第12話 誰一人欠けることなく(シリアスが元気だなぁ)
「右だ!」
「了解っ!」
矢小木の言葉に、浦賀が銃口を斜め右に向ける。そこに移動してきたのは、紛れもない茜だった。
互いに銃口を向け合った浦賀と茜。しかし先に準備していた浦賀の方が早い。
放たれた弾丸は茜を完全に捉えたかに見えたが、アーツをスコア3の状態で起動している茜に簡単に当たるわけがない。即座に発砲を諦めた茜は身を翻し、手近な障害物の後ろへと身を隠した。
「次は障害物の左から出てくる」
「早すぎですわ。来る方向わかっても当たらんですわ」
「愚痴は後で聞く。集中しろ」
矢小木の言葉通り、茜が飛び出したのは向かって左。見えたと同時に放たれた浦賀の弾丸は、しかし茜を捉えることはできなかった。
「あかん。三発撃ってかすりもせんて」
「お前の目でも無理とか、バケモンかよ」
「今でもギリギリですもん。話やとこれより上があるんでしょ? そうなる前に交代したいんですけど」
「まだ構築ができてない。それまで抑えるぞ」
「了解」
まだ戦闘が始まって1分程度。だがそれは、驚くべき1分であった。
たったそれだけの短い時間とはいえ、ナンバーズが完封されているのだ。
銃を撃っていたのはほとんど浦賀。茜は陽動目的で数発撃っただけ。つまりは、主導権は完全に二人の下にあった。
(動きが読まれている。いや違う、予測されてるわね。おそらくは後ろにいる矢小木の解放力。でも、動きが全部わかるわけじゃない。私の動きに限った直近の未来を予測してる……。自分から動いてこないなら、おそらくはタイプLの『
一旦障害物の裏に腰を落ち着けた茜は、スコアを落とし状況を頭に思い浮かべた。
相手は二人。潜んでいるのは十人前後。潜んでいる人間は全て矢小木と浦賀の後方のようだ。
となれば、時間を与えるほど不利になるのは茜の方。できれば早々に二人を始末してしまいたい。だが、現実としてそれができない。
茜の想像通り、矢小木の解放力は『
しかし、それだけならば茜の脅威にはならない。察知されるのは行動を起こそうとする直前であり、予測できることと反応できることは違う。茜の機動性があれば即座に距離を詰めて、矢小木を打ち取ることも容易いだろう。
(問題は浦賀。大雑把な指示でも最適な軌道を割り出して、姿が見えた瞬間に発砲。こっちが狙いをつける暇を与えない。私よりも早い反応速度……多分、反応を早くするなんらかの解放力ね)
だが浦賀の高速かつ精密な射撃が、茜の進行を阻む。
ただ早いだけの射撃ならばどうにでもなっただろう。だがあらかじめ来る方向を知られているならば、こちらのどんな動きよりも早く浦賀は発砲できる。
矢小木と浦賀。この二人の組み合わせはお互いの長所が適切に噛み合わさり、ナンバーズを抑え込むという大戦果を挙げていた。
だが、たったそれだけが原因なわけがない。この程度の不利ならば力ずくでなんとかしてしまうのが、ナンバーズという理不尽である。
ではなぜ、茜が押さえ込まれているのか。
(ワイヤーが的確すぎるっ!)
茜は歯噛みした。
そうワイヤーだ。たったの一本すらも無駄なものはない。茜の行動全てを制限するために全てをかけたかのような、芸術的なまでのワイヤーの張り方。
誰が指示したかなど考えるまでもない。アラヤの人間でさえ難しい対
左右は言うに及ばず、上のパイプにさえ近づけない。地面スレスレに張られたものなど、明らかに近距離戦を得意とする茜を潰しにきている。
その悪辣なまでのワイヤーが茜と矢小木・浦賀のコンビの通常ならば絶望的なまでの差を、限りなく小さくしていた。
何処まで分析すればここまでできるというのか。その狂気的なまでの戦術に、茜は背筋を震わせた——
「…………ふふっ」
——大きな尊敬と喜び、そして僅かな畏怖に。
(私だけのために、ここまでしてくれるなんて……ほんと、嬉しいわ……!)
茜は今、真宵という強大な存在の手のひらで踊っている。それも、真宵本人は一発の弾丸も使わずに。
そして現在敵として立っているのはたった二人のオペレーター。ここに来るまで徹底的に蹂躙してきたオペレーターと、力量ではそこまで変わらない矢小木と浦賀が、ナンバーズたる茜を完封している。
その状況が、この劣勢が、何故か胸が高鳴るほどに喜ばしい。
(誰も私を見てなかった。“ナンバーズ”っていう称号ばかり見てた。なのに今彼らは、“私”っていう高みを超えようとしてる。“ナンバーズ”であり“アーツマスター”であり“東堂茜”である私を、全力で引き摺り下ろそうとしてる……!)
ナンバーズという絶対ではない。茜という一人の人間を、“いつかの自分”として倒そうとする。
これまでならば傲慢だと切り捨てただろう。登ってこられる人間は限られているという事実を盾に、現実を見せてやろうと冷たく怒っていただろう。簡単に越えられるほど自分の積み重ねた力は軽いものではないと、お前たちは何を夢見ているのかと。
しかし今はナンバーズが、東堂茜が乗り越えるための戦いだ。
真宵に率いられた者達は、この場この時に限っては茜に並び得る。それもたった二人でだ。
ならば、その頂点に立つ真宵自身は、一体どれほどのものだろうか。その大壁は、どれほどの高さと厚みを持ち得るものだろうか。
そして、自分はその高みへ手をかけることができるのだろうか。
(もしかしたら、私じゃまだ届かないかもしれない。実際、このワイヤーに押さえ込まれている)
それを確かめるためにも、まずは自分を押さえている二人を超えなければ。
(少しずつワイヤーの位置もわかってきた。真宵にまで届かなくとも、二人くらいになら近づける)
そう、茜はこの短い時間で、ワイヤーに邪魔されずに二人へと至る道を掴みかけていた。
これまで磨き上げた努力と才能は、確かに茜に対して勝機への道筋を示す。
まだ完全にワイヤーを把握したわけではない。だが、今はそれを優先できるほどの時間がない。
(運なんかに頼りたくはないけど……今だけは裏切らないで欲しいわね)
覚悟を決めた茜は、アーツをスコア3まで引き上げる。
「きたぞ! 方向ちょい右、距離19だ!」
「方角で言うてもらって良いですか?」
「……集中しろ」
「察しましたわ」
「うるせえ」
無駄口を叩きながらも、浦賀は鋭い視線を指示された範囲に向ける。
動くものがあれば即座に認識して撃てる。それも、スコア3で強化された茜の行動速度を超えて。それが、浦賀の最大の長所であった。
「っ!? ちょっ——」
しかし今回は、それが最大の隙となる。
障害物から物の端が現れた瞬間に放たれた二発の弾丸は、対象を過たずに直撃した。
「は?」
金属音を響かせるドラム缶に、浦賀は呆けた表情を見せる。
その背後から飛び出したのは、上手くいったと唇の端を歪ませた茜。
一杯食わされたと悟った浦賀は即座に人差し指に力を込めようとするが、反応速度そのものは人間の範疇を超えられない彼では、銃口を定め引き金を引くまでの茜の行動には間に合わない。
「まずっ!」
「やばっ!」
茜の持つ拳銃が5度の銃声を響かせる。
高速機動の中では当たるかわからないが、可能性があると判断されるならば、茜にとってはどうでも良かった。
目的は当てることではない。牽制によって二人、特に浦賀からの射撃を止めるためだ。
慌てて障害物の後ろに隠れる二人に、茜は『甘い』と心の中で呟く。
彼らが茜を止めたいならば、逃げてはいけなかった。たとえ撃たれてでも茜を狙い続け、再び優位を取り戻す可能性を捨ててはいけなかった。それ以外に彼らが茜を抑える方法はなく、それを逃した今、天秤は茜に大きく傾くのは道理だろう。
茜は最初の賭けに勝った。
ならば次は、自身の見出したワイヤーの配置を信じ、一気に距離を詰める。ワイヤーを避けながらのためかなり複雑な道順と動きを要求されるが、アーツマスターたる真宵ならばギリギリなんとかなるはずだ。いや、絶対になんとかしてみせる。
後は見えなかったワイヤーがないことを祈るのみ。
(とった!!)
果たして、茜は賭けに勝った。
体を捻りながら障害物を追い越し、こちらに視線すら向けていない矢小木と浦賀に銃口を定める。
距離は約5メートル。茜の最も得意とする近距離だ。
遮るものもなく、室内のため風もない。尤も、この距離ではガラスが挟まっていようがあまり関係ないだろうが。
つまりは、外す要素がない。
故に飛んでいく四発の弾丸は直撃コースで矢小木と浦賀に迫り——
「プランBだ」
——直後に現れた人影によって防がれる。
「っ!」
勢いを殺さずにできるだけ距離を取る茜に、その四人はすぐに構えることはせず、ただ見送った。
「てっうお!?」
「危なかったですわ。ありがとうございます」
やっと茜に気付き驚く矢小木と、即座に状況を理解し礼を言う浦賀。
「たく、あの人が言ってただろ。『誰一人欠けない完全な勝利』って。いきなり危ないことしてんじゃねーよ」
「まあ、今のは流石にヒヤリとしたわね。私の残量も割と消耗したし」
「だがまあ、2分弱か……大健闘じゃねーの?」
「それもそっか。二人とも頑張ったねー。後はこの天才にまっかせてね!」
「無駄口は減らせ。美沙希、こいつら下がらせろ」
「半分くらい持ってかれるけど?」
「かまわん」
美沙希と呼ばれたオペレーターが矢小木と浦賀に手をかざす。
「それじゃ、休ませてもらいますんで」
「ま、頑張ってください」
それだけ言った二人の姿が、その場から消えた。
残っているのは茜と、現れた四人だ。
茜は後方を窺うが、障害物が邪魔で真宵すら見えない。
「安心しろよ。まだオメェを負けさす用意はできちゃいねぇ。俺らはまだ足止め要員だよ」
「あっはは! でも、倒しても良いよね!」
「やめなさい。それは……それは……フラッグ?」
「“フラグ”な。慣れねぇなら無理して使うなよ」
「どっちも意味は同じだねー。日本人って不思議ー」
「オメェも日本人だろーが」
「僕オーストラリア育ちだもーん。生まれと国籍は日本だけど」
「つまりは日本人じゃねーか」
「無駄口は……いや、もういい」
色黒でガタイの良い男がため息を吐く。
気安い言葉での、軽い言い合い。
だが四人全員が油断など一切していない。視線は茜から外されず、体勢にも無駄がない。しかし過度の緊張もない。
茜の目の前にいてこの程度の距離にも関わらず、ある程度の余裕を持てる。そして何より、明らかに場慣れしている。粗が目立った矢小木と浦賀にはなかった、確かな強者の空気だ。
「……貴方達の名前は知っているわ」
茜の言葉に、四人は会話をやめた。
「Bランクの
名前を呼ばれた男は、「どーも」と口の中で呟く。
「Bランクのルシアナ
背の低い青年は、少年のように笑っている。
「Aランクの
光栄ね、と女性は緊張を高める。
「Aランクの
色黒の大男は口を固く結び、鋭い視線を茜に向ける。
「全員一線級のオペレーターばかり。この場にいた上位陣をそのまま持ってきたのかしら? そっちも余裕はなさそうね。なら貴方達を倒せば、この状況は大きく動く」
四人は警戒感を募らせる。茜が状況を正確に読み取っていることにではない、名前を知られているということにだ。
名前を知られているならば、当然のこととして解放力も知られている。そして
正直なところ、矢小木と浦賀の作戦が上手くいったのは、茜が情報を持っていなかったからだ。
その解放力も、ランクも、戦術も茜には知られてはいなかった。故に茜は攻めあぐね、約2分もの足止めを許してしまった。
証拠として、その戦術が見破られた瞬間に、茜は見事二人を敗退寸前まで追い込んだ。
ならば双方情報が割れているこの状況、勝負を決めるのは地力の差となる。
確かに四人は作戦を授けられたし、できるだけ戦術も考えてはきた。場所もワイヤーに対応できる人員がいるこちらが有利。さらには仕掛けすらいくつか施している。
しかしそれでも、東堂茜というナンバーズは強大過ぎる。
真宵側のオペレーターでトップの精鋭である四人でも、勝機はほとんどない。逆に茜次第では敗北は濃厚となるだろう。
泰成が言った通り、これはあくまで足止めが目的だ。勝ちに行く必要はない。ただ準備ができるまでの時間稼ぎができればそれでいい。
「貴方達が相手なら、少しは本気を出さないとね」
問題は、その時間稼ぎさえ茜の行動によっては破綻する可能性があることだろう。
だから四人が来たのは茜の体力を削るため、と思わせる必要がある。
真面目に速攻を行われたならば、四人は容易く負ける。
だから真面目に付き合っては意味がないと思わせ、同時に付き合わざるを得ない状況を作り出す。
「……しくじんなよ」
「誰に言ってるのかなー? 万年4位さん?」
「テメェ覚えてろよ」
「はいはい、そのやり取りは後でやってくれないかしら」
そのやり取りを前に、茜はクスリと笑った。
「ごめんなさい。なんだか嬉しくって」
「……何がだよ」
「だって貴方達が相手なら、私の得意な戦い方ができるから」
爛々と光る茜の眼に、だが四人は下がることはなかった。
だってあの人は言っていた。
『道は拓けている』
ならば自分達は、その道を堂々と歩けば良い。
それを今証明してやる。
さあ、できるものならば、超えてみせろ。
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