第40話 オリヴィエ、妖精に九条ネギで一本取られる(?
「『
エイブが唱えると共に、黄金の城壁が生まれる。それはエイブとメリュを乗せたまま高々と突き立ち、魔獣の厄災を押し留めた。
見事だ。文句なしに国の栄光と言われるに相応しい。
本獣にあった巨体と能力ならばともかく、数千の物量に頼る魔獣ではエイブの解放力を破れない。衝撃波も耐えられる範囲だ。
「さあ、あとはお前だ。派手にぶちかませ!」
「はい!」
手を組み、目を閉じる。
メリュは逃げていた。自分の力からも他者の期待からも、ずっと逃げ続けていた。
だけどエイブが思い出させてくれた。
笑顔を、そうあってくれと願う笑顔を守り作るならば、もうメリュは逃げてはいけない。
……違う。そうじゃない。他人を理由に使うな。自分以外に自分を決める
“逃げてはいけない”ではなく、逃げたくないんだ。
どれだけ怖くても、未来が見えなくても、最悪を想像しても……
「……私はもう、一歩だって逃げたくはないのですっ!!」
目を開ける。
極彩色の光嵐が吹き荒れていた。
雷はない。雨はない。だがそこには、ただ一人を中心に薄明かりを遍く照らす威光があった。
「こいつはまいったな。派手に行けとは言ったが、これほどまでか」
黄金の輝きにも負けない、神秘の解放。
大地を満たすのが黄金の栄光ならば、これは天を満たす色彩の奔流。
そして一人で全てを背負う栄光とは違い、それは一人では成し得なかった願いの結晶。
見よ。天を照らす奔流に、数え切れぬ妖精が力を貸しているのを。
メリュが“家族”と呼んだ者達の歓声が響き渡るのを。
自分にここまでの力があったのか、なんて驚き方をメリュはしない。
家族を信じて身を委ねれば、これほどまでに力を貸してくれたのか。そうやって感謝し、信じ切れていなかった自分を恥じる。
自己嫌悪に陥りそうになるメリュのほっぺたを、一人の妖精がぷにっと押した。
「そうですね。今はできることに集中します」
両手を空に掲げる。
これに意味があるのかなんてわからない。自分のイメージに合う動きをしているだけだ。
天に伸びる光の嵐が、大地を覆う魔獣を退散させる想像。
きっと間違ってはいない。そう信じられる。
明確な根拠なんて何処にもない。妖精のことだって知らないことの方が多い。
そうであっても、誰よりも妖精に触れてきたのはメリュだ。家族を信じられるのがメリュだ。
我が儘メリュが今、家族の力を全力でぶつける。
「お願いしまーーーーすっ!!!!」
振り下ろされた両手に合わせ、極彩色の奔流が地に叩きつけられる。
時空は捻じ曲がり、物理法則は否定される。されど無法にならず、妖精達の故郷が再現されるのだ。
妖精とは元より異界に住まうもの。この世界から否定されようが、異界の残り香は消されない。
この世界において、妖精はその存在を認識されない。だが唯一メリュの体質を使うことにより、一時的とはいえ世界に存在できる。
解放力者ならざるメリュなればこそ、これほどの奇跡を齎すことができたのだ。
色彩の中、魔獣が外側に折り畳まれ消えていく。
人の目には見えないが、五つの軸方向に伸びる曲線的直線境界へ消えているようだ。
まさに神秘。人知及ばぬ奇跡の御業。世界から隠された道の一つ。
全ての魔獣が境界に呑まれた瞬間、光の奔流はパキンッと音を立てて崩れ去った。
「……おわっ……た?」
メリュは弱々しく呟く。
初めて解放した膨大な妖精、その代償。
目が霞み、頭に痛みが反響する。空間把握もおぼつかない。
「あ……っ」
足から力が抜け、地面が迫る。
「おっと、大丈夫……じゃなさそうだな」
メリュの体を、エイブの大きな腕が支えた。
「だが見てみろ、お前が成した偉業だ」
黄金の光満ちる大地には、恐ろしい魔獣の姿は何処にもない。
ぼやけたメリュの視界に、手を振る妖精の姿が見えた気がした。
メリュの口元に、笑みが浮かぶ。
「いいえ……私ではなく、私たちの偉業です」
「……そうだな。ほら、ドローンに手を振ってやれ」
黄金の巨壁が闇を照らす中、二人の穏やかな笑みが浮かび上がった。
†††††
「これほどか、これほどまでに高まるのか……! まさに世界を繋ぐ楔っ!!」
歓喜に打ち震えるオリヴィエとは対照的に、真宵は何をするでもなくぼうっとした視線で遠くを見ていた。
やり遂げた。良い未来を選んだはずだ。与えられたもの全てを使い、考え得る限りの最善を手繰り寄せた……はずなのだ。
目の前の黄金の巨壁がその証明。
そうだろう?
(……虚しい)
人を守りたかった。死んで欲しくなかった。笑って欲しかった。どれも本当に思っていた。
でもそれ以上に……ルヴィに褒めて欲しかった。
褒めて、慰めて、甘えさせて、認めて欲しかった。
真宵にとってはルヴィこそが世界。ただ一つの真理にして、生命を維持する理由。
失われたならば、何をすれば良いのかわからないのだ。
(もう、何にもわからないよ……)
ビルの端まで歩を進め、闇に染まった地上を見下ろす。
まるで今の心のようだ。真宵はそう思った。
戦いの熱は去ってしまった。心の羅針は消えてしまった。
残っているのは底知れない闇への恐怖と、這い上がることもできない諦観、何もかもが興味の対象にならない虚無感だ。
(ここから落ちれば、終えられるかな)
虚な瞳は、暗闇に惹かれるように閉じられていく。
「真宵?」
オリヴィエが名を呼ぶ。真宵は反応しない。
(静かだなぁ)
箱に閉じこもったように、情報が遮断される。
壁はあるかと両腕を広げれば、あるはずがない。
右足を少し前に出せば、つま先が虚空に浮かんだ。
(ここが、境界かな?)
生と死、色彩と虚無の境界。
あと少しだけ踏み出せば、真宵は世界から解放される。それが方便に過ぎなくとも、もはや縋るものはこれしかない。
死への恐怖はなかった。
ああただひとつ……ルヴィと、もう一度話したかったなぁ。
(おやすみルヴィ。きっと私より良い人に会え——)
【寝るには早いです。起きてください】
真宵は目を見開き、身体を硬直させた。
幻聴か? そんなはずはない。他でもない真宵がルヴィの声を間違えるはずがない。
「戻って……来たのか……」
「ソウダヨ」
なんか頭の上から聞こえた。
え、幽霊? 勘弁してくれや。
「フザケンナ」
と、そんなわけがない。この世界ではある意味幽霊に近いが、全くの別物だ。
【両手を体の前に】
(あっはい)
真宵が両手を体の前に出すと、頭の上にいた存在がころんっと降り立った。
その姿は———えっなにこれ? え、その……ナニコレ?
(えっナニコレぇ??)
お前もそう思うよな。良かった、感性がおかしいわけじゃなかった。
わかりやすく言えば、12センチほどの丸っこい子供。知る者が見れば、メリュの能力の妖精に酷似しているとわかるだろう。
だがその姿が異様だった。
『京野菜』と達筆に書かれた振袖に、ナスとネギ……
【賀茂ナスと九条ネギです】
めんどくさいなお前。
こほん。賀茂ナスと九条ネギがあしらわれた袴を履いている。実に京野菜愛溢れた着こなしである。本場京都にもこれほどの猛者はいないだろう。
だがそれだけならば、まだ「変わった格好」で終わったのだ。
頭に紺のベレー帽。これはまだいい。
だけど刀の如くネギを差して……
「九条ネギダヨ」
お前本当にめんどくさいなっ!? 『九条ネギ』だけ良い発音しよってからに!
九条ネギを刀の如く差して、ナ……賀茂ナスで作った袋を背負っている! これで良いだろっ!
【…………】
満足そうなのが腹立つが、まあ許してやろう。
奇妙奇天烈な格好の妖精を前に、真宵は内心ぽかんとしながらも、(驚き過ぎて)キリッとした表情を維持した。
「真宵、その妖精はなんだい?」
「賀茂ナスと九条ネギだ」
反射的にとんでもないことを吹き込む
(えーと、この小人は……ルヴィ?)
【肯定】
妖精がむふーっと賀茂ナス袋を掲げた。
【アップデートと言っていたのに、戻ってこないと勘違いしていましたね】
(いきなり消えたからじゃん! びっくりして頭の隅にも残らなかったよ! でも、でも本当に良かったっ!)
安堵、興奮、歓喜。
真宵の思考は嬉しさで溢れかえった。
そして疑問が湧く。
(アップデートってなにをしたの。体が出来たのはわかったけど、それもどうやって?)
ルヴィ2.0妖精verは胸を張る。
【貴方が粘膜摂取したメリュの血液を元に十三軸原理で観測軸を拡張し、色づく直前だった貴方の視点をより大きくしました。これにより
(待って待ってさっぱりわからないから待ってよっ!)
圧縮された意味不明の情報に真宵の思考がオーバーヒート! ルヴィお前理解させる気ないだろ。
さてさて、ここにいるのは真宵達だけではない。英雄を求める魔術師もいるのだ。
「なんてことだ、ここにはメリュはいないんだぞ。何処まで私を楽しませてくれれば気が済むんだ!
感激に身を震わせるオリヴィエに、妖精ルヴィが鋭い視線を向ける。
シャキーンと抜かれたるは京野菜が一角、ミニミニ九条ネギ。
しゅぱぱっと真宵の肩と頭を踏み台に、妖精ルヴィはぴょーんと空を飛んだ。
「カクゴセヨ、ヘンタイっ!」
「ぷへっ!?」
オリヴィエの頭が、妖精ルヴィの九条ネギによってペチンと一本取られた。
『妖精が九条ネギで一本』がパワーワード過ぎて理解できない? 安心しな、お前だけじゃない。
呆然とする真宵とオリヴィエ。ふんすと胸を張る妖精ルヴィ。いつからかこっちを見て“?”を浮かべるエイブとメリュ。誰が見ているのかドローン達。
状況はカオス。事態を収拾する者はいない。
立ち直ったオリヴィエが高笑いを始め、妖精ルヴィが再び九条ネギを構えたところで、やっと真宵が動いたとさ。
シリアスは何処行ったんだよッ!?
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