第45話 心を誇れ、ここより前へ

「追い出されちゃったねー?」


 「でもお腹いっぱいでしあわせ~」とリコは満足気に笑う。

 一同はフードコートから脱出していた。あまりにも混沌とし過ぎていたので、警備員が遅すぎる仕事を果たしたのだ。

 観客のブーイングは優しい方で、何がなんでもついていくぞ! と闘志を燃やす人間も多くいた。が、結局実行に移した人間はほぼいない。

 何故か。真宵が一言「ついてくるな。お前たちを信じている」と口にしたからだ。

 その鋭利な視線は心を貫き、威光満ちる言葉は意識を震わす。絶対的な上位者の空気に、一般人は逆らえなかった。従わないなど、本能に抗えというもの。


「ん、遊びに行く」

「いいねっ! れっつ――あっ、だめ。真宵せんせーの服を買わなくちゃ」

「……そうだった」


 そんなわけでシナとリコが和やかに、平和な館内移動と会話ができるのである。

 遠目で見られているのは分かっているが、害意はないので問題なし。先ほどフードコートにいた人間が使命のように人払いしているのは、ご愛嬌といったところか。


「でーっと、それが妖精さんなんだねー?」

「こ、これ、大丈夫ですか? 機密事項なんじゃ……」

「門真は心配性。真宵エディが大丈夫と言ったら大丈夫」

「シナさん……はい、そうですね。そう思い込んでおきます」


 『覚醒』したメリュ・フォーサイスイギリスナンバーズ10のおかげで妖精の情報価値がヤバいのを知っている門真は、Bランクトップとして畏れを覚える。シナは大丈夫だと言っているが、勿論まったく大丈夫ではない。

 具体的には、妖精を持っているだけでちょっとしたスパイがわんさか発生する。姿を現せばもう大変。真宵一人だけで出歩いたら誘拐犯がわんさか発生するかもしれないのだ。


「かわいいな~。せんせー、私にくれない?」

「コトワル」

「断られちゃった。妖精って喋るんだねー?」


 九条ネギを磨く京野菜妖精は、真宵の被る帽子の上で堂々あぐらをかいていた。ちなみに、今日の振り袖には金箔が散っている。こまかい。

 ちなみに、奏とフロライアは妖精を眺めて黙っていた。奏はその可愛らしさ、フロライアは色々と面倒が増えていく状況を考える。フロライアは真宵と喋りたくないし、奏はリコみたいな明るい空気が苦手なので三歩下がった場所に自然とかたまった。

 そんなんでリコが喋り通して着いたのが、結構大きめなファッションショップである。

 やたら品の良い店員の挨拶を受けて入店、なんとなーくケース内の商品を見て真宵は……


(……え? ちょっとまってえ?)


 驚愕。

 何にって?一着4万超えのシャツにだよ。Tシャツでそれだよ。


「シナ様。本日はいかが致しましたか」

「わたしの先生エデュケーターに服」


 なんと、シナは顔なじみらしい。


「何着お求めで」

「……リコ」

「んー、5着かなー?」

「かしこまりました。それでは……シナ様をお教えするレディ・エデュケーター、こちらへ」


 店員は真宵へと迷いなく視線を向け、店の奥へと案内しようとする。

 しかし、真宵は動かなかった。店員はじっと真宵の動きを待つ。


(ちょっとちょっと確認! ルビィ! 平均いくらのお店!?)

【単品8万。一式では20万前後でしょうか】

(ハイダウトーッ!!!!)


 心のなかで真宵は絶叫した。

 高い。高すぎる。1000円ちょっとのシャツで満足する真宵には高すぎる。

 んなもんかえっかよ!?

 

「…………少々待ってくれるか。行くべき場所ができた」

「それは大変重要でございますね。ご武運を」


 スッと頭を下げた店員に頷き、真宵は周囲を置き去りにして店を出るために歩いた。


「っ、ちょ」

「シナ様のご友人。どうやら彼女にはやらねばならぬことがあるご様子。しばし待ってはいかがでしょうか」


 真っ先に気を取り戻したリコの言葉を、店員が止めた。


「へえ? もしかして、せんせー知ってる?」

「いいえ。ただ、覚悟を知っているだけです」


 恭しく頭を下げる店員をリコはニコニコと、されど瞳に冷たさを込めて見つめる。

 「皆様も」と発せられた声に、真宵を追おうとしていた奏と門真が動きを止めた。

 ゆっくりと頭を頭を上げた店員は、ゆるりと笑みを浮かべる。なんとも、強制力のある笑みだ。


「少しばかり待ちましょう。不肖ながらこの松家まついえ、皆様の衣装を見繕いたく存じます」


 磨き抜かれた古木のような老店員に促され、真宵の抜けた一同は店の奥へと導かれた。





     †††††





 地下二階まで伸びる非常用階段、その三階部分の扉裏。真っ黒な厚着をした人物が張り付いていた。

 時期の早すぎるダウンコートにもみえる衣装は、その実爆弾処理にさえ使われる耐熱耐衝撃性を備えたものだ。全身に及ぶ骨の黒ボーンブラックの装備は、明らかに万が一の危険性を考えてのものだろう。


『サンダーツーへ、人混みが出来てきた。もう逃げても大惨事だ。パーティー準備はどうだ?』

「サンダー2、非常扉前で待機中。ばっちりざわめきノイズが聞こえているぞ。ファーストサンダーも握ってる」


 黒すけの左手には、凹凸のすくない円筒が握られていた。

 それこそが“ファーストサンダー”。『タイルム製榴弾改造型手榴弾エル・サンダー』である。

 “神の怒りエル・サンダー”が“第一の神罰ファーストサンダー”とは、なかなか洒落の効いたネーミングだ。


『部隊は?』

「全員階段下だ。サンダー1はすでに移動した」


 黒すけが下を覗いて手を振れば、一階と階段下の人員が手を振って応えた。


『よし、開始は十分後固定』

「開演は十分後ね。タイマー開始。んじゃあ待ってるか」


 作戦開始の合図にして、愚昧な人間への鉄槌たる爆炎。

 失敗はしない、完璧と言っても良い自身が彼らにはあった。


 ――そんな非常扉に近づくポンコツの影。勿論、人混みのざわめきでその足音が聞こえることはなかった。





     †††††





 買い物客が増えた通路の端を早足で駆け抜けるのは、三日月真宵その人。


(よし行ける。お腹が痛くなったことにして逃げよう。あとは、なんとかなる多分!)


 なんと真宵、逃亡したのである。卑怯者め! 逃げるんじゃない!


(ぐえっ人、多過ぎ)


 真宵を拒むのは人の群れ。肩やらバッグが頻繁にぶつかってしまう。

 しかし真宵は切り進む。逃げなければやたら高い服を買わされてしまうかもしれないのだから。

 シナがプレゼントするつもりだったなんて知ったこっちゃない! どのみち真宵は恐れ多くて受け取れないしな!


(ルビィ! へるぷみー!)

【11メートル前進後、左手の非常扉を開けてください】

(確かに非常時だ……!)

【そうですねはいはいそうですね】

(テキトー!?)


 なんとか狭い通路に入り込んだ真宵の目に、非常扉と書かれた看板が映った。

 天の助けーっと、認識したのは非常時意外ロックをかけるタッチパネ――


【手のひらを叩きつければ開きます】

「センキュー・マイ・セイヴァー!!」


 パネルへ手のひらを叩きつけた真宵は――――ヒュルっと抵抗なく開いた扉に目を丸くした。丸くしたまま、身体が階段へと飛びそうになる。


「へっ?」

「ちょっ!? むごッ!?!?」


 野太い声と共に、扉の向こうから感じる衝撃。何にぶつかったのか!?


「このっ!!」

「うぎゅっ!?」

「オゴッ!?!?!?」


 ちょっと押し戻された扉は、真宵の身体がぶつかると同時に外の物体を押しつぶさんと倍倍倍返しを敢行する。

 ひっじょーに野太い悲鳴が上がり、何かが壁に当たる音が小さく鳴った。


「ふっざけんなッ!!!!」

「うにゃ~~~!?!?」


 扉の向こうから蹴り飛ばされたようで、真宵の身体が通路へとぶっ飛ばされる。

 バタンッ!! と閉まった扉を呆然と見つめる真宵。

 だが、そんな悠長なことは許されることがなかった。


 ドオンッ!!!!


「ぬごぉぉ!?!?」


 爆音と扉がロックされる小音。続いて暴風がゴオオオッ!! っと扉の向こうを暴れる音。

 警報が鳴り響き、大勢の客の混乱と悲鳴がこだまする。

 なにがなんだかワケワカラン真宵に、ルビィが冷静に告げた。


【テロです】

「……わたしが!?」


 身に覚えあり過ぎる!


【違います】


 ほっと安心する真宵に、ルビィは恐ろしいことを聞かせてくる。


【テロリストグループがこの施設を襲撃しています。今のもテロさんのせいですね】

「な、なんだって~!? おのれテロリスト、許さん!」


 無自覚に数十人を救い、無自覚にテロリストの一部を文字通り爆発させた真宵。自分のやったことは知ることができなかった。


「ルビィ……どうやったら逃げられる?」

【逃げたら死者270人は確実になりますが】

「……は?」

【現在死者はゼロ名。貴方が動けばこのまま死者は出ません。救援は遅れます】


 呆然と、真宵はルビィの言葉を咀嚼する。


「む、むり。むりだよ。わたしになにができるって」

「ソレガ、コタエカ」


 ハッと、真宵は妖精ルビィに視線を向ける。

 小さくて、真っ直ぐな、真宵の信じる“絶対”の体を。


「ココロハ、ミチ。ココロハ、カガミ」

【そして心は貴方の願いです】

「ホコレ、ココロヲ」


 妖精ルビィは、九条ネギを真宵に向ける。

 道へと、心へと、真っ直ぐに突き出すように。


「私、は」


 できない。できるはずがない。だって自分は、なにもできない無知無能だ。

 本当にそうか?

 真宵は弱い、身も心も。

 ならば何故、ルビィはここまで言ってくれる。

 心を誇ったことなんて真宵にはない。それはルビィだって知っている。

 ならなんで?


「わたし、は……!」


 分かってる。信じてくれているって。

 分かっている。待ってくれてるって。

 ルビィに。私の信じてる“絶対”に……!


「マダダ」


 真宵の脳裏に、彼らが浮かぶ。

 シナ、リコ、フロライア、奏で、ついでに門真

 誇りたいって。

 “絶対”に、仲間に……!

 真っ直ぐに目を向けて、胸を張りたい!

 それが、今の真宵の心。

 手足であろうと望んだ少女は、体を得たルビィで揺らいでいた。存在価値に疑問を抱き、故に部屋にこもっていた。

 ならばどうして部屋を出た。

 決まっている。

 じゃないと、ルビィを心配させてしまうじゃないか。

 弱いままではいけないと、15年生きてやっと気づけた。

 だったらまずは、立たなければ。


「ルビィ……私はどう動けばいい」


 帽子を拾い、真宵はぐっと力を込めて被る。

 その顔は、ここまでさんざん演技してきた指揮官のもの。

 ルビィしかいない状況で、真宵が自分で選んだ表情だ。

 妖精ルビィが、嬉しげに賀茂ナスバッグを背負い直す。


【ではまず、ここを出ましょうか】

「ああ……!」


 真宵は勢いよく振り返り――――!


「…………」


 大きな通路への道がシャッターで閉ざされていた。


【非常扉をを出て四階へ】

「……だ、だいじょうぶ、だよね?」

【大丈夫です】


 先ほどの爆音を思い出しながら、真宵は恐る恐る扉を開けた。

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