第56話 ヤケクソはやはりクソ
「あっ! なんか来た!!」
「そうか」
ヒュンッ
「あっち見て!」
「大通りの
ヒュカッ
「うわー! 目がーッ!!」
「たぶんニキビだな。潰さないようにしろ」
「違う!」
シュイーンッ
「さっきから虫がうるさいな」
(こんなでかい音を立てる虫がいてたまるか……っ!!!)
さっきから『やたら高速で行き交う虫音』にかこまれる真宵は警戒しながら、いたいけないリコを連れて安全そうな場所を探していた。真宵、その横にいる奴が犯人だ。
(なんかリコが「虫じゃねーよ!」って顔してない?)
【虫です。なにがあろうと虫以外ありえません。右から虫、立ち止まってください】
シュッ――ダンッッ!
推定〈虫〉が通り過ぎ、室外機に穴を空けた。すごい、最近の虫は金属に穴を空けるらしい。生物の進化は計り知れないってそんなわけあるか! 魔獣だってこんな進化しないぞ!
「……虫にも気をつけた方がいいな。リコ、離れるなよ」
「…………はい」
引きこもっている間に虫も進化したなぁ、と真宵は恐怖した。若干、弾丸が通り過ぎる音にも似ている気がしたが、聞いたことないしルヴィが虫と言っている。ならば虫。虫はたくさん種類がある、弾丸みたいに飛ぶ奴だっているだろ。こんな奴が繁殖しているとか、害虫として絶滅すべきである。
ほんとは虫じゃないから絶滅しないです。
(S-T lilla亜音速弾は音も磁気反応も少ない。どうやってこの
真宵であっても、銃の発砲音ならば“撃たれた”と判断できただろう。数年前に開発された『なんか最新で小型の消音弾』に関しては、一切の聞き覚えがないので“撃たれた”と判断ができなかった。やたら遠くからサイレンサーと消音火薬(珍しい)+消音弾で撃ったところで、初めて聞いた音を真宵は「これは虫!」と受け取ってしまうのだった。
実は、初めて聞いた消音弾の音であっても、一定数の人間は“撃たれた”と判断できるらしいとの報告もある。そのほとんどは成人以上の年齢であるらしく、学者の皆様は頭をひねって小難しいことで議論していることだろう。
それが実は『子どもは知らないことを求めない』という性質から来ているなどと、学者たちは分からなかった。ルヴィは当然の如く知っている。早い話、「大人は汚れた世界に触れてるから知らないものもぐへへ……と考えたりむふふ……と欲しがったりする。子どもは知っている直接的なものを求める純粋さ」という知識量とか関係のない人間の闇のうんぬんかんぬんである。まだ真宵は子どもであった。
それとは関係のないこととして、真宵は火器関係の音はほぼゲームの中でしか聞いたことがなく、それもメーカーが資料を持っている比較的古い銃しか知らない。消音弾とかいう音量だけでゲームバランスを崩壊させる危険性のあるもの、メーカーは大規模なゲームほど大会を意識して出さない。というか、消音弾の音の変化が再現ムズすぎて手を出さなくなった。リアル志向FPSの悪い面である。
「リコ、今私たちはどのあたりにいる」
「えっ……中央から北に向かって移動した。商業区画のひとつを横切ろうとしてる…………か、かな~?」
「そうか」
唐突な質問についつい素の口調が出そうになったリコは、語尾を調整してなんとか取り繕う。
いろいろと取り繕うのに失敗しているが、毎度のごとく真宵は気付かない。体調悪いのかなぁ、なんて心配しているくらいだ。
「薬局は近くにあるか?」
「北西にあるみたいだねっ!」
「案内を頼む」
「……りょうかい」
【私が案内する方が道中の6割8分を効率化できます……もう私は】
(らっばばばbがッ!!!! ちがうっ!!! 知らない土地でいきなり道案内したら怪しい不審者でしょ!)
今更である。
【…………気遣いは常に無駄ではありませんからね。はい。貴方の晴天の雲の二割程度の気遣いを私は否定したくはありませんので】
ルヴィ、お前のそれを気遣いと呼ぶのは、ちょっとむずかしい。
さて、案内を任されたリコはどうだろう。
(薬局にはすでに効果が保証された服用物が並んでる。だから武力的側面を持ったアラヤでは比較的厳しく、依頼を受けた警備員が常にいる。よほどの外れを引かなきゃ脅威じゃないけど、害したらすぐにばれるっ。中途半端な狙撃もできないッ。中にいる人数が少ないと混乱も起こせない……これを狙っていながら私に案内させるのか三日月真宵ッ!)
高速で頭を回して歯ぎしりするリコ。リコの体調が悪そうだから薬局に行こうとした真宵の気遣いは、リコ本人にとっては作戦を潰してくる悪魔の所業だったのだ。
このまま通りに出てしまうのはまずいと、リコはやけくそに遠距離から狙撃をする。真宵に当たるとは思っていない。いざ、宣言。
「わーっ虫(消音弾)がたいぐんだーーーっ!!」
【三歩下がってメモリーカードを拾って前ならえ。リコにどやって偉い人】
シュンバカンチュインキュイーンッッッ
言われた通りに2110年まで残っていた大人気ローカル体操に似ているだけの版権関係ない体操を踊りきり、敬礼をリコに向けた真宵は我に返った。真宵の中で偉い人のイメージは、ミリタリー方面であった。さすがシューティングゲーマー。
(どやって偉い人ってなんやねん。虫なんて嫌い。リコが辛そうだから薬局へ行こうよ)
【結構驚いていますね】
(最近の虫は殺意が高いね……)
拾ったメモリーカードをその場に捨てるか迷ったようだが、真宵は後でゴミ箱に捨てねばとポケットのハンカチの間に落とした。流石はあんまりそう見えない良家の社長令嬢である。
リコより遅い速度で、
「頼んだ」
「ッ…………リョウカイ」
若干カクカクした動きで、リコは近場の薬局へと真宵を案内する。
案内されている真宵は、リコの体調が悪化したのかと心配で目を離さない。
見張られているとリコは確信し、いらだちに加え緊張が高まり動きがガクガクした。
なんだこの悪循環。
(リコ……こんな体調の悪い子をもてあそぶなんて、なんて悪い奴だ)
【本当に心から魂から賛同します。ここまでの(脅迫に等しい追い詰めなんて)ものは世間が許さないでしょう】
(そうだそうだ!)
【確実に(半径3メートル程度の)近くにいるでしょう】
(え、こわ……逃げようかな)
【距離は離れません。何をしようとも肌に張り付いて離れません】
(人通りがあれば大丈夫かも?)
【多少は(ポンコツなりに)緊張感を持つ可能性が高いような試算が出せます】
(通りに出るし、いったん安心かな!)
【(美咲リコはともかく)あなたは一定の安全を得られるでしょう】
(……なんか含みがない?)
【虫のせいです】
脳内会話しながらもリコを視界から離さず、足音を立てない独特の歩行術で通りに出る。
意外にも、薬局が四軒ほど建ち並んでいた。真宵の前を歩くリコの背中は、一番端にある比較的小さめの薬局に向かう。きっと品揃えが豊富なのだろうと、真宵は近くの薬局を通り過ぎつつ考えた。
昼間にも関わらず人通りが少なかったのは、近くのディスプレイが『異常落雷あり。警戒態勢4種』との忠告を出しているからかもしれない。実はアラヤ側でも“竜の形をした雷”はバッチリ確認しており、その対策と調査に人員を派遣しているところだ。解放力の偏ラングレー波も、注目すべき磁力も観測されない異常事態。電荷や熱量も雷が発生するには足りなかったのに既知を破壊して落ちた雷、都市内安全対策科も最優先警戒事項として依頼を出したのだ。
それはともかく、リコである。
(薬局ごと破壊する。誘爆やガス漏れはしないけど、全力で叩き込めばやけどくらいするはずっ! しなきゃ人間じゃない!)
追い詰められすぎてヤケクソ思考に陥りながら、どうにかこうにか“手札”を集めていた。
アラヤ都市に入ってからちまちまと隠していた手札、リコは躊躇いもなく手の届く範囲すべてを総動員させるつもりだ。ばれない程度、ではあるが。
(私を殺しかけた雷で客はいない。どうせ調査員くらい。手練れがいても火力で潰して目撃者は消す。どうせクソバケモノ女は自発的に動かない、じわじわ削る。連絡が来ないように対策はした)
ヤケクソを超えて回って一周して計画的になったリコである。
もはや四の五の言ってられない。潰すと決めた以上は潰す。盟主が「可能」と断言したのだから、多少なりとも目はあるはずだろう。
危険も未来も後回し。もはや執着の域だ。
実際、真宵の肉体は百メートル12秒で走り、バスケットボールを蹴ったら痛がる程度。銃弾や高熱で簡単に死ねる。ん? 微妙にさりげなく頑丈? 気のせいである。
まあつまりは、リコが頑張ればどうにでもなる。真宵が敵判定していないので、彼女の意志を尊重するルヴィも全力で潰しにはこない。
「すまない。このリコを診て欲しい」
「いんやー、今ちょーっと落雷で店員さんがいなくて……あれ、Sランクの三日月ちゃん?」
薬局入店一番の「ここ病院じゃない」と言いたくなる台詞に、ゆるめの男声が返す。
リコの予想通り、調査員だけが店内に残っていた。今時(2110年代)珍しく名字呼びをしたのは、ジーンズパンツに白いTシャツだけの若い男。明らかに染め失敗のプリン頭だった。
「いやー会えるなんてね。調査かな? オツカレさま」
「どうでもいい、リコを診てくれ」
「んやー、ボクは専門外だからムリ」
「お前は何ができる。なんなんだ」
(なんなのこの陽キャ!? ぜったい女の子を食べるタイプだよ!)
髪を染め、ラフな格好、軽い口調。真宵的にチャラ男判定。チャラ男は、陽キャの一種である。真宵からの当たりは強い。
……リコが、真宵の陰で目を見開いて震えた。彼女は知らないが、ルヴィは真宵の安全が保証できない時に動かないはずがない。必ず真宵が安全である保険が、どこかにあるのだ。
「あー、日本の消費電力の四割賄える。本気出せば一〇割楽勝。もっといけるよ」
(日本電力を賄える陽キャオーラっ!? ついに物理的エネルギーにまで……!!)
お前は陽キャをなんだと思っている?
いやまあそれは置いておいて、リコが怯える。
(雷は電気……なら可能性はあるけどッ……なんでよりによってここにバケモノなんだよッ! ここはバケモノのたまり場かよッ!!!)
真宵が陽キャオーラに耐えきれず視線を外そうとしたところで、ルヴィが毎度の如く説明を始めた。
【彼は八神雷人。科学的『真空』から電磁波を生み出す電気マンです。某海賊漫画の神みたいなものです】
(そんな漫画あったっけ?)
【ありました。電気マンは日本ナンバーズ4であり世界ランキング5位。日本を出たことは公式にはありません。一秒に400万ドルを稼ぐ富豪でもあります】
(まじかよ金まで持っている陽キャなんて最強じゃん)
そこじゃないよ、真宵。
リコが歯を鳴らすほど震える。心に思い浮かべるのは、最悪、その二文字。
「ボクは八神ね。よろしく、ニューエイジの超新星ちゃん?」
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