第51話 【悲報】豹柄ジャケットさん、暴力装置を連れる
「君が三日月真宵……君こそが三日月真宵……! 予想外だ、この半世紀で初めての予想外だっ!」
男が笑う。歓喜、法悦、轟天疑う衝撃。
己だけではない。仮想とはいえ世界そのものを観測するミスティナですらも、ただひとりの人間が出し抜いてみせた。
あまねく因果の糸を収束させてきた男は、今回も辿るべき捻れを紡いでいたのに。
今や捻れた因果は丁寧に解きほぐされ、存在すらしなかった予測が湧き出している。
「この私を欺くか、三日月真宵。よくぞ育て上げた、ラングレー公ッ」
ミスティナに盟主が向けた、古い呼び方。遠く旧く男が手を差し伸べた、英国貴族の血を引くアメリカ令嬢の家名。
男は思い起こす。視界にも入れていなかった少女が、新興組織の最高司令官という化け物となり立ち塞がった四十五年前を。
世界悪を背負い続けた今でも、最高の思い出だ。
「はッ、真宵。こう言っているぞ?」
(すまん、初対面とか言える空気じゃないからパスする)
男にとって最高の思い出を生んだ幼女(偽)は、不都合を部下に丸投げする最低の上司になっていた。
「最高……ラングレー公、明らかに視線はそちらだ」
(っぶねぇ。最高の幼女って言うところだった。というか私欺いてないし! どっからどう見ても幼女じゃないし!)
【……胸筋】
(はっ!? あるし!? これから育つしッ!?)
男に四十五年ぶりの大歓喜を刻んだ真宵は、状況を何一つ理解していなかった。
最高の幼女とか聞いたことない単語だよ。
「さて、こうなっては仕方がない。我が躯体を破壊しなかったことを後悔するか……それすらも織り込み済みであるのかね?」
雑談は終わり。盟主の両手に赤のラインが走り、飛び散る赤雷が魔法陣を励起する。
800を超える幾何学模様が床と壁を覆い尽くし、空中には赤黒い円環が幾重にも重なっていく。
世界最高峰の演算機構『ソロモン・ツリー』に一部演算方式で肉薄し、直感や勘といった生命の機能を使いこなす。盟主の頭脳は人を捨てる前に同じ、故に旧時代の人間というシステムで超越者となった唯一であろう者。
魔術という仕組みを見出し、異能時代に一石投じた才覚。彼の者こそは『人間』という機能の壁を押し続ける先駆者。そして、傲然と悪をよしとする愚者。
「さーて、どうする真宵。一曲踊るかい?」
冗談まじりにミスティナが問えば、真宵は眉を寄せて面倒だと伝えてくる。
どうやら気に入らなかったらしい、ミスティナは肩をすくめた。
当の真宵は凛々しい表情で戦況を眺めている。
(あの、踊る曲なんてないんです。何これ演劇の真っ最中なの? テロが起こってるのに? 演出にいくらかかってるのっ)
そこそこ外界に触れたとはいえ、まだまだ真宵の価値観更新は途中。こんな状況でも演劇を疑うくらいには、脳天気さを保っていた。
こんな埃っぽい地下で演劇やるわけなかろう。観客少ないわ。お前の踊りのレパートリーに興味ないわい。部屋詰めお嬢様にしたって限度があろうが。
そんなテンパり外面ヨシーを放っておいて、現場の要素は積み上がっていく。
さしものミスティナも、本気の盟主に冷や汗を浮かべていた。
「これで
「経験があるのか? 前回はどう切り抜けた」
真宵の質問にミスティナは少しだけ考え、おどけを混ぜながら答える。
「こわーい顔の奴らを魔除けにした、かな?」
現状なんの役に立つかも怪しいジョークじみた言葉。ミスティナ自身も、苦し紛れじみたものであると理解している。
だが、真宵は違った。
彼女は知っているのだ、魔除けになりそうなほど凶悪な人相を。
(ファンキーな虎猫柄{※豹です}上着……パツパツのズボン{※パンツスタイル}……シーサーみたいな{※失礼}凶悪がおっ……関西弁の好戦的不良で勝手に転ぶ{※お前のせいじゃい!}と言えば……っ!)
真宵はくるりとアラヤ組へと体を向ける。敵に背中を見せるか、剣士にはなれないな。
盟主は警戒してか、背中への攻撃をしなかった。
大胆な行動に皆が驚く中で、真宵はキリリと言い放つ。
「誰か凶悪がおの虎猫柄パツパツズボンのドジ不良の場所が分かる奴はいるか。ついでにうえティーチャーに連絡が取れればなおよし」
ミスティナが“???”を浮かべ、自称唯一悪の男が魔方陣の維持を半分放棄して点滅させる。
異能世界の頂点たる全知と全智が、またもや機能不全に叩き落とされてしまった。
部屋の隅っこで妖精が笑い転げ、お腹をおさえていることになど誰も気づかない。手足をばたばたさせる姿が視界の隅にあっても、受け入れる思考リソースが残っていないッ!
分かってやっているのだから、この妖精(ルヴィ)ほんま。
まあ、真宵は単純に「神谷ミアさんの居場所を知っている方は?」と言いたかっただけなのだ。名前をド忘れして超越者を困惑させる暗号になっているだけで。いやそうはならんやろ。なっとるやろがい。
「………………はい」
唯一、対人ダメダメ陰の者たる琴業奏だけが、この場で手をあげる権利を勝ち取った。
世界ランキング4位タイは、非常に誇らしげだったという。
†††††
テロを起こした部隊のひとりが、小声で問いかける。
「この奥に、連隊長がいるんだな?」
日本アラヤのトップかつワールドランカーの鳳は、慎重に壁を観察しながら答えた。
「連隊長かは分からないけど、ドールの指示中枢はこの壁の向こうだね。全てのネットワークの中心がこの向こうにある」
「じゃあ連隊長だ」
断言す武装者をみる鳳は、そこに偽りがないことを確認する。
鳳は自らの解放力について説明していない。事情はどうあれ、テロを起こした人間を信用しきることはできない。鳳の解放力は情報でのアドバンテージを得るもの、一方的に観測してこそ有利を大きくとれる。
「とはいえ、どうしようか。おそらくだけど、この向こうにはドールが待ち構えているよ」
「アラヤの支部長とナンバーズ5なんだろ。『戦力独占者』と『国土の庭師』だ、この程度容易いと思うがな」
「随分と詳しいね」
自分に付けられた異名の一つに肩をすくめながら、鳳は呟く。
詳細の隠されたアラヤ日本支部における頂点戦力、『
テロリストとはいえ、詳しく誰がどのような呼ばれ方をしているのか分かるのは違和感がある。
「俺等もただの庭上がりじゃない」
庭、すなわち守られる側の一般社会。
「実戦付きのヤリコミで隊つき経験ありとして、そっちに関しても多少はな」
実戦付き、実戦経験あり。ヤリコミ、訓練経験豊富。隊つき経験あり、軍隊などの組織に所属していたことあり。
ほぼ確信していた事柄が明かされ、鳳はそうだろうなと頷く。同時に、これを明かしたのが彼らの誠意だと受け取った。
アラヤ日本支部統括長としての岡弓鳳は、この後敵対する瞬間をおもい理性を優先する。それはアラヤとして、オペレーターとして正しい。
だが、鳳は聞いた。
『やってやれ』と叫んだ子どもの声を。正体不明で警戒すべき、しかし自らが庇護しなければならない少女の
ならば……
「うーん、それは心強い。それならやっぱり、君たちが待ち人を助けなくちゃね。なに、入り口くらい僕たちが作るよ」
ほんの少し、ほんとうに僅かな気の迷い。
ただ一念、鬼気迫るほどの叫びを託された人間を、信じたくなってしまった。
(不思議だな。真宵君の一言と、誠実な人間。それだけで考えが甘くなる……まだ若輩ということかな)
現場に出ることは久しい。だけど老兵は、視線と考えを交わす感触は忘れていない。
現場を動かす仕事も嫌いじゃない鳳は、現場に達成感を覚えるオペレーターでもあるのだ。
「みと君。液化じゃなくて劣化、強度は風化砂岩くらいにしてほしい」
みとが頷くのを確認して、鳳はアーツを起動させる。
アーツスコアは3。ナンバーズ基準の解放力機能を存在規模の拡大にリソース転換、空気がひりつき強い磁場がほこりを揺らす。
武装した部隊が喉を鳴らした。それほどまでに、全身で感じる力量。
鳳は目の前にある壁が変色すると、右腕をゆっくりと振り上げ――――
「!? 待て! 何かきこえる!」
武装したひとりが声を上げ、全員が耳を澄まして動きを止めた。
揺れだ。壁が、床が、照明が揺れる衝撃と音。
それは徐々に大きくなり、ドゴンドゴンと体を揺らすまでになる。
ついにはすぐそばにまで感じるような、解体工事現場の如き轟音。
「ッ!!! これは連隊ちょu――ッ!」
「どわらっしゃーーーっ!!!! むこうかッ!!!!」
みとの解放力でもろくなった壁を吹き飛ばし、猛獣に見まごう人影が飛び出す。怒りと喜びの雄叫びを響かせ、嵐もかくやと高耐久複合素材を引き裂き去って行く。
厄災か暴威か、いや人間だった。
「ミ、ミア……!?」
「こーち……?」
覚えのある豹柄とハスキーボイス。
鳳とみとは思わず名前と役職を呼んでいた。
「連隊長っ!!」
武装部隊が部屋になだれ込む。大切な人の安否、それは彼らにとってなによりも優先されることである。
呆けていた鳳とみとも、三拍ほど遅れて部屋を覗きこむ。
「連隊長……! もう二度と、貴方のそばを離れませんッ……! 全員が、この身朽ちるまで……貴方の意思に反しても……ッ!」
黒いアーマーと各武器で武装した者たちが、ただひとりの細い体を抱いていた。
おびただしい注射容器が壊れたり残こったりと散らばり、黒ずんだ血が少ない照明でも浮かび上がる。その中心で体を支えられるのは、酷く貧相な痩躯。女性なのだろうが、あまりにぼろぼろで一目では分からない。
安い和紙のように汚れた白、そんな肌に黒ずみのような注射痕が数え切れないほどに刻まれている。骨が浮き出るまで痩せた体には、まるで拷問を受けたようにも見えた。
「もう……あなただけに、背負わせません……」
ゴツゴツとしたグローブ越しになでられた顔は、切れた唇が気にならないほどに穏やかだ。
鳳は武装部隊の背中に銃を上げかけ、頬を緩ませると同時に腕から力を抜いた。もう彼らに抵抗の意思はない、そう思いながら。
商業施設内の仲間を投降させてくれと、それだけ伝えるために歩を進めようとした鳳を、誰かが肩を掴んで止めた。
「なんだい?」
みとだ。何故か青い顔をして、鳳の肩を強く掴んでいる。
「あ、れ」
ぎこちない言葉と共に右を指すみと。鳳が示された方向に目を向ければ……
「……な、な」
ミサイル型の巨大な物体を持った、見覚えのありすぎる人間が立っている。
「支部長、おつかれさまです。緊急事態につき、勝手ながら出動しました」
「な、な、あか」
「ああ、うえティーチャーから聞きました。こちらは、私の新しい兵装です」
そう言ってミサイルのような塔を動かし、床をへこませながら打ち付けた。
1.3メートルを超える兵装。そんなものを自由自在に動かすには、アーツを使ってもスコア3は必要。そもそも彼女はアラヤにいるはずで、煙を発する脚部装備から走って来たのは確実。報告が追いつかない速度と考えれば、アーツスコア4だろうか。
高スコアを安定して運用できる人間は希少で、日本アラヤであればほぼひとり。
「少々向かうところがありますので、私はこれで」
一礼、そして方向を変えての前進。
流れるような動作は床を抉るだけ、付随して起こった強い空気の流れが周囲のがれきをガラガラと崩す。
接触面積に対して不自然な床破壊、常識的ではない超高速、動きに付随する空気が大きく動く現象。
それすなわち、解放戦力変換型身体強化外装・アーツの事実上の限界性能、スコア4行使の証。
「あかね、くん?」
中近距離戦闘最高峰のオペレーター。
現代汎用武装の申し子
史上最高の適応者アーツマスター。
アラヤ日本支部の頂点が一角ナンバーズ7。
――――『人能の限界』東堂茜、神谷ミアに続きてぎりぎり参戦。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます