第48話 待たせたな……!(の前段階)
テロの起こっている施設、その一角。
お高め衣料品店『エリュシリアン』では、お茶と蜂蜜コーヒーを啜る音が響いていた。
「……おかわり」
「あっ、松さんこっちもー」
「承知いたしました」
リコ・シナ二人はソファを占領し、使用人でもない松家店長を侍らせていた。流石に強メンタルが過ぎる。
「お、お二人とも。あとで訴えられたら……」
「(あんな奴ら訴えられればいいにぇ〜)」
「ご安心を。非常事態にそのような狭量さは見せません。楠様もごゆるりとおくつろぎください」
「その非常時に利用したから……越権行為……」と顔を青くする楠門真、常識を正確に把握するオペレーターの鏡である。不貞腐れモードのフロライアなんて、知ったこっちゃないと服を物色しているというのに。
奏は相も変わらず出入り口を凝視して、真宵が戻って来るのを待っている。忠犬ハチ公みたいだ。
しかしテロ真っ最中にも関わらずここまでの緊張感のなさ、アラヤのオペレーターなだけはある。
まあ、ナンバーズにBランク二人がいるのだから、テロごときに緊張しろという方が難しいか。特に
「それにしても、せんせー遅いねー」
「エディは最善を進む」
「シナは信じきってるけど、戻ってこないんじゃ……」
「ありえない。真宵は戻ってくる」
リコが軽くこぼした言葉に、奏が鋭い視線を向ける。感情の見えないナンバーズの瞳には、確かな感情が刺々しく映っていた。
通常時とさほど変わらないのに、形相の凄みは遥か上だ。
奏の豹変に、門真は思わず二歩下がる。Bランクトップの技術と実績を持つ彼でさえ、その前に立つ想像を拒むほどの威圧。
「あまり憶測でものを言わないで」
「んん~? あっは! そっちが憶測じゃないかな~?」
上位者に言い返す。だからこそ、美咲リコは異端だ。
日本ナンバーズ1であり世界ランキング4位タイ。世界ランキングとはアラヤ認定の世界への影響度であり、すなわち琴業奏は現地球上で推定上位4番目に近い変革を齎す者。君臨する間は絶対的で不変的、人間世界における一種神の次元とも呼べる力。
神へ頭を垂れぬ者こそ、異常者。
それを理解しないリコではない。事実リコのこれまでの評価は、情報科の優等生なDランクオペレーター。多くの人間が、彼女と関わりながらもそう信じていた。人を見ることに慣れている門真すらである。
故に、仮面を剥ぎ異常をみせる瞬間は、酷く印象的だ。
「『
リコが吐く言葉は、攻撃的だ。
奏の眉が、僅かに揺れる。
「だいたいー、実際戻ってきてないじゃん。戻って来るとも言ってないよねぇ? ナンバーズ様は道理も捻じ曲げられるのかなー?」
「リ……リコさんっ」
門真の注意も、リコには届かない。届かないことを悟っても、門真は止めようとする。
「リコさんっ……もうやめ」
「あっはッ、考えることみーんな幸せだね。今だって思い通りになると思ってる。これまでが辛いって考えてるのに、これからは成功しかないって? なんでそんなこと考えられるんだろう?」
嗤いと嘲笑い。
見開いた目には失望の濁り。
(うにゃー……やっちまったにゃ~。だいぶ溜め込んでたにぇ~)
先の合同任務にてリコに「ぶつかってみてもいいかも」「やられたらやり返せ」と助言した元凶は、自分は関係ないと展示マネキンに隠れる。作り物の仮面、ニコニコとした笑みまでが失われたことで、リコの吹っ切れ具合を再認識したからだ。
流石にここまでの暴挙は、意図的に空気を読まないフロライアでも知らないフリはできない。
「せんせーもホントせんせーだよね。私の思い通りさせてくれない。絶対私のこと読んでた、なのに消えた。こっちは用があったのにさあッ……!」
放ったセリフの最後には、力強い苛立ちが現れていた。
ああそうだ、リコがここまで感情を出すのは予想外が続いたからだ。
真宵と時間を作るだけの計画が、ことごとく修正不可能に破壊されていく。監視目的でついてきたシナなどどうにでもできたのに、次々と問題が起き状況がリコの手から離れる。その中心は常に真宵で、動かすも対応するも真宵。
真宵まよいマヨイッッ!
ふざけるなよ持つ者風情が!!
リコの心中は煮えたぎらんばかりだった。
「……そう」
静かに、呟く。
奏はコクリと頷き、ゆっくりと頭を上げる。
「勝手に言ってて、諦めた八つ当たり負け犬仮面かぶり八枚舌」
表情は乏しいが、奏は気が短く感情的な人間のようだ。
同時に見定める目がある。心を覗かせた敵対者を抉る言葉など、容易く思考に挙げられるだろう。対人関係の弱さも、舌戦での容赦の無さに変換される。
リコの首に、静脈が浮かんだ。
奏の瞳に、怒りが揺れ動いた。
両者はこの場での敵を睨みつける。
どう考えても対等ではない力関係。世界を決める者と、世界に生きる者、あるいは、神と人。
事実として示される、埋めがたい格の違い。
だが、場を満たす空気はそんな認識を認めない。
(奏さんが……圧倒的じゃない?)
門真は戸惑う。
(ん、リコ、強い)
シナは確信を。
(んんー……リコ、戦闘系だにゃー)
フロライアは分析する。
「……そう」
「よゆーだねー」
向かい合う奏とリコも、互いの空気感を察する。
空気感と言うより、《波》の方が的確だろうか。
解放力者にとって当たり前の機能である、自身という個人を一種の波と規定する能力。それは本来“己”に対してのみ働く機能だ。外部から《波》を一部であっても観測するのは、それこそ『見透かす者』の齎した技術が必要だろう。
それでも例外がある。参考例の多くがニューエイジに限定されはするが、相対した解放力者同士が互いに《波》の情報を交換できるのだ。
《波》中でも解放戦力を駆動させる『偏ラングレー波』を同じ座標へと相互に向けることで、相手が持つ個人の波の振れ幅を僅かながら理解できるらしい。
条件も非常に厳しい。偏ラングレー波の振れ幅が一定以上である、規定した『個人という波の一種』……俗語だが『魂波』の扱いに長ける、自身と他者の同一性への嫌悪が少ないなどなど。多くの場合『強化外装・アーツ』への適正も高レベルで求められる。
そこまでふるいに掛けられてさえ、得られる情報は魂波そのものの100億分の1とも1000億分の1とも言われるほど。
本当の意味での、目安にもならない程度の小手調べ。
ほとんどが上位の強者しかできないからこそ成り立つ、解放力者の手押し相撲と思えばいい。
ブレた《波》から大きさを知覚するため外からも認識できるが、当人ではない門真やシナのような部外者は、それこそそよ風ほどの、空気感くらいのなにかを掴むのがせいぜいだろう。
まして、解放戦力についての情報など得られるはずもない……
「むー、めんどうだね。サクッと決めちゃう?」
「上下関係? 私が上」
両者の感想としては、奏がリコにそこそこ勝る。ここで奏が圧倒的力量差を見せつけられない時点で、リコが解放力者として高みにあることが分かる。
が、これはあくまで魂波、個人の存在規模とでもいうべきものに過ぎない。そんなものは、活用される場が限られてしまう。
実際戦闘になれば、発揮される能力が最も重要なのだから。
頭に血が上った二人が、誰にも止められず踏み込もうと力を込める。
と、その瞬間。
「よくぞお越しくださいました。ご用件を伺います」
店主である松家が、出入り口に向かって頭を下げた。
誰が来たのかと一同が目を向ける中で、以外にも強い反応を顕わしたのはシナ。エリュシリアン店長の松家は、頭を下げるべきと認めた人間にしか最敬礼を行わない。彼の最敬礼とは、胸に手をおき頭を垂れるものである。
事実、常連客のシナには頭を下げることすら希だ。
「はははっ、なんともまあ礼儀のできた店だ」
松家以外の誰にも悟られずに侵入を果たしていた幼女は、つば広の帽子を脱ぎながら愉快と笑う。
「お預かりいたします」
「いらない、すぐに済むんだ。それに、このハットは手放したくなくてね」
手を振り松家を下がらせた幼女は、シナの座るソファにまっすぐ向かう。シナが警戒しながら立ち上がると、幼女はどっかりとクッションを独占した。
「鳳坊やの子供たち、初めましてだ。早速だが、任務を言い渡したい」
「だれ」
「ははは!
幼女はニッと口角を上げ、しかし品位を落とさない。
細く短い指がウェアラブル端末を四度タップする、直後、アラヤオペレーターの端末が一斉に通知を受け取った。
「申し訳ないが、今はお忍びだ。私を知りたければ後で調べろ。さあ楽しい任務だぞ! 内容は簡単、私に従え!」
オペレーター訓練通り即座に通知内容を確認しようと端末を見る一同は、『ミスお嬢様に従え!』なる緊急要請任務の正式文を認識する。
勢いよく立ち上がった幼女は、帽子を被り直し視線を右左に移動させた。
「三日月真宵には表を対応してもらうが、君たちは裏にいる巨悪を退けてもらう。なーに、報酬はたっぷりだすさ」
ニンマリ、幼女は目を細めて笑みを深める。
とても、とてつもないほど、小さな体に似合わない……強烈な存在感を示しながら。
「いいか、退けるだぞ。必ずだぞ、死にたくなければ欲張るな。すべて私に委ねろ。そうしたら、まー生きて帰れるだろうよ」
身を翻し出口を目指す幼女の背中は、もう振り返らないと語っていた。
「行くぞぉ鳳の子ら、配点の高い課外授業の始まりだ!」
†††††
「右、上、前方」
「6時方向! 頭上! 3時方向の順番で来るぞ!!」
「間隔を広げろ! スター隊形!」
三方向から現れる機械仕掛けの怪物を、10人強の部隊が柔軟かつ的確に葬っていく。
黒ずくめの格好は軍隊じみているが、印象としてはテロリストのそれに近い。まあ、正真正銘のテロリストなのだが。
テロリストとはいえ、その動きは明らかに長年の経験が染みついている。
彼らは動くとき、留まるとき、撃つとき、任せるときと、指示と僅かな意思表示で一つの生き物の如く繊細な活動を可能にしていた。
「止まれ、廊下の向こうにいるぞ」
「見えません」
「眼鏡でもかけておけ。……一旦階段を降りて迂回する」
「慎重過ぎ――」
「おいやめろ。7時半方向から迂回します」
黒染めフル装備に身を包んだ部隊の中心に、あまりにも似つかわしくない格好が一人。
細身のパンツに上着はニット生地、頭にはハンチング帽を被っている。足だけは風格あるブーツを纏ってはいるが、どう考えても場違いな服装である。
だがしかし、雰囲気は周囲の部隊員よりずっと研がれていた。
揺れる指先は薄闇を切るように、音もなく出される足は重みを持って、青い双眸の鋭さは行く道を抉り晒さんばかり。
今は彼女に協力しているテロリストたちも、確信を持って胸に刻んでいる。
この女性は――いや指揮官は、真に兵士を知っていると。
(えーと、次はどうすれば)
【左の天井から多脚型が一機】
「左上に蜘蛛」
「10時半方向上部だ!」
「仕留めた! パルスで止まるタイプだ!」
お察し、三日月真宵である。
テロリストを仲間化した最初は死ぬほど慎重だったが、テロリストに守られ安全を感じ現在は僅かな余裕がある。
『三歩進んで確認・三歩進んでカクニン・三歩進んでカクカク・散歩ススンデ角さんや……』なんて心の中で唱えていた真宵なんて、外から見れば触れれば切れる鉈みたいに緊張を放出していた。 テロリストはびびっていた。
別に今も余裕綽々ではないが、目つきは緩和されている。テロリストとの距離は一割縮まった。
(そういえば今何時だっけ)
何気なく端末を起動させた真宵に、黒ずくめはぎょっとした。なぜ自らの位置を明確に教えているのか、戦場では馬鹿げた行為だ。
「4時だな」
「――――ッ!! 4時方向確認ッ!」
リーダー格の声に反応した隊員が4時方向に目をこらす。先ほどから何もいないことは確認していたが…………
「っ!? ダガーs3から5メートルぅ!!」
全高2メートルほどの物体に向け、三人が高レートでの連射を行う。
飛び散る金属片と発砲音が静まると、半透明の物体は半壊しながら崩れ落ちた。
「潜伏型の『ドール』か。来ないことを祈っていたが、連隊長も甘くないな……。真宵さん、ありがとうございます」
「…………行くぞ」
周囲を素速く見渡し足を進める真宵を中心に、部隊は粛々とついて行く。
(は? え? ほんとに4時方向から近づいて来てたの?? 待って私から10メートルなかったよ???)
【6.9メートルです。4メートル以内ならば強酸を掛けられていました】
(教えてよっ!?!?!?)
【貴方へ近づく前に、ひとり犠牲になって知らせてくれたでしょうから。足が遅いので逃げられます】
(テロさん死んじゃうじゃん!!)
【後で裏切るので、ひとりくらい減っても都合が良いだけです】
ルビィの爆弾発言に一瞬足が止まる真宵。真宵の考えなど知らず、同じく足を止めるテロさんたち。
「それは……」
【左の通路から上に向かえます】
(ぐむっ……後でちゃんと教えてよ!?)
真宵は今のキャパシティを考え、必要なことだけを処理することを決めた。
「左の……」
「12時方向!」
警戒態勢となるテロさん部隊。
「……通路から上に行ける」
「……すいません」
真宵+テロさんの集団は、ひとりの犠牲も出さずに目指す場所に近づいていた。
機械で再現された解放戦力を武器とする機械兵器『ドール』が80機以上徘徊している商業施設を、最適ルートで突っ切りながら。
ドールを操っているであろう、テロさんの親玉のもとへ。
死にかけているであろう、テロさんたちが慕う“連隊長”のもとへ。
彼らは確かにたどり着こうとしていた。
(この機械の制御装置、早く壊さなきゃ……!)
【裏切られる準備はしておいてください】
(なんでぇ!?)
真宵もテロさんも、お互いが話し合わないので誤解があることに気づかないままで。
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