第13話 ナンバーズ、弱者の知恵を見せてやろう

 陣形を組む四人に、茜は躊躇せずに突っ込む。

 スコア3の速度は凄まじく、はなんとか捉えられているか、といった様子だ。

 まず狙ったのは、明らかに前衛とわかる泰成だ。後ろの三人とは少し距離をあけ、どっしりと構えている。最も警戒すべきAランクが後方に控えている状況。支援などを考えても、真っ先に潰すべきは前衛だろう。

 勢いをつけて踏み込み、スピードを意識して上段蹴りを繰り出す。

 ゴンッ!! と、人体がぶつかったとは思えない音が鳴る。


「っ————! ってーじゃねえか」


 なんとか割り込ませた腕を抜けた衝撃に、泰成はなんてことないように呟く。軽く腕を振っているが、異常はなさそうだ。

 スピード重視で多少軽かったとはいえ、ナンバーズの蹴りを喰らってピンピンしているとは、驚くべきタフネスである。


(……思った以上に硬いわね)


 茜は蹴りの感覚を確かめる。

 まるでタングステンの塊を蹴りつけたかのような、あまりにも人体離れした感触。だがそれは、茜の予想とかけ離れたことではなかった。

 銃をホルスターにしまい接近した茜は、鋭いボディーブローを放つ。

 今度はガードは間に合わない。いや違う、ガードなどする必要がないのだ。

 再び鈍い音が鳴るが、泰成は怯むことすらない。

 お返しとばかりに彼は腕を振るが、茜は軽く受け止め次の攻撃を繰り出す。

 スピードとパワーは茜が遥かに上だろう。その差はまさに子供と大人である。

 だがは、耐久力と重さで茜を凌駕していた。

 六発ほど殴った茜は、一旦距離を離す。


「そこだー!」


 そんな声と共に、茜に向かってコンクリートの塊が飛んできた。

 だがそれは考えていた範囲内。

 茜は体を横にずらすことで避け、飛来物は明後日の方向に飛んでいった。


(『念動力サイコキネシス』。やっぱりそうくるわね。避けることは簡単だけど……問題はワイヤーね)


 飛来物にはワイヤーが付いていた。動き次第では茜が捕えられる可能性もあるだろう。

 しかもワイヤーを動かしたり位置を変えたりできるのならば、今の茜に対して有効打を与える隙を作ることも、不可能ではないかもしれない。

 何より——


(——亜夢逗のサイコキネシスは特殊過ぎる。が満たされたら、流石に避けられないわ)


 過去に亜夢逗の資料を読み込んだ茜は、その解放力の特殊な条件と厄介さを知っていた。


(まあわかるわ。インファイトをお望みってわけね。泰成の耐久力が尽きるまで付き合ってもらおうってことでは……流石にないようだけど)


 まあなんにせよ、茜は泰成と殴り合うように誘導されている。そしてそれは、茜にしても悪くない選択肢だ。

 四人の目的はおそらく、時間を稼ぎつつも茜の体力を削ることであり、特に重要なのは体力を削ること。その手段は高いスコアを強制的に使わせざるを得ない状況を作り出し、それを維持させることだろう。

 そしてそれができそうな後ろの三人の解放力は、泰成に張り付き周りを気にしていれば、そう簡単には使われることはない。特に亜夢逗のサイコキネシスは、この手段でほぼ完封できる。

 そして使使泰成の相手ならば、茜はそこまで高くないスコアで対応できるだろう。

 時間はそこそこ稼がれるかもしれないが、ここで確実に四人を仕留めるならば、これが最善手だ。


「はええな!」


 ピッタリと張り付かれ、圧倒的なまでの速さに翻弄される泰成だが、明らかにダメージが少ない。

 スコア3、それもアーツマスターナンバーズ7のものならば、そこから繰り出される打撃の強さは凄まじいものだ。その一撃は厚い鉄板やモリブデン鋼の壁を貫き、スコア2以下ならばアーツ使用者の体でさえも破壊する。

 そんな打撃をぶつけられ続けても、泰成の体には軽い不調以外感じられない。これはあまりにも異常だ。


(義堂泰成の解放力は『力学的高位構造構築スペリオル・ストラクチュア』。単純な衝撃ならほとんど意味はない)


力学的高位構造構築スペリオル・ストラクチュア』。それは耐衝撃性においてトップクラスの解放力。

 その能力は周囲の原子を集積・使用し、人工的に作るのが不可能とすら言われる『ほとんどの衝撃を受け流す高次的力学構造』を構築する。その構造は確認されているが、詳細な配列や構築物質にはまだ謎が多い。さらには個人によっても僅かな違いがある。長い間研究されている解放力だが、100パーセントの性質を再現できたという報告は今を以てしてない。

 簡単にいえば、“めっちゃ衝撃に強い装甲を体に纏える”というわけだ。つおい。

 しかも頭は他のところとは構造が違い、大きさはそこまで変わらなくとも耐久性は一番高い。なぜだ?

 そんなわけで、人体を木っ端微塵にできる茜のパンチでも、泰成には大きなダメージを与えられないのである。


(でも、全く通らないわけじゃない)


 首、肩、膝。集中的に狙えば、少し動きが鈍くなる。体の要所は流石に衝撃が通りやすいようだ。

 そうでなくとも、少しずつでも疲労は溜まっていく。特に内臓系には蓄積していきやすいだろう。

 なればこそ、その瞬間は意外にも早く訪れた。


「ぐおおっ!?」


 泰成の左膝がカクンと折れる。

 膝を狙った正確な攻撃と、内臓を狙った数多の打撃。いくら『力学的高位構造構築スペリオル・ストラクチュア』とはいえ、茜の破壊的暴力を受け続ければ、蓄積されたダメージは本体を容易く限界へと導く。

 そもそも、泰成は比較的弱い砲撃にも等しい衝撃を何十発と耐える訓練など受けたことはない。

 彼のいつもの役割は、せいぜいライフルの一斉射撃などを受けて隙を作ること。もしくは、そのまま強引に近づいて戦線を押し上げることだろう。

 むしろ、通常受けることのないであろう強打を受け続け、その痛みとダメージに耐えていたことこそが異常と言っても良い。

 泰成の限界は早足に近づいていたのだ。ただ、それを本人が根性で遠ざけていただけで。


(まずい。ここは左右と上がワイヤーで塞がってる。向こう側に行くには別のルートが必要だけど、それを確認するための時間もない)


 そして泰成の限界が予想外に早かったと感じたのは、茜も同じだった。

 茜はもう少し時間を掛けて少しずつ移動させ、目星をつけた位置で一気に倒すことを考えていたのだ。

 だが、ここでは道が一本に限定され、リアムの解放力で一撃をもらうことになってしまう。


(泰成を踏み越えて行くことはリスクが大きい。下手に移動したら、さっきみたいに一方的に狙われることになるわね。しかも、亜夢逗の条件を満たしかねない)


 最終的に茜の思考で決定したのは、なんとかして泰成を盾にするというものだ。

 しかし、どうやって泰成を動かすのか、それが一番の難題であった。

 今の茜では全力で蹴り飛ばしても、泰成は2メートルも飛ばないだろう。相撲のように押し込もうにも、踏ん張られれば地面に力が逃げてしまうはずだ。

 今の泰成は条件付きで“絶対に割れない皿”に等しい。バットで飛ばそうにも衝撃は逃げるし、踏みつけても“正解”を引かない限り割れない。違いは、中に脆弱な本体があるかないか、それだけだ。


(……仕方ないわね。多分思惑通りかもしれないとしても、これしかないわ。戻すまで10秒は掛かるけど、それまでにあと一人倒せれば、悪くはない結果だわ)


 茜が泰成から腕一本半分離れる。

 それは亜夢逗のサイコキネシスの条件が満たされないギリギリの範囲。そこから一歩でも泰成から離れれば、亜夢逗は即座に解放力を使うだろう。


「……なんの真似だ。俺はまだ戦えるっつーの」

「ええ、確かに貴方はまだ戦える。でも、完全に立てなくなるまで、そう時間は掛からないわね」

「そんなん試してから……」

「それに、もう十分ダメージは蓄積しただろうから」


 これならあと一発、と茜は呟く。

 言い返そうとした泰成は、次に茜が見せた微笑に、背筋が凍るほどの危機感を覚える。


「ごめんなさい、手加減は無理そう」

「スコア4————ッ!!!!」

「だから……


 その瞬間、泰成の視界から茜が消えた。

 そして疑問に思う暇もなく、泰成の体を凄まじい衝撃が貫く。

 『力学的高位構造構築スペリオル・ストラクチュア』による構築物を纏っているにも関わらずそれだ。まともな人間が食らえば、即座に血飛沫と肉片のシャワーとなってもおかしくはないだろう。いやそもそも、人間が食らうべきものではない。

 その一撃を何に例えれば良いだろうか。

 弱い砲撃などという生易しいものではない。それはもはや音速で飛来する大質量の衝撃を一点に押し込めた、などとしか表現のしようがないものだ。

 いわば、人の形をした厄災。

 今ここに“絶対に割れない皿”はひびを入れられ、“壁”という役目を放棄するに至った。

 逃しきれなかった衝撃によって飛んでいく体躯、中の本体はすでに意識を失っていた。それどころか腹部をタックルされた影響で肋骨が折れ、内臓にも相応のダメージが入っている。


(このまま三人に突っ込むっ!!)


 その飛んでいく泰成に隠れながら、茜はアーツの副作用により高速化した思考の中でこれからの行動を判断する。

 何が起こったのか、それは簡単なことだ。

 スコア3では泰成を動かせない。ならば、4

 そんな幼子が考えるが如き力技を、東堂茜ナンバーズ7は実現させる。

 それができるからこそのナンバーズ。この世界に生きる大多数の人間が抱く道理と合理、それを当然の如く踏み躙ることができる不条理。人の形をした理不尽であるが故に、彼らは“数字”という称号を得るに至ったのだ。


「行け」

「頼んだわよっ!」


 三人のいた場所まで辿り着いた茜は、盾にしていた泰成を吹き飛ばし、周囲の状況の把握を即座に行う。


(いるのはリアム一人。他の二人は……いない。美沙希の『空間移動テレポート』で逃げたようね)


 茜から約20メートルほど離れば場所に、リアムが一人で立っている。

 何故全員で逃げなかったのかはわからないが、真宵の下へ行くのを阻止するためだろうか。


(ここまで2秒も経ってない。リアムの移動も美沙希の解放力。だとすれば、美沙希の残量も少ないはず。奇襲の可能性は低い)


 美沙希の『空間移動テレポート』には“残量”の概念がある。故に、どれだけの人数を移動させたかによって、まだ行使できるかを推しはかれる。

 まずここに来た美沙希、亜夢逗、泰成、リアムの精鋭四人。その後矢小木と浦賀を移動させた。そして今一度、美沙希本人と亜夢逗、そしてリアムを飛ばした。

 この短時間で九人分。

 ここからの保険を考えて、これ以上の無駄撃ちはないと考えて良い。

 そもそもの話、スコア4の茜を相手にして奇襲などしたところで意味はない。蹴散らされるのがオチだ。


(なら、残っているリアムを仕留める!)


 単純な、まるでそうなることが当然であるかのような————いや、“まるで”ではない。これは明らかに誘導されて辿り着いた結論だ。

 わかりやすく、思い違うことなく、罠だとわかるように。茜がそれ以外の道へと進まないように考え抜かれた、誰もがわかるほど徹底的に単純化された、たった一つの一本道。


(わかってるっ! でもこれ以外に道はない。だから、“考えない”!!)


 奇しくもそれは、茜の前にこの場で戦った神谷ミアと同じ思考だった。

 日本支部においてアーツで茜とタメを張れる数少ない指導員コーチ。幾度も戦い、教えられ、導かれたからこそ、茜はその心に同じ言葉を浮かべたのかもしれない。

 茜も当然これが罠であり、自分が真宵てきの思惑の上にあると理解している。だがそうであっても、真正面から叩き潰す。

 それがナンバーズとしての矜持であり、自分へと立ち向かった者達への礼儀でもある。

 茜がここに来てからまともにダメージを与えられたのは泰成一人。それ以外にはまだ触れることすらできていない。

 スコア4を引き摺り出されたこの状況で、まだ隠れているであろう人員のほとんどを確認できていない。

 それにも関わらず、茜はここまで追い詰められている。

 だからこそ示す必要があるのだ、

 

 “お前達は強い。だが今再び私は頂の遠さを示さん”

 

 と。


「セット」


 茜が今まさに突撃しようとする前に、小さくリアムは呟く。

 それと同時に現れたのは、リアムの体の周りを埋め尽くす光の粒。その数は約800にも及ぶ。

 その約半分が撃ち出されたと同時に、茜は地面を抉りながらも前進した。

 光弾の速度は茜の移動速度を上回る。故に、茜の体には何発もの被弾があった。

 だが、茜は光弾によるダメージを無視して走る。痛みはある。肌に当たったものは皮膚を破ってすらいた。だがその程度では、覚悟を決めた茜は止まらない。

 アーツは使用者の『個人という波の一種』を増幅させる。そのため、使用者によって効果には若干のばらつきがあるのだ。

 そしてスコア4に至った使用者の中には、特筆すべき効果を発現させる者もいる。

 茜の場合、それは『防御力の向上』である。


(訓練用の威力を超えてる。そこまでしないといけないって判断したのね。……ほんと……嬉しいわね!)


 全力で自分にぶつかってくれる喜びを噛み締めながら、茜は一歩を進める。

 頭は腕で庇い、それ以外はどうでも良いとただ前へ。残り6秒に全てをかけてひたすらに前へ。

 当然大量のワイヤーが張られている。だがそれはスコア4の圧倒的フィジカルの前に切り裂かれる。

 視界を埋め尽くすは光弾の嵐。だがそれは東堂茜アーツマスターの防御を剥がすには至らない。

 アラヤ製のワイヤーもリアムの解放力も、決して弱いわけではない。

 ワイヤーは一本でも人体を釣り上げられる強度を持っているし、加減しているとはいえ光弾もゴム弾の威力を上回っているだろう。どちらも上位のオペレーターでさえ手を焼くものだ。

 だがスコア4という高みに座す茜には、どちらもただの障害物に過ぎない。

 アーツマスターのスコア4は圧倒的だ。

 世界最高峰のフィジカルパワー。銃弾でさえ跳ね返す防御力。アーツによって高速化された思考。亜音速に達するスピード。

 どれをとっても隙がない。近接戦闘のオペレーター、その究極系と言っても良い。


(あと10メートルっ!)


 だがだからこそ、無意識にうちに抱いていたアーツへの絶対的な信頼を捨てられず、その隙を突かれる事となるのは必然であろう。

 弾幕に晒されている茜は気づけなかった、自身に放たれた光弾が展開されたものの半分であったことに。

 ならば、残りの半分は何処に向かって放たれたのだろうか。


「オールナイス」


 色黒の大男は、全てが上手くいっていることを確信した。

 真っ直ぐ茜に向かって飛んでいく弾幕に隠されながら飛んでいく別軌道の光弾が、10

 そしてリアムは目をキツく閉じ、耳を塞いだ。


「————ッ!?!?」


 直後に茜の目は凄まじい光に焼かれ、耳はあまりの轟音に音を認識しなくなった。

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