迷い子の悩みへと光を篇

第41話 傍迷惑、勝手に集まる

 真宵は震えていた。

 布団を被って座禅を組み、ガッタンブルブルと恐れていた。

 世界が残酷であることは知っていたはずだった。だが一年にも及ぶ引きこもりが祟り、その本質を忘れてしまっていたらしい。

 具体的には……


(私ティーチャーなのになんで危険な目に遭ってるのっ!?)


 それはほんとそう。

 混合実践式戦闘訓練フルランクバトル然り各国合同任務然り、真宵は災禍の中心に居続けた。今やアラヤ関係の中で、真宵の名は知れ渡っている。

 その分鳳が胃を痛めているが、それは真宵の知るところではない。彼は今も対応に追われている。南無。


(しかもルヴィはどっか行っちゃうし!)

【何処にも行っていません】


 遥は布団を弾いて虚空に指を突きつけた。


「コッチ」


 妖精ルヴィの声に、指の方向を修正する。


「だって反応なかったし!」

【アップデートの処理です】

「じゃあ私が何してたかわかるの!?」

【全て理解しています】

「うぐっ」


 痛烈なカウンターで真宵は黙り込む。ノックアウト!

 真宵は再度布団に潜り込んだ。

 もぞもぞと蠢く真宵に、妖精ルヴィは呆れた視線を向ける。真宵はもう四時間もこの有様なのだ。


「もういや〜でも働かないとお母さんに殺される〜」


 真宵の脳内に浮かぶのは、めっちゃ腹黒い笑みの母親。歯は尖って、ツクツクの角に尻尾まで。無駄にでかい乳を腕で強調している。

 多分イメージがバレたら、真宵は部屋のコレクションとカーテンと遮光窓を捨てられる。

 そして真宵だけが知らないのが、いつの間にか成果報酬制に加え年俸制が加えられ、魔獣討伐によってかなりの報奨金が振り込まれたと同時に特別予算と別途月給が与えられていることだ。要は、しばらく働かなくても文句など言われるはずがないということ。

 『人類守護評価Sサベルイルランク』などというわけわからん評価は、真宵の知らないところでとんでもないことになっていた。

 

「ティーチャーの仕事はカウンセリングでしょ!?」

【ついでに担当を持った場合、作戦の補助を行います】

「補助じゃないじゃん! ガッツリ前に出てるじゃん! カウンセリングなんて経験もないよ!?」

【…………】


 ルヴィは伝えない。規格外のランク評価のせいで、真宵がティーチャーに収まらない役割を求められていることを。真宵に関わった人間のメンタル安定が確認され、カウンセラーとしても高い点数がつけられていることを。どうしてルヴィは伝えないのだろう……だって面白そうだし。そういう奴だったな。

 

「うるんにゃ〜ふしゃー!」


 情緒不安定な猫の如き声を上げながら座禅を続ける真宵。何故座禅を組んでいるのかは、誰にもわからない。

 妖精ルヴィはひっじょーに面倒臭そうな顔をしながら、黙って九条ネギを磨き始めた。九条ネギを賀茂ナスの皮で磨く妖精は、おそらくルヴィが唯一無二であろう。

 それもこれも、真宵がこれから巻き込まれる災難……愉悦を思ってこそだ。

 ガタガタブルブルにゃんにゃかふしゃーっ!

 座禅が五時間目に突入したところで、不意に部屋へと響き渡る呼び鈴。

 びくりっと震えた真宵は、恐る恐る布団から顔を出す。


「だ、だれぇ?」

【美咲リコ、葛木シナの二人のようです】

『すいませーん! リコでーすよー!』


 ルヴィの言葉通り、溌剌とした声が響いた。

 ぼっちの自分に声を掛けてくれる人間がいるという喜びに包まれた真宵は、次の瞬間吸い込まれるように布団の中に戻ってしまった。


(どうしようどうしようっ!!)


 真宵の性格を把握しているのならば、無駄なことを考えていることが理解できるだろう。

 ポンコツ思考で何を考えているのかといえば。

 “ぼっち成分陰の気に満たされた部屋に人をあげるわけにはいかない!”

 “外に連れ出されるのが怖すぎるですますにゃんにゃかニャーン!”

 とまあ、引きこもりの鏡とも言える立派(笑)な思考内容である。


「ドウスル」


 声がした方に、真宵は視線を向けた。

 真宵に背中を向けながら九条ネギを磨く妖精ルヴィは、愛らしい高音を精一杯渋くしながら言葉を紡ぐ。


「コタエル、コタエヌ。セイカイハ、ナイ」

【全ては貴方の選択次第です】


 真宵の胸に、ルヴィの言葉が突き刺さる。

 ……愉悦の笑みを浮かべる妖精の、何とあくどいことか。

 真宵は考える。真宵は悩み、真宵は潜る。

 自分は今、どうすべきなのだろう。何を選べば正解なのだろうか。


(いや、そうじゃない)


 “正解はない”んだ。だからこれは、引きこもりぼっち三日月真宵との戦いである。

 負けたいか? 負けたいわけがない。

 逃げたいか? ちょっとだけ、でも逃げたくないよ。

 何がしたい? 人にがっかりされたくない!

 ——これは、心を癒す光へ向かう為の戦いである!!


『あれー? せんせーいないのかな?』

『出て行った情報はない』

「ああ、私はここにいる」


 キリッと外行き用の仮面を被った真宵は、布団を弾き飛ばして玄関へと突き進む。

 立ち姿は凛と、歩く姿は耽美。(見た目だけは)頼れるリーダー真宵ちゃん!

 靴は丁寧に履いて、真宵は半自動ドアを開け放つ。……背後にいる腹黒妖精は、まこと愉悦の表情を浮かべていた。


「待たせたな」

「わ! せんせー……」

「ん、大胆」


 ピキリと固まったリコと、さりげなく目を閉じるシナ。

 二人の反応に不可解そうな顔をする真宵に、リコは真宵の胴体を指差す。「フク……フク……」という言葉の意味を真宵が知るのは、すぐだった。

 示されるがままに自らの胴体に目を向けた真宵は、「なるほど」と頷く。


(確かにね、これはちょっと恥ずかしいかも)


 真宵の今の格好は、引きこもり時代そのままの服装。手軽、便利、風通しが良い、とスリーポイント揃った単純な姿であった。


「すまない。もっと着飾るべきだった」

「違うそうじゃない! その格好で外に出るのは痴女だから!!」

「ちっ!?」


 愕然とする真宵。

 では、真宵は一体どのような服装であったのか。簡単にまとめよう。

 スポーツ下着。ブカブカ白Tシャツ。

 以上。これ以上に真宵を飾るものはない。

 リコとシナにはどう見えているのか。まず、Tシャツによって下着は見えないのだ。

 端的に言って、『履いてないTシャツ』である。

 驚愕に固まる真宵をリコとシナが室内に連行するのを、ルヴィはニヨニヨしながら観察していた。


「ユフ、ユフフフフ」


 妖精ルヴィは、お腹を抱えて玄関の端に隠れていた。やっぱ性格悪いよなお前。





     †††††





 真宵が痴女ってから約50分。強制お着替えを終えた真宵が、リコとシナと共に出かけてから約20分。

 日本アラヤの頂点に立つ日本支部統括長、岡弓おかゆみおおとりが真宵の部屋を訪れていた。

 緊張の面持ちで呼び鈴を鳴らした鳳は……10秒の静寂に迎えられた。


「…………いやいや」


 何だか望ましくない予感を抱えながら、鳳は再び呼び鈴を鳴らす。

 やはり、静寂。

 鳳はもう九割九分九厘確信を抱きながらも、最後の望みをかけて三度呼び鈴を鳴らした。

 結果は想像の通り、静寂である。


「…………逃げられたのか?」


 全く見当違いなのだが、鳳は顔色を悪くして考え込む。


(おかしい。真宵君は任務からほとんど外出していないはず。何故今日に限って部屋にいないんだ。まるで私の存在を察知したかのような……)


 と、そこまで無駄な思考を終えたところで、端末から通知音が響く。

 即座に回線を開いた鳳の耳に、アラヤ都市の外出記録担当者の声が飛び込んでくる。もう鳳は嫌な予感がマックス。


『支部長! すいません、三日月真宵が11分前にアラヤ都市を脱出しています!!』


 鳳は頭を抱えた。


「……何故、私へと情報がこなかったのかな」

『ええ……電子記録が先ほど見た時と明らかに違うのですが……いくら遡っても違和感がなく……』

「妖精かっ!」


 ぬかった。今の真宵には妖精がついている。

 メリュ・フォーサイスと同じ能力であると仮定すれば、優れた電子戦への適性はむしろ当然のことだ。メリュがイギリスナンバーズ10に名を連ねていたのは、その研究価値の高さと電子的干渉力などを用いた索敵能力故なのだから。尤も、今では『覚醒』によりそれ以上の能力を得たようだが。

 だが妖精に関しては考えていなかったわけではない。力量は見誤ったが、別のも用意していた。


「各出入り口には人員を割いていたと思うが、人間の目でも見逃したのかい」

『はい』

「まさか、未知の解放力を使った……」

『いえ! 違います! ……実は、三日月真宵が……軍服を着ていなかったので』


 軍服……? 鳳は思い出す。アラヤにおける真宵の目撃情報の全てが、全て“軍服”を着用してのものだったことに。冷静に考えても意味がわからない。趣味か?

 いや、今はそんなことどうでもいい。

 時間はない。国内からも海外からも、鳳は突かれまくっていた。

 何が何でも、真宵を視なければならないのだ。


「出てしまったものは仕方がない。どの方面に向かったんだい?」

『ええっと……海側都市中心部に向かっています』

「感謝する、ありがとう。あとは私がするよ」

『え!? 支部長直々に……!』


 ぶちりと通話を切った鳳は、覚悟を決めた。

 端末を操作し、今日入っていた予定を全てキャンセル。後々の面倒を思えば、鳳は血の涙を流したくなる。

 しかし、大いなる地位には大いなる責任が伴うのだ。


「頼むよ真宵君! 僕を早く帰らせてくれ……!」


 実は未だに通知の入りまくっている端末に恐怖しながら、鳳は真宵の後を追った。





     †††††





「おや、鳳坊やじゃないか」


 現在アラヤで最も注目を集めるイレギュラー、三日月真宵に会いにきた幼女は足を止める。目線の先にいるのは、覚悟を決めた顔で歩を進める鳳。


「ははーん、逃げられたんだね。三日月真宵、なかなかやるじゃないか」


 150センチ以下(自称)の身長に似合わない老獪な笑みを浮かべながら、幼女(ドS?)は去っていく鳳を見送った。


(悪いね鳳坊や。私が先に見極めさせてもらうよ)


 その為にはまず、真宵を見つけ出さねばならない。

 幼女(推定)は目を閉じる。思考に潜り、鏡像を浮かび上がらせ、情報体の観測準備を整える。

 僅か4秒、幼女(怪しい)は目を開けてニンマリ笑った。


「ふふ、見つけたよ真宵お嬢さん」


 日本ナンバーズ3『全球解析者ガイア・アナリスト』すら思わせる状況、それはあながち間違ってはいない。

 なんせ幼女(強キャラ)は、『世界』を観測したのだから。


「十四番路線バス後ろから二番目の席。一緒にいるのは、美咲リコと葛木シナ。……さぁて、先回りするには」


 楽しそうに、幼女(見た目だけ)がスキップする。

 可愛らしい見た目に騙されてはいけない。

 彼女こそは世界に名だたる『解放戦力研究機関アラヤ』、その創設者にして今なおアラヤのトップに居座る女傑。

 生きる者の宿命たる“老い”すら退け、好んで幼女の姿をとるへんた……理外の存在。

 2055年から現在2110年までの異能時代を生き続ける妖怪。

 そう、瞳の光は怪しく、故に見れば理解することだろう。

 の女こそは、『アラヤ最高司令官』——




 ——ミスティナ・ラングレーである。





     †††††





「なぁにぃ!! 真宵の野郎がアラヤ出やがったぁああ!! マジかうえ!」


 アラヤの豹が飛び起きる。

 通話の向こうからの情報に、ミアは獰猛な笑みを浮かべた。


「最高やなっ!」


 激辛とうがら種を口いっぱいに頬張り、豹柄ジャケットに腕を通す。


「待っとれよ真宵! ギャフン言わせたるわ鳳ぃ!!」


 場を最高に掻き回しそうな要素が、アラヤを飛び出していく。

 豹は猛獣、獲物を逃すのを嫌がるのだ。







 さあ、都市に向かってやべー奴らが集まっていく。

 ここで表せなかった傍迷惑危機達さえも導かれ、無辜の民歩く街へと侵入する。

 予言に名高き三つの滅びその一つ、ワールドランキング4たる星の瞳、たまたま建設現場にいた不運な日本ナンバーズ5、万象を見通す世界の裏に潜む者……哀れ、いきなり振り込まれた金にテンションを高くしたテロリスト。

 まさに混沌、実に鮮烈。

 何も知らない者達はただ一つ叫ぶことだろう……


「「「てめーら他所でやれッ!!!!!!」」」


 そして可哀想に、仲間外れな日本ナンバーズ7、アーツマスターの東堂茜。

 彼女は一体、どのような結末を目撃するのか…………そもそも目撃できるのか?



 役者は揃っていく。

 狂った(傍迷惑ばかりの)宴を始めようッッ!!



 真宵はこう言い放つだろう。


「どうしてこうなったっ!?」


 ちなみに、今この瞬間も愉快犯脳内AIはニヨニヨしています。

 ふざけんなよ!?

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