第15話 ワンチーム・ヴィクトリー、それは歓喜の終幕
一閃。
影が過ぎ去った後には、その暴力の痕跡が刻まれる。ワイヤーは切り裂かれ、障害物は瓦礫と化し、轟音が鳴り響くのだ。結果だけを見れば、それが一人の人間が起こしたものであると、一体誰が言い当てることができるだろうか。
だがそれは現実であるし、ここにいる全員がその起点となる者を知っている。
(ぎょわっ!? なに!? 瓦礫が吹っ飛んでぬおー!?)
……若干一人理解ができていないアホがいるが、流石にうっすら察している……はず。
だがそれは例外。それ以外は全員状況を把握し、自分に何ができるかを考えている。ほんと、なんでこんな人達の指揮官が
それはさておき、ほとんどの者は、まともに戦いに参加することすら難しいようだ。
音速にも肉薄する速度で移動し続ける物体を、
そのフィジカルは包囲網として機能していたワイヤーの意味をなくす。一対多数という数の不利さえ振り払う。降り注ぐ銃弾さえ気にもしない。
床を踏み砕き、障害物を握り潰し、認識できない速度で距離を詰める。
その姿はまさにワンマンアーミー。比較的狭い範囲とはいえ、そこに現れた暴力は戦場を蹂躙するに足りるものだろう。
ならば、茜の圧倒的暴力は相手を蹂躙しているのだろうか。ワイヤーという枷を取り払えた彼女は、十数人を討ち果たせているのだろうか。
「とにかく撃ちまくれ! Aランクの弾幕のを少しでも彩ってやんぞ!」
「わかってるっつーの!」
「うお!? テレポート三回目かよ。こりゃ四回目もあるな!」
「また僕の近くですか? ほんま勘弁してください。こっちまで死にますわ」
結論を言おう。茜は未だ誰一人として脱落させることができていない。
それは、はたから見れば到底あり得ない光景だっただろう。
あのナンバーズ7が、史上最もアーツと適合アーツマスターが、ただの一人も倒せていないなどと。きっとここを見ているであろう人間は、夢でも見ているのかと疑うのではないだろうか。
だがこれも現実だ。紛れもない真実であり、疑いようのない結果である。
しかし疑問はある。何故、明らかに格上である茜を抑え込めているのか。しかも今の彼女は本気も本気だ。アーツは常にスコア4を維持し、その機動力は白兵戦において世界最高のオペレーターの称号に恥じぬものだ。だからこそ疑問は深まる。
「『
「発動の一切合切をあの人がやってる。私はただの起点。だから全力で守って」
「『
「いちいちうっさいわね! あーしがやってんだからそんな心配いらないのっ! んな心配より突っ込んで首取りなさいよ!?」
「
茜が近づき拳を振るう。だがそれは、見えない障壁によって阻まれる。
だがスコア4の力は凄まじく、見えない障壁は一瞬の拮抗の後に突破された。だがそれでいい。その一瞬があれば、オペレーターを逃すには十分な時間だ。
あわや触れるかと思われた瞬間、オペレーターは姿を消した。
「ッ!!」
僅かに動きの乱れた茜へと、大量の光弾が複雑な軌道を描きながら迫る。
床はもちろん、壁や天井のパイプすら利用して縦横無尽に移動する茜だが、放たれる弾丸……特に“面”での攻撃である光弾全てを避けることはできない。また茜の体には傷が刻まれた。
(何が、何が起こっているの!?)
茜の脳内を占めるのは、強い困惑と疑問だった。
(エネルギーシールドをこんなに自由に展開できる解放力者は日本にはいない、こんなに自由自在に使えるテレポートも見たことがない! いやそもそも、私の動きを認識しないとできない……どれもこれも準ナンバーズレベルの解放力。そんな人間がいるはずがない!!)
十人を超える人員全てを守るエネルギーシールド。
何度も何度も危険な仲間を移動させるテレポート。
スコア4の茜を捕捉できる超感覚と認識力。
どれもこれも日本以外のアラヤならばナンバーズであってもおかしくない能力であり、同時に資料ではそんなオペレーターを確認することはできないだろう。少なくとも茜は見た覚えがない。
だがそれ以上に、これら全てが完璧なコンビネーションをみせているという点が異質過ぎた。
「くッ!!」
どれだけ攻めても効果はなく、しかし茜は被弾によって消耗する。考え得る限り最悪の状況だ。
「あのー、本当に大丈夫ですか?」
「全く問題はない。私は戦いに参加していないのだから、当然だろう」
「でも、僕の『
「私がそんなにも辛そうに見えるか?」
「い、いえ! ただ本当に大丈夫かと……」
やや背の低い青年の言葉に、真宵は毅然と答えていた。
(大丈夫なわけないでしょうがー!? なんかゲームの
ただしガワは毅然としていても、内面はもうパニックである。
「心配は無用だ。私を狙わない限り問題は何もない(はず)。それに、何が起こっているのかわからないからな(私が)」
(ほんと何が起こってるの、目に見えないんだけど? あと瓦礫がこっちに来たら怖すぎる! 大丈夫? 大丈夫なんだよね!?)
【…………】
(ぬおぉぉおお!?)
一度真宵視点から状況を見てみよう。
なんか特撮バトルしてた茜達が話し合いしているタイミングで、ルヴィに言われるがまま『準備は整った』と口にしたら、めっちゃ反応された(こわい)。
何故か根源的恐怖を感じて味方に助けを求めたら、瞬間移動で駆けつけてくれた(感激)。
『頑張って』と言ったらめちゃくちゃ興奮した(なんで)。
そんで怪獣大決戦が始まった。ワケワカンナイヨ。
そんな状態でも、強固な仮面は剥がれない。その表情はまさに歴戦の指揮官、並大抵の貫禄ではない。鋭い視線が戦場を見通し、その瞳には一切の迷いが見当たらなかった。それは兵士が夢見る、完璧で間違えることのない指揮官の理想像そのものだろう。
あ、瓦礫が飛んできた。
(ひえっ!?)
僅か1メートル離れた位置に飛来した瓦礫にも、真宵は眉一つ動かさない。泰然自若の極致である。当然ガワだけである。
青年はそんな姿に目を輝かしていた。それはもうキラッキラな輝きだ。真実は知ってほしくないものである。
まあ一応、真宵の内心を覗いてみよう。
(今死にかけた!? 死にかけたって! 本当に大丈夫なんだよね!? ねえ!?)
【…………】
(そうだったぁぁあ! 今返事がないんだったぁぁああ!)
【…………】
(ぬあああぁぁぁああ!! なんでこういう時に返事がないんだぁぁぁあ!!)
【…………】
(ルヴィィィイイ!! 早く戻ってきてぇぇぇえ!!)
これは、うん、発狂していますね。
こんなのを外に見せたら、真宵を信じてついてきた人達も驚愕するだろうなあ。
だがまあ、心の拠り所であるルヴィが一切反応できな状況でもここまで元気ならば、問題はないだろう。多分。
この状況で真宵がルヴィに対して僅かでも疑いを覚えていれば、彼女は今頃恐怖に押し潰されていただろうから。それこそ、目玉を抉り出すほどの絶望に突き落とされるであろう、あまりにも大きすぎる恐怖に。
そうならないのはひとえに、真宵の狂信じみた信頼によるものだ。
そんな真宵の状態など何も知らず、青年は憧憬の目を向ける。
(凄い。真宵さんは今この場のオペレーターの解放力を使うためのパターンを全て把握して、この場の全てを演算しているのに、それを簡単な事みたいにこなしてる。普通の人間なら1秒でも発狂してるはずなのに)
いや、発狂してますよ? なんて現実を教える者はいなかった。
しかし青年の思っている“発狂”とは、今の真宵の内面など比べ物にならないものだ。
それこそ青年の想像している“発狂”とは、残りの人生の全てを狂人として過ごして余りある、人間性の全てを放棄するに等しいものなのだから。今の真宵の状況など、まだまだ生易しいものでしかない。
(処理している情報量は
もうわかっているだろうが、この状況を作っているのは真宵ではない、ルヴィの方だ。
何処から来たかも、誰に作られたかも、何を識っているのかも不明な、あらゆる情報を精査する世界最高の知性。そのレベルでなければ、この戦術は機能しなかっただろう。
しかしそれほどの存在がその演算能力をフル活用しなければならないほど、今の状況は苦しいものであるという証拠でもある。
事実、戦況は今現在真宵達が優勢ではあるが、茜が攻略法を変えれば即座にひっくり返る可能性を秘めている。
ルヴィはその機能の全てを『
それはすなわち、茜が馬鹿正直にオペレーターを狙うことをやめ真宵を狙えば、ほぼ確実に仕留められることを意味する。
故にこの戦術は茜の行動に酷く依存したもの。相手が予想外の行動を取れば、その時点で破綻してしまう。
ルヴィ曰く、『ここまで追い詰められる状況を作れるナンバーズは超人であり、こんな作戦しか立てられないのは屈辱です』だそうだ。
そもそもどちら側からしても、あまり時間は残されてはいないのである。
まあこのままであれば時間切れを先に起こすのは、真宵達の方であるのだが。
(この状況が続けば削り切られる! スコア4を使えるのはあと1分程度、それを超えれば副作用で動けなくなる。ならその前に狙うべきなのは……っ!)
だがそんな事実を茜は知らない。
追い詰められているのは自分だと思い込んでいる茜は、故に正解の一つを選んだ。真宵を狙うという、二つの勝ち筋の一つを。
まさか、それが唯一罠の張られた勝ち筋であると気付かずに。
「ッ!! 数字が“頭”を狙うぞ! 止めろっ!」
『
その罠は、味方のオペレーターでさえ知らない。それどころか真宵ですら知らない。
識っている者は、世界最高の知性である“絶対”だけであった。
「はああああああッ!!」
茜が弾幕を突っ切り真宵へと迫る。肌に刻まれる傷、その痛みさえ弾き返すような声を上げながら。
こうなってはもう、誰も茜を止められない。ただ苦し紛れに発砲するのみだ。
だがその中の数発が、茜の予想を超えた結果へと運命を進める。
そう、なんとか食らいつかんと放たれた弾丸。そのうちの数発が、真宵の周囲に着弾したのだ。
(ひえっ!?)
数十センチも離れていない地点への着弾。
流石の真宵も恐怖で動けないとか言ってられない。跳ね上がった体が後方に下がった。
「真宵さん!?」
(あっ)
さて、ここで少し真宵がいた場所を考えてみよう。
真宵がいたのは横に長い障害物、具体的には厚みのある壁の上と思ってもらって良い。その壁の上には、脆くなった弊害か細かいコンクリの破片が散らばっている。
彼女はそこの少し後ろ側に立っていた。
ではそんな所で後ろに向かってジャンプすればどうなるか。踏み外すのが当然の帰結だろう。
真宵の場合、まず左足が空を切った。
勿論、真宵は右足に力を入れる。重心も前に移動させようとするだろう。
だが先ほども言った通り、壁の上にはコンクリの破片が散らばっていた。右足の下にもたっぷりと。
そんなわけで右足も滑って空中に投げ出される。
不幸中の幸いは、重心を前に移動させようとしたことで、体がほぼ垂直の状態を維持したことだ。
「!?」
茜の視点からは、真宵が壁の後ろに消えていくのがはっきりと見えたことだろう。
そして焦る。
戦闘において、相手の姿を見失うのは愚の極み。何をするかを把握できないなど、恐怖でしかない。まして、それが未知の戦力ならばなおさらのこと。
故にこう思う、“早く姿を捉えなければ”と。
(あぎゃぁぁあ!?)
無論、真宵にそんな高度な思考を期待してはいけない。
思考は“ヤバい”の文字で埋め尽くされている。手をグルングルン回しながら落下中である。
そして、手の中に握っていたものが上方に投げ出された。
「!?」
壁の上にまで辿り着いていた茜の目の前に、小さな筒状の物が飛び出す。
茜は瞬時にそれが何かを察したが、対応する前に筒状の物体は、轟音と閃光を解き放つ。
「————ッ!!!! はあぁぁぁあッ!!」
本日二度目のスタングレネード。一度目のように大量に用意されていたわけではないが、そもそも一つで十分な威力を想定されているのだ、その効果は推して知るべし。
最後の足掻きとしてできたのは、目を閉じることのみ。
だがたったそれだけの行動が、茜に即座の行動を許した。なんとか意識を繋ぎ止めたのだ。
そして壁を踏み砕き止まろうとして————不自然なほどに脆くなっていた足場に足を取られ、そのまま壁の向こうへと体が投げ出される。
「なッ!?」
轟音と閃光により一瞬生まれた驚愕、そして予想外の挙動。無様にも体は床に叩きつけられる。
だがオペレーターとして条件反射の訓練を積んでいた茜は、ホルスターから銃を抜き、閃光によりほとんど見えてすらいない人型に向けることができた。
「そこぉぉおお!!」
そうして執念によって引き金を引く————
「——見えた」
————前に発砲音が響いた。
それは茜から見て左斜め下からのもの。
起き上がったばかりの茜の体勢は、膝立ちに近い。それより下から撃たれたのならば、射手は伏せってでもいたのだろうか。
いや違う。そもそもの話、射手など存在しなかったのだから。
そんな魔弾の如き一射を、まともな五感を失っている茜が避けられるはずもない。スコア4の状態であれば話は変わっていただろうが、強すぎる刺激と思考の空白によって、彼女はスコア4を維持できていなかった。
故に、下から掬い上げるような一撃をこめかみに受け、茜は意識を手放す。
「…………」
(……えーと、何が起こったの?)
一方の真宵、状況を理解できていなかった。
足を滑らして落ちたと思ったら、いきなり閃光と轟音が鳴り響く。目を開いたら発砲音。周りを見たら茜が倒れていた。マジでワケワカラン。
と、真宵は茜のそばに一丁の拳銃が落ちているのに気が付いた。
(あ、落としちゃってた。浦賀くんから借りた物だし、バレないうちに回収しなきゃ)
そう、その銃は真宵が最初に持っていたものではない。
ルヴィが真宵に指示したことは一つ、スタングレネードと浦賀の銃をそれぞれ手に持つこと。
その結果は見ての通り。
スタングレネードはまず茜の視覚と聴覚、集中力を削ぎ落とした。
そして同じく放り投げられた浦賀の銃は、今時の銃に珍しく地面に落ちた衝撃で暴発を起こし、茜の意識外から致命傷判定をもぎ取った。
「大丈夫か?」
茜の肩を揺らす真宵。
何があったのは知らないが、とりあえず無事かの確認をする(お前がやったんだよ)。
しかし完全に意識を失っている茜に、真宵は『寝かせてあげよう、眠かったんだな』と納得した(んなわけあるか!)。
そんな真宵の周囲に、オペレーターが続々と集まってくる。
「か……勝った……のか?」
「やった? 本当に?」
「俺達が……ナンバーズを?」
全員が真宵に視線を向ける。
たった一言の、宣言を求めて。
(え、え? なに? 何を求めてるの? こっち見ても何もないよぉ)
【お疲れ様です。ただいま戻りました】
(ルヴィィィイ!! やっと帰ってきた! 何すれば良いの!?)
【ただ一言、勝ったと言えば良いでしょう】
真宵は立ち上がり、全員の顔を見渡す。
各々が緊張の表情を浮かべる中、真宵はその口を開いた。
「……君たちの、勝利だ」
堪えきれない歓声が、空間を埋め尽くした。
そして同時に訓練終了の合図が鳴り響く。
『
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