第36話 真宵・解放力者確定!?
隙間なく放たれ続ける妨害に、魔獣は足を進めることができない。
脅威となるほどの破壊力はなくとも、光と衝撃は周囲を知覚することを妨げる。魔獣とて組成の違いはあれど生命であることに違いはなく、生命である限り外界の情報を得るには特定の方法に頼らざるを得ないのだ。
知覚できなければ歩むことさえ叶わない。
進まなければ脅威を排除できない。
排除のための衝撃波は止められる。
何処からどう止められているかわからない。
原因がわからなければ狙撃もできない。
よって、魔獣は何もできない。
無駄など何一つない。余計なものなど何一つない。
神の視点を持つ者があらかじめ決めていたかのような、あまりにも完成され尽くされた神域の戦術。短時間の足止めという一点において、これ以上の最適解は存在しなかった。
「装填完了!」
だがその最適解は綱渡りでしかない。
魔獣に有効な兵器は今現在『
何にせよ、次で決めなければ後がない。
足止めも長時間は保たない。『
「じっくり狙え。これを外せば後がないぞ。発射指示は君に預ける」
フランス支部指揮官の言葉に、砲手は冷や汗を流しながら了解を返した。
自動補正頼りではいけない。解放学兵器の複雑さ故、動いている物体への狙撃に人間を必要とする。
自分を信じろ。発射経験は今回を含めれば二十を超えるだろ。
誰よりもこの奇跡に触れたのは自分だ。誰よりも手綱を握っていたのは自分だ。
膨大なマニュアルを読み込み改良した。
精度を上げるためにエンジニアと大喧嘩した。
極秘計画故に家族と会うことができなかった。
全神経を指先に集中させる。髪も指紋も鬱陶しい。
「ッ——
スイッチを押す。
解放学機器として性能向上の図られたローレンツ機関が、認識を置き去りにする弾を吐き出した。
真っ直ぐ。ただ真っ直ぐに。ひたすら真っ直ぐに。
撃滅すべき目標はただ一つ。
強大な防御力を誇る魔獣。
証明しなければ。
祖国フランスが作り上げた『
果たして——
「——クソッ!!!!」
魔獣を穿った。これまでで最も有効打となっただろう。
魔獣の頭部左付近。外皮は弾け、肉は焼け焦げ、体液は水蒸気爆発を起こした。
体内にひしめいているという余獣の死体も、ボトボトと落ちている。
だが死んでいない。致命傷ではない。
後一射。外皮が抉れた今、後一射で確実に仕留められる。
だがそれは許されない。もう砲身は限界であり、これ以上は危険性が跳ね上がる。
「こんなっ——」
『有効打を与えたようだな』
通信機器から鋭く冷たい声が響く。三日月真宵というティーチャーの声だ。
ティーチャーではあるが、その作戦立案能力は並みの
その手腕、その決意、その威厳。この女傑が何故“ティーチャー”などしているのかわからないほどだ。
「すまない。仕留められなかった」
フランス支部の指揮官が謝罪を口にする。
冷静な言葉に隠れた悔しさは、噛み締めた口元に表れていた。
『いや、こちらこそすまない』
フランス支部の瑕疵だというのに、何故か真宵が謝罪する。
『すまないが私が使わせてもらう。次射用意だ』
「何?」
何を言っているんだろうか。わけがわからない。
フランス支部のほとんどが混乱と疑念を抱く。
「真宵ティーチャー。もはやこの兵器は使えない」
『知っている。だから私が勝手に使わせてもらうだけだ』
「無茶だ! 砲身の安全性は保証できない!」
エンジニアの一人が叫ぶ。
「後方部隊には今大勢の人員がいる! そんなところで——」
『
真宵の言葉に、フランス支部は息を飲んだ。
発射機構と弾体を合わせた『
「……何処で知った」
『要請前……いや今か? それともさっきか? どうも“道”が見えすぎてしまう。状況が整理されていく』
要領を得ない真宵の言葉に、フランス支部の指揮官は眉を顰める。
解放力者の指揮に関わる
『偏ラングレー波感応変性意識状態』
自身を『個人という波の一種』と規定する解放力者の機能。その波の中で解放力という機能を駆動させるのが『偏ラングレー波』だ。
偏ラングレー波とは一種の“偏光”のようなものであり、どの種類の偏光を解放力者が発するかによって解放力の大半は決まる。そして波の“振れ幅”が大きいほど強力な解放力を行使できる傾向にあるのだ。
偏ラングレー波の種類はそうそう変わることはないが、“振れ幅”は努力によって僅かずつ大きくできることが知られている。
しかし、解放力者は何らかの原因で“振れ幅”が急激に上昇する場合があった。そんなとき、発する偏ラングレー波の一部が脳の機能に干渉し、特異な精神状態を生み出すことがある。
それが『偏ラングレー波感応変性意識状態』。
わかりやすい例で言えば、トランス状態だろうか。
何にせよ、通常とは異なった精神状態に置かれるということ。それは良い方にも悪い方にも作用し得る。
(予想はしていたが、真宵・三日月は解放力者か……)
何故オペレーターではなくティーチャーをしているのかはわからない。
だが、冷静とは言い難い人間に現場を任せることは指揮官としてできなかった。
「真宵ティーチャー。君は今冷静ではな」
『事前に伝えはした。魔獣討伐の為、滅びの奇跡で協力してもらおう』
「真宵ティーチャー! このまま日本支部の増援を待つことを——」
断固とした意思を見せんとした指揮官の言葉は、部下の叫びによって遮られた。
「砲身に異常反応! 制御システムが効きません! これは……物理的な機構が断裂していますッ!」
「装填位置に弾体反応! 識別なし! 異物排出コード——め、命令が受け付けられません!」
「こ、こんなことが……!? エネルギー測定機器が上限を示しています! 安全規格の430パーセントを確認! なおも上昇中ッ!」
一瞬で起こった異常と、部下たちの悲鳴。
指揮官は通信機器に掴みかかった。
「何をした真宵ッ!!」
『私は良き未来を選ぶだけだ。魔獣を討伐し、“絶対”を証明する』
「何をしたかと聞いているッ!!」
真宵から何らかの干渉があるのは間違いない。
だが真宵のいるのは『
後方にいる日本支部人員にこのような解放力がないのは確認済み。他支部も同様だ。
ならば、ならば何が起こっている!?
『感謝しよう。“ルビー”はここで大勢を救う』
真宵は結局、指揮官の問いに答えることはなかった。
†††††
「まーたく、人使いが荒いにゃー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます