第一章 アラヤ所属篇(勘違いの被害者が生まれ始めた)

第1話 どうしてこうなった!?

(13歳にして学業過程を修業。IQは測定不能を記録。格闘技の経験こそないものの身体能力もそれなりに高い。しかしそれにも関わらず学術機関からの打診は全て断り、通常学習機関へと残り続ける。その真意は不明。

 高レベルでさまざまな能力に才能を見せるが、その中でも最も特筆すべきはその状況把握能力と解決手段作成能力。アラヤが作成した戦闘指揮能力測定テキスト(本人には概要を伏せ測定)において過去最高評価を獲得。このテキストにおいてシステム的に不可能であったはずの『無犠牲ミッションコンプリート』を成し遂げた(彼女の導いた戦術結果は『I.S リザルト』と呼称。以後『I リザルト』)。これを可能とする他の方法は今なお不明であり、シュミレーションでも彼女のアルゴリズム以外では再現できていない。『I リザルト』以外の脅威的戦術立案能力も確認されているが、『I リザルト』ほどのシステム的不可能超越結果は導かれていない。『I リザルト』の戦術評価は測定不能、他のミッションにおける戦術評価は全てAランク以上である。

 アラヤの『ソロモン・ツリー』が下した指揮官コマンダー適正評価として、これまでの基準では不足として新たに『Sシュレディンガーランク』が新設された。これは表記が同一である『Sシルバースターランク』とは全く別の評価である。

 また解放戦力は確認されていない……か)


 揺れの極端にない車内で、手元の資料に目を通しながら、中年の男は胸に苦々しい思いを抱いていた。

 中年と言っても中年太りや姿勢の乱れは一切ない。服の上からではわからないが、その体はプロボクサーさながらに鍛え上げられている。見た目だけで言えば、壮年と言っても誰も疑わないだろう。

 尤も、見た目を変える方法など現代には溢れかえっているわけだが。当然、彼はそんなものに頼ったことはない。


「これほどの逸材のデータがシステムの奥底に眠っていたとはね。今後の情報管理をどう変えるべきか……」


 彼はとある機関の日本支部でトップに立っている。

 そして今は、ある少女を訪問しに行く道中だ。

 本来ならば1年は早く迎えるべきだっただろうが、彼女の情報は驚くべきほど検索に引っかからず、発見がこれほどまでに遅れてしまった。


「実績が少なかったのがいけなかった。いやそれよりも、解放力を持っていなかったことか……」


 資料において示されている異様なまでの能力の数々、それは『解放力』保持者であってもおかしくない……むしろこれが保持者でないことの方が間違っているのではないかと思えるものだった。

 しかし検査は行われている。それも記録を見る限り四度もだ。

 その結果はどれも同じ、解放力は発見されなかった。

 検査が間違っている可能性は少なかった。この検査には彼自身が大きく関わっていた。検査の有用性は誰よりも彼がわかっている。

 そして、今の時代は解放力が最も重要視される。その意識の関係上、解放力以外は軽視される傾向があるのだ。

 よほどの実績があればまだしも、天才ながら通常学習機関に留まる子供に目が向かないのは、ある意味仕方のないことだったのだろう。


「まあ良い。謝罪は当然のこと、資料通りであればティーチャーにも推薦できる」


 車が止まった。

 ドアを開けて最初に目に入ったのは、やや大きめの一軒家。

 彼は意を決して歩を進める。


「さて、今日はしっかりもらおうか」


 人の良い笑みを浮かべて、扉に向けて人を呼んだ。





     †††††





 こう思ったことはないだろうか。

 “何故こうなった!?”と。

 そこに“理不尽だ!”とか“こんなはずじゃなかった!”などが付けば、彼女の心情をそれなりの精度で押し測れるはずだ。

 なにやら大事なお客様がいらっしゃるので外に出ていろ、と妹達に家を追い出されたまでは良かった。外に出る機会などここ一年ほとんどなかったし、妹達に邪険されたことも心に刺さったが、確かにこんな引きこもりが家に居たらどんな粗相をするかわからない。面汚しの痕跡すら晒したくないお偉い様なのだろう。へこむ。

 彼女の最初の過ちは、久しぶりにウィンドウショッピングでもしようと、大型ショッピングモールに足を運んだことだった。

 以前はよく通っていたからと昔の感覚でいたことが間違いだった。近づくにつれて増えていく人、人、人。

 正直、途中で帰ろうかとも思ったし、なんだったら泣きそうだったが、帰ってもまた叩き出されるだけだ。また心に傷を負うくらいならば、顔を隠して時間を潰す方が賢明だろう。ダイジョウブ、一般人種デス。コワクナイコワクナイ。

 二つ目の過ち、引きこもりの宿命とも言えるが、人のいない場所へと足を運んでしまったことだ。

 流石は昼が少しすぎた時間帯。完全に人のいない場所など、立ち入り禁止区域ぐらいしかなかった。しかし彼女はなんとか落ち着ける場所、すなわち、座れる椅子と周りから遮断できる壁を手に入れた。尤も、壁は観葉植物ですらないホログラムでしかないため、物理的には遮断されていない。近くには人が普通に通っている。ミエテナイミエテナイ。

 三つ目の過ち、これがあまりにも致命的だった。


「ねえルヴィ。何か面白いことってない?」

【危険が迫っています】

「え?」


 【声】が発した言葉に、彼女は呆けた声を返した。

 ここ一年引きこもっていた彼女にとって、それはあまりにも唐突な宣言だったからだ。


「ぐ、具体的には」

【とても高価なおもちゃを持った三人組が悪戯しに来ています】

「な、なんだ〜。脅かさないでよ」


 彼女は安心に一息吐いて。そんな手の込んだ悪戯とはどんなものだろう? と見たくなってしまった。

 そう、これが最大の過ちだ。


「それって、あとどれくらいで着く?」

【2分半ほどかと】


 そうして約4分後、彼女はその野次馬根性の報いを受けることとなる——……



 

「お前達の命はオレ達が預かった! 妙な真似してみろ。ぶち殺してやる」


 銃で脅しながら人質を拘束していく二人組。重厚な黒い装備は軍人を思わせるが、雰囲気はテロリスト。


「静かにしろ!」


 なかなか従わない一人を脅すために、一人が天井に向けて発砲した。

 訂正だ。完全にテロリストだ。

 おもちゃではない、実銃であるらしい。


(ルヴィィィィ!? おもちゃって言ったよね!?)

【あれは低価格なおもちゃです。高価なおもちゃは別にあります】

(おもちゃじゃないって! それに悪戯って言ったよねぇ!?)

【社会に対する悪戯です】

(アホかああぁぁあ!!)


 すぐさまホログラムの中に顔を引っ込めた彼女は、心の中で大変愉快な会話を繰り広げていた。

 そして思考を支配したのは、とある一文だった。


(どうしてこうなった!?)





     †††††





「不味いわね」


 東堂とうどうあかねは僅かな焦りと共に呟いた。


「犯行前に捕まえられませんでしたね。避難が間に合いませんでした」

「人質は四人、犯人は二人組、立て籠った場所には搬入用扉以外の出入り口は一箇所のみ。逃げ場はありませんが侵入も難しいですね。僕の解放力の範囲外ですから詳しくはわかりませんが、武器は確認できています」


 少女と青年がそれぞれ答える。

 

「それもあるけど……」


 そう、人質の救出と犯人の制圧が難しい状況であることは事実。しかし、茜にはそれ以前に不穏なものを感じていた。


「何故くすのき君が見逃したのかしら。特徴的な格好だったんでしょう? 気を抜いたわけじゃないのは私が知ってる。それらしい人も犯行前には見えなかったって言ってたわよね」

「そうなんですよ。そこが気がかりではありますが、それ意外に不自然な点はありませんしね。意識の隙間でしょうか?」

「そう単純ならいいのだけど。今までなかったことだから気になって」


 茜はここにいる二人とは何度も依頼をこなしてきた。故に、青年の力量は把握している。

 彼のこれまでの仕事ぶりは完璧と言っても良い。その能力と深い集中力による状況把握能力と対応力は、『アラヤ』の中でも上位に食い込む。

 

門真かどまがミスなんて珍しい。確認だけど、犯人はサングラスしてた?」

「いや、ないよ」

「なら! 東堂さんも見ていてください。私がバシュッとやります」


 自身満々の少女は、今にでも飛び出してしまいそうだ。勿論、茜より先に出ることはないだろうが。


「いざという時には頼りにしてるわ、アヤメ」

「はい!」

「声は小さく。気づかれるわ」

「はい……!」


 アヤメと呼ばれた少女は嬉しそうに笑顔を浮かべている。

 茜の言葉はお世辞ではない。実際、アヤメの解放力は非常に強力だ。それこそ、条件が合えばこの状況をすぐさま打破できるほどに。ナンバーズである茜でも、それは認めるところだ。


(さて、どうしようかしら)

 

 こちらの戦力を確認しつつ、茜はこれからどう動くかを考える。

 人質がいるため下手には動けない……というわけではない。

 この程度の事件ならば茜達が苦戦する必要もない。ましてや失敗などあり得ない。彼女達はそれだけの能力と実績を持っている。特に、ナンバーズたる茜は過剰戦力。聞く人が聞けば、戦車でもいるのかと疑うことだろう。

 このメンバーが出てきた理由は、『ドール』がいる可能性があったからだ。まあ、周囲に見えない以上、情報が間違っていたのかもしれないが。

 問題は、如何に問題を大きくすることなく解決するか。その一点に限る。


「あ」

「ん? どうかした?」

「壁の中から女性が出てきて……」


 青年のそれ以上の言葉は必要なかった。


「なんだテメェは!? どこから出てきやがった!」


 犯人の怒号が響き渡る。

 茜達が慌てて目を向けると、入り口付近に一人の少女が立っていた。

 何故? 何処から? 誰だ?

 さまざまな疑問が三人の脳裏を駆け巡る中、だがそれ以上に同じ思考が意識を占めていた。


((綺麗……))

「カッコキレイ可愛い」


 顔は半分しか見えていない。

 だが蒼い瞳が、真っ直ぐな視線が、立ち姿が、仕草が、雰囲気が、そのどれもが少女の鮮烈な印象を高めている。

 突如として現れたその姿は、あまりにも完成されていた。


「っ……彼女は誰?」


 最初に正気に戻ったのは、リーダーである茜。突発的な異常に対する耐性故だろう。

 その言葉に、残りの二人も状況に追いついた。


「門真。何処から出てきたの?」


 アヤメの言葉に、門真は首を振って答える。


「わからない。壁の中から突然現れた。解放力だとは思うけど、あんな顔はアラヤで見たことがない」


 茜とアヤメも改めて少女に目を凝らした。

 あんな少女がいたならば、すぐにでも噂が立つはず。それも、『透過』などという能力ならば尚更だろう。


「まさか……一般人です、か?」


 三人は表情を険しくする。

 解放力保持者の一般人。いないとは言えない。ごく最近解放力に目覚めた可能性はある。

 だがそれ故にこの状況は危険だ。

 指導されることもなく突如として手に入れた能力。それを驕らずに使える人間がどれだけいるだろうか。自分を強く律せる人間は存外少ない。

 使い方も戦う力も未熟な銃を持った人間。危うくないわけがない。


「すぐに動くわよ」


 茜の指示にアヤメが体を緊張させる。門真はサポート、ここから動かない。

 しかしその時、少女が斜め上に視線を向けた。


「っ!」


 門真が息を呑んだことが二人に伝わる。

 少女は視線を外すと、犯人からは見えない位置で指を動かした。

 それは茜達にとっては馴染み深い、しかし一般人が知るはずのない合図。アラヤで使われる指暗号だ。


「3分待て……一人でやるつもり?」

「そんなんやらせられるわけっ……!」

「いえ、……ここは任せた方が良いかもしれません」


 明らかに不満そうな茜とアヤメに、門真は少女の行動を一旦見るという提案をする。

 振り返った二人は、冷や汗を浮かべた門真の緊張している顔を見た。

 それなりに組んできた二人でさえ見たこともない門真の表情と、先ほどの少女の行動から、茜は“まさか”という考えに至る。


「楠君、まさか、彼女と視線が合ったの」


 茜のどこか確信を持った問いに、門真は肯定を返した。


「僕の『俯瞰視点アップ・アイ』越しに目を合わせた時、彼女は薄く笑ったんです。あれは警告です。邪魔するな、という。しかも彼女はアラヤの暗号を使いました。きっと彼女は僕らと同じ、訓練を受けた解放力保持者。しかも……何か僕らの知らない情報を持った人物です」


 唖然とする茜とアヤメ。

 少女がアラヤの一員だとすれば、この場には茜達の知らない危険があると判断されたということ。それも、日本に七人しかいないナンバーズである茜ですら不覚をとると判断されるほどの。

 そして、少女はそれを一人で解決できると判断されている。

 もしそうであれば、手助けすることは逆に邪魔になるだろう。


「何とか言えっ! ぶっ殺すぞ!」


 犯人の一人が動き始めた。

 少女は————薄く笑っていた。


「……わかったわ。3分だけ様子を見ましょう」





     †††††





(ルヴィィィ! 本当に大丈夫なんだよね!?)

【任せてください。完璧にアシストします】

(上手くいく確率!)

【人質の死亡する確率は、貴方がいる限り0パーセントです】

(私は!?)

【人質が死にますよ?】

(わかったよ! 従うから、全部パーフェクトに完璧に完全に使!)

【承知しました。賀茂ナスと九条ネギ分は働きます】

(食べられないのに……)

【……雅さがありませんね。爪ならまた生えてくるでしょう】

(ごめんなさい!)


 完璧な外面を維持しながら、少女——三日月みかずき真宵まよいは思考の中で姦しく騒いでいた。

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