第18話 合同任務前会議(地の文さんも大変ですなぁ)

 日本アラヤといえば、多くの人間が思い浮かべるのは『アラヤ都市』だろう。

 解放力における保護と研究、そして有効活用に対して絶大な権限を有するアラヤ、その機能が一身に集中した都市こそがアラヤ都市である。正式名称は『国家保護及び人類守護遵守衛星日本都市キファルトゥリミア・サテライト・J・ガーデン』という。

 当然その規模は大きく、ほぼ自給自足すら可能なほどだ。

 そんな日本アラヤ都市の中でも特に重要な機能が集中し、象徴的な建造物でもあるのが、『セントラルビル』である。


「失礼する」


 セントラルビルの一角にある会議室、そこに数人の人間が集まった。


「遅くなってしまい申し訳ない。三日月真宵、ただいま現着した」


 綺麗な敬礼をする少女。その立ち姿は非の打ち所もなく、高めの身長も相まってまさに軍人の鏡といった風情だ。

 妹達の(面白半分の)教育による賜物だろう。何故敬礼だったのか、それは面白そうだったからである。真実は本人ばかりが知らない。周りが敬礼をしなくて首を捻っても、愚直に信じ続けるのそ姿は道化師……というかポンコツ。


「いいえ、問題ないわよ。実習お疲れ様。真宵ちゃんも慣れてきた?」


 優しげな笑みに柔らかな言葉、何処までも暖かな女性。アラヤに所属するティーチャーの中でも有名な樽井うえ。

 その言葉の節々に、真宵に向けた気遣いが確認できる。


「いや、浅学浅慮な私には足りないものが多いと思い知らされる」

「真宵にそんなこと言われたら、私はどうなるのかしら」

「何を言ってる? ナンバーズたる君は、私などより遥かに優れているだろうに」

「……嫌味に聞こえないのがあれね。まあ、素直に受け取っておくわ」


 ナンバーズ7にしてアーツマスター、東堂茜。

 気軽な会話、その中でも彼女の真宵に対する尊敬の念が見て取れる。


「…………」


 虚空に視線を向け、口を閉じた少女。

 真宵はその少女を知らなかったが、この場にいるということは、彼女もまた重要なポストに着く人間なのだろう。


「…………」


 そして最後に、驚きと困惑を鍋で煮込んだかのような表情を浮かべる中年の男性。何を隠そう彼こそが日本アラヤのトップ、アラヤ日本支部統括長岡弓鳳おかゆみおおとりだ。


(お、おかしいな……。資料では笑顔が常の社交的性格となっていたが、そんな雰囲気は何処にもない。……何故なんだ!?)


 わかる、わかるぞその気持ち……!

 明るく社交的で唯一無二の才能の持ち主が来ると思ったら、こんな軍人もどきが来るなど誰が思うだろうか。唯一無二の才能は確かにあったが、戦闘力まで引っ提げていたのだからもうワケワカラン。


「ねえ……早くして」

「あ、ああ、すまない」


 そんな思考も、これまで黙ったままだった少女の言葉で断ち切られる。

 その若干虚な目で見つめられると、いくら鳳とはいえ堪える。

 そうでなくとも、この少女を無理して呼んだのには、それなりの理由があるのだ。ただでさえ彼女の意思に反したのお願い、これ以上気分を害されるわけにはいかない。


「彼女のことは知っているかな?」


 真宵に対するその質問には、若干の探る響きがあった。


「いや、私の記憶には全くない」


 その答えに鳳はほっとした。この答えが偽りの可能性もあるが、これならば

 そう力を抜いた鳳は——


【彼女は琴業奏ことなりかなで。日本ナンバーズ3であり、“惑星の瞳”と呼ばれています。性格からか、特別手当を断っているようです。好きな動画は怪談白物語】

「ナンバーズ3に関しては調べたことがないことを謝りたい。“惑星の瞳”の名の通り、深淵を宿すかのような奥深い瞳だ」


 ——続いた言葉に体を緊張させた。


「……記憶にはないんじゃなかったかな?」

(どういうことだ……? 記憶にないと言いながら、まるで初めから知っていたかのような反応……一体何を狙っているんだ……!?)


 真宵の言動は矛盾に満ちていた。鳳は必死に頭を回転させるが、真意が全く見えてこない。


(あ、またやってしまった! どどどどうしよう!? 頭おかしい奴だって思われちゃう!)


 当然の事としてポンコツに真意などない。あと安心しなさい、もうすでに思われてる。


「……ここにいるのならば相応の地位と能力を持っていることが考えられる。あとはその中で当てはまる人物を探せば良いだけだ」

「嘘」


 苦し過ぎる言い訳を、奏がバッサリ切り捨てた。


(ひいいいっ!? ルヴィ! どうすればいいの!?)

【適当に言えば納得します】

(たった今それでダメだったんだけどぉ!?)

【……】

(わかったっ! やったらぁ!?)


 変なテンションに成りつつもガワだけは完璧に、なんか適当こく為に頭をフル回転させた。


「ふっ……」


 変な息も零れた。周囲からは微笑に受け取られた模様。だからなんでそうなる!?


「すまない。誰に言っても理解されないので、安易に口にしないようにしていることなんだ」

「…………」


 胡乱げな目を向ける奏と鳳に、真宵は薄い笑みを浮かべながら言葉を続けた。なお、笑みではなく引き攣りであるようだ。


「私には道が見えている、ただそれだけのことだ。君の名前が琴業奏であることも、ナンバーズ3であることも、拓れた道の中で燦然と輝いていたのでな。……特別手当を断っていることもな」


 最後の一言に、少女は僅かに眉を動かした。


「あー、こほん。つまり、その“道”とやらが見えれば知らなくともわかる、ということかな」

「そう受け取ってもらって構わない」

(ルヴィが出した道筋があれば、私だって優秀に成れるもんっ)


 それはお前が優秀なんじゃない、ルヴィが優秀なだけだ。

 そんな会話に我慢の限界がきたのか、奏は席を立って真宵の前まで歩を進める。


「ん」


 端末を目の前に突き出される真宵。キリッと無表情(困惑)。

 何処ぞのご隠居の部下の如き奏。相変わらずの無表情(面倒)。

 両者止まったまま5秒、端末が下ろされる。


「……もう帰る」


 奏はそう言って扉に向かう。

 鳳でさえ黙って見送る中、真宵は口を開いた。


「ああそう、私も怪談は好きなんだ。百物語の最後などは特にな」


 勢いよく振り返る奏。その表情はこれまでのように虚ではなく、しっかりと驚きの色が浮かんでいた。


「……何処で?」

(そうじゃん! いきなりこんなこと言われたらホラーじゃん!)


 またやらかしやがったぞこいつ。

 こうなっては! とまたもや言い訳の為に頭をフル回転させる。そろそろ学習してほしいものである。


「何処で……か。ふむ」

(えーと、何処で怪談やるのかってこと?)


 んな訳あるか文脈を確認しろこのポンコツ! お前の脳はヘリウムでも詰まっているのか!?


「テーブルを囲める場所だな」

「……そう」


 奏はそう零し、次こそ扉から出ていく。

 ……その横顔に僅かな『喜』の色があったことを、茜だけが目の端で捉えていた。


「……すまない、そろそろ始めようか。真宵君、君の席はそこだよ」


 これまで律儀に立ったままだった真宵を、鳳は座らせる。

 ちなみに座っていなかったのは、そう指示されなかったからだ。軍人たる者、上官の指示なく座るべからず。妹達と母親の遊び心である。

 冗談になっていないのがなんとも言えない。


「それでは、次の各国合同任務についての会議を始める」


 鳳の声が始まりの合図となった。


【琴業奏の好きなのは怪談“白”物語であって“百”物語ではありません】

(何その微妙な違いは!? 一画だけじゃんっ!?)





     †††††





「今回はどの国も張り切っていますね。ナンバーズがこんなに多いなんて」

「本命は推定130メートル級の魔獣だ。余獣も数多く確認されている。どの国も手柄が欲しいのさ」


 困ったように言う鳳に、うえは同情の視線を向ける。


(うわあ……こんな巨大な魔獣、動画でしか見たことない)

【Bランクの魔獣は“大型の都市への脅威”を示します。その中でもB3ランクならば、人の密集する場所にはかなりの脅威と言えるでしょう】

(ほへー……ん? でも都市が襲われたなんていうニュース聞いたことないけど。いつもこの合同任務で退治してたの?)

【いいえ、ほとんど日本支部と自衛隊だけで対処していました】


 真宵は内心さらに首を捻る。


(対処できるの?)

【寧ろこの程度ならば日本支部が対処できないはずがありません。これまでA3ランクの魔獣を単独撃破した記録もあります】

(?)

【他国のオペレーターはどちらかというと邪魔でしょう】

(???)


 ならなんで? そんな言葉が聞こえてきそうな『?』だ。


「そこで派遣するのが……」

「すまない。一ついいだろうか」


 わからないなら本人達に聞いてみようの精神で、真宵は手を挙げた。


「何かな?」

「この程度の魔獣ならば日本支部だけでいいだろう。各国のオペレーターは邪魔でさえある。何故このような面倒なことをするんだ?」


 鳳、うえ、茜はそれぞれ苦い表情を浮かべる。


「……真宵君の疑問はもっともだ。正直、ここにいる人間でそれを思っていない者はいない」

「ええ、この任務だって本当は日本支部だけでも問題ないわ。それどころか、各国の参入のためにリスクが増えているくらいよ」


 余計に理由がわからなくなる真宵。

 その空気を悟ったのか、鳳は思考を巡らせながら口を開く。


「知っての通り、日本支部にはナンバーズが七人いる。その中で何人“世界ランキング”に入っているのか、知っているだろう?」

【六人です。ちなみに日本にいる世界ランキング認定者ワールドランカーは七人です】

「六人だな。ワールドランカーは七人だ」

(あれ、数合わない?)


 疑問に思う真宵だが、まあそういうこともあるかと頭の隅に追いやる。


「ワールドランカーが世界で何人いるのか知っているかい?」

【十七人です】

「十七人だな」

【オールドナンバーを入れれば二十二人ですが、これは関係ないでしょう】

「オールドナンバーを入れれば二十二人のようだが……これは関係ないか」


 鳳は今日何度目かもわからない驚きを浮かべる。


古数字ランク保持者オールドナンバーまで知っているのか」

「話の腰を折ってしまってすまない。続けてくれ」

「……そうしよう」


 何処か納得できていない雰囲気を出しつつも、鳳は説明を続ける。


「世界に十七人しかいない世界の頂点、それが七人も一国に集中しているんだ。しかもその内六人がニューエイジ。当然その詳細な情報は我々が隠している。隠さなければならないんだ。その解放力の全てを公開すれば、どれだけの混乱を生むかわからないからね」


 世界ランキング。それはアラヤの定めた世界で最も特異な解放戦力保持者達。

 その解放力は唯一無二の天下一品。たった一人でありとあらゆる不条理を踏み躙り人類の希望と成り得る、埒外の鬼才そのものであると言える。

 一部では救世主達セイヴァーズ天災の具現達ディザスターズとまで言われるほどだ。

 それほどの存在を一国が七人も保有するのは、はっきり言って異常そのそのもの。


「各国は常に彼らの情報を欲しがっている。まあ、それなりの情報は公開しているんだけど、それで満足するはずもないってことだ」


 気持ちはわかるけどね、と鳳は困った笑みを浮かべる。


「だけど手段がないんだよ。こちらとしても諸々を公開することはできないし、向こうも接触する理由付けが必要。さらには今この国は他国との積極的な取引が必要とも言えない」


 解放戦力を研究して得られる利益は大きい。解放戦力の研究成果として生まれた学問、“解放学”は今や世界を支えている。

 そして解放力者の頂点たるワールドランカーを数多く有する日本は、その分野において大国に匹敵する成果を挙げていた。農業から先端技術まで、その恩恵は計り知れない。他国を頼っている部分も多いが、それでも足元を見られる状況は少ないのだ。


「情報を得るためにはまず日本に人員を送るしかない。その理由付けが、こういう“各国合同任務”などだ」


 これは各国にしても苦肉の策だろう。しかしこういった形でしか実現できないのも事実。最早人員を送るのに迷っている場合ではないと、こぞって圧力をかけてくるわけだ。


「合同任務は本来当事国の権利なんだが、結託されては断ることもできなくてね。こうして魔獣の足止めまでして各国合同任務を行なっているんだ」


 鳳をはじめ、うえも茜も呆れを込め面倒さを表に出している。


「まあ、有名税というものだ。それにこれによって各国とのパイプも太くなる。悪いことだけじゃないさ。追っかけにはその都度対応すればいい」


 最後に冗談めかした言葉を付け加え、鳳は口を閉じた。


「……なるほど」

(つまりは厄介なファンが多いから、そのガス抜きの為に魔獣退治をしてるってことか!)


 なんでそうなるっ!?!?


(それにしてもそんなにファンがいるなんて、ワールドランカーって凄い人達なんだなぁ)


 勝手にファンにされる各国の人員、アイドル並みの扱いをされるワールドランカー。

 頭の中で芸能人かなんかと間違えてないか!? 何処をどう解釈すれば……ん? 意外にいけなくもない……のか?

 いかん、なんか洗脳されている気がする。 こういう時は数字を数えるんだ。

 1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144、233、377……

 よし、完璧な数列が洗脳を解いていく音がする。


「まあ、そんなわけだよ。それじゃあ話を戻そう」


 鳳が資料を切り替える。載っていたのは、幾人かの名前と基本データだ。

 その中でもティーチャーの欄の一番上には、三日月真宵の名前が見て取れた。


「初めての任務だ。と言っても、後方にいるオペレーター達のお目付役だがね」

「お目付役とは、具体的には?」

「先に言った通り、どの国も手柄が欲しい。情報が無理ならそれだけでもってことだね。そんなわけで前線は手柄を狙う国のオペレーターがほとんど。その関係で、積極的じゃない国や成果を独占できるようなオペレーターは後方に下がらされるんだ。公式には非常時に備えての予備人員となっているけどね」


 そのせいで危険度が高まるのは不本意だが、と愚痴を挟む。


「まあ、簡単に言えばその後方にいる人員が不審な動きをしないように牽制したり、暇を持て余している子の不満を聞いてあげるだけだよ」

「なるほどな。それは本当に簡単な任務だ」


 緊張を解いて安心する真宵。

 ここに呼ばれた時点でどんな無茶難題を言われるか戦々恐々としていたが、蓋を開けてみればなんとも平和的な任務ではないか。こんな任務で稼げるのならば願ったり叶ったりである。


「日本支部から派遣される教師陣は真宵君とうえ君だけだ。茜君を同行させるけど、一応こちらからも人員を出さなきゃ体裁が悪い。連れていく人員はうえ君と相談して、二十人前後選んで欲しい。小競り合いなんかの仲裁にも必要かもしれないしね」


 鳳はうえに目配せをし、それを受けたうえは頷いた。


「わかりました。みんな行きたがらないけど、いつも通りなんとか集めます。真宵ちゃんも安心してね、勝手がわからないだろうから私が……」

「その人員、私が選んでも良いだろうか」


 真宵は堂々と言い放った。


「え?」


 うえだけではない、鳳までもが目を丸くしている。


「良さそうなオペレーターがいたの?」

「ああ、いざという時の連携がうまい人員を知っている。君も知っているだろう」

「……なるほどね。確かにあの連携なら文句ないわ」


 ただ一人、茜だけは真宵の発言を当然の如く受け止めていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。真宵君はまだここに来て5日しか経っていないだろう?」

「ああ、彼らのことね」

「うえ君!?」


 うえも思い至ったようで、納得の色を浮かべる。


「支部長、彼らですよ。訓練勝者部隊ヴィクトリー・チームです」

「……彼らか。だが彼らの中にはAランクもいる。都合が合うかどうかは……」

【秀和リアムをはじめ、全員が調整可能な範囲内です】

「問題ない。全員が調整可能な範囲内であることは(今)確認した」


 動きを止める真宵以外の三人。

 その神算鬼謀、あまりにも常識外れ過ぎる。

 その不可思議、あまりにも正体不明過ぎる。


「そ、そうか……。それじゃあ一任しよう……」


 支部長の意地でなんとか取り繕い、穏やかな顔を維持しようとしているが、その表情はかなり強張っている。

 まあ、そりゃそうなるわなぁ。これも客観的視点が壊滅的なポンコツのせいである。お気の毒に。


「んん、正式な任務依頼は後日届けよう。……ああそうだ、一つ言っておかなければいけないことがあった」


 そう言って鳳は、一人のオペレーターの資料をアップした。

 事前に知っていたのか、うえと茜は反応しない。


「今回の任務で最も気を使うべき人間だ。参加者の中でで、最強の“魔術師メイガス”だ」

「……これは」


 そう漏らした真宵に、やっと人間らしい顔を見れたと鳳は思った。

 そして告げる。その能力の高さ故に後方に送られるとわかっていて、それでも何故か海を渡り訪れた頂点の一角。

 “気を使うべき”などと言ったが、本来ならば“警戒すべき”と表現した方が良いだろう強者。

 “万能者”とすら称される規格外の傑物。

 イギリスを救った現代の英雄。

 とある騎士の名を冠する王室の剣。


英国最強のオペレーターイギリスナンバーズ1であり世界ランキング4位タイ、オリヴィエ・パラメデス・ローズブレイド。……決して彼女から注意を逸らしてはいけないよ」

「…………」


 黙ったままオリヴィエの顔を見つめる真宵。冷たく厳格な双眸は、彼のオペレーターを離さない。

 その脳裏にはいかなる思考が為されているのか、三人には推しはかれなかった。

 

(すっごく綺麗なお姉さん)


 いやうん。こんな思考当てられる方がおかしいですわ。

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