第21話 おお、愛しのガチ勢(同志)よ!

 海岸線より8キロの地点に、今回の合同任務における後方部隊本部が置かれていた。今日まで魔獣を押し留めていた自衛隊の拠点にもなっている為、自衛隊員の姿も多い。前線部隊はさらに4キロ先に設置されており、そちらには自衛隊員は最低限で、今頃各国のオペレーターが集結しているだろう。

 まあ、前線の話は後方にいる人員にはほとんど関係のないことなのだが。

 後方にいるオペレーターの興味は魔獣ではなく、やはり彼らにこそ向けられている。


「着いたわね。今回の指示は真宵ちゃんに出してもらおうかしら」

「了解した」


 世界でもその特異性から注目を集める、アラヤ日本支部だ。アラヤにおいてトップクラスの戦力と研究を保持する支部、これを無視できる支部は存在しない。

 どのオペレーターも上から情報を引き出すように言われているが、正直そこまで期待はしていないのが実情だ。誰も彼もこの合同任務自体が茶番であると理解している。それは日本支部も例外ではない。

 毎年それなりのティーチャーが一人は来るが、聞きたい情報を持つ者は来ない。数合わせのオペレーターには期待すら無用。


「整列」

「「「ハッ!」」」


 だが今回は何かが違った。

 いつものやる気のなさなど感じない、精悍な表情が並んでいる。指先一つに至るまで気を張ったそれは、前線ですらなかなか見られるものではないだろう。


「美沙希は全体に気を配りつつ荷物を運び込んでくれ。浦賀は周囲への挨拶を頼む」

「あのー、僕Cランクなんですけど。なんか文句言われるんやないです?」

「泰成とシナを付ける。運び込みが終わったら美沙希も合流だ。他は」

「いえ、十分です」

「リアムはうえティーチャーと私についてこい。各国代表と顔を合わせる」

「了解」


 様子を見ていたオペレーターやティーチャー達は、あることに気付き顔色を変えた。


「ミサキ……ミサキ・ノヤか!」

「あの大男はデミ・ナンバーだぞ。どっちもAランクかよ。てか、よく見たらBランクも三人いるんだが」

「それより、ティーチャーのうえと言えばコマンドティーチャーですね。これほどの大物が来るとは」


 Aランク二人、Bランク三人、加えてコマンドティーチャーとは、大規模任務でも滅多に目にすることのできない面子である。

 このまま前線に参加しても、何の違和感もない。それどころか成果を独占できそうなメンバーだ。

 報告の為に一旦離れるオペレーターもいる中、さらに衝撃的な名が響いた。


「茜、バスの中には何も残っていなかったか?」


 バスから降りる彼女は、なんともいえない顔をしながら列に加わった。


「そんなことをナンバーズにさせるのは、貴方くらいのものよ」

「それは光栄だ。では君も私達についてきてくれ」

「了解」


 各自行動を始めた真宵達の周囲で、ざわめきが大きくなっていく。

 日本ナンバーズ7、東堂茜。

 史上最も『解放戦力変換型身体強化外装・アーツ』に適合した“アーツマスター”。近距離格闘戦において比類なき実績を誇る、世界屈指のフィジカルモンスター。そしてそれらの呼び名の元となる称号、“スコア4到達者スコアコレクター”。

 いつもは顔すら見せない世界トップクラスのナンバーズ、そんな存在がいて動揺するなという方が無理難題だろう。


(なるほどね。これを狙ってあんな指示を出したのかしら?)


 くすりっと頬を緩める茜。

 しかしすぐに表情を正すと、真宵の後ろについて行った。


「……ナンバーズまで来ていたとは。いや、それより、指示を出していたのがコマンドティーチャーではなかった? それどころか後ろに控えていたのか?」


 とあるティーチャーは思い返す。

 冷たい視線。落ち着いた声。威厳満ちた言葉。整った容姿。周囲など目に入らないかのような態度。

 格好や顔の幼さからオペレーターにも思えたが、各員への指示からティーチャーにも思える。だが、その印象は日本支部の甘いティーチャーとは違う。ならば、指導員コーチだろうか。あんな特徴的でAランクどころかナンバーズを率いるような教師陣マスターズは、資料にはなかったはずだが。


(……あの格好。あれは何処か、軍服のようだった)


 総合的な印象は、どちらかというと日本アラヤというより、むしろ軍人のような——


「すいません。今挨拶いいですか?」

「っ! あ、ああ」


 目の前にいたのは、日本支部のオペレーター。

 確か、ウラガと呼ばれていたか。その後ろに控えているのは、Bランク二人だ。


「今回はよろしくお願いします。まあ後方なんで、仕事ないんですけど」

「ああ、楽で良いな。何事も起こらないだろうが、気楽にいこうじゃないか」


 言外に“こんな面子を集めて何をする”という思いを込めたティーチャーに、浦賀は何も答えずに笑みを返した。

 答えは得られないと悟ったティーチャーは、話題を変えることにする。


「ところで、あの指示を出していたのは新しいティーチャーかな? 合同任務に新人とは珍しい」

「あの人ですか? そうですね、新しく来た人です。でも実力は凄いんですよ」


 ティーチャーは言葉から、何か裏があることを見抜いた。


「何か訳ありということかい?」

「んー、まあ、詳しくは言えんのですけど……」


 言葉を切った浦賀は、少しだけ鋭い視線を混ぜて、ティーチャーと視線を合わせる。


「あの人、僕らん中で一番強いですよ」


 浦賀の言葉に、ティーチャーは一瞬思考に隙ができた。


「それは、どういう……」

「あ、僕らはここらへんで。他んとこも挨拶に行きますんで」


 離れていく背中を見ながら、ティーチャーは考える。

 一番、強い?

 Bランクより? Aランクより? いやまさか、ナンバーズよりか?

 そんなことがあり得るのか。そのような情報は何処からも来ていない。いやそもそも、彼女はオペレーターなのか?

 グルグルと回る思考の中で、疑問は尽きることなく生み出される。

 答えは、出なかった。





     †††††





「失礼する」


 会議室に足を踏み入れた真宵に、視線が突き刺さる。


(ひえっ、こわっ……。って、なんで私が先頭なの?)

【指示を任されてから、貴方がノリで歩き出したからです】


 的確な返しに、真宵はぐうの音も出なかった。


「失礼します」

「同じく失礼します」


 後から入ってきたうえと茜に視線が移った。真宵は若干ほっとした。

 視線に込められているのは、驚き、好奇心、警戒、友好とさまざま。だが、どれにも幾分かの“余裕”が感じられる。


「よくお越しくださいました。とはいえ、海を跨いで来たのは我々なのですが。さ、どうぞ席にお着きください」


 気さくそうな男性に促され、三人は腰を落ち着ける。

 この場でも日本支部は注目されていた。

 こんな茶番に付き合わされていることへ、同情の感情もあるのだろう。いつもより大仰な面子への、警戒もあるだろう。しかしそれより、ただ一人に視線が向いている。

 コマンドティーチャーはいい、各国への配慮としてはわかりやすい。

 ナンバーズもおかしくはない。今回はイギリスよりが来ている。示しとしては十分だ。

 だが一人、もう一人の少女は何者だ? 大物二人と並んでいる彼女は、どういう意図で派遣されたのだろうか。

 誰もがそこを図りかねていた。


(うぅ、なんか注目されてない?)

【7割弱の注意が向けられています】

(なんでぇ? うがぬ、気分が悪くなってきた……。席立って良い?)

【仕事をこなさなければ給金は発生しませんが。それでも良いならば止めはしません】

(全っ力で仕事しますっ!)

【気分が悪いのでは】

(今良くなりましたぁ!)


 ぼっちは視線でダメージを受けた。しかし脅迫ゆうどうで気力を持ち直した。

 そんな限界ぼっちへ、気さくそうな男が声を掛ける。


「失礼。初めて顔を合わせますね。お名前を伺っても?」

【クリスティアン・ホフマン。スイス支部のティーチャー。若手の有望株。好きな食べ物はデーツチョコ】

「三日月真宵。そちら風に名乗れば真宵・三日月。海を越えスイスより遥々訪れたこと感謝しよう、クリスティアンティーチャー」


 名前を呼ばれたことに、クリスティアンは虚をつかれた表情を浮かべた。

 それは他の支部の人間も同様だ。なんせほとんどの人間がここに来て初めて、彼の名を教えられたくらいなのだから。

 個人情報の保護に定評のあるアラヤにおいて、優秀でも若手のティーチャーの名を知る機会などそうそうない。事前に情報を渡されている日本支部でも、オペレーターとベテランティーチャーぐらいしか公開されないだろう。

 

「……驚いた。まさか私のような若輩を覚えていてくださるとは」

【彼は国外任務での実績が多数ありますが、多くは秘匿されています】

「君は有望株だ、そう自らを下げる必要はない。国外任務での実績には目を見張る……」


 そこまで言って気付く。

 あれ、秘匿されているのなら、口にしたら不味くね?

 恐る恐る表情を伺う。

 クリスティアンは驚愕と警戒をごちゃ混ぜにした色を浮かべ、その背後からオペレーターらしき女性が険しい目を向けている。


【クリスティアン・ホフマンの背後にいるのはペートラ・ヴィルト。ナンバーズではありませんがAランクのオペレーターです。好きなものはオールインワンペーストタイプ】

「すまない、不躾なことを言ってしまった。ペートラ・ヴィルト、Aランクの君にそんなに睨まれたら私は萎縮し……て……」

(オールインワン!? ほんと!?)

【間違いなく事実です。彼女は部屋に限定版の箱を飾るほどのファンです】

(同志じゃん!)


 ガワは変わらず、内面はテンション上がっていた。

 ちなみに、真宵の部屋にはFPSゲームや自衛隊とコラボしたオールインワンの容器が飾られている。ついでにイチゴ10パーセントと15パーセントの味の違いがわかる。つまりは変人であった。


「きゅ、急にどうしたのでしょう?」


 固まってしまった真宵に問いかけるクリスティアン。

 しかし真宵はそれに応えず、いきなり立ち上がるとペートラの前まで大股で近づいた。


「な、なにか……」

「ペートラ、正直に応えてほしい。……フルペーストとチップイン、そこに優劣はあるか」


 すぐさま真面目な顔をするペートラ。


「いいえ、そこには差異はあっても優劣はないわ。実に神秘的ね。……真宵、オールドプレーンからニュープレーンが生まれたのは進化かしら?」


 真宵もまたキリッとした無表情で答える。


「いいや、それは進化ではない。あるのは探究という人間の真髄だ」


 二人は見つめ合い、そして同時に笑みを浮かべた。


「これで道は見えたな」

「これは実に神秘的ね」


 ガッチリと手を握り合う二人。

 相手を知らないなどどうでもよい、短い語り合いで十分である。その瞳を覗けばわかるのだ、ここにいるのは同志だと。

 今ここに新たなる親愛は示された。

 いと素晴らしきかな! オールインワンの導きよ!

 ガチ勢がヤバ過ぎて正直怖いというのが、普遍的人間の感想となるだろう。新手の宗教ですか? 怖っ。


「ぺ、ペートラ?」


 ガチ勢についていけていないクリスティアンは、困惑気味に担当の名を呼ぶ。


「クリス、実に神秘的なことが起こったわ。真宵は素晴らしい人なのね」

「ペートラ!?」


 初対面のはずなのに好感度MAX。そりゃあ頭を抱えたくもなりますわ。

 クリスティアンの様子からこれが異常事態だと感じた面々も、何が起こったのか訳がわからないと、そばにいる人間同士で情報交換を行う。だが当然答えは得られない。


「催眠か?」「いやそんなまさか」「だが洗脳の可能性も……」「日本支部がなんの為に」「解放力は感知できない」「では何が?」


 状況はもうカオス。誰も彼もが好き勝手に喋っている。

 そして誰も真宵達には話しかけない。未だに二人は『ニュープレーンとコズミックプレーンの長所短所』という、常人では理解し難い議論を交わしているからだ。もはや“プレーン”とは何かを問いたくなる議題であった。


「ニュープレーン……暗号か?」「日本とスイスが密約を?」「ティーチャーが知らないとは」「解放力者の研究について……」


 うわぁ、もう収拾がつかなくなってきている。何故に暗号という方向に行く? 頭が良過ぎて明後日の方向にぶっ飛んでやがるな。

 そして一番慌てているのはクリスティアンである。

 ただでさえワケワカラン状況だったのに、あらぬ疑いまで被せられてはたまったものではない。しかし状況を収める術もない。今のペートラを止めようにも睨まれ、真宵には無視される。仲間は困惑で動けない。八方塞がりだ。

 と、そんな会議室に空気も読まずに入ってきた人間がいた。


「諸君! Aye, Siwmae! ビューティフルウーマンが来た——」

「オリヴィエ君! いやパラメデス卿! 頼む!!」

「はい?」


 いきなりクリスティアンに泣きつかれた彼女、本来なら今日の主役と言っても良かったはずの世界ランキング認定者ワールドランカーは、大量の『?』を浮かべながら鳩に豆鉄砲の表情を晒す。


「ペートラの洗脳を解いてくれぇ!!」


 渾身の叫びが、会議室にこだました。


「……これどういう状況what’s the situation?」


 いやほんとそれよな。

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