第55話 お前も仲間!(違う)

 さて、“中”だろうが“大”だろうが、敵対ボスにはいくつか不文ルールがある。映画やゲーム、コミックでも変わらないお約束というものである。

 序盤のどこかには負けイベボスがいる。途中のボスが理不尽性能。ラスボスよりガチな装備の敵幹部etc etc……

 そんな“お約束”のなかに、こんなものがある。


   ・チート道具に頼る奴は途端に弱くなる


 もはや味方でさえ逃れられない、凄まじいフラグ発生源となるお約束。

 「大丈夫だ……問題ない」とか言っている奴は、大体当てにならない。いや、某剣士は別なのだが……。まったく、プレイヤーは道具を使えば使うだけ強化されるというのに。プレイヤースキルが低下するのが欠点と言えば欠点か。

 兎にも角にも、道具の性能に頼る敵対ボスは他に比べ弱い、あるいは弱点が致命的な傾向がある。なんなら、強化されているはずなのに、“お約束パワー”で簡単に攻略できてしまう。すべては強力すぎる道具たちを装備したばっかりに。

 道具。そう、例えば…………【能力を強化する石】とか。


【はいそこでマイケル・○ャクソンポーズです】

(帽子とジャケットがない!? というかよく覚えてないよ!?!?)

「は……っ!?」


 先制の引き金を引いたのはリコ、不意を突かれ声が出たのもリコ。

 秒速355メートルの速度でリコの拳銃から放たれた弾丸を、リコからほんの10メートルも離れていない標的が、三日月真宵が横に移動することで避けたのだから。リコも真宵の評価としての称号である、【Sランク】の重みはこれまでもはっきりと感じていた。だが、初撃が完璧に避けられるのは予想していなかった。盟主の言う通りならば真宵はリコを警戒しないし、味方として信頼せざるを得ない。だからこその不可解。

 己の手に握る一丁、二十メートル頭上のアサルトライフル二丁、100メートル以上離れた場所から38度の角度をつけての狙撃。計四発の一斉奇襲はリコの考えにおいては避けられず、しかし獲物の真宵は自然に避けてしまった。

 英雄とも言われ始めた指揮官の避け方は、まさに芸術品。

 地面を蹴り身体を横に向けて、空中に残した腕は優雅に伸びる。普段芯の通った背筋は大きなSノ字を描いたが、顔だけは前を向く。胸の前を一発、腕挟んで二発、たわんだ背中側を大口径最高速が駆け抜ける。

 バレエの如き優美さえ纏い、警戒を持たないはずのはリコの戦術を無意とした。

 示されたのは、警戒がなくとも真宵が強者であるという事実だ。


「……まだ、狙われるとは。大丈夫か、リコ」


 ポーズを決めた勢いで身体を移動させる真宵。街角で人を待つポーズそのままに、裏路地の壁に背を預けた。

 冷たい声が、鋭さを以てリコの恐怖心を刺激する。この絶対強者は、声をかける代わりにリコの首を飛ばすことだってできた。今無礼者であるリコが生きているのは、真宵にとってまだリコが味方であるからだ。


(直接的証拠がなければセーフ? いくらSランクでも分から……いや、私がやったなんてこと気付かないはずがない!)


 リコが解放力を使ったとき、真宵がまっすぐ見ていたのはリコだ。間違いなく原因が自分だということは知られている。そもそもの話、目の前で拳銃を放ったのはリコ自身だ。

 ならばなぜ、真宵はリコに敵対しようとしないのか。


(明確な、他人にも明確な証拠が必要? 私が撃ったのが私の意思でないと言える可能性が少しでもあれば、三日月真宵は手を出せない? ……だから後手に回ってたのかな。どう解釈しても周囲に下手人が分かるように……)


 このロジックが真宵に当てはまるならば、リコは如何なる手段を用いても確証を与えてはならない。

 どれだけ不自然な嘘であれ、真宵以外が疑問を持つ余地がわずかでもあればそれでいい……!

 事実かも分からない。でもリコが縋らねばならない、唯一とも言える生存ルート。

 ねばつく喉を動かして、声がかすれるのも構わずリコは音を作る。


「せっ、せんせー……! ごめんなさい、なんでか……身体が勝手にうごいて……!」

「そうか」


 本人でさえ歪だと自覚するリコの表情を気にもせず、真宵は淡々と事実うそを受け入れる。

 屈辱で震える身体を押さえつけ、リコはさらに作った事実うそを口から出す。


「この石のおかげでなんとかなったけど、ここにいたらまた身体が勝手に動くかも……」

「……そうか。ならばここを離れなければな」


 真宵の発言までの二拍ばかりの間は、リコの心臓が縮むほどに緊張させた。

 流石に怪しすぎたかとも思ったが、真宵は簡単に受け入れてきた。

 やはりそうだ。三日月真宵は、〈対処装置〉だった。機能以外を果たさないロボットで、役目を与えれば超越者でさえ敵わない。条件さえ満たさなければ決して敵にならず、条件を満たした瞬間諦めるしかないシステム。

 真宵の差し出した手を握りながら、リコはどうにか仮面ひょうじょうを貼り付ける。


(殺す。そのために、私はお前が死ぬまで私は“味方”……そんな偽りしんじつを作り上げる)


 今ならば諦められる。バケモノみたいな強者から、一時でも離れられる。また策を練って、準備するのが賢いだろう……

 賢い選択をすべて踏みつけて、リコは不快を消すことに全力を傾ける。

 


(くっ! リコを操るとは卑劣な! 私が護らねばっ! 私は絶対に傷つけさせないよ!!)

【承知いたしました。リコ・美咲・リュフタルを排除対象から除外、守護対象とします】

(なんで排除!? あ、危険地帯から排除……でもまた操られるかもだし護らなきゃ)

【そうなのでしょう】

(こんなちっちゃくて健気で周囲を気にしまくって、しかも大人しい子になんてことを……!)

【……大人しい】

(うんうん、大人しい。周りの目を気にするし、表情作るし、足音立てないし、友達見たことないし、状況で態度変えるし、たぶん自分に満足してないし、だけど不満は出したくない…………つまり、リコは)


 真宵はルヴィですら正しいと太鼓判を押す、リコの特徴を次々に挙げる。


(私と同じ隠れ陰キャだ)

【違います】


 リコ≠陰キャ(正しくは根暗)。

 真宵=(隠れない)陰キャ。※ルヴィの効果で疑似隠蔽


 ルヴィとしては譲れない一線であった。

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