第57話 地獄の沙汰も金次第

第57話

「八神雷人、ごくろう。役に立たんならば用はない、ではな」

「あれ、名前? いやいやちょっと待ってよ。ひまなら協力してくれない?」

「意味が分からん却下だ」

「なんでそんな当たり強いのかな。雷怖いタイプ?」

(なんでわかったっ!?)


 陽の気を持つ者は、ついに読心までも身につけたのかッ。真宵は戦慄を覚えた。当然の如くそんなわけない、仙人じゃないんだぞ。

 真宵は陽キャを恐れて(以下略 ………そんなわけで今すぐここから立ち去りたいのだ。


「そんなに逃げたいのって、君が雷落とした犯人だから?」

「ヒュッ……」

「…………」


 リコが息をのみ、真宵の表情が一層冷たく研がれた。

 最近は感情が揺さぶられることが続いているが、元々リコは盟主も評価する演技派である。多少ナンバーズが出てきたからと、うろたえない自信があった。たとえ雷神の如きバケモノが目の前にいようとも、眉ひとつ動かさずニコニコ笑えると。

 真宵が発した強烈な意志によって、リコの肺は呼吸を忘れた。

 雷人による追求が揺らした思考に、容赦なくねじ込まれた殺意のような意志。向けられたのは自分ではないのに、隣にいて表情をを見てしまったが故気圧される。


「あ、まった。これ覚えがあるな。もしかして『現実作家ザ・ライター』の知り合いだったり? あのオーストラリアの世界三位」

「……うるさいな」


 真宵の小さな呟きに、雷人は笑みを引っ込めた。

 目の前のSランクから発されていた威圧が消えた。解放力によって電磁波を近くできる雷人は、威圧がエネルギーのある現象であることを見抜いていた。それは真宵の背中付近から飛ばされ、加えて見覚えのある電磁波が混ざることを、雷人は何をせずとも感じていたのだ。

 だが、普通に考えて威圧感を与えるのは威嚇のため。つまりはすぐさま害する意思はないのだ。

 ならば最上級の不快感と共に威圧を消したのならば……それは最上級の害意だろう。


(感情制御が効かないタイプには見えない。僕個人かあっちの事情か、わかんないなぁ)


 難しいことはともかく電磁波を作り操れる雷人は、礼儀として真宵の背後に探索波を放った。手練れにバレたら敵対行為だが、もう敵対しているならばいいじゃろの精神。愉快犯かなにかかこいつは。

 真宵の背後では、一体の妖精が残心をしつつ消えていた。黄金の刀を納めた瓜を持っていたとか。正体はお察しである。お疲れ様、威圧の演出うまかったよ。


「あれ?」

「しつこいと手段を選ばんぞ」


 何もなかったことに疑問を抱く雷人。

 「警察呼ぶぞ」と言おうとしてるが誤解される真宵。なお、雷人の影響力的に逮捕は絶望的な模様。


「ふーん? それが解放力……じゃないか。んー? Sランクって意味わからないな」

「黙れしつこい覚えていろ二度と近づくな」


 真宵の心中は穏やかではない。チャラ男とは他人の人生を食い荒らす害獣、妹たちは口を揃えてそう言っていたのだから間違いない。

 そんな人間がなぜ真宵を引き止めるのか。真宵を食うのか? 否ッ! 自分はそんなに可愛くない(この子は地味に自分の姿を認識できてません。※23話など参照)のであるッ! 

 つまり狙いはリコなのだ! なんだって〜!? (実際雷人は怪しんでいる)

 おのれっ、か弱く可憐な女の子(殺意の狙撃もする)を狙うなどなんたる外道。私(真宵)が守らねば(リコの標的なのを知らない)ならないではないかッ!

 普段の真宵ならば怖気付いて逃げていただろう(ルヴィが逃さない)。だが、今の真宵は腐っても社会人(自分の仕事分からない)なのだ! チャラ男の恐怖から愛でないで……守らないで何が社会人かッ! (この前まで引きこもりだったけども!)

 今は何やらかっこいい服(軍服コスプレ)をしているのだ。だから大丈夫(?)だろう!

 いけるぞ真宵! 強いぞ真宵ッ! お前は、引きこもり真宵じゃない!

 ぷろふぇっさー真宵なのであるッッ!!!


「嫌われちゃったよ、ははっ。じゃあさ、以来成功報酬の六割渡すから、三日月ちゃんだけでも手伝ってくれない? 200万くらいはわたせ……」

「承った」

【…………?】

「ナニヲイッテイルンダ(by 妖精ルヴィ)」


 多分本作でも究極的に珍しい珍事、ルヴィが困惑した。

 ついでにリコも困惑した。

 絶対の乗ってこないと次の策を用意していた、雷人も困惑した。

 大体のやつが困惑した。ぽんっこつの阿呆のせいで。


(こんなチャンスを逃してたまるかッ! 私にはお金が必要なんだ!!)


 先ほどまでの熱い思いはどこへやら、金の亡者みたいな思考に染まりやがった。

 母親に返済しなければ殺されると思っている真宵に、『手段を選ぶ』という返済計画はない。

 真宵がこの世でトップクラスに恐る母親の命令を、どうして無視することができるだろうか。いや、できない。反語である。

 こいつにこいつの口座残高を叩きつけてやりたいよ。


「ちょっ! せんせー!?」


 ちょっと冷静になって真宵から離れたがっていたのに、リコは思わず止めようとしてしまう。

 いや、冷静に考えればバケモノ二匹の共闘とか止めて当然だが。そんなこと吹き飛ぶくらい、真宵の行動は意味不明だった。

 威圧が消えたことを殺意と考えたのはライトだけではなく、リコもまた同じであった。それだけでも想定外の極みなのに、たった200万ぽっち(凄腕基準)で協力承諾? 想像の斜め上からフライボール落ちてきたわ。


「はっはは! いいねぇ、気に入った。三日月ちゃん愉しめるじゃん」

「詳細を話せ。手短に」

「はいっとな」


 雷人を手伝うことを承諾した真宵だが、陽キャである彼を受け入れるのは別の話。ツンケンした態度は変わらない。

 そんなつれない態度も、雷人は愉しむ。

 彼の行動基準は単純明快。

 『愉しむ』ことである。


「極秘依頼で文面は見せられないけど。」


 道理も道理もねじ伏せられる力を持つが故に、八神雷人は誕生した瞬間から絶対強者――――いや、強者の定義すら不要の“絶対者”だった。だからこその自己の目的を、自己で実現するという行いを正当化できる。とはいえ、幼い彼が思い浮かべられるのは、酷く分かりやすい目的だけ。

 『愉しむ』という、わがままだった。


「文面はムリ。だけどボクが口で言うのは、まあいいでしょ」


 誰一人否定できない行動基準であった。

 弱者は群れる、社会を作り個の存在をシステムに組み込む。彼には社会が必要ない。

 強者は己を厳密に律し、それが戯れだと知っている。彼と並ぶものは彼を責めない。

 当時の賢人は、国家上層の意思さえ無視して正解を引き当てた。天災を英雄という人間に仕立てることができた。

 道徳など学ばせては、矛盾と偏りを悟られ切り捨てられる。

 倫理だけでは、弱者に合わせるための道理を説けない。

 行き着いた選択肢は……人倫と法律。社会、献身、支配、通念、理念、妥協案、それらは人造の理であり、当時7歳の雷人は強者の寛容を以てルールを受け入れた。存在しないものを広めてまで生きる姿を、“愉しい”と思ったから。

 道徳の大幅縮小と人倫化、法律教育の義務化。強者の動きが弱者に適応された、歴史的成功例だった。


「つまり、ひとつに龍雷の原因を探す。ふたつに、確認された空飛ぶ銃の破壊だな」

「ま、そういうこと。だから電磁気と波動関連かつ、遠距離破壊ができる僕がここにきたわけ。原因が分かってたら、下っ端派遣でよかったんだけどね」


 薬局――この時代では“ドラッグストア”と別物――を出た三人は、少々傾いた日に照らされる。リコが冷や汗を服に滲ませるのは、決して太陽にさらされたからではないだろう。


「ひとつ言っておく、私はお前の能力を知らん」

「あー、直接見たことないか。銃が空飛んでたら見せられるけど」

(なら見せてやるよバケモノさんよおっ!?)


 ヤケクソ継続中のリコであった。


「あ、タイミングよくきたね。狙いは三日月ちゃん? 落とそうか」


 雷人が軽く腕を持ち上げる。

 ナンバーズの意思が示される。ワールドランカーの解放力が現象となる。

 科学的『真空』。ここでの定義は、空間と時間が存在するありとあらゆるエネルギーが排除された空間。さて、量子力学的な話ではあるが、空間と時間があると科学的に『無(一切の要素がない)』は存在しないらしい。詳しい話はさておき、何かはある。波か揺らぎか粒子か、ナニカが生まれたり消えたりする。これが大体、ここでの科学的『真空』に相当するのである。不思議なものだ。

 雷人はその『真空』に波を記憶し、揺らぎを大きくし、粒子の密度を極限まで増幅させる。そして目に見える現象を起こすのだ。

 理屈的には万物想像すら容易いはずだが、雷人が生み出すのは電磁波のみ。

 だからこそというべきか、大規模演算機構が凄まじくシンプルに解明を試み、雷人の解放力効率は理想値とほぼ等しいと断定した。


「ほい、こんな感じでできる。お眼鏡にかなったかな、Sランク」


 極大の電磁波に貫かれたSiG M18は、音も出さずに姿を消した。

 空中に残ったのは、発散できなかったエネルギーが赤いオーロラとなったものだけ。

 北極南極など極地でない日本で、自由自在にオーロラを生み出せる絶大な効果。望めば地上の8分の1にオーロラ観測可能地意識作れるほどの、神の如き暴力装置。

 現代科学で解明された『雷』の支配者こそ、2110年代の雷神たる者。

 『雷の支配者』という5文字が、たった一人を表すのだと世界に刻みつけられた。

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脳内AIに導かれる、なんかズレた平穏への道 アールサートゥ @Ramusesu836

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