第54話 一級地雷踏み抜き師

(……っ!)


 建物の陰で、歯ぎしりする者がひとり。

 真宵に向く銃口が、動揺するかのように揺れる。浮いている銃一つ一つが同じ人物によって操られていると、一目で分かるような意思の表れだ。


(ん? 撃ってこない。これってドッキリかな?)


 意を決したのか、二十丁の拳銃の4分の1がマズルフラッシュを迸らせる。

 だがやはり集中の乱れか、正確に真宵を捉えた弾丸はなし。ヒョコッとしゃがんだ真宵にはすべて躱されてしまった。なんてことだろう読まれていた。……とかではなく偶然である。


(撃ってきたーっ!?)

【当たり前です。これは襲撃なのです】

(どないせいっちゅうねっ!?!? またうってきゅるっ!!)


 次こそは外さない。そんな意思を感じさせる、じっくりと照準が合わせられた。

 思いっきり慌てたい真宵だが、ここにはカメラがある。つまりは人の目がある。

 立派な軍人――のつもりは本人にないが――のロールプレイはやめられない。こんなときでも演技とは、根っからの演者である。

 切れ味ある凜とした表情(なだけ)の真宵に、照準がかっちりと合った。

 Sランクがなぜ逃げないのか。そりゃあそんな技術も能力もないので。

 破壊を秘める無数の火器に、焦りすら見せない軍人(コスプレ)が立ち向かう構図。もはや映画のワンシーンが如く。


【そこで決め台詞です】

(なんでぇ!?)

【死にたくなければ言ってください】

(理不尽ッ!?)


 混乱する真宵だが、とりあえずルヴィの指示に従おうとする。……なんかデジャヴ。


「残念だ……道は見えた」

(私が死ぬというな!!)

【死にません】


 瞬きもせず浮遊火器を睨む真宵に向け、引き金がまさに動こうとする。

 だが、弾丸が放たれるはずがない。それが許されるはずがない。世界最高峰にして唯一無比なる絶対のAIが、ルヴィが真宵に及ぶ危機を見逃すはずがない。

 当然の結果として、真宵への攻撃は消え去った。

 魔法の……否、魔術のように起こされた烈火の炎舞が、浮かぶ銃のすべてを焼却したのだから。


我が英雄マイ・ヒーロー。お呼びを拝領し馳せ参じた」

(えっ、呼んでない)

【呼んだことにしてください。頭がおかしいのです】

(え、あ、わかった)


 しれっと自分が呼び出したことを言わずに、ルヴィは援軍を頭おかしい呼ばわりする。


「真宵。イギリスから呼び出すとは驚いたぞ」

「よんで……よく来た」

「マイ・ヒーローの言葉であれば喜んで。なに、空飛ぶ銃器フライングガンの犯人を捜し出して潰すのだろう? 不法侵入がばれない内に済ませようじゃないか」


 なんとなんと、この援軍は国境を無断で越えたらしい。実は空間的に越えてないが、まあ不法侵入には違いがない。

 この魔術師メイガス、自分の立場を理解しているのだろうか。

 万能にして自在、忠誠厚くも自由、現代の英雄にしてイギリスの守護者――――


「オリヴィエ・パラメデス・ローズブレイドを名乗る者ではあるが。メイガスとしての能力を信じてもらえるとは、至上の喜びだよ」


 碧眼翠眼ヘテロクロミアを輝かせながら、英国最強にして世界頂点五本指に入る女傑が声を上げる。


今は遠き過去の星よレーテン


 二重の円と五芒星。宙に刻まれた線が象るは、いまや誰も理解できない意味の結晶。ただひとり、万能者のみがそこに概念を見出し、誰もが知覚し得ない領域とぶつけさせる。

 オカルト雑誌の端っこに描かれていそうな記号は、確かな意味を持って魔術師の力となるのだ。

 自身の三倍の直径になった魔方陣を、メイガスはためらいもなく砕けさせた。減衰することのない音色が、ささやかでありながら高々とアラヤ都市に響き渡る。誰もが平等に聞き取るというあり得ざる現象を通じて、メイガスは望むものを探し出した。

 主を害するごちそうを奪う、痴れ者を。


「見つけたぞ。疾く潰そうじゃないか」


 笑みと呼ぶには愉悦と戦意あふれる表情で、オリヴィエは手下人の痕跡を追っていく。

 人体の磁場と細胞の会話、その二つを水の構成を要素を使って知覚する。電磁場の変移や磁性反応など関係ない。物理法則に捕らわれたものではなく、正真正銘人間における既知から外れた能力。

 『源流不明理論ミステリアススクロール』と名付けられたオリヴィエの力は、文字通り人の知恵で暴く余地を持たなかった。それはつまり科学による証明を許さぬということであり……解放戦力の定義を受け付けないものであった。


過去きのうを永久に、未来あしたを終わりに、ここに灯りを、始まりの光ミタルエラと知る者であれ――――今は遠き過去の星よレーテン


 指し示す。

 この世界で唯一の〈万能者たる魔術師〉は、右手の人差し指を以てそらを貫かんと掲げたる。

 天にこそ至高あれば、天上の意思あるならば、それこそが自分に他ならないと言い放つように。


“お前こそが、すなわち私である”


 メイガスが同一と見なすは、ひとつとある神。大空に立つ者が示す権威。

 つまりは、神の怒りいかづちである。

 空気を切り裂く轟音が一帯を揺らし、地へと突き立つ光は残像以外をつかませない。その雷が竜の形をしていると気づいた人間は、残念ながらであった。


「ほう……すまない我が恐ろしき英雄マイ・ヒーロー。どうやら仕留めきれなかったようだ。命は喰らったようだから、どうも眷属かそのあたりか?」

【言い訳変態女ですが、仕事はしました。これから不意打ちで浮遊銃撃されることはないでしょう】

「かまわん。援護を感謝する」


 そう言って去って行く真宵の背中を、オリヴィエは冷や汗を隠しながら見送る。


(首の皮一枚、繋がったか……は、ははっ)


 命令を果たせない時点で殺されてもおかしくなかった、オリヴィエはそう考えていた。

 魔術を知っている者が、魔術を使える者を従える意味はいくつもあるだろう。だが、こと解放力はびこる分岐では限定される。それは、魔術を使う者にぶつけるためだ。毒を以て毒を制すように、異端を以て異端を殺す。

 真宵がオリヴィエにだけやたらと無愛想なのは、おそらくオリヴィエが魔術師であることに起因するのだろう。


「ああだが、不思議なものだ。かの盟主ではない者で、なぜ」

(なぜ魔術が起こせたのか。それも命獲りの雷に対して、身代わりとなるだと? ゼウスに人間と偽って人形を渡すようなものだぞ)


 オリヴィエは興味のままに思考を巡らせ、相手の手を探っていく。

 真の意味での《魔術師》は、本分ではない探求を楽しんでいた。本命である『英雄を見ること』は果たされかけている今、寄り道もいい暇つぶしだ。


魔術除けの霧フォグ・リングとは違う、完全な身代わり。日本の藁人形やブードゥーの鎖人形……いや、もっと直接的だな。神に見誤らせるのは、そう、定義だ。人間の定義を決め、身代わりを作る。ゴレム……物質的人間の本質創造。もっと緻密な世界観として……)


 この世界に存在しないはずの技術体系を、オリヴィエは楽しげに考察する。今や何の役に立つかと呆れていた、生まれながら詰め込まれていた知識。魔の術、のろい、まじない、幻想の命、過去起こされた概念、遥か遠い未知、満たされた者、願いを追う愚者――……


「ああっ! 新しい人間の定義! 概念ッ! 錬金術の派生!? いや、新生か!! 演算能力と処理能力を別個に捉え、人間というシステムを基礎とする……神の領域を目指す本家とは違う、人間の機能の拡張。進化ではなく進歩というわけか」


 世界を越えて芽吹いた『万能』は、ただただ確信を強める。

 これは、音に聞こえし“盟主”の作品であると。


「本当の意味で、この世界唯一の《魔術》じゃないか」

(ああああっ、真宵! こんな機会をくれるのか!? 私のわたしの……我が英雄)


今はレー……」

「オリヴィエ君?」


 詠唱を始めようとしたオリヴィエに、困惑をにじませる声が届いた。

 互いに目を合わせれば、声をだすことも躊躇される時間となる。

 それでも、笑みと警戒は無言が続くことを許さない。


「これはこれは、オオトリ日本支部長。どうしてここへ?」

「こちらが聞きたいんだがね。UKナンバーズ1、オリヴィエ君」


 曖昧な笑みを鳳に見せつつ、オリヴィエは内心胸をなで下ろす。

 我慢できずに真宵の痕跡を追ってしまうところだった彼女は、死の瀬戸際にいたことを自覚していた。なにより、鳳の肩にのる見覚えのある妖精が、オリヴィエに殺意ある視線を向けている。『京野菜』と書かれた着物に、『伐命』と染め抜かれた袴、何よりもネギの刀の代わりに持たれた黄金の直剣。どう見ても天上の意思を切り捨てる剣、『作家の剣ソード・オブ・ライター』だ。


「さんぽ、かな? まあ、サー・オオトリ、今回は心の底から感謝しよう。私の命を救ってくれた。この恩はツケにしておいてくれ」

「待ってくれオリヴィエ君!」

「実はインタビューの途中でね、今回のことはうまく誤魔化しておいてくれ。はははッ! ツケふたつだ!」


 実はこの国家最高戦力個人は、生中継インタビューの途中でぶち抜けてきたのである。

 頭オリヴィエ……あ、本人だったな。


「ま、待つんだオリヴィ――っ!」


 風速8メートルほどの突風。鳳が一瞬目を閉じた隙に、オリヴィエの姿は消えていた。

 死んだ目をしながら中年の限界を超えて端末を操作すれば、イギリスチャンネルでは『英雄の帰還!?』と大盛り上がりしていた。鳳は顔色を青くする。

 オリヴィエがカメラ目線でウィンク。たぶん鳳へだろう。鳳は表情が死んだ。

 

「……妖精もいないね」


 肩の上にいた京風味妖精もいない。

 真宵に会いに行くべきか? いやいや、どうせ逃げられる(真宵は現在燃え尽きてます)。

 日本アラヤで最も権力ある男は、顔を上げて叫ぶしかなかった。


「なんでだよーもー! またなのかー!?!?」





     †††††





「はっはっはっ……!」


 乾いた喉が荒い息を吐き、まつげに滴る冷や汗が視界を占領する。

 死を感じた肉体は、逃げなければと叫ぶ思考に従ってくれない。


「なんだよ、メイガス呼び出すとか……」


 雷に触れた瞬間、命を引きずり出される感覚を思い出す。熱とか電気信号じゃない、もっと本質的な“生きている確信”を奪われかけた。もし身代わりがなければ、彼女は今頃死んでいた。

 冷えていく感覚は一瞬だったが、狂いたくなる喪失感は未だに消えてくれない。

 でも、少しは落ち着いた。


「あああああーーーっ!!! 満たされているくせにッッ! バケモノめッ!!!」


 裏路地にあった室外機を蹴り飛ばす。へこみ、壊れ、崩れても、まだまだまだ足りないと踏みつける。

 常人には難しい膂力。それはつまりアーツの使用者、解放力者である証。

 さらには壁にひとつヒビを入れ、やっと彼女は落ち着くことができた。


「ふーーーーー…………………でも、収穫はあった」


 背中を壁につけて座り込み、その女は手の中の砂利を見つめる。握力で砕けたが、その有用性は実感して余りある。

 本来半径20メートル以内でのサイコキネシスを、数百メートルにまで効力を広げたバフ。解放力の疲労感を失わせる、人体への干渉。なにより…………命の代替品として機能する。

 雷が落ちるまで真紅だった石を思いだし、若い顔に引きつった笑いが現れた。


「これがあれば、いける。この……けんじゃの」

「リコ」


 背骨が針で刺されたように、リコをキーンと冷たさが襲う。

 それが恐怖だということを、彼女はすぐに理解する。それをもたらした人物も、間違えようもなく理解した。


「ま、よい?」

「ん? そうだ。いやはや、会えて良かった」


 逃げられた、と、リコは思っていた。

 そうだ、常識的に考えて逃げられるわけがない。常識外のバケモノを常識で考えれば、そいつは死ぬ。映画なんかでよく見る、バケモノへの共通認識という常識だ。

 もう、逃げられない。


「丁度いい。少し付き合ってくれるか? 今日をひとりで過ごすのは、危険な気がしてな」

(護衛がほしい、です。てぃーちゃーはイッパンジン。守って欲しいデス)

【失敗確率:98.88%】

(もう一押しっ!!)


 真宵に計画がばれていたと、リコは解釈するしかなかった。いや、見破られているのは、すべてか?

 投降するべきなのか?

 謝るべきなのか?

 仮面は被ったまま??

 どうすればどうすれば、ころされな――――


「あっ」


 リコは思い至る。

 自分が今、どれほど屈辱的な考えをしていたかを。弱者で甘んじようとしてしまった、折れそうな心を。

 自覚して、頬をつり上げる。


「ほう、やはり一緒にいてくれるか。やはり、リコは賢く素晴らしい」

(いえーい。ヤッホーイ。しょうりーっ)

【………………】


 リコのこめかみが、痙攣する。


(最高の友達! 良い子すぎる! リコーーーっ!)

「リコ、私はお前を――」

【敵対意思の増大を確認】

(はえっ?)


 真宵の口は止まらない。


「――


 美咲リコ。本名は、リコ・美咲・リュフタル。

 かつてアラヤ支部間の連携が固まらない頃、フランス支部より日本にスパイとして送り込まれたありふれたひとり。レア・リシャールの娘にして、彼女の愛せなかった子ども。

 リコはもう過去として受け入れた。が、言葉でぶつけられれば反応はする。

 真宵は知っていたのか、リコの過去を。その言葉が、最上級の挑発だと。

 リコの脳内で、撃鉄が落ちた。


「あっははっ! うん! ヤルねッッ!」


 真宵よりも小さな体の前で、ワンテンポもなく引き金が動く。

 

「……UAウーア(うあぁぁ……)」


 真宵の意味不明な呻きが漏れ、リコは左手に真紅の宝玉を握った。



     †


 

 宝玉の奥、真紅の輝きの向こうで、覗き見る者あり。


「なるほど。“殺す”べきか、“花”と愛でるか。君は迷っているのか、真宵」


 石を与えた男は、行く末を計算する。

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脳内AIに導かれる、なんかズレた平穏への道 アールサートゥ @Ramusesu836

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