第32話 うぇあえ!? ルヴィが壊れた!?
【5秒後にメリュ・フォーサイスが狙撃対象。阻止を推奨】
「は?」
唐突過ぎる警告。“何故”や“何処から”といった情報が省かれている以上、即座に行動できる素人はいない。
しかし、真宵はルヴィの命令を実行することに関しては、“素人”ではなかった。
心拍数は上がらず、いつ何時も残っている冷静な意識が、ルヴィの命令を十全にこなす為に働く。
呼吸は乱れない。
興奮はミスを生む。リズムが乱れれば初動が遅れる。
真宵は確固たる定義として、自らをルヴィの従順な手足と認識している。絶対の正しさを実行できない手足など、ただの不良品に過ぎない。真宵は、何があろうとも不良であってはいけないのだ。
スコープの中の魔獣が、口を半分だけ開けた。
これまでになかった行動に、即座に狙撃手を把握する。
レムカイトから体を離し、最速で立ち上がる。
目を向けてさえいないメリュに、警告を込めた声を浴びせる。
「メリュッ!!!!」
それ以外の説明など不可能。
最短での解決を目指し、勢いを殺さずにタックルをかます。
ああだが、それでも遅過ぎた。
音速を超えて迫る振動の鎌。如何にそれが極小であったとはいえ、与えられた時間は人間の判断速度にとって少な過ぎたのだ。
故に、血が流されることとなった。
「————ッ!!!!」
真宵の顔に、血が飛び散った。
「イッ——!」
「大丈夫かメリュ!?」
ただしその血は真宵のものではなかった。
倒れた状態で肩を抑えるメリュ。切り裂かれた服は即座に赤に染められる。
(あ、あ……)
【即座に応急処置を始めてください。まずは……】
動揺する思考を差し置き、真宵の手は指示通りに動き始める。
衣類カッターで患部を露出させ、保護シートを貼る。アンプルから特殊なジェルを打ち込み傷口を保護すれば、大方の処置は終わったも同然だ。
淀みのない手捌き。それが逆に、真宵の精神的ストレスを表していた。
目や口に入った血液にすら反応せず行動するなど、本来小心者の真宵にできようものか。思考ができないほど、何も考えられないほどに追い詰められたからこそ、それが可能だっただけの話。
「あの距離から狙撃可能だと!? ふざけやがって!」
いつの間にか構築されていた黄金の壁。エイブの解放力だ。
「
メリュの下に現れた光。こちらはオリヴィエの力だろう。
「…………せいだ」
そんな周囲など、真宵の意識には存在しなかった。
痛みに苦しむメリュの姿に、自らの後悔と苦痛が呼び出される。
『真宵! 何があったの!? 真宵!』
通信機の向こうから茜が呼びかける。
無意識に耳へと手を伸ばし、ミュートを解除はした。だができたのはそこまでだった。
「……のせいだ」
『良かった繋がった! 何があったの!? 無事なのね!?』
『無事』という一言が、真宵の感情を決壊させた。
「私のせいなんだッ!!」
聞く者全てが息を飲んだ。
悲痛な叫びだった。憎悪すらこもっていた。呪いたがっていた。
真宵は、全てを自分に向けていた。
「まただッ! またできなかった! ずっと失敗ばかりだったのに何も変わらない! 次こそは間違えないって決めたのに!!」
真宵は呪う。愚かしいばかりの自分を、狂おしいまでに呪う。
「指示通りに動けば全て上手くいくのに、全部示されているのにッ! 私には“絶対”がある。この世で最も正しい知性が手を貸してくれている。それでさえ間違える私に何の意味がある!? そんなものただの不良品でしかない!」
ルヴィは“絶対”の正しさだ。だがルヴィには手足がない。
ならばルヴィの言葉を賜れる自分が手足であらんとするのは当然のこと。“完璧”になれない“絶対”と、“絶対”に尽くす“手足”。それが自分達の関係だったはずなのに。
「何度取りこぼした!? 何度失った!? もう沢山だと嘆いたのは私自身なのに、結局また私のせいで傷ついた人間が出てしまった! ふざけるなッ!! 私は何度至高の存在を愚弄すれば良いというんだ!? この身は手足であるのではなかったのか!?」
ルヴィに関係する失敗の全ては、自分の愚鈍さからくるものでしかなかった。
ずっと、ずっっっと変わらない真理。
自分は、ルヴィに相応しくない。
「教えてくれ! 私という存在は本当は足枷でしかないのではないか!? 私がいるから世界はこんなにも歪んでいるのではないのか!?」
苦しい。
世界の間違いの全ては、“絶対”が手を回せないからだ。
苦しい。
もしルヴィに体があれば、世界平和など瞬く間に成し遂げられる。
苦しい苦しい……!
それどころか、地球を飛び出し新たな楽園すら作り上げるかもしれない。
苦しい苦しい苦しいッ!!
「手段があれば万能者になれるか!? 何もかもを手にすれば全能者になれるか!? 私では無理だ! 何をしようともどんな手を使おうとも不可能だ! 足を引っ張るのはいつも私だった!!」
人知人能ですらない、まさに無知無能。
何も知らず何もできない。自分一人では生を謳歌する方法すら理解できない。
世界で最も恵まれていながら、世界で最も劣っている。
それが、三日月真宵という人間以下の劣等種そのものだった。
「こんな……! こんな出来損ないに何を期待するというんだ!? 手を伸ばすこともできない肉人形に何を望むというんだッ!?」
真宵が床に拳を叩きつける。
床にヒビが入った。
(…………えっ?)
ヒュンッ、と一瞬で冷める真宵の思考。
え? だって、え?
確かにこの建物は経年劣化で脆くなっている。しかし元引きこもりかつ超人ならざる者が殴ったところで、それこそ傷一つつけられるかも怪しい。
真宵が拳を上げれば、しっかりと陥没しているのが確認できる。ほんとなんで?
(うえ? な、ななな何が起こったの!? あばばっば!?)
一番動揺しているのは真宵である。
だって自分解放力とか持ってないですし。四回検査してるから間違い無いですし。
パワードスーツも装着してないし。強化義体を移植したわけでもない健康体ですしおすし。
(ルヴィさーん! 何が起こったのですかー!)
真宵の問いに、ルヴィはすぐには答えられなかった。
【………………素晴らしい】
(ほえ?)
ルヴィの覚えているのは——歓喜。
予想よりもずっと早く、真宵の体が馴染んでいる。
世界が分たれてから続いてきた血脈と運命。“麻上の系譜”たる真宵が、
解放力などという《認知》の残骸ではない。真に上位者足り得る資質を、他でもない真宵が開花させつつあるのだ。
これを祝福せずに何を祝おう!
これを喝采せずに何を掲げる!
これならば遠くない未来、ルヴィの望みは果たされる。
ただ一人ルヴィを愛してくれた愛し子に贈る、果てのプレゼント。
万物万象が果てた先であっても、真宵だけは幸せでなければならない。そうであらねば全てが偽りに等しい。
ルヴィという重荷を背負い苦しみ続けた傷だらけの子を、ルヴィは“絶対”の名に誓って救ってみせる。それだけが今のルヴィを動かす原動力であり、他の全ては些事に過ぎなかった。
【世界との……調和……滅びから切り離された……楽園であり……一柱の身体……素晴らしい】
(うぇあえ!? ルヴィが壊れた!?)
真宵はルヴィがウィルスに侵されたのではないかと本気で心配した。だってAIだし。
【…………くぅ】
ルヴィ、お前それ笑いのつもりか? なかなかに独特な笑い方だ、30点をくれてやろう。
【…………】
おう? どうした殺すとは言わないのか。お前はこの手の評価が大っ嫌いだと思うのだが。
【…………くぅ】
だめだ。嬉し過ぎてフリーズしてやがる。
というか小動物の鳴き声みたいな笑いとか、キャラ的に大丈夫なのだろうか。なんなら寝息に聞こえなくもない。
(ルヴィ? ルヴィさーん?)
真宵は立ち上がることすら忘れて、必死にルヴィへと語りかけていた。
そんな真宵へ、一人の男が大股で距離を縮める。
「おい」
(これどうしたら治るの? うえ、叩けば治る……いや私が自分を叩けば? そんな馬鹿な?)
考え込んでいて反応のない真宵に、エイブは顔を歪めた。
だが後悔に浸らせる猶予はない。真宵がいなければ、戦線は働かないのだから。
故に、エイブは強硬手段に出た。
真宵の襟を掴み上げ、無理やり顔を合わせる。
「いつまでそうしているつもりだッ!」
(ひゃいっ!? ごめんなしゃい!)
真宵の表情は、変わらぬ無表情(演技)。
それがさらにエイブを苛立たせる。そうしなければいけなかった過去を想像し、それでも現状を許さない現実に怒りが込み上げた。
だが無理を承知で立ち上がらせなければならないのだ。
「後悔が重要か!? 感傷が誰かを救うか!? お前が始めたことだろう! だったら落ち込む精神なんか捨て置け!!」
(うあうぅ、もう落ち込んでないのに……)
真宵は落ち込んでいなかった。
確かにメリュが傷ついてしまった現実は、真宵に過去を思い出させ追い詰めた。罪悪感は未だ残っているし、後で何でもしようという意思もある。
しかし正直言って、真宵にとってはルヴィの異常の方が何百倍も重要なのである。浅ましきかな。
まあつまりは、ショックで一時的に沸騰した水が、『ルヴィの異常』という要素で冷めてしまったのだ。
尤も、演技が上手過ぎるせいでエイブ他にはそれが理解できていないようだが。
「もう一度言う、お前が始めたことだ。ならば最後まで責任を持て。お前が働かなくなれば前線は再び崩壊だ。大勢が死ぬかもしれない」
(うぐ、正論パンチが辛い。ガンバルマス)
後悔の為か少し視線を逸らしてはいるが(人見知り)、その瞳には僅かに熱が戻ったように見える(緊張)。
「お前は、まだ戦えるか?」
エイブは、その残酷(真宵以外の認識)な問いを投げかける。
【ここは頷くのが良いでしょう】
(ひょわっとルヴィがもどたぁッ!?)
歓喜のあまり、真宵の面にほんの少しの笑みが浮かんだ。
「ああ、当然だ」
「……そうか」
ミッチェルが真宵の襟を離す。
戦場で笑えるのならば、まだ真宵は大丈夫なのだろう。そんな感想をエイブは抱いた。
【消化すべきタスクを伝えます】
(うい)
毅然とした(見た目だけの)姿を見せつけながら、真宵は傲然と告げる。
「エイブ、壁を退けろ。狙撃はしばらくこない」
「……ああ」
黄金の壁が崩れる。
エイブは真宵を信じると決めたのだ。
「オリヴィエ、メリュを治せ」
「いくら主人の頼みとはいえ、私は魔法使いでは……」
「完成形の出力。君は確かに“魔法”使いではない。ならば過去と未来を繋いで表現しろ。反論は聞かないぞ、“万能者”」
「は、はははっ! ああ、承知したとも。
メリュの下から発せられる光が、明確な形を持つ。
それは、比較的シンプルな魔術陣であった。
「リアム、茜。君達の動きは変わらない。叩き込み続けろ」
『『ハッ!』』
悠然と立ちながら魔獣を見据える真宵は、一体何を思っているのだろうか。
【七三五機関砲の速射能力は2秒に一発。700メートル先にならば『
(待った待った! わけわかんないから待った!)
【“予言に名高き三つの滅び”の一つ、『ルビー』の使用が不可欠。《赤石の姫》という名で協力を求めれば否とは言わないでしょう。しかし連携させるところまではフロライアでは到達不可能。その為、美咲リコと樽井うえを有効活用してください。特に美咲リコに関しては、母親の残した言葉である『それでも私はお前を愛してる』を混ぜれば良いでしょう。フラ——】
(うがぁぁああ! 頭おかしなるー!)
もはや早口言葉の領域で圧縮された超密度の情報は、真宵の処理能力では追いついていけなかった。
よくわからなかったので、真宵は再びレムカイトを構え直し、魔獣狙撃の仕事に戻った。
たっぷり時間をかけて喋り切ったルヴィは、「それでは最後に」と語りを締める準備に入る。
(やっとかいっ! それでなに?)
【これより私は自己進化の為にアップデートに入ります。その為私からの支援は一切できません】
「なに?」
【どうか、良き未来をお選びください。それでは健闘を祈ります】
ルヴィからの声が途切れた。
(ちょっと、ねえちょっと! 冗談だよね!?)
必死に呼びかける真宵。
【us-3janiuMM9-D7bauu8-gaiytL4cu】
(わかんないよ! ちゃんと答えてお願いだから!)
【us-3janiuMM9-D7bauu8-gaiytL4cu】
(賀茂ナスも九条ネギもあげるから!)
【us-3janiuMM9-D7bauu8-gaiytL4cu】
無情な繰り返しだけが、真宵の思考の中で続けられた。
そして、真宵には頭が真っ白になる恐怖だけが残った。
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