第44話 あるべき未来をあるべき人へと

 わくわくフードコート。

 何ともほのぼのとした名前の場所ではあるが、現在全くほのぼのしない歓声が起こっていた。

 まるでファイターを囲むような期待の眼差し。否、そこには大食い戦士ファイターが集っていて、そいつらを満たす食べ物闘争心が山と積まれているのだ。

 喰らわねば。喰らうしかないだろう。ああそうだ、喰らうがいい!!

 

「あー! おっいし〜! 鉄っぽくて珍しいけど、すっごいね!」

「ん、後で食べる。でも黄金醤油には敵わない」

「うわー、ラーメンで常識に囚われるなんて、まだまだだよ〜。こっちもプルプルで美味しいのに」

「それ、鴨の血を固めたやつ」

「マジ!?」


 美咲リコと葛木シナはわちゃわちゃしながら、どんぶりの中を満たすラーメンを啜る。大盛である。特盛ではないので大丈夫らしい。なにが? ちなみに先にチャーハンを制覇した模様。チャーハンは特盛だった。

 まだまだ食欲は満たされていないらしいです。たはは。


「あむ、うむうむうむ! パクパクむぐむぐ! うぐぅ!」


 ひたすらパンケーキを口に詰め込む機構となっているのが、哀れにも真宵に睨まれた獲物、秋フロライアである。現在五皿目。捕食重量では3位を走っている。

 

(なんで! なんで見つけるんだにゃー! こんなメンツいやだにぇー!!)


 とまあ、不満とストレスで食べまくる哀れなフロライア。奢りらしいので、嫌がらせついでに限界まで食べる覚悟を決めている。南無。


「い、いかがでしょうか? 人気ラーメンです」

「美味い、が魚介か。塩胡椒が強いな(訳:私にはちょーと刺激が強いかなぁ、なんて)」

「へ、へい! 魚介の味が邪魔されて……そうか、鰹節なら! ありがとうございやす!!」

「ここ、こちらのたこ焼きはいかがでしょうか!」

「ほう、このタコは……関西の魂を(訳:タコから関西の味を感じる!)」

「そうなんですよ! たこ焼きソースから酸味を抜いたものに漬けていて! これはもっと宣伝!」

「次はウチで」

「私のところに決まってんでしょ」

「こっちだろタコども!?」


 実に異様な空気感の中心にいるのは、無駄に神秘的な我らがSランク。もはや本来の性格を知るものが周囲に皆無、三日月真宵なのだった。

 真宵の前にはたこ焼き、ラーメン、チャーハンなどが並び、ついでに店員やたまたま来ていた本社の人間に囲まれている。メモ帳や端末を構え真宵の一言一句を待つ姿は、なんだか危ない雰囲気すら漂っているようなそうでもないような。その周りをさらに民衆が囲んでいるのは、なんというかうん、宗教……。

 こうなった理由は単純。ほら、ぼっちって食事の席で黙っちゃうんです。真宵は何か言わねばと考え、味の感想をこぼしたり、ルヴィから材料を聞いたりしていたのだ。一人で。

 (緊張で)神妙な顔をしながら(特に意味のない)呟きを漏らす真宵は、無駄に無駄のない造形で無駄な言葉を無駄の削ぎ落とされた声で全てが本質的に無駄ながら、なんとなく人を激烈に惹きつける正体不明の魅力でフードコートの視線を掻っ攫っていたのだ! 要は、めっちゃグルメな人間に思われた。

 あとはまあ、空気に騙された人間が集まり、真宵は必死にグルメ人ロールプレイをしているのである。


「お兄ちゃんがんばれー!」

「「「がんばれー!」」」


 捕食重量4位の真宵に続き5位に喰らいつくのはハーレム野郎……失礼、全然嬉しくないハーレム被害者、楠門真さんです。

 老若男女問わず虜にする魔性の真宵、割と若い男女に人気であるリコシナペアにほとんどの人気が向いている現状。思春期前の子供達に応援されるダークホースの影あり。

 ほんわか優しげな風貌、柔らかな話し方、丁寧な対応と期待に応えんとする真面目さ。

 ここに集まったアラヤ関係人で、最もどころか唯一の包容力カンスト勢。みんなのお兄さん門真にぃぞここにあり!


「「負けるなお兄ちゃーん!」」

(つ、辛いけど……! 子供の期待は裏切れない……!)


 はい、純粋無垢で無邪気な子供に応援されたら、善性の塊みたいな門真にぃは逃げられるわけないだろ(断言)。

 真っ青な顔でフォー・ガー(ベトナムの伝統的麺料理)を口に運ぶ、子供の味方なのであった。この後、子供人気が割と上がるのを彼はまだ知らない。


「私って……つまらない女よね……」

「そう」

「ふふ、ありがとう。楽になったから、次の人に変わるわね」

「そう」


 捕食ランキング最下位は世界ランキング4位、無口コミュ障こと琴業奏。

 だが奏は大食い戦士ファイターではなかった。唯一の深窓の淑女ミステリアスレディだったのである。な、なんだって〜!?

 最初に頼んだシュガーケーキ一片はまだなくならず、ティーカップの紅茶は2杯目。なんと慎ましいことだろうか。

 カップに口をつけ、虚空と真宵をぼーっと見つめ。思い出したかのようにカップを揺らす。この間全て無表情。凄まじく近づき難いオーラを纏っていた。なんなら無情な現実への諦めオーラすら感じるだろう。

 当然最初はいないもの扱い。しかし、一人の女性が前に座ったことで流れが変わった。

 

『……私が間違ってたのよ』

『……そう』


 そこから始まる闇深い話。旦那が亡くなって笑っていいのかわからなくて子供がやみふかやみぶか……。

 相槌を全て「そう」で返す奏に、女性は少しの間話し続けた。まともな言葉など奏は返さない。だけど、席を立つ女性の口元にはほんの小さな笑みが。

 そんなこんなで、奏の席の前はノーハイライト民が座って話すように。女性八割男性二割のノーハイライトやみふかやみぶかが、途切れることなく続く。

 話を聞く奏が「そう」しか言わない相談席兼懺悔席が完成した。どう考えても小さな少女にさせるものではない。


(紅茶は『霧笛楼』に限る……早く真宵と遊びたい……)


 奏本人はほとんどこれしか考えていないとは、相談者は知る由もない。

 だが、まともに聞かれる必要などないのだ。吐き出すのは、心の闇を影から出して、その形を確認する作業に過ぎないのだから。彼らにとって奏は、窓から胸中の澱みを差し出す言い訳のようなもの。“これを見て?”と忌みものを光にかざす為だけの、隣の窓であればそれで良い。

 ならば誰にとっても変わらない瞳は、最高の独り言相手。

 ……その瞳の中に己を見て勇気をもらう、それはひっそりと胸に仕舞う救いだろうけど。


(なんともまあ、目立つものじゃないか)


 純粋大食い二人、やけ食いパンケーキ一人、(エセ)グルメ一人、キッズヒーローと闇深ホイホイも一人づつ。

 少し離れた場所で観察する幼女は、呆れとワクワクに吐息を零す。

 ミスティナ・ラングレーにとっては、真宵に会うため追って来ただけだったのだが。なんとも面白い要素に満ち満ちているではないか。ミスティナはニヨニヨが止まらなかった。

 少し真宵と接触できれば満足だろうと思っていた。彼女にとって、一度会って満足できない存在はユキヒョウよりも珍しいのだから。


(三日月真宵。君は世界にいるのに、何故世界を動かす者たり得るのだろうね?)


 彼女の“世界”で観る真宵は、一見して他の人間との差異は薄い。これは〈人間〉としての話だ。

 しかしながらその一挙手一投足がまるで、未来あるべきカタチに繋がっている錯覚を覚えてしまうのを止められない。

 覚えがある。これままるで、“あの男”と同じ。

 この世界における絶対悪イヴィル・ワンであり、自らを指し手プレイヤーと呼び憚らない者。『全知』とすら称されるミスティナを同族と呼び、ミスティナ自身も心の内で認める『全智』。

 すなわち、“盟主”を名乗る秤定者ミスティナの絶対的な宿敵だ。

 ミスティナは真宵に、の男と同じものを感じた。


(ならば君は何を成す。姿を、力を、意志を示し。その果てに何を望むというのか。なあ、三日月真宵)


 可憐で幼い横顔に、裂けるような三日月が走る。手を当ててなお、それは漏れ出るほどに大きく。

 人を超えた《理》を感じさせる、絶対的な上位者の在り方を見せつける。

 左目を閉じて、ミスティナは首を傾けた。


(ここで見極めさせてもらうよ。……近づく混乱の坩堝の中で、ね)


 スッと、誰にも見えないように開かれた左目。

 姿を現した瞳の中には、“ナニカ”があった。

 楕円を何千何万と重ねたような、無限に続く道のような、あるいは“星”そのものを凝縮したような。

 世界の奇跡を図形として重ねたかのような、深く深く深い《無窮の青》。

 彼女は神すら持ち得ぬ“ソレ”を以て、何を見つめているというのか。





     †††††





『サンダー4、持ち場についたぞ』

『サンダー2、パーティー準備を進めている』

『サンダー3、ドールはいつでも行けるからな』

『サンダー1、非常階段下で待つ』


 無線から響く同士の言葉を聞き、全体指揮を任された彼は緊張の吐息を伸ばす。恐れではなく、興奮の熱で心を震わせるがために。

 金が来て、これを起こすことに決めた。

 人数は心許ないが、その分の作戦と戦力は全力を尽くしたと言える。

 回線を使い言葉を告げる為に、彼は大きく息を吸い込む。


「ブラックサンダーより、各員あるべき時を待て。最も人が集まるまではもうしばらくかかる」


 さあ同士よ、共に示そうではないか。


「我らが叫びを叩きつける時、起こる殺戮は神罰であると無知共は知るだろう」


 捨てられたもの、必要とされなかった者達からの復讐を。


「もう二度と、我々が負けぬ為の聖伐だ……!」


 次はこちらが踏みつけてやろうではないか!





 そんな感じでノっているテロリスト達は知らないだろう、自分達の行動が『全智』に仕組まれたことだと。『全知』が利用しようとしていると。

 そして——



 ——最っ高のハッピーエンドを約束されたポンコツがいることを。

 幸福な結末ハッピーエンドであれ、幸福の終わりハッピーエンドであれ、テロリスト如きが“絶対”を超えることは許されない。

 なあ、そうだろう?

 ルヴィ?



【あるべき未来をあるべき人へと】

「(ん、どうしたのルヴィ)」

「タベロ」

「「「よ、妖精だ!?!?!?」」」

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