第29話 死か服従か(そのような意図は一切ございません)
「感度確認」
『マーツ良好』
『ルック良好』
『ガルタ良好。全てのネットワーク問題ありません』
真宵に声に、精悍な声が答える。
「迎撃ポイント確認」
『リアム、迎撃ポイント維持』
『茜、迎撃ポイント維持』
『後衛、狙い海岸線で維持』
強い信頼で結ばれた彼らに、恐怖は見られない。
前線を壊滅させた魔獣でさえ、その強固な絆を解くことができるものか。
当然だ。何故ならばここには彼女がいる。Sランクという評価と恐ろしいまでの実力を兼ね備えた、先を見据えてくれる最高の上官が。
「君達の動きは全て認識できる。こちらからも援護はするが、勝敗を決めるのは君達だ。安心しろ、道は見えている。今の君達は“愚か者”だ。遠慮なくぶちかませ……。言い方を変えよう……地獄を見せてやれ」
『『『了解ッ!!』』』
三日月真宵。
彼女がいる限り、このチームが迷うことなどあり得ない。
「健闘を祈る」
通信をミュートにした真宵の背後から、軽快な拍手が響く。
「ブラボー! 実に心躍る激励だった。真宵は本当に人をやる気にさせるのが上手いな」
心の底から感心したといった表情のオリヴィエに、真宵は若干ジトッとした目を向ける。
「人をやる気にさせるのは
「
「少しは、な」
(自分で引っ張っていく陽キャの中でも、オリヴィエさんは頂点なんですね。わかります)
おそらく何もわかっていない真宵の反応に、オリヴィエは満足そうに頷く。だからわかってないって。
(ああ本当に、君は世界を繋ぐ架け橋に成れるかもしれない。願いを追う愚者たる破綻者を、君以外の誰が理解できるというのか。万能者たれど全能者ならざる半端者を、君以外の誰が慰められるというのか)
うっとりと、オリヴィエは真宵を見つめる。
自信を理解してくれるのが英雄足り得る者であるなど、これ以上の愉悦が何処にあるものだろうか。この世界に送られた魔術の“万能たれ”という願いが芽吹いたオリヴィエは、これまでただの一度も心通じる人間と会ったことがない。だが真宵だけは、何をするでもなく真理を知り、魔術師を理解し、万能者を識る。この世界の人間にあるまじき資質を放ちながら。
ああっ! 素晴らしいじゃないか!
いやまだだ。まだ真宵は英雄ではない。
落ち着かなければ。
手足を切り落とすのは世界を救った後でなければ。
偶像と成り果てるのは運命を拓いた後でなければ。
「そういえば、メリュは何故ここにいなければならないんだい?」
昂る想いを鎮める為に、思考の方向を変える。
露骨な話題変更でもしなければ、今この場で真宵を宝石詰めにしてしまいそうなのだから。
【不穏ですね】
「不穏か」
(何が?)
オリヴィエが驚きの色を浮かべる。
そして苦笑いを浮かべた。
思考を読まれたのはまだ良い。だが思考内容が少々不味い。
手足をバラバラにして宝石詰めにした後、朽ちることのない体に意識を移し替えるところまで考えていたのだ。それもかなりマジな決意がこもっていた。自分ながらに道理を外れた人間の敵だと自覚できる。
正直今この瞬間に命を狙われても文句は言えない。もし襲われても、オリヴィエ自ら正当防衛を証言するだろう。
(あ、やべ、漏れてた)
かわいそうに。真宵のポンのせいで、オリヴィエが変な方向に思考を飛ばしてしまった。
「いやなに。そういうこともあるだろう? 人間ならばそんなものさ」
なかなかに苦しい言い訳だとは自覚しているオリヴィエだが、一縷の望みを頼りにするしか方法はない。
正直見逃してもらえるかは賭けだし、そもそも真宵の中でオリヴィエが“人間”だと認識されているかも怪しい。思考を読まれているのならば、それはある意味当然の帰結。戦って勝てるかは正直“未知”。真宵の実力は全くと言って良いほどに見当すらつかない。
オリヴィエは、真宵の頭が“ぶっ飛んで”いる可能性に縋るしかなかった。
「……そうだな」
果たして、オリヴィエは賭けに勝った。
「はは、悪いね」
「なに、その言葉は私のものだ」
冷えた汗が背中を流れるのを、オリヴィエは感じた。
“その言葉は私のもの”と真宵は言った。それは一体どういう意味だろうか。
真宵が“悪い”と詫びる要素は何処にもなかった。ならば必然的に“これから”に対しての詫びであるはず。
真宵は、何をすることを詫びたのだ?
「むしろ感謝を伝えたい。
確定だ。真宵はオリヴィエの思考を読んでいる、あるいはそれに類似する能力の持ち主。そうでなければ、オリヴィエの思考に触れることなどないのだから。
真宵の口元に、本当に僅かな弧が生まれた。
「見てはいけないものを見た。ならば……わかるだろう?」
(なるほど。“死”か“服従”か、というわけか)
オリヴィエの中で生まれたのは————歓喜。
それでこそ英雄、それでこそ世界を救う者!
正しき意志を秘めた者達を導き、束ねるだけではいけない。壊れ果てた愚者を従え、時に切り捨てる。それができなければただの理想論者。
理想を誇り世界を救うのも良いだろう。外法を厭うのも一つの英雄像だろう。だが外法を選ばないのならば、外法に倒れることがあってはならない。
理想に殉ずる決意があるのならば、愛するものを救うまで倒れない誓いが必要なのだ。できなければ世界は救えない。
真宵は違う。彼女はオリヴィエにとってまさに英雄の理想形の一つ。
清濁併せ呑む人の代弁者。
拾い上げる慈悲と切り捨てる冷徹の権化。
右手に清廉と強さ、左手に汚濁と罪を宿した超越者。
“万能者”を従えるにこれほど相応しき英雄が何処にあろうものか!
「ああわかっているさ。大人しく従おう」
万能者たる
(聞かなかったことにしてくれるとか、このイケメン優しくない? え、陽キャってこんなんだっけ?)
【ざまあ……いえ、気の毒です】
(まってそれ誰に言った?)
【メリュ・フォーサイスがここにいなければならない理由は】
(だから誰に……)
【ならない理由は】
(だ……)
【り・ゆ・う・は】
(……はい)
真宵はいつも通りだ。これはポンコツ、うん。
だがルヴィ、お前はどうした。『ざまあ』ってお前オリヴィエに言っただろ。地味にオリヴィエ嫌いまくってないか? やけに口数少ないし。
まあ理由はわからなくないが、上手く使えよ。
【言われるまでもなく】
「まだ何も言ってないけど……」
このツンデレめ。
【次は殺します】
「理不尽なっ!?」
お前もポンコ……これ以上は本当に殺されそうなのでやめておこう。
真宵がオリヴィエの後ろに目を向ける。オリヴィエがその視線を辿ると、メリュが怯えながらも姿を見せていた。
「メリュ・フォーサイス、君には——」
真宵が、毅然と言い放つ。
「——英雄と成ってもらう」
オリヴィエの口元が、愉悦を示した。
†††††
日本支部が構築した“新前線”の先頭に、二人のオペレーターが堂々姿を見せている。
「あの黄金の壁。
紺のブレザーと灰のスラックスに似たオペレーションキットに身を包み、ムラのあるブラウンの髪を後ろで縛っている。赤みがかった茶の瞳は、その人物の名を示すかのようだ。
東堂茜。日本ナンバーズ7であり、史上最も『解放戦力変換型身体強化外装・アーツ』に適合した“
「俺は仕事を共にしたことがないから知らん」
深緑の戦闘服の上からでもわかる、鍛え上げられた巨躯。色黒の肌と鋭い視線を見た者はその威圧感に足を下げるであろう、軍人の見本とも言える姿と意志。
和秀リアム。Aランクオペレーターであり、日本以外ならば即座にナンバーズに抜擢されるであろう“
「エイブは防衛に関しては最高峰の解放力を持っていて戦術の幅も広いけど、本体が脆弱なのよね。それに——」
「一定の振動に対してめっぽう弱い」
「ま、貴方なら知ってると思ってたわ」
互いに日本支部の頂点に君臨する強者。単純な戦いでは茜に分があるが、オペレーターとしての力量はリアムが勝る。故にこの二人は背中を任せ合えるのだ。それを指示した真宵を信じて。
近接戦闘における頂点と、遠距離射撃のスペシャリスト。この二人が組んだならば、並の相手ではどう足掻いても敵わない。
しかし今回の標的は“並”の敵にあらず、真宵によればその推定脅威度はB5ランク。
魔獣の脅威度は大雑把にA、B、C、D、Eの五つに分けられる。それらの分類をさらに1から5の数字で細かく分けるのだ。Bランクは“大型の都市への脅威”を表し、その中でもB5ランクとはこの分類上最も脅威度が高いということ。もはや、B5ランクは一つの都市の脅威を表すのではなく、都市を含む地方を壊滅させるに足りる脅威なのだ。
「それにしても自衛隊がそんなものを持ってきていたとはね。驚いたわ」
「それの方が異常だ」
推定B5ランクの魔獣に対して戦端を開く二人に与えられたのは、それぞれに相応しい
「悪路でさえ時速400キロを維持するバイクなんて、オーバースペックにも程があるわ。国やアラヤの機密に匹敵しそうだけど」
リアムの隣にその威容を見せつけるのは、全長4.1メートルのもはやバイクという概念が破壊されそうな二輪車両。人間が乗るとは思えない攻撃的な形を覆うのは、黒と赤の下地にオレンジのラインが入ったイカした配色だ。
そのスペックもまさにモンスターマシン。悪路であっても時速400キロを超える走行が可能なうえ、整えられた道ならば最高時速600キロを超える。さらには補給無しでアメリカ横断を可能にするとあっては、このモンスターバイクが尋常なものでないのは明らかだろう。
「基礎から解放学兵器として開発されたものだ。本来なら砲撃システムまでつける」
「詳しいのね。まるで以前乗ったことがあるみたい。何処で知ったのかしら?」
「……昔な」
「そう、深くは聞かないわ」
どんな経歴があるにせよ、今目の前の任務をこなすには関係ない話。重要なのはそのモンスターバイクを乗りこなせる、その一点だけだ。
リアムもそれは理解しているのだろう。期待に応える、と頷いてみせる。
だが、リアムは何か言いたげな視線を茜とそれに向けた。
「私がこれを使えるのか心配?」
茜が腕を動かし、地面が砕かれた。
ただ地面に落としただけで、先端がコンクリートを抉ったのだ。
高さ4.3メートルの巨大な塔。茜の身長など優に超えるそれを、彼女は軽々と弄んでみせる。
「まさか自衛隊が戦闘用ロボットを持ってきてたなんてね。さらにはこんな兵装まで」
それは本来ならば9メートルを超えるロボットのアームに取り付けられることを想定した、一撃必殺をコンセプトとした近接兵装。
「これの設計者も、人間が使うことなんて想定していなかったでしょうけど」
スティンガーパイル。
極太の杭を超高速で叩きつけるように打ち出し、対象を貫き破壊する。
その破壊力は凄まじく、軍用船舶に大穴を空けられるほど。
真宵が
真宵によると、これぐらいの攻撃力が確保できなければ、目標の外皮を突破することは難しいらしい。
まるでこれだけの為に茜を連れてきたかのような、都合の良すぎる展開。だがそれでいい。
自分達はただ超越的な戦略通りに動くのみだ。
「なかなかにしっくりくるわね。アラヤに戻ったら作ってもらおうかしら」
「……ホワイトアロー」
「ん?」
「それだ。共同開発品だろう」
「……ああ、なるほどね」
どういう関係かはわからないが、真宵はホワイトアロー・エレクトロニクスと馴染み深いらしい。
世界有数の大企業と、前所属不明のSランク。色々と勘繰ってしまう組み合わせではあるが……
「ま、今は任務に集中しましょうか」
「同感だ」
真宵の背後にどんな影があろうが、過去にどれほどの深みがあろうが、今はただ従うのみ。
今はまだ真宵の領域には辿り着けない。
だがすぐに並び立って、その手を引っ張っていこう。
自分達は“愚か者”だ。諦めが最っ高に悪い、めんどくさい人間なのだ。
真宵。優しい貴方がどれだけ自分達を突き放そうと、逃げられるとは思わないことだ。
貴方を慕う者達をうんざりするほどめんどくさい人間にしたのは、貴方自身なのだから。
「不思議ね。負ける気がしないわ」
「当然だろう」
星に手を伸ばす愚か者達は、いずれ星々の海にさえも届く。
それが、人間に許された極大の“傲慢”だ
そして、“誓い”そのものだ。
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