている。
その震えは悲しみか、喜びか。
(おまっ、お前なっ!? 直前背後撃ちとか普通に許されない行為だよ!? どの(ゲーム)シリーズでやっても絶許からの垢バンだからね!? 分かってる? しかも装備そのままって! そのままって!! クレーム対応でメーカー死ぬよ!!! 訴えれば勝てるんだからねっ!?!?)
【重度の悪質行為と法的に判断されなければ、訴えても勝てないかと】
(めっちゃ重度の悪質行為だから!)
【受けた不利益は感情面ですので、判断が難しいかと】
(知ったことカーーーーーッ!!!)
……怒りだったかもしれなかったりしなかったり。
何やら状況が変わったことを悟った鳳とみとが、真宵を助けるか逡巡する。真宵の理解不能な言動に、どう動けば良いのか分からないのだ。
そうしている間に、真宵がキャップから手を離す。
「いいだろう……道は見えたよ」
(モラル喪失者は許さん!!)
その場にいた真宵以外が、全身を強張らせる。
恐ろしい。美しいが、全身を細切れにされそうな威圧感。細い肢体が、戦車のように死を予感させる。何より青い瞳が、濡れ烏の黒より鋭く研がれていた。
瞳の見えない者は幸いだ、恐怖が半分で済む。瞳が見えた者は幸いだ、恐怖の根源を知ることができる。
空気が、真宵に従い止まったかのようだ。
駆け引きが引き絞られた弓の緊張を宿したとき、全ての予想が無に帰した。
突如の轟音は真宵の頭上から。
陰のような人型が真宵の周囲に降り立ち、床を破壊し下へと落ちようとする。
真宵の身体もまた、陰と共に落下しようとする。
助けようとする者たちがいた。
テロさんたちは真宵の名を叫びながら、真っ先に駆け寄ろうとする。
鳳はみとを振り返り、みとは解放力を使おうとする。
全ての動きが、鋭い一言で止まった。
「やってやれッッ!!!!」
確かに見えた。
激励を送った真宵が、儚げに微笑みと視線を送る姿を。
(あっ、これ死んだ)
【『やってやるッッ!!!!』と殺害宣言なんてするからです】
(こーろーさーなーいー!!!)
落ちていく優し過ぎる軍人に、ひとりのテロさんが敬礼を送った。
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