第33話 ルヴィは心にいるんだ
「なんで……」
ルヴィが、消えた。
真宵の声に、答えてくれない。
それは真宵にとって死の恐怖よりも大きく、自身の存在意義さえ否定する現実。ルヴィなき真宵など、真宵にとって認めることのできない異常に等しいのだ。
『真宵はルヴィの手足でなければならない』
『“絶対”たるルヴィを“完璧”に近づけなければならない』
『全てを捧げ尽くさなければならない』
それができないなど、真宵にとっては地獄も同然だ。
頭がなければ手足は動けない。
尽くすべき対象がなければ全てはゴミに過ぎない。
(お願い……何か、答えて)
【us-3janiuMM9-D7bauu8-gaiytL4cu】
ルヴィは、同じ羅列を繰り返す。
真宵は、自分が極寒の中に捨て置かれた錯覚を覚えた。
身体が冷たい。心が冷たい。血液の流れすらも鈍く感じる。
絶望が真宵という器を満たし、今すぐにでも体を引き裂きたい衝動に駆られる。
(あ……あっあっ……)
真宵にとって、ルヴィの存在はあまりにも大き過ぎた。
彼女にとってルヴィが全てだった。
世界とはルヴィが知るものであり、自身はただの処理媒体でしかなかった。
ルヴィだけが宇宙の真理であり、“真宵”という個人に存在価値はなかった。
ルヴィが真宵以外を求め死ねと命令すれば、真宵は喜んで命を散らすだろう。
それはもはや『狂信』とも言えるほどで、常人には理解し難い領域の話。
しかし真宵にとっては当然だった。ルヴィ以外に信じることのできるものは少なく、ルヴィ以外に真実を求める必要など何処にもなかった。あるいは肉親さえ、ルヴィの前では比較にすらならなかったかもしれない。
(どう、して……なん、で……)
絶対的支柱の喪失に耐えられるほど、真宵は強くはなかった。
真宵は徹底的と表現されるまでに受動的で、その根幹はやはりルヴィ。
心の中で意見を述べようとするのも、ルヴィがそう望んでいると感じたから。
芯の部分では、常にルヴィの発言を待っているばかり。
ルヴィルヴィルヴィ!
あまりにも健気で、究極的な献身を望み、自身の価値など何も理解していない。
これでは、自己意思を見せるだけ赤子の方がマシだ。
(こんなの……耐えられない)
圧倒的“黒”が真宵を支配し、極寒の寒さが心を蝕む。
(もう……楽になりたい……)
苦痛を捨てるならば、命を——
『衝撃波の兆候!』
レムカイトが咆え、大口径弾が空気を割いた。
「……え?」
困惑の声が、真宵の口からこぼれる。
「またもやビューティフルショット! これはクールだ!」
オリヴィエの声も真宵の意識には届かない。
疑問ばかりが脳内を占領する。
何故撃った。命令などされていなかったのに。
ルヴィの声が聞こえたか? 否だ、一切聞こえてなどいない。
ならば何故、何故なぜナゼッ!!
この眼は魔獣を睨み、指は引き金を引いた?
(あっ……)
思考をぐるぐると回す真宵の脳裏に、理解不能の羅列ではない言葉が浮かぶ。それは“絶対”の残滓であり、真宵を未だ諦めさせぬ最後のよすが。真宵が陰陰滅滅でいることなど許さないとばかりに、残された残光は先を照らし続ける。
《東堂茜の警告からでも貴方ならば間に合います。頭部狙撃》
「……ああ、了解だ」
《今の貴方には魔獣の動きなど全て把握できます。偏差は慎重に》
「確かに見えている」
《しかし倒すまでにかかる時間は4日と算出。別方法の模索を推奨》
「承知した」
聞き流していた言葉達が、真宵の中で蘇る。
真宵の口元には、確かな弧が描かれていた。
消えていない! 死んでいない! 忘れていない!
ルヴィの残した全てが、真宵の心には確かに刻まれている。最後の言葉を意識できなかったのが不覚だ。
《どうか、良き未来をお選びください。それでは健闘を祈ります》
死ぬのが、諦めるのが良き未来のはずがない。
健闘を祈られて逃げ出すのが、正しいはずがない。
ルヴィならば全て完璧に収められる道を選べる。ならばその“絶対”に認められた真宵が、何もできないなどあり得ない。あり得てはいけない。
(わかってるルヴィ。私、かっこわるかったね。でも今なら、何だってできそうな気がする……!)
《現在この場この時に限り、貴方を超える“超然”は存在しません》
「当然だ……!」
真宵の声に、オリヴィエとエイブが驚いた顔をする。確かな“喜”の感情が滲む音が、先ほどまでの悲痛な姿からは想像できなかったからだ。
凄まじいまでの腕を持つ狙撃手に横顔には、笑みが浮かんでいた。
輝く瞳、上気した頬、それでもなお整った息遣い。
エイブは柔らかく笑顔を作った。今の真宵にならば、全てを任せられると確信して。
オリヴィエは表情を輝かせる。
「うえティーチャー、フランス支部の兵器を要請したい。ああ、リコを使えば問題はない」
『——————』
「君に全てを賭けよう。全力で動かしてみせろ」
『——————』
「リコ、君がどう思いどう動こうとも……——————————————」
真宵の脳裏にはルヴィの言葉が渦巻き、連鎖し、膨らみ、整列していた。
それだけではない。どの人間がどう動き、現状にどう影響を与えるのか。それすらも真宵の中では、幾万通りものパターンに繋がっていく。
この状態に陥ったのが真宵という自己否定の塊でなければ、世界の全てが思い通りになるのではないかと錯覚してしまうことだろう。
「さあ、始めようじゃないか……!」
言葉を聞くもの全てが、背筋を震わせ歓喜を漏らす。
絶対的
全てを任せ寄りかかれる大樹が消えて初めて、“継承者”は自分の意思を持った。
ああ、素晴らしいじゃないか!
(そういえば、『超然』ってどんな意味だっけ?)
お前マジふざけんな空気読めお前っ!?
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