第50話 ラ⚪︎ュタダイブ

 非常用扉がゆるやかに開かれるのを、男は穏やかな笑みで眺めていた。

 来るのは敵。歓迎すべき隣人。

 男は扉が開ききる前に立ち上がり、優雅な敬礼を現れる者に送る。


「最高司令官殿。此度は名を隠しての来訪、まことに嬉しく思う」


 長身にして荘厳。頭を下げているにもかかわらず、男の覇気は衰えることを知らない。


「変わらんなぁ。お前は常に独り、闇に這いずり回っている……なぁ、盟主」


 扉を越えた小さな影、それは幼い少女の姿。故に殺意を滾らせる顔は異形にも見える。


「この身についてこられる者は、それこそ君だけだと思うがね」

「はははっ! 大罪人と同じ世界を見ていると思われたくはないのだが」

「最高司令官、みえているのではないかね」

「盟主、傲るなよ?」


 気さくな声音、研がれた語彙。

 互いの思い描く『勝利する結果』を読み、吐息のひとつすら因果をたぐり寄せる釣り針とする。

 余人には許されない、人間というシステムの限界値をぶつけ合う。


「人の界をみる、君はそういった機能だよ」

「人の理を歪める、それがお前だな」


 彼らは、もはや彼らしか理解できない高みにいるのだから。

 一言一動が、刃であり盾と成せた。


「我が同族、万象を秘めた可能性の苗床。君ならば、運命さえも越えられるだろう。その摂理に反した身体の如く」

「運命? 神にでも反抗しろということか? かの神と異能者の戦いを見たはずだ」

「ふむ、我らは確かに見届けた。そのうえで言おう。その通りだ、神に反逆すべきだよ」


 男が扉から離れるように動き、誘われているのを確信しつつ幼女が扉を背に進む。

 幼女の後から入室したシナ、門真、奏、フロライア、リコの五人は、幼女の言っていた『巨悪』の姿を視界に収めた。

 美しい男だ。

 線が細く、だが僅かな凹凸が引き絞られた肉体を感じさせる。

 暗がりの顔でさえ柔らかで、同様鋭さが見て取れて。

 優美な動きはダンスの如く、揺れぬ体幹は戦いのもの。

 女性的で男性的。ユニセックスの究極の肢体と容姿、それでも思考は“男”であると叫ぶ。


「盟主……プレイヤー気取りはほどほどにしておけ。あの時、神は全てを無へと導けた」

「いかにも……しかし異能者が、人が神を退けた。運命を越えたのだよ」


 アラヤオペレーターの五人は時間と共に、男が人間であるかも分からなくなっていた。

 男の纏う空気は、異常なほどに異質だった。生まれてからこれまでであった人間とは、あまりにも隔絶していた。

 同時に、男と相対する幼女にも人間味を感じなくなりつつある。

 理解したのはただひとつ。

 あの二人は、化け物だ。


「最高司令官、我らは共にこの世界を見ている。観測者は常に、理想を夢見てしまうものだよ」

「否定はしないさ。理想から外れると私はイラつく。……だがなぁ……お前は出しゃばりすぎだッ」


 閃光ッ!!

 小さな人体が蒼光を纏い、敵たる男へ迫る。

 10メートルはあった空間は意味をなくし、幼女の皮を被った人外を瞬時に素通りさせた。

 男の存在した場所に、轟音が生まれる。

 人体――否、複合素材すら木っ端微塵になるほどの衝撃。

 状況に追いつけずとも決着を確信したオペレーターたちに、いつの間にか戻ってきている幼女が声を飛ばす。


「気を抜くなっ! あれで死ぬなら苦労しない!」

「人類最高峰に座す解放力者としての機能規模。『解放戦力変換型身体強化外装・アーツ』……補強されれば在り方だけで燐光を生む存在規模。流石は人界を治め理を無為にした、最古級の解放力者だ」


 果たして、男は生きていた。

 幼女の攻撃を防いだだろうへこんだ六角形の盾を崩しつつ、肌と服に赤い線を走らせた左腕を一振り、広範囲の土煙全てが真下に落ちる。


「相も変わらずを使うか、盟主マイケル・マトクリスッ!」

「魔術だよミスティナ・ラングレー。アーツスペックは東堂茜に劣るようだが、武装はどうしたのかね」


 門真のみ一拍遅れたが、オペレーター組が驚愕の色を浮かべる。

 ミスティナ・ラングレー。その名を知らぬ人間は、アラヤにはいない。

 現アラヤ最高指揮官にして解放戦力研究機関アラヤ創設者、その名に対しどうして無知でいられよう。


「作戦員に告げる。葛木シナは前衛! 琴業奏、楠門真は中間遊撃! その他はサポート! 私は最前衛だ!!」


 役職を与えられた直後、ミスティナの言葉の終わらぬうちにシナが男に突貫する。

 盟主マイケル・マトクリスと呼ばれた男が手練れだということは、先の光景で十分理解できる。だとしてもシナは恐れない、ただ仕事をこなすために前に踏み出すだけだ。

 解放力により装甲を纏い、エネルギー結合の反発を受けて加速突進。そんなシナを、盟主は地面から二本の柱を生み出すことで受け止める。

 柱の破壊不可能を悟ったシナは、一瞬の間に。熱エネルギーを受けた柱は、激しい音を立てて蒸発を開始。

 興味深そうに目を開く盟主の左手側から、蒼光の軌跡が迫る。音速にも等しい襲撃は、目に見えない衝撃波によって止められた。

 ミスティナとシナは吹き飛ばされ、衝撃波の発生源には盟主が悠々と立っているばかり。


活動力装甲バイタリティ・アーマーか、それも結合装甲と熱装甲の二種とは。体験すると解放力の進化に感動するものだ」

「ん、つよい」

「異能世界の唯一悪イヴィル・ワンを名乗る奴だ。尋常だと思うな」


 ミスティナの助言を、全員が納得を以て受け止める。

 盟主マイケル・マトクリスは、ミスティナを真っ直ぐ見定めた。


「此度の武装はこの者らか、我が同族。こういった趣向は30年前に飽きたのではなかったかね」

「察しが悪いな、我が仇敵。今回の私は武装を持っていないんだよ。もっとも、お前を殺す程度の戦力はあるつもりだ」

「心にもないことを口にするのは、君の悪い癖だよ」

「それはどうも。にしても今の衝撃波はなんだ? とんでも能力だな」

「窒素と水素を二重に集め、水素の拡散する力で飛ばしただけだ。君の武装なら波動力学を応用しもっと効率的におこなえるだろう」

「マニュアルでそれをするか、魔術とやらも底が知れないなっ」


 蒼光が矮躯を包む。ミスティナのそれはおそらくアーツの効果だが、詳細は不明。動きから考えてスコア4だろうか。

 ミスティナが奔る。シナが熱装甲のみで攻め立てる。

 盟主は余裕を持って対処していた。全方面への衝撃波は易々と使えないのか、物質を構築したり小規模な衝撃を使っている。構造生成フォーミング力場型圧縮エア・プレッシャのような能力だが、ミスティナはそれを解放力ではないと断言していた。

 魔術とは何か。門真は考える。

 特徴といえば、盟主が能力を使う前に現れる赤く光るライン。よく見れば、細い稲妻が散っている。

 解放戦力とは機能。自らを波の一種と規定する解放力者が当たり前に備えた、動き続ける機能。機能故に、基本的性質は制御することなく発現してしまう。


(そうだ、確かに言っていた。『マニュアルでそれをするか』……つまり魔術というのは自動機能じゃなくて〈使用操作〉?)


 ミスティナの発言を僅かな手かがりとしつつ、仮定に過ぎない答えを確認する。

 『俯瞰視点アップ・アイ』、文字通り上空から俯瞰する視点を得られるだけの解放力、門真は迷うことなく部屋の天井まで視点を動かす。強力さをAを一番としてEまでで評価するならば、良いところがCの中堅程度の能力。

 それでこそだ。オペレーター評価Bランク、そのトップに君臨する門真は強い。解放力者としてではなく、オペレーターとしての実力が飛び抜けている。日本の頂点ナンバーズ、東堂茜と最も頻繁に作戦をおこなう彼の優秀さは、ランク評価では語れない。


(見つけたっ!)


 盟主が魔術を使う直前、。近くでは赤いラインに目を取られ見えない。人間の身長程度の視界では、先ほど床に落とされた塵が邪魔をして気づけない。部屋全体を見下ろせなければ、確認するのに時間を要するだろう。

 8パターンを確認して全てで光る場所を特定、ミスティナとシナの攻撃に合わせ壁近くを走った。盟主が腕を振ろうとして床が光った直後を狙い、門真はアーツの力を借りて幅10センチ強の罅を床に刻む。

 ヂヂヂッと静電気が連続発生するような音を立て、スキなど一切なかった男にほころびが生まれた。運頼みの要素もあったが、門真は見事正解を引き当てたのだ。


「よくやったッ!!!」


 ミスティナが閃光となり、弾丸の如く宿敵に迫る。

 盟主は初めて一歩下がり、格子状の壁でぎりぎりミスティナを受け止めた。

 初めて盟主の目が鋭く細まり、“世界を”ミスティナがニイッと笑う。


「そのパターンはもうみた」


 冷ややかな少女の声が紡がれ、盟主と彼女を隔てる壁が崩れ去る。

 ミスティナは無理な体勢から強行せず、横に身体をずらす。控えていた重装甲が、素速く飛び出した。


交代スイッチ


 シナはエネルギー全てを表す揺れの結合をくっつけては離し加速、瞬時に攻撃力の高い熱装甲を身につけ対処しようとする盟主へと迫る。

 だが盟主の反応速度と冷静さは規格外。赤いラインの入った左腕を動かし、飛ぶ稲妻で床の模様を起動、もう門真が罅をつけるする暇もない。

 よって、Bランクの頂点は捕らわれず投擲での妨害を試みていた。運に左右されない、技能さえあれば必ず届く小石の投擲だ。

 盟主が半身下げ、小石を避ける。

 一手、シナの突進が盟主を上回った瞬間であった。


「見事」


 盟主の、心からの賞賛。

 ものを使うことを得意としていても、直接戦闘を苦手にしたことはない。

 事実、ここまでの戦いで劣るものなど盟主はなかった。

 単純に、一瞬の対応がハマり致命につながったのだ。


「両腕を使わされるとは」


 常にぼんやりとしていたシナの目が見開かれる。目の前に出されたものが信じられなかった。

 赤いラインを走らせた右腕と、同色の稲妻が繋ぎ起動させた壁面を覆い尽くす無数の魔方陣。

 先ほどまでのお遊びとは、規模が違った。

 空中に生まれた赤黒い槍の束がシナに向く。

 苦々しくも結合装甲を纏おうとしたシナの肩を、小さな手が引っ張った。


総世界閲覧リーディング


 盟主たる男を睨付けながら詠じるミスティナの激情を、柔らかく優美な笑みが受け止める。

 槍が飛び、少女ふたりのいた場所に突き立った。


「おふたりともっ!!」

「生きている。私が死なせるわけないだろ」

「最高司令官!」


 門真は横に現れたミスティナとシナに驚きながらも、その無事を安堵した。


「くそ……準備は万端だな。こうなると盟主は崩せない」

「即席だがね。お互い碌な備えもないとは、残念極まる」


 こう口では言う両者だが、決着など最初の一撃時点で求めていない。

 どうあがいても相打ち、互いに見失うのが関の山。超越者たちの結論は完璧に一致していた。

 ミスティナは盟主を逃がさない為に、殺せない。

 盟主はミスティナから逃げるために、殺せない。

 お互いがお互いの本気など望んでいない、だからこそこれは余興に等しい。


「琴業奏が参戦してくれれば楽になるんだがなぁ」

「…………」


 ミスティナが奏に視線を向ける。日本ナンバーズ3は、天井を眺めてぼーっとしている。


「そう言わないでくれたまえ。おそらく彼女は、屋上に待機させていたドールをみているんだろう」

「秘蔵の四機か。どうせもうすぐ到着するんだろ?」

「観測したことを聞くことに意味はあるのかね」

「導いたことを聞くことも同じだろうが」


 全知と全智、観測点と観測値、人を超えた者と人を棄てた者。


((5……))


 彼らは数を数えていた。盟主謹製のドールが天井を突き破るまでの、カウントダウンだ。


((4……))


 ただの一瞬もずれることはない。

 落下地点の予測さえ同じ。


((3……))


 盟主を囲むように降り立ち、盾となり、剣となる。


((2……))


 もうすぐ……


((1……))


 ……今。


((0……))

「来た」


 天井が破壊される。

 四つの黒い鎧と、その中心にいる背中を下にした人体。


「真宵」


 呟くは奏。輝くは瞳。

 ついに、待ち続けた指揮官が訪れた。


「ばかな」

「まじか」


 超越者ふたりも見上げて唖然としている。

 当然だろう。悪の帝王みたいな男が呼び出したと思ったら、訳分からん奴が従えたままラピュ○ダイブしてきたのだから。

 人を超えようが分かるわけがない。全知全能でも自分を疑うレベルだ。

 誰もが動けぬ状況で、真宵の衝突に反応できる者はいなかった。

 盟主マイケルの超人的反応速度と冷静さでさえも、完全に外された予測を組み上げ直すフル回転でキャパオーバーを起こす。


「ぐうっ!?」

「うにゃっ!?」


 ここまでキズ一つ追わなかった唯一悪名乗る盟主は、突如お尻で潰され今日初めての負傷を受けた。

 しばらく何者さえ口を開けない中で、スクリと立ち上がる威厳ありし姿。お尻の下にいた大罪人には目も向けない。

 門真の前に進んだ指揮官は、いつもと変わらない芯の通った誇りの如く。


「ま、まよい、さん……」


 真っ先に自分の前に来た事実に、門真は心が揺さぶられるのを感じた。

 つい、心に秘めた想いがあふれる。

 常に主役でないからこそ、こんな場所でも絶対的な上司にすがりたくなる。こんなメンツの中で、門真を選んだのだから。立場も状況も関係なく、信じられてしまうから。


「やった、んですよね……」


 頑張りましたよね。


「よくやったな」


 認められた。

 これ以上の名誉を、門真は記憶していない。

 …………うん、感動的だ。ほんとうに感動的だ。


(私は頑張った。ほらみろ私を認めてくれる人間はいる。流石は唯一まともな見た目な人!)


 コレが見た目通りだったならなぁ。

 なんか門真の背中を凝視する日本戦力のトップ勢も、どうにかできたかもしれないのに。


「ふ、ふふ、これは予測外だ。我が同族ミスティナ・ラングレー! これが君の麾下にある秘密兵器か。やはり君は最高だよ!」


 真宵とミスティナがお互いを認識し、盟主に向き直る。

 幼さを吹き飛ばす鋭さ、指揮官たる顔の真宵。

 不敵な笑みは敵への布告、アラヤそのものミスティナ。


(この子が最高――――理解した。ロリコンだな!?)

(は、はは、は――――なにひとつワカラナイなっ!)


 そんな感じで威厳あふれる強敵を前に、絶対悪を名乗る盟主マイケル・マトクリス=は感激の笑みを顕わにした。


 ――……ん? 確かそんな名前の一部を言っていた、どこかの真宵ラブ・メイガスがいたようないたような???

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る