第47話 オールスター過剰戦力

「クソックソックソォォォオオッ!!」


 こちらテロリストさんの親玉、絶賛発狂中。頭を抱えながら台パンとかいう、行儀の悪い行為をしている。

 占拠開始から50分。テロさん隊の人員中4分の1は、生死不明状態に陥っていた。


(始まりを告げる爆炎サンダー2部隊は自爆……! 巻き込まれて強襲部隊サンダー1も壊滅ッ!)


 不思議なこともあるものだ。一体どこのポンコツのせいなのだろう? きっと悪辣な運命を無邪気に実践するような胸部装甲皆無な者に違いない。なんてヤツだろう。

 まあ、サンダー2とサンダー1の二部隊は比較的少数。現在損失の六割程度、結構多いがまあ巻き返せる。

 予定より早いが立てこもりを実行し、人質をできるだけ回収してしまえば色々と落ち着いて対応できた。


(クッソなんだよ!! 商業施設チョコみたいに溶かしてんじゃねーよっ!!)


 黒街みとがナンバーズの実力を発揮して一棟丸々ドロドロに。テロさんは大混乱、来客者は順調に保護。テロさんの悪夢だよ。

 さらにさらに、アラヤと思わしき人間が二人侵入。否、二人しか侵入してこない。

 大勢での防衛戦闘を前提に組んだチャートは即崩壊。多面的展開を前提とした強襲布陣は無駄となった。しかもいつどこから乗り込んでくるのか読めないので、仲間を集めるのも危険という。なんで建物の近くに治安維持部隊が確認できないんだよ。


(はあああ……倒せればいいんだ。たった二人だからな……倒せればなあぁぁあっ!!!)


 なんでジジイだけで速度落とさず仲間殲滅してんだよ! 何マジになった直接戦闘部隊サンダー4を拳銃で圧倒してんだよ!

 テロさん親玉は映像を通して見ていた。

 決して人外の動きではない、常識外の超能力で吹っ飛ばされた訳でも、ふざけた武器を使われた訳でもない。むしろ危険度だけならば一緒にいるチビ女、壁を溶かしている奴の方が『商業施設チョコ化』の犯人だろうから圧倒的にヤバい。

 だが前線を張っているのは、一人のジジイ。

 正確に、的確に、精密に、派手さのない絶対的とも言える対人能力。

 一射一射の発砲で、テロさんをひとりひとり無力化する。何処に当たろうと痛い程度でしかない弾丸が、黒の防弾具を無視して体を倒し崩す。


「うああがぁぁあぁああっ!! もうめちゃくちゃなんだよぉぉおッ!!!」


 抱えた頭を一八回ほど台パンに使う親玉さん。

 正直気持ちは分からんでもないような気がする。ゲームに例えればクソゲー確定だし。


「………………まあ、いいか」


 ヌッと、親玉は興奮を消した。

 赤の上に黒を流したみたいに、気まぐれに感情を鎮めた。


「ブラックサンダーよりサンダー3へ」

『こちらサンダー3。“人形”の準備は万全だ』

「全部だせ、今すぐに、全部全部全部だ」

『……連隊長』

「違う! 我がコードはブラックサンダーだ! もう予定は崩れた。ならそれでいい。この手で全てに決着をつけてやる。出せッ!」

『……指示了承。全機出す。レジッリ承認コードは【divinum tonitruum 08822】』


 親玉は上半身の装備を脱ぎ捨て、袖なしスリーブレスのインナーを晒す。露わになった肌には、まるで色分けされたような斑紋が浮かんでいた。

 中型バッグからペンのようなものを取り出した親玉は、尖った先端を黒ずんだ斑点に押し当てる。

 機械的な目で一瞬の作業を終え、親玉は使い捨ての『注射器』を投げ捨てた。


「ああ、きた、繋がった。もうクソッタレな戦場だ。私がこの手で終わらせてやる」


 親玉……ブラックサンダーの意識に、普段はない機能が付け加えられる。意識ないもの、ゆったりとした化学反応に生きぬものを従える、解放戦力。


「そうだ、そうだよ。私一人で十分だ」


 右手に次の注射器を握り、ブラックサンダーは離れた場所にある【人形】に意識を集中させた。

 左腕には、先ほどの注射のせいでぷっくり血玉が浮く。針の痕はまた一つ増え、黒ずみはほんの少しだけ濃くなる。


「連隊長……地獄までお供いたします」


 ブラックサンダーから離れた、異音と激音が響き始めた場所。

 サンダー3のリーダーはポツリとこぼした。

 少し、本当に少し、ほんの僅かだけ、『金など入らなければ良かった』と思った自分を戒めながら。





     †††††





「何度も言うがなぁ、お前には従わねえよ」


 アラヤ製のワイヤーで親指を縛られたテロリストたちを代表して、やたら重装備の男が言い放つ。とても先ほど手榴弾で吹き飛ばされた人間とは思えない、ピンピンした姿だ。

 サンダー2と名乗った男は、ポンコツと扉越しの格闘を繰り広げた使命不履行者である。


「ここで殺されたってかまわねえ。こっちには誇りっつうもんがあんだ」


 高威力手榴弾による衝撃と閃光、その後緊急換気システムの暴風によって意識と体力を砕かれたテロさんたち。

 彼らは気づけば非常階段地下二階に集められ、拘束されてしまっていた。全員の両手の親指は縛り付けられ、ワイヤー全てが繋がっているので立ち上がることも難しい。

 それでも、彼らは強気に胸を張る。

 目的がある、しなければならないことがある、尽くしたい人がいる。

 テロリストなんて不名誉だってどうでもいい。

 頭をあげて、前を見て、胸を張って――――


「そうか……時間はないぞ」


 ――――冷たい声に体が震える。

 幼さを隠しきれない少女を前にして、覚悟が崩れそうなほどテロリストは恐怖していた。

 何度も繰り返される言葉は、針の波の如く全身に響く。冷たい蒼を覗かせる瞳は、歯を食いしばらねば心を削る。立ち姿は揺れることなく、静かに乱れず威厳を突きつける。

 テロリストが目覚めた時『三日月真宵』と名乗った少女は、暗がりを震わせるような威厳を周囲に叩きつける。

 いかなる威圧も笑って受け流せる訓練を受けているはずなのに、見下される者たちは恐れに囚われた。


「もう一度言う。時間は、ない」


 真宵が繰り返すのは、ただこれだけ。

 情報を求めず、急かしもせず、判断を委ねてくる。

 テロリストとなった者たちは理解している。それが、従えという意図を含んでいると。もしくは、勝手に動いて自分の役に立てと言っているのだと。


「断る……! そう、言ってる……!」


 喉の痙攣を押し殺し、男は今一度否定を放つ。


「そうだな。だが、時間はないぞ」


 今一度、真宵の警告が繰り返された。

 決して大きくない真宵の言葉に、言い合っていた男はついに口を閉じてしまった。

 押しつぶされそうだった。苦しくて、何故か悲しい。

 テロリストたちはどこか知っている。今の真宵のような、絶対的な、寄りかかってしまいたい大樹のような存在を。

 

(……連隊長)


 そんな、尽くしたいと思った人を。


「!? 何だ!?」


 静寂が訪れようとした非常階段に、突如として響き渡る激音。幾重にも重なる衝撃は、地下二階にあってもはっきりと感じることができる。

 驚きの声を上げる者たちを見下ろしながら、真宵は淡々と言ってみせる。


「『ドール』だな」

「なんだと!?」


 ドール。ほぼ機械仕掛けの兵器。凄惨な研究の果て生まれた、機械だけでは届かなかった戦力。

 それが起動したということは、ドールを操っているのは当然……


「待てよっ! なんでこんなに音が大きいんだよ!」


 最悪の想定。

 本来、三機ずつの運用を想定されていたドール。だが響く激音は到底三機分に収まらない。であれば……


「全て出てきたようだな」


 須らく平坦に言い切った真宵に、縛られている全員が絶句した。

 全て……用意されていたドールが全機起動している、ということ。

 ならば、ならば!

 今操縦しているであろう『解放力者大切な人』の負担は、どうなっている?


「もう一度だ……時間は、ないぞ」

「「「――――――ッッッ!!」」」


 真宵の視線と言葉が、テロリストたちの外側と内側を貫き揺さぶる。

 これが最後のチャンスだと、彼らは理解した。

 彼らには葛藤がある。

 尽くしたい人が望んだことを、最後まで手伝いたい。

 大切な人の意思に反しても、我が儘を貫き通したい。

 どちらも嘘じゃない。どちらが上というわけじゃない。

 だけど、選ばなければ動けない。


「………………ああ、そうだよな」


 悩みに下を向いていた頭をあげるサンダー2は、真宵の目を見た。見えてしまった。

 折れず曲がらず揺らがない。ひたすら真っ直ぐな、鋭い眼光。

 相手を見ているようで見ていない、与えられた任務の先を見据えた意思。


「やっぱ、最初に思い出せる連隊長はこっちだよな」


 真宵の姿に重なる、自分たちのリーダー……その、かつての姿。

 ならまあ、あとはどちらを選ぶかだ。

 現在と過去。

 恩義と我が儘。

 絶対ある悲しみと、あるかもしれない自己満足。

 縛られ地面に座る彼らは、もう申し訳無さに縛られ続けはしない。


「三日月さん、俺達はできますかね?」

「できる」


 ノータイムの肯定。憂いはなくなった。

 サンダー2は後ろに首を向け、仲間へと問いかける。


「どうやら俺達は助けられるらしい。どうする?」


 言葉での返事はない。

 だが一人が仲間に頭をぶつけ、それが連鎖する。

 全員が参加した波は最後に、先頭にいたサンダー2で終わった。


「……だな。三日月さん、俺等はあんたに従います。あの人、よろしくお願いします」

「任せろ」


 真宵が結び目のひとつを解くと、そこには戒められている人間はいなくなった。

 サンダー2を筆頭に、残った装備を確認し始める。

 そんな彼らを見て真宵は……


(なんか急に仲間が増えた……ナンデ?)


 内心凄まじく困惑していた。いつものことである。


【流石です。やはり物静かに一言二言喋れば完璧ですね】

(褒めてる? ねえそれ褒めてる? 褒めてないでしょ?)

【まさか褒めているでしょう? 途中から言葉が詰まる演技が最高でした】

(あ……うん、対人恐怖症じゃないからね、うん)


 ルヴィの指示はただひとつ。『なんかいい感じに時間はないと伝え続ける』こと。

 空気感一級品の真宵にかかれば、これだけで仲間ができる。なんか怖くなるくらいだ。


【とにかく頭数は揃えられましたね。こき使って事件解決といきましょう】

(……腹ぐ――っイタイっ!)


 余計なことを考えた真宵に、ミニミニ九条ネギが一閃。背中あたりを叩かれた真宵は顔色を変えず、心の中で土下座した。


「準備できました」


 サンダー2が報告してくる。

 真宵はヒリヒリする背中をかばいながら宣言する。


「さあ、開戦だ」





     †††††





「ふむ、動き出したか。それでは、僕も参加させてもらうとしよう」


 端正な顔に笑みを浮かべ、戦場となった商業施設に侵入する男がひとり。

 従えるは従来の構造から改造されたオリジナル仕様の『ドール』。鎧のような限りなく人型に近い造形は、なぜか酷く不気味さに満ちていた。

 絶対悪イヴィル・ワンであり、自らを指し手プレイヤーと呼び憚らない者。

 『全智』たる男はひたすらに楽しそうだ。

 最初は三日月真宵という不確定要素を見に来ただけだったが、彼は気づいてしまった。

 男の同族である、『全知』がこの場に来ていることを。

 

「目的は三日月真宵……だが、ミスティナ・ラングレーにも挨拶しなければ」


 “人間”を超えた男は、腕を振るう。

 黒に染められた『鎧』が、スルリと音なく散っていった。





 予期せぬ希望がある。

 不穏を纏う者がいる。

 狭く、強大な……全面戦争の始まりだ。

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