第52話 貴方ロリコンっていうのねっ!
「てつっ! だってッ! くれれば楽なんだがねッッ!」
ミスティナが叫ぶのを、真宵は腕を組みながら眺めていた。
「どうしたのかね。英国の猫もそうは鳴かんよ」
「うるさい罪人がッ!!」
本気を出した盟主の攻勢は、まさに圧倒的と呼ぶべきもの。
赤雷を纏う黒塵がたゆたえば、滅尽の破壊を空中へと広げる。魔方陣が瞬けば、槍が剣が矢が鏖殺を掲げる。ひとたび腕を振るえば、盟主の全智は相手の死を顕わとしていく。しまいには部屋が狭いとのたまい、壁を削っては柱と魔方陣を生成していくのだ。
唯一悪を名乗る者は、力の一端でさえも尋常を超えていた。
それを相手にするのはミスティナ・ラングレー…………ただ一人。なんでだよ。
「最高司令官命令だ! 私を手伝えっ! 手伝ってくれーッ!!」
異能世界の頂点、その悲壮な叫びは、あわれ誰も拾うものがいない。
ミスティナが必死で戦っているとき、他のメンツは壁際に陣取って観戦をしていたのだ。ミスティナは何人か懲戒免職にしても許されると思う、許されるくらいの権力は持っていることだし。
そのことは各員、特に奏とシナは正確に認識している。問題は戦力になるこの二人が、組織の長より真宵に従順であったことだ。
(みんなの出番は終わったのかな?)
問題の中心点は何も知らず。何なら盟主が本気になったのも、こいつのせいだと言って間違いはないだろう。大体、盟主とミスティナが真宵を見定めようとしたことが原因かもしれないのだ。つまりは全ての問題の中心は、真宵に他ならないっ! なんと! 衝撃で当然の事実が浮かび上がったッ!
「何を図っているのか……君の秘密兵器は君すら惑わせるようだね。その焦りは本物だ」
「三日月真宵の考えなんて分からんねッ! 現在進行形でねッ!!」
「それは素晴らしいッ」
ミスティナでも及ばぬ部下とは、そんな喜びを浮かべる盟主。
本気で何考えてるかわかんねえ、と困惑の極みにいるミスティナ。
特に何も考えてない、強いて言えば戦場から離れられてホッとしている真宵。ここが一番の戦場だよ。
「彼女は……よくやる」
真宵が呟く。視線の先にいるのは、ミスティナ・ラングレー。蒼光の織り成す力は、赤い稲妻の中を引き裂いて進む。
ここからどうなる。見ている者たちは唾を飲むしかない。超越者三人、その内の一人はまだ動いていないのだ。
(アクロバットも進化してるんだな)
【そのようですね】
真宵が超越者などではないことなど、周囲からは知りようもないのだから。
一方、アラヤのオペレーターたちは緊張を滲ませていた。
盟主マイケル・マトクリスが呼び出した黒鎧のドール、(何故か)真宵と一緒に落ちてきたアレだ。そのただならぬ調整型ドールが、真宵たちを半円形に囲んでいたのでる。持ち得る能力は未知数。暴威を振るう盟主が戦力にすることから、高レベルの性能が予想される。
真宵以外の人間は、強い警戒を黒鎧に向けることをやめない。
真宵は即席の柵かなんかだと思っている。こんな禍々しい柵があってたまるか。とはいえその(間違った認識からの)余裕があるからこそ、周囲は焦らずに動けているのだが。
(さあ、どうする三日月真宵。未知数にして未解明よ。ナイトとルークによるチェック。私の予想通りならばチェックメイト……はは……さあ、どう動く?)
盟主は黒鎧のドールを動かさず、相手の出方を伺う。
事象の構成解析、要素分解、適応、再構築、変成分解…………
人類最高峰の頭脳が導き出した、『三日月真宵はカウンターしかしていない』という答え。
ならば、ことを起こさずにパーフェクトゲームを達成すればどうなるか。
「さあラングレー公。如何なる答えがでると読む」
「そうっ、だなッ!」
「
ミスティナ・ラングレーはにいっと口角を上げ、肩をすくめる。
「あるべきになるだけさ(特別訳:わからん)」
間を開けず、真宵の声が空間に広がる。
「
(すごい迫力満点の劇だった! 内容はさっぱりだけど!)
真宵の両手が合わさり、空気を震わせ、一拍の音が合図となる。
無駄に広くなった地下によく響く拍手は、獲物を探す飢えた者を呼び寄せた。
樽井うえから連絡を受け地下室の真上に近づいていた、アラヤ日本支部の誇る中近距離戦闘
「どぅおらっしゃーーーッ!!!」
「は、はははっ、
本日二度目の真上よりくる奇襲。盟主は純粋な身体能力で、後方へと回避する。
(
盟主が考えるに、神谷ミアの突入をミスティナは把握しきれていなかった。ならば、〈世界をみる〉ことはまだできない。できなければ、あの女は出てこない。
盟主が読み取った通り、粉塵を突き破ったのは神谷ミア。
「おんどれぃが敵かぁッ!!!!」
「驚嘆すべき才能だが、組織式格闘術が抜けていないな」
「ッ!?」
ミアの軸足が残り気味の回し蹴り、それは即座に殴打へと移行できる合理的選択。そう、敵へのダメージを減らしてしまう、ある組織の格闘術。極めたミアの土台であり、弱点でもある戦闘技術。
盟主の腕が蹴り足に触れ、少しだけ位置を狂わす。
通常ならばたったこれだけでバランスは崩れ、そのまま倒れることもあるだろう。それを防ぐためでもある浅い軸足で、ミアは踏みとどまる。
瞬間、ミアは愚行を悟る。格闘術同士ならば、バランスを失った者が負ける。だがバランスを維持しようとする時、多くの人間は動きが止まるのだ。
目の前に突き出た右手には、盟主の殺意たる赤黒い杭が浮かぶ。
理論上、ミアならば避けられる。体勢を維持しようとする、筋肉の力みが抜ければ。一切をミスしない、対応力があれば。
ミアは人間だった。
「――――
齎されたのは、峡谷を造る者という意味を込めた『グレン(glen)』の名。
驚愕に広がる目。
「ここで……
アルミ結晶で出来た盟主の瞳が上に向き、落下してくる極大暴力に見惚れる。
アーツスコア4の速度と擬似的質量となる波動密度、そして武装として規格外の巨塔。
日本ナンバーズ7。東堂茜が更新した、英雄ならざる個人能力の瞬間戦力限界値。
読めなかった、読めるわけがなかった。盟主の頭脳と情報収集能力を合わせても、人物をファイリングしようとも。
捻れ絡まった事象の糸に対して、盟主は間違ったものをみていたのだから。
人類の最高点はその中心点を、あまねく捻れた因果の糸を紐解く者を見る。
人間を捨てた盟主とは違う。人間だが人かも怪しく感じる美しい幼顔は、ゆっくり目を閉じた。黙礼か、離別か。
(三日月、真宵――――)
盟主にして唯一悪、頂点にしてプレイヤー。
マイケル・マトクリス=アハトラナは笑みを浮かべ、酸素と水素の杭に貫かれた。
(うばっ、耳痛い! ほこりで目が、目がぁっ!)
【瞬きを何度かして、耳の周りを押してください】
(ちょっと楽になったかも!)
【チョロ……それでは、演劇が終わりました】
(うえ? 最後見れてないのに)
真宵が目を開けたとき、ほんとに全てが終わっていた。
部屋は一辺が80メートルはある部屋になり、天井を支える柱はなんか素敵で古典的な感じに。ミアの周りがえぐれているのは、ミアだからそんなもの。いつの間にかいる茜はミサイルを持ち、綺麗に穴の空いた地面を見つめていた。あ、なんかGA○○Zっぽい塊もある。やっぱりストーリーは何一つわからにゃいです。
以上、真宵の感想でした。
『こうして、私は負けたようだね』
「はっ、盟主か。相も変わらず見えんとは、それも魔術というやつか」
『アラヤ最高司令官殿、そう邪険にしないでもらいたい。それと、我が魔術は錬金術だよ』
どこからともなく、消え去った男の声が響く。
全員が出所を探せば、どうやら部屋全体の空気が振動しているのか一点が掴めない。
『それで……』
「お前が主演か。興味深い舞台だった、だが見る者のことを考えていないな。ほぼ演出で評価5をくれてやる」
【100点満点でだと言ってもいいですよ】
(そうなの!? 10点が満点だと思ってたよ!)
今回の出来事で徹底して一歩引く姿勢を貫いた指揮官は、傲然と事件を舞台として評価した。
悪事などというものは人に見せるものではなく、極論自己満足のためである。それでも、真宵は全ての仲間を置き去りにして批評する。
空気が震え、『やられたね』と男の声。
『確かに、いささか最高司令官殿に集中しすぎたよ』
「私のせいにするな!」
『いやはや、観客を楽しませられないなど。主催者として謝罪する、ティーチャー三日月真宵』
粛々と、盟主は己の非を詫びる。いつぶりかも分からぬ、心からの言葉だった。
全てを測り、全智の予測を立ててきた。半世紀を経てさえ、計画の一端も崩れることはなかったのだ。そう、今日までは。
今日、あらゆる知恵比べに負けた。盟主の人生で、初めてとも言える明らかな敗北。
盤面を予想した……崩された。
盤面に駒を置いた……役立たずにされた。
盤面そのものを固めた……盤外から駒が翔んできた。
つまりは…………盟主は真宵を失望させてしまったのだ。
全てが思い通りになることほど、退屈を増長させるものはないのだから。
『次があるのならば――否、必ず次こそ君から満点評価をもらうとしよう』
「ふむ、期待しないで待っている」
『っはは』
別れの言葉もなく盟主の気配が小さくなったとき、真宵の呼びかけが鋭く響いた。
「ひとつ聞きたい」
『いいだろう』
真宵にしては珍しく、分かりやすい深い呼吸。緊張をほぐすかのような仕草だ。
(い、いちおうね? 聞いとかなきゃだし?)
【どうぞ急いでください】
(聞いちゃうよ!?)
【早く速く
真宵にとってとてつもなく重要な質問は、演技派でさえ緊張を隠せないものだった。
一際深い呼吸の後、真宵は真っ直ぐ虚空を見つめる。周囲は息を飲む、邪魔などできない。
「お前は(あ、ああ愛してるという意味で)ミスティナをどう思う?」
【ロリコンか聞くのでは?】
(直接はむりだよ!?)
盟主の声は粛々と答えた。
『最高だ。この世界で最高だよ』
「やはり……」
(ロリコンだったじゃんっ!)
勝手にロリコン判定される世界的巨悪。
「奏は?」
『当然、世界的素晴らしさだ』
「その解放力は絶大だからね」という言葉を、盟主は必要ないと判断した。しなければよかったのに。
(や、やっぱりロリコン指数が高いぃ)
【それはたいへんなことですね】
ルヴィの声も若干棒読み。妖精verは、部屋の隅でバンバン床を叩いていた。
「茜は、フロライアは、門真は、豹はどうだ?」
ミアの名前を覚えていない真宵であった。
『秋フロライア、楠門真のふたりは語るところがない。神谷ミアは残念だが中堅。東堂茜は……そこそこだ』
「なるほどな」
真宵は頷き、フロライアを見る。童顔、だが胸部装甲はそこそこ……なるほど。
次に東堂茜に視線を向ける。キリッと大人っぽい……だがにじみ出る幼さ……な、なるほど。
「んんっ、シナとリコはどうだ?」
『葛木シナは可能性を見せてくれた。美咲リコは、光るものがあるよ』
(はい、ミスターロリコンケッテーイッ!!)
ミスティナ、シナ、リコの三人(のロリ組)は高評価。その他(大人側組)はそこそこ評価。
うん、まあ、違うんだけど違うくない。
「つまり君は(ロリコン)……そういうことだな」
『ああ、私は常に可能性をみる者なのだよ』
「愉快な演劇だけは評価してやる」
それはつまり、力量は評価するが考えは否定するという宣言。真宵の言葉を聞き、盟主は見えぬ頭を下げた。
『我が劇団の次回公演、飽きさせることはないと魂に誓おう』
深く、ヴィランとは思えぬ敬意に満ちた予告であった。
次こそ、悪たる者の気配は完全に消え去る。
「…………………」
誰ひとりとして言葉を失った空間。
「…………」
「…………」
アラヤ最高司令官にして創設者たるミスティナ・ラングレーと、自らに関する情報を掴ませず『人類守護評価
(三日月、真宵、か。何一つ見定められなかった…………君は何者だい? 50年間で初めて分からないよ)
(ロリコンの被害者なんて、かわいそうなミスティナちゃん。いやほんとかわいいな!? 誘拐されそう!)
姿は、姿だけはやたらと感動的絵面ではあったのだ。
凜とかっこいいスレンダー少女と(見た目だけ)と、超弩級かわいい活発系幼女(見た目だけ)が対面しているのだから。
(な、なんであのふたりが意味深気に見つめ合ってるんだ!?)
盟主が去ってから到着した鳳支部長は、新たな胃痛の予感に背筋を震わせるしかなかったようだ。
妖精版ルヴィはも流石に気の毒だったのか、カフェインの錠剤をポケットに入れて…………もっと働けって意思表示だな!?
とりあえず宣言。
事件、解決。
被害。
死者0名。
施設5分の3壊滅!
総被害額、岡弓鳳アラヤ日本支部統括長の年給278年分くらい!
日本アラヤの名声は2下がったっ!!
世界の巨悪のやる気が1,000,000上昇したッ!?
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