第53話 迷い子の(シャレにならん)癇癪

『いやはや、三日月真宵。彼女の実力は計れずじまいだ』

「ふーん? やっぱり化け物なんだ。教授でも負けそうになるなんてね」


 あっさりと、男が敗北を認める。

 誇らしげですらある声音で、嬉しそうに自分の敗北を宣言する。

 リコは苛立ちが募った。


「そんなんで計画は大丈夫かなー? ひとつのミスで何もかもおじゃんっ! だよー?」

『安心したまえ。動きを見て確信したが、我々の《至天》には勘づいていないよ』

「それも計算ずくだったら〜?」


 盟主の言葉に、一瞬の間が空く。


『……ふむ、それは当然の疑問だ。だが無用な心配だね、三日月真宵は〈対処装置〉だ』

「んん〜、対処装置?」


 リコにはイメージが湧かない。真宵が〈対処装置〉であるとはどういうことだろうか。

 催促せずとも、盟主は喜んで説明してくれる。

 超越者が人のように抱く喜びさえ、リコには酷い不快だった。


『捻れた因果の糸を解きほぐす……と言えば聞こえは良いがね。それはつまり、


 ああ、なるほど。リコは少し納得できた。

 盟主はこう言いたいのだ。

 人にとって《至天》は干渉できぬ法悦、すなわち人にとっては「起こった」という事実も存在し得ない。加えて、三日月真宵は「起こさない」ことができない。解した糸が再び絡まるが如く、絶対に何かが起こる。

 「起きない」前提の〈至天〉には如何なる糸も繋がらず、三日月真宵は何をすることもできない、と。


「まあ、確かにねぇ。せんせーは事件があって、解決するのがほとんどだし」

『故に私は負けた。事件を作った時点で、私以上の力で出来事をバラバラにされたんだね。だからこそ確信した。彼女は「起こった」に対し最適解だが、「起こらない」には無力なんだろう』


 瞬間的読みの暴力、それが真宵の武器。盟主はそう続け、己が完璧に劣っているのではないと決めつける。そう決めることが可能など、悲しいものだと思いながら。


『それに気づいていたかね。彼女は常に一定のパターンに基づいて言動を起こしている。内容はともかく、個々の要素は明らかに常人より少ない』


 人間というシステムは、非常に複雑だ。あまりにも雑多で、動きのパターンは尋常でないほどに多い。

 元来備わった機能を限定化させ効率化を図るのは、人体のシステムを十全に使えないため。格闘術もルーティーンも、大抵はここに起因する。把握できるまでに単純化し、己の能力限界を超えないように調整するのだ。

 それが体に染み付く。呼吸や瞬き、鼓動にまで単純化が図られているとすれば……


『三日月真宵は、造られた〈対処装置〉なのだろうね。ある意味ロボット。ロボットは、機能以外を果たさない』

「ふーん」


 あらゆる状況に対応できる、ロボット。

 人間が夢見て、事実上不可能とされる命題。だが、その完成例に近いのが真宵なのだろう。


「キッショい。教授ぅ、私でも壊せると思う?」


 命題を果たすだけの機構とは、それだけで完結し満たされている。

 リコの敵だ。


『可能だ』

「んん? 教授の敵が私に殺せるんだ」

『私の敵だからこそ、だよ。ロボットは命題を果たす存在、つまり完璧なロボットの敵はどこまでも“敵”だ。君の今の身分を思い出してみたまえよ』


 リコは即座に盟主の言葉を理解し、頬を引き上げる。


『三日月真宵にとって君は仲間。如何なる疑念があろうとも、初手を君に譲るだろう。君の攻撃に備えもしないさ。……どれほど先が見えていてもね』


 リコは見上げる。日本アラヤ都市の中央に聳り立つ、目の前のセントラル・ビルを。

 

 こ わ れ ろ


 小さな唇が、にんまりと笑った。





     †††††





【襲撃を察知。備えることを推奨します】


「んっ……」なんて真宵が喉を詰まらせかける。唐突なルヴィ予報(精度100%)に発狂しなかったのは、今の真宵が指揮官(役職は違う)モードだからだ。


「どうかしたのかい?」

「……いや、話を続けてくれ」

(後で詳しく聞かせてよねっ!?)

【……承知いたしました】


 自らに迫る襲撃を後回しにするとは、真宵はどうしてしまったのか。簡単な理由で、直近の問題に集中したいのだ。襲撃によって命が危険に晒されるかもしれない。しかし目の前にある問題も、真宵の命に関わるものだ。


「こほん……それじゃあ、【明井ショッピングキャッスルのテロ事件】についての話だ」

(やばい……クビかもしれない。まだお金もらってないのに。お母さんに殺される)


 ここまで一切自分の口座を確認していない真宵は、給料をもらっていないと思っている。

 成果報酬制に加え年俸制が採用され、魔獣討伐と事件解決の報奨金が振り込まれたと同時に、特別予算が組まれ別途月給が与えられている。そんな扱いを受けているなど、本人は知りようがなかった。本来ならば真宵に連絡がいくのだろうが、(表向き)キリッとした顔のメールアドレスが母親のものだと考える人間はいなかった。引きこもりは社会制度を知らないので、給与明細という概念も知らないのだ。

 ちなみに、これまで稼いだ分で0が七桁は確実にある。特別予算は申請しないとどんどん貯まるので、経理の人間は顔を青くしているだろう。


「まず最初に言っておきたいのだが」

「待って欲しい」


 初手から話を遮った真宵に、鳳は顔を強張らせた。

 一体何を言われるのか。真宵はここまで英雄的活躍してみせ、実力は未知数ながらも下手をすれば世界ランキングレベル。その要求は簡単に退けられないし、そも鳳は彼女にやらかしをしてしまっている。


(真宵君ならば、僕の解放力を知っている。断りもなく『存在規模計測スケールメジャー』を使ったことも分かっているだろう)


 もし、真宵が鳳の行為に腹を立てているなら、鳳は地べたに這いつくばって土下座しなければならない。『人類守護評価Sサベルイルランク』の評価を受けていて、推定ミスティナ最高司令官の知り合い(勘違い)なのだから。

 なんで将来のティーチャーとして迎えた少女がこうなっているのか、鳳にはさっぱり理解できなかった。多分誰も理解できていない。


「まず確認したい」

「……なんだい?」

「私は、活躍したのだな?」


 真宵の言葉を聞いても、鳳は意味を即座に理解できない。

 冗談か何かかと思ったが、鳳に見える真宵の顔は真剣そのもの。いや、いつも無表情だが。

 何か裏があるのではと脳を働かせても分からず、そのままの意味だと解釈するしかなかった。


「ああ、そうだね。活躍した」

「活躍は大きかったか?」

「う、うん、もちろん。君以上の活躍をした人間はいなかった」

「……不手際があったわけではないのか」

「とんでもないっ! あれだけ完璧な仕事はみたことがないよ!」


 鳳渾身の本音である。

 魔獣討伐もそうだが、真宵は今回も最上を超えた結果を叩き出した。事件の詳細を知った誰もが、あまりにも規格外の働きに目を向いたのだから。

 テロを誰よりも早く察知し、武器も所持しないまま一手目でテロリストの中核を拿捕。言葉巧みに敵部隊を味方に付け、ドールを始末しながら道を切り拓く。鳳が通った道も真宵が作ったと言えた。その後、Sと互角の黒幕に一撃を喰らわせ、樽井うえの協力のもとミアと茜を現場に導いた。ここに死者数ゼロと実質的指揮で事件を治めたことを加味したら、もはやわけわからん戦果となる。

 未だに報奨金の全容が決まっていないことが、その異常さを物語っていた。


(ほっ、処罰を受けることはなさそうだね)

【ティーチャーを続けることはできるでしょう】

(よっしゃぁっ!)

【まだ担当もいませんが】

(うがっ!? ほんとじゃん!?)


 ティーチャー通常、担当を持ってその補助を行えうようになって一人前だ。通常はだが。

 コマンドティーチャーである上位教師、うえなどは個別の担当を持たず大きな局面で運用される。真宵もほぼ同様の扱いになっているのだが、本人ばかりがそれを知らない。

 まあ、処罰の心配がなくなった真宵は安心することができたのだ。鳳がいまだに混乱しているのは、なんとも可哀想だなあ。


「私も安心して話が聞けそうだ。それで、用件は」

【貴方の役職が一つなくなります】

「確か、役職がなくなるとか…………」


 ん? と真宵は言葉を止めた。


(えっ? やっぱり処罰なの?)

【違います】

(名誉退職?)

【名誉退職でも名誉の退職でもありません】

(??????)


 真宵の言葉が核心を突いたことを確認し、真宵ならばあるかと鳳は納得した。思考を止めたともいう。

 ばれているのならば話は早いと、いやーっちょうどよかったーっの心持ちで。

 そうでもしないと、内部情報が漏れていると認めなければならない。


「端的に伝えた方がよさそうだ。こほんっ、まあ、その通りでね…………君の特待生としての待遇を続けられない」


 鳳は若干死んだ目をしながら、二日前に統括長室に泣いて駆け込んできた人間を思い出す。

 その多くは教師陣の人間で、大半はティーチャーやコマンダーの教育を任せられている者たちだった。中には辞職願を握りしめる者もおり、多くがエリートのはずなのに自信が砕けていたのだ。

 『恩ある身ですいません支部長、三日月真宵に教える自信がありませんSランクになに教えろって言うんだよちくしょう……!』と男泣きしていた50歳のベテランは、文字が震え書き直しになった辞職願まで30枚をポケットに入れていた。今頃はカウンセラーに慰められているだろう。


「加えて申し訳ない。一週間後のティーチャーによる担当選抜に、君は出られないことになった」


 担当選抜実行委員の人間も、青い顔をして土下座をしてきた。昨日のことである。

 彼らも全力を尽くした、尽くしたのだが……オペレーターの大半が真宵を望むせいで、選抜に支障をきたしかねないと。ティーチャーたちのプロフィールを大々的に宣伝するという禁じ手を使ったが、真宵の情報を出せとの連絡でノイローゼが多発。日本各地でも小規模ながら騒ぎがあった。

 『なんの成果も……得られませんでした……ッ!』と絞り出す実行委員は、統括長室の床が凹むほどに頭を叩きつけた。こちらも精神安定剤を静脈に叩き込んで、ベッドに縛り付けている。


「こほん……そういうことになった。………………さて! 報奨の話をしたいのだが、真宵くんはっ」

「すべて、うえティーチャーに任せる」


 これまで聞いたことがないほど、真宵の声は儚く空気に溶けた。

 瞼を閉ざし、首を少し下げる。その姿は死体か人形のようで、代理石像に如く静かな美しさを湛えていた。

 コマンドティーチャーとして同席していたうえは、唐突な指名に動揺を隠せない。


「ま、真宵ちゃん?」

「すべて、うえティーチャーに任せる」


 これ以上話すことはないと、真宵ははっきりと態度に出していた。

 今の真宵は死期を悟った賢者のようで、役目を終えた蝶のようでもあり、なんとも言えない不安感を与えてくる。

 かと言って、ここからどうすることもできないのが現状なのだが。


(ルヴィ……)

【はい】

(燃え尽きたよ、真っ白に……私、お母さんに殺される)

【諦めないでください。話を聞きましょう】

(もうだめだぁ……おしまいだぁ)

【話を聞きやがりください。まだ試合は終わっていません】

(明日には明日の風……私には吹かないね、はは)

【めんどくさ】


 どこかで見たことのある古のネタを連発する真宵に、ルヴィは本気で引いていた。妖精varは部屋の外で肩をすくめ、壁面内蔵型有機EL画面に『めんどくさ』と表示させて遊んでいた。なお、電子ネットワーク担当者は目を剥いて慌てている。

 陰の空気を大放出する真宵は、鳳とうえの必死の説得で高待遇を約束され、やっと自己嫌悪モードを解除した。



 

 そんなこんなで、真宵は気分を上げながらセントラル・ビルを出る。

 出たところで、ふと真宵は思い出した。


「そういえば、襲撃って……」

【10秒後に発生。停車している車の後ろへ走ってください】


 惚ける前に、真宵の体は全力疾走を行なっていた。

 ルヴィ絶対此れ原則なり。

 引きこもり時代に銃撃戦遊戯で培った知識を使い、ばっちりタイヤの後ろに隠れる真宵。

 2秒の静音を、攻撃撃力の高い騒音が引き裂いた。

 

(あばばばっばばばっbッ!!!!!!)

【車を貫通しません。慌てる必要はありません】

(撃たれてたら誰だって慌てるわっ!?)


 今の真宵は丸腰。

 抵抗手段を持たない人間なのだから、飛んでくる弾丸に怯えるのは当然のこと。真宵でなくとも怯えて当然だろう。

 とはいえ、真宵はルヴィによってまだ余裕のある方だろうが。


【全て火薬を使った燃焼式の火器です。シグ社とFN社が中心のようですね】

(解説してる場合かって火薬式でその二つの威力低めの古典銃なんてレアモノじゃんッて言ってる場合か!)


 ミリタリオタクと小心者が思考で喧嘩する真宵は、レア銃を見たい心と逃げたい心で気分が悪くなった。


【車体右から出ます。準備をしてください】


 よどみなく、真宵の身体は飛び出す準備を行なった。

 ごちゃごちゃ考えていても、真宵は冷静な思考を残す。ルヴィの命令を遂行するためだけの、思考領域を。人間の思考にはやり方がいくつもあり、真宵は思考方法によって並列思考を分けている。真宵は不断の努力を以て、意識的並列思考を可能にしたのだ。

 全てはただ、ルヴィの命令を遂行せんがため。


【顔はなるべく前に。見せつけるように大きな動作で。なんなら決めポーズを決めても構いません。今です】


 少々意味不明な指示があった気がした真宵だが、とりあえず言われた通り地面を蹴る。ルヴィが指示した時には銃撃が止んでいた、多分安全だ。流石はルヴィ先生、頼りになる。


「——へ」


 真宵の視界いっぱいに、銃口を向けてくる銃たち。空飛ぶメルヘン蜂の巣製造機(人間用)である。

 やっぱりルヴィ公は当てにならんッ!?!?!?

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