第22話 陽キャは絶滅危惧種? アキハバラは禁句?
「すまない。同志を目の前にして抑えることができなかった。改めて名乗ろう。真宵・三日月、つい先日ティーチャーに成ったばかりの新米だ」
そう言って見事な敬礼を見せる真宵に、視線が突き刺さる。
日本アラヤは軍などの組織とはかなり異なっている。比較的に緩い指揮系統の下で統率されているのは、世界的にも有名な話だ。これは
そんな組織のティーチャーが、これほどまでに見事な挙手の敬礼を身につけるものだろうか。それもまだ顔に幼さの残る少女だ。
だが最近ティーチャーに成ったのならば、それ相応の組織からヘッドハントされた可能性もある。それならばやはり年齢がネックとなるだろうが。
まだ情報が足りない、というのが総意であると言っても良いだろう。
「はは、いきなり泣きつかれたのは初めてじゃないが、まさか洗脳を解いてくれ、とはね。さっきも言ったが、洗脳の痕跡は皆無。そこのミス・ペートラはいたって正常。真宵に関してはちょっとわからないが、少なくとも解放力じゃない」
「では、なんだと?」
「彼らの言っている通り、同志が一目で惹かれあった、としか言えないな。全く、グレイトなコミュニケーションじゃないか」
愉快そうに笑い真宵とペートラの肩を叩くオリヴィエに、全員がなんとも言えない視線を向ける。
お前なんか知ってるな? といった顔だ。だって
「ふふ、私が何か知ってると疑っているな? さてどうだろうね。……まあ正直なところ、私では彼女をはかり切れないというのが現実さ。悔しいがね」
一同は驚きを隠せなかった。
イギリスナンバーズ1かつ世界ランキング4位の“
これらの称号は、決して戦闘力だけを指すものではない。万能故の“万能者”。しかもオリヴィエの非電子広域情報収集能力は、
一人のティーチャーが彼女をして“知ろうとしたがわからない”と言わしめたなど、驚天動地と言っても良い。かつて類似する言葉を言われたのは、
「ただまあ、“強い”というのは間違いないかな」
オリヴィエにそこまで言わせるとは、三日月真宵とは何者だ?
一介のティーチャーではあるまい。いやそもそも、“強い”とは何を指しているのだろうか。指揮能力か、それとも戦闘能力、特異能力の可能性もある。
それらがあったとして、何故
わからない、謎が深まる。
「真宵は凄いのね。実に神秘的だわ」
「私が凄いのならば、君は“勇猛無比”だろう」
「ユウモウ……? どういう意味かしら」
「とても強いという意味だ。君の道はとても見えやすい」
「実に神秘的ね。貴方は不思議」
「ふ、同志だからな」
「ええ、同志だものね」
何故この二人は初対面のはずなのにここまで親しげなのか。やはりなんらかの洗脳なのでは、と疑ってしまうほどだ。
やはりわからない。
このティーチャーは明らかに
「その同志に私は入れてくれないのかい?」
周りの考えなど無視して、オリヴィエはそんなことを言い出す。
仲間に入りたいのか、この若干不思議系の変人グループに。
「コズミックプレーンとアレキサンダープレーン。どちらが好みかしら?」
「……なんて?」
ペートラが口にした質問は、オリヴィエが困惑するほどのものだった。もはやプレーンとは?
そんなオリヴィエに、ペートラは悲しげに頭を振った。
「残念ね。貴方は同志じゃないわ」
「これは手厳しい。君達の同志になるには、私では不足らしいな」
「大丈夫よ。同志への道は万人に開かれているもの」
「それは良かった。資格を得た時、再び口にすることとしよう」
「それは実に神秘的ね。手加減しないわよ」
「ペ、ペートラ……」
クリスティアンが小声で諌めるが、ペートラは素知らぬ顔。
たとえ敬愛するティーチャーでも、今だけは従うことはできない。“オールインワン”に関してだけは、どうしても手を抜けないのがペートラだった。
その熱量を別の方向に向ければ、もっと人類の為になるだろうに。何故変人はおかしな所にこだわるのか。魂だからだ。さいですか。
「それで、黙っている真宵はどうしたのかな? そんな難しい顔をしていては、可愛い顔が台無しじゃないか」
オリヴィエが話す時には全く口を開かず、恐ろしいほどの無表情を保つ真宵。
顔を覗き込んでも、オリヴィエ限定で顔を逸らす。
「まさか、私の
「いや……」
「じゃあどうして、顔を合わせてくれないんだい?」
チラリと視線を向けた真宵は、すぐに顔を逸らした。
「その(陽キャ)オーラは少々眩し過ぎだ。(距離感バグってる)感性と(コミュ力カンストしてる)数値の限り限界がないなど、
(陽キャオーラキツ過ぎだよぉ。直視できましぇーん)
顔を驚愕に染めたのは、部屋の全員だっただろうか。
真宵の言葉に込められた意味を読み取ったならば、そうならざるを得ないのは必然であった。
「……は、はは、ははは! そうか、これでもまだ見えるのか。ここまで弄っても見分けるとは、君こそ理外の存在。実にグレイトだ!」
喜色を浮かべるオリヴィアは、目を輝かせて真宵を賞賛する。
「……多少取り繕ったところで、君を(陽キャでないと)見誤ることはないだろうに」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
真宵の言葉の途中で正気を取り戻した一人が、声を上げた。
「まさか、
周囲も同様の疑問を抱いているだろう。
それに対し真宵は、逆に何を言っているんだ、といった表情。
「
「そんなはずはないっ!
(え、え、ええぇ……。陽キャは国家に保護される時代になったってこと? 格差社会の極みか……)
何をどうすればそんな思考になるのかがわからない。
陽キャが国家に保護されるってなんだ。どんなトップを据えれば、そんなトチ狂った状況になる。陰キャに恨みでもあるんか?
「いや、
多少落ち着いた周囲だが、代わりに疑念の目を真宵に向ける。
そして視線に晒された真宵の体が緊張する→頬が引き攣る→壮絶な微笑。コンボが決まった! ゲームのコマンドじゃないんだぞ!?
「何故か、だと?」
息を呑む周りを睥睨し、真宵はゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は
感情を込めずに淡々と、かつてあった事実が晒される。
「オリヴィエは光だ。あらゆる状況でさえ周りを照らす、太陽の如き(陽キャ)オーラの塊だ。……それは
力強いながらも何処か冷たい声に、口を挟める者はいなかった。
「ここにいる多くは光に生きている。故にその力を知る道は狭く、望む者も少ないのだろう。……それがどれほど恵まれているのか、君達は知らないのだろうな」
聞いているだけなのに、お腹の底が冷える感覚がする。
息が詰まる。
脈が乱れる。
じっとりとした汗が滲む。
これは——
「私は“陰の者”。光を憎むことさえできない、世界の敗者だ」
——“怖れ”か?
透き通ったマリンブルーの瞳は美しいのに、何処までも沈んでしまいそうだ。なのに目を逸らすことさえ叶わない。
暗い。濁りは何処にもないのに、暗い。
浮かぶ微笑は静かで華麗、なのにどうしてこうも儚い。近づくことさえ憚られるのだ。
翳る。壮烈なまでの威厳の中で、翳る。
わかってしまう。理解してしまう。この表情の内にあるモノの名が思い浮かんでしまう。
人を蝕み闇へと引き摺り込むそれは————“諦観”と“絶望”だ。
(あぁぁー……。過去の……過去の黒歴史が蘇るんじゃあ……)
【大丈夫です。立派なダメ人間ですから】
(ぐふっ……! タイムマシンをくれ、自分を殺すしかない)
【理論自体は構築可能です】
(作れないなら意味ないじゃん! もう……どうしようもないなぁ。はあ……)
んー、まあ? “諦観”と“絶望”と言えなくもないのか? おそらく周囲が思っている深刻さとは、かなり違いがあるだろうが。
てかこいつ、思考のベクトル自分に向けているせいで、周囲がどんな空気か理解していないな。
お通夜どころではない雰囲気、もはや凍りついている。どうしてくれるこの空気感。
(ひえっ)
鈍くてうっかりで考えなしでポンコツな真宵とはいえ、ギリギリ馬鹿とは言い切れない程度の感性を備えている。つまりは空気を察した。
笑みが引っ込み威厳ある無表情が再登場したことで、周りも息を吐く。
「私から言えるのはそれくらいだ。他に質問があれば、可能な限り答えよう」
「そ、それなら……」
手を挙げたのは一人のオペレーター。
先ほどの空気感を感じた上でのアピール。その勇気は讃えられるに足りるものだろう。
真宵も頷きを返す。
「オリヴィエの力は、どういったものなの?」
誰もが聞きたかった、しかし誰もが尻込みする質問。
当然だ。下手に知ろうとすれば、文字通り消されてもおかしくないのだから。そうでなくとも、支部間に摩擦を生む可能性も高い。
しかしそれを理解していながら、オペレーターは手を上げた。覚悟を決めたのだ。
自分一人の犠牲でワールドランカーの情報が手に入るのならば、それは十分過ぎる戦果。そして全て自分の暴走ということにしてしまえば、支部間の摩擦もある程度軽減される。そんなメリットとデメリットを緊張で熱い思考によって秤り、怖れの中でも実行してみせたのだ。その献身は大きく、故に誰もが口を挟まない。
誰もがわかっている。そんな浅はかな考えが、本気の国に通じるのかわからないことを。
否、国さえ超えた力である
「……ふむ」
オリヴィエが真宵に目配せをする。
“答えても良い”という合図、と受け取って良いだろう。つまりは、黙認の意思表示。
当然一線を越えようとすれば、止めに入るのは確実だろうが。
「そこまでして聞きたいのか……」
(陽キャの能力を知りたいって何? 引きこもってる間に絶滅危惧種にでもなったの?)
真宵の口から零れた一言は、言外に深い“呆れ”を感じさせた。
僅かな静寂。それはまるで、これ以上踏み込めば後戻りはできないと警告を発しているようだった。勿論思い違いである。
一息吐き表情を改めた真宵は、「まあいいだろう」と口を開く。
「繋げる力だ。二つを繋げ、自らを極限まで表現する。
「つな、げる」
真宵は頷く。
「程度の差はあれ、それは誰もが感じることができる。とはいえ、オリヴィエの太陽の如きオーラは、天性のものが大きいとは思いが」
あまりにも簡単に晒されていく、これまで一切の詳細が不明だった万能者の秘密。言葉の一つ一つが何を指しているのかわからずとも、その重要性は火を見るよりも明らかだ。
恐ろしい、とすら思ってしまうのは、自然なことなのかもしれない。
「オリヴィエ並みの頂点は、(羞恥心バグってる)感性と(アホみたいなコミュ力の)数値の限り全てを“繋げる”。あらゆる人の頂点に座す資格を、何をせずとも備える。私から言わせれば、“光”としか表現できないな」
「ま、待ってくれ……」
真宵が語れば語るほどに高まる違和感。無視できなかったオペレーターが口を挟む。
「彼女“達”? “誰もが”? それじゃまるで、オリヴィエ以外にも力が使えるみたいじゃ……」
「何を言ってるんだ。トップに立つ者がオリヴィエ以外にも存在し得るのは当然のことだろう?」
「いやそうじゃない……! 類似する力はあっても、ワールドランカーは特異な唯一無二の能力を……」
世界ランキング。世界で最も特異な才能。
たった一人で人類の希望にすらなり得る、この世で最も《神》に近い者達。特に同列者のいない上位三名に至っては、55年前に確認された《神》と《異能者》さえ超えていると見なされている。
そんな彼女の力が普遍的なものなどと、冗談にも程がある。
それが真実であるならば、世界の均衡はすぐさま破綻してもおかしくないのだから。
「偽りであれ
真宵の口から出たのは、オリヴィエの力が特別でないという、はっきりとした言葉だった。
「そ、そんな、はずは……」「どういうことだ……」「嘘……ではないか」
驚愕、困惑、思案。それぞれの割合は違えど、概ね誰もがそれを抱いた。
(やっぱ、引きこもってた間に陽キャ絶滅寸前になってたのぉ? はっ! 今なら陰キャから脱出できるのでは!?)
それはない、絶対にない。お前は小心者根性から逃げられない。ついでに胸も発達しない。
(ハァァああああっ!?!? ルヴィなんか言った!?)
【言っていません】
お、おお……マジかよ……。反応してくるとか怖過ぎなんですけど……。
んんっ!
一瞬何故か興奮した真宵はすぐに落ち着きを取り戻し、動揺しているオペレーターと周囲に対し、さらに言葉を続ける。
「ふー……。わからなければ古きより学べば良い」
「古き?」
「古より伝わる聖地にならば、答えも多いだろうからな。そうだな……勝者と敗者の混沌渦巻く場所、すなわちアキ——」
「そこまでにしてくれるかな?」
軽快な、なのに重みと冷たさを感じさせる声が響く。
オリヴィエが真宵の言葉を切るように口を開く。ただそれだけの事にも関わらず、部屋にいた大多数の背筋に悪寒が走った。
「メリュ、録音なんかはされてないかい?」
「は、はい……妖精さんが電子機器の一切を止めてます」
その言葉を聞き何人かが気付いた。
会議室の目立たない場所に、手のひらほどの小人が隠れていることに。
「『
「コレクト! これがなければ君達を一人残らず……消しているところだよ」
最後の言葉は、冷たく発せられた。
「ま、安心して欲しい。君もだレディ。幸いな事にこれらは記録されておらず、誰も私に辿り着いた者はいない。……例外が一人いるけどね」
視線が真宵に集中する。
(な、なにぃ? 陰キャいじめ始まる? 始まっちゃうのぉ?)
戦々恐々とする真宵。わかる、陰の者にとって最大級の恐怖だよな。
古より伝わる陰に潜む者を狩る儀式、それが“陰キャ狩り”である。時にはあんなことやこんなことをされたり、非常に恐ろしい。真宵にとっては母親の次に恐怖の対象である。
「
「そんなことはしないさ。ただ、君が口にしようとした地名は、あまり言いふらさない方が良いよ。私が消さなければならなくなる」
オリヴィエの言葉に、真宵はクエスチョンマークを浮かべた。
(えぇ……アキハバラってそんな場所だっけぇ? 古の聖地とは聞いたけど……。ハッ! まさか、陰キャ撲滅運動が行われていたのか!?)
陰キャ撲滅運動とはなんぞや。どんだけ陰キャに恨みあんねん。
まあ確かに、そんなものがあれば真宵は真っ先に吊し上げられ……いや、演技力でどうにでもなる未来しか見えないな。ルヴィもいるし。
「まあ! この話はここまでにしよう!」
パン! と手を鳴らし、オリヴィエが空気を変える。
「自己紹介もまともにできてはいないだろう? どうせここではやることもないんだ。仲良くしようじゃないか」
各国代表もそれぞれの思いはあれど、ここではオリヴィエに従わざるを得ない。
役目はここまでだと一歩下がろうとしたオリヴィエの耳に、真宵の小声が届いた。
「
(陰キャ狩りとか人道に反しますっ! 徹底抗戦を宣言……)
【オリヴィエはイギリス国民のほとんどに好かれていますが】
(うえぇ!? マジで!? 勝ち目ないじゃん……)
【世界的にも英雄扱いです。……それで徹底抗戦——】
(シマセンシマセン。私ハ平和主義者デス。ハイ)
速攻で考えを翻した真宵。実に賢いぼっち、戦力差はわかると見える。わからなければ、それはただの阿呆だが。
しかし発言は取り消せない。バッチリとオリヴィエに聞かれているのだが、ショックで思考が及んでいないようだ。やっぱり阿呆だな。
「……そうかい」
オリヴィエが口元を隠す。
吊り上がった口角を見られないようにしたが、目に浮かぶ愉快さは隠せていなかった。
(まさかこの世界には存在しない、魔術都市アキネウスまで知っているとは。君は本当に、この世界で生まれた存在なのかい?)
疑念、疑惑、疑問。だがそれ以上の、愉悦。
オリヴィエに流れる“英雄”を求める血が熱く巡る。
真宵は未知だ。だがそれ以上に“傑物”でもあることは嫌でもわかる。オリヴィエが夢見続けた、《全てを背負う英雄》の素質。
オリヴィエの考えが読まれていようが構わない。
どうしても求めてしまう。太陽の姫君、《アハトラナ》の意思が混ざっている限り、オリヴィエはそれを抑えることはできない。
狂おしいほどの欲求。
偽りなき激情。
底の無い欲望。
大海の如き歓喜。
ああ、素晴らしいじゃないか!!
(すまない真宵。私は君を
その超然とした心を壊し、美しいままに死んで欲しい。
その姿を崇め讃え、
どちらも本当に心の底から願っている。
どうしようもないほどに、衝動として昂ってしまう。
(とはいえまずは、君を“英雄”にしてからだ)
世界を越えて壊れ果てた
(な、なんか睨まれてない? ほんと謝りますから、陰キャ狩りは勘弁してつかさぁい)
【彼女は貴方を絶対に逃さないを思っています】
(ひえっ、スイマセンワタシハ死ンデシマイマス)
【健闘を祈ります】
(見捨てたぁ!? 見捨てたよねぇ!?)
【…………】
(無視するなぁぁ!!)
ポンコツがポンコツであることに、これほど癒されたことがあっただろうか。
オリヴィエがこの本質に気付くことがあれば、さぞ愉快なんだろうなぁ。
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