第38話 魔獣を貫く黄金の閃光

 『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』……いや、もはやその面影を失った『魔の大血晶槍』の聳える、フランス支部拠点。そこには人員の怒声と悲鳴が響いていた。


「エネルギーが安全規格を遥かに超えています! こんなエネルギーが解放されたらッ!」

「あらゆるコードが無効化されます! 物理的機構も70パーセントがダウン!」

「これは本当に解放力なのか!? 下手をすればワールドランカーレベルだぞ!」


 最強の兵器が乗っ取られるという、精神的負荷。加えて巫女プレトレスの未来予知からの大き過ぎる乖離。それらはフランス支部を容易に揺り動かした。


「うえハイティーチャー! 三日月真宵に解放力の停止を指示してくれ」


 フランス支部の指揮官の言葉に、うえは言葉を詰まらせる。

 止めるも何も、事実はともかく真宵が解放力を持つという記録はない。それに、これが最善手であるから真宵は進んでいるのだ。

 それを止める事は果たして正しいのか、うえには判断できなかった。

 そんな様子を見咎めて、指揮官はさらに言い募ろうとする。


「そこまでにしてよね。ぷんぷんしちゃうぞー」


 指揮官に口火を切らせなかったのは、意外な声だった。


「リコちゃん……」


 リコのニコニコとした可愛らしい笑み。

 だが侮ることなかれ。その話術と情報精度は凄まじく、交渉の場においてフランス支部を真っ向から説き伏せてみせたのだから。


「話は通してたし、契約違反も一切ないはずだけど?」

「だがこれは独断が過ぎるッ!」


 歴戦の指揮官の怒声も、リコの笑顔を崩すことはできない。


「ふーん? 超高純度の『偏ラングレー波共振結晶』は持ち込みに制限があるけど、アラヤに話通してないでしょ。国を通したからグレーだけどね。独断がすぎてるよーだ」

「……それが現状を維持している」

「じゃあこれが現状最善手だ。……ま、今更言っても遅いけどね」

「何?」


 リコが、満面の笑みで耳を塞いだ。


「もう時間切れー。耳が潰れても知らないぞっ」


 指揮官は凄まじい早さでチャンネルを繋げ、声を張り上げた。


「総員耐音姿勢ッ!!」


 うえが一拍遅れて反射的に口を開け耳を覆った直後、その命令は彼方にて下される——





     †††††





「——滅びを放て」


 伏射姿勢プローンポジションの狙撃手が、威厳を込めた声を発した。

 力強くも優美に、熱を持ちて冷徹に、秩序の中でも傲慢に。

 “絶対”が愛する英雄が、その偉業の一歩を踏み出す。


(ううぐ、このセリフ厨二っぽくて恥ずかしいな)


 そんな甘い事は言ってられないぞ。

 音の壁を易々と貫き、認知不可能な飛翔体が魔獣へと突き立つ。

 弾道の周辺は衝撃波によって激しく揺らされ、目を開けていられた者は一握りと言って良いほどに少なかった。

 その内の一人だったのはオリヴィエ。世界ランキング4位タイとしての意地か、原理不明の防護壁で周囲を覆い、衝撃波の影響を受けていなかった。

 そして“周囲”を覆ったのならば、守られた者はもう一人いる。オリヴィエが日本の地で頭を垂れた、我が英雄たる君主マイ・ヒーローが。

 真宵英雄の口から、これまで以上に鋭利な声が響いた。


「剣を出せ」


 オリヴィエに目も向けない。それだけ信頼されているのか、それとも目を向ける価値もないのか。

 どちらでもいい。ああそうだどうだっていい!

 オリヴィエの背筋を貫く甘い歓喜に比べれば、この一瞬の雑音一切はゴミに等しいっ!


「ああ……! ああ承知したとも! 我らが英雄Our heroよッ!!」


 ついに剣は持ち主を得られるのだ。

 世界ランキング3位『概念付与・完成体ゴールドエンチャント』が創り上げ、如何なる者でさえ握ることができなかった、天上の意思さえ切り裂くと謳われた至高の光。


汝、慈愛により星々の海へ旅立つ者イッレ・エノク・エレ


 万感を込めたオリヴィエの詠唱。呼応するは数えるのも馬鹿らしくなる魔術陣の集合体。

 万能者の全ての力を振り絞り、時間さえ置き去りにする領域に語り掛ける。空間を裂き、《波》を鎮め、《水面》の壁を越えて、《海》に封印された剣を呼び戻す。

 それは光だった。黄金であり、聖銀であり、人の感じ得る奇跡そのものだった。

 しかし眩しいとは感じない。ただ畏れと憧憬を覚える。

 それこそが、救世主とも呼ばれる世界ランキングが生み出した、“剣”。

 その威光に、流石の真宵も背後に目を向ける。


(え、オリヴィエさんなんで剣なんて持ってるの?)


 目を見開く真宵に、オリヴィエは胸を高鳴らせる。

 両手の上に浮かせている黄金剣。オリヴィエでは触れられない英雄の印が、今まさに主を戴くのだ。

 恭しくも素早く、オリヴィエは真宵に剣を授けようとする。端的に言えば、真宵へと一直線に飛ばした。


(待って串刺しなんてゴメンイヤーーーッ!?!?)


 バッと突き出された右手に黄金剣が近づいた時、奇跡が形を変える。剣ではない、最も主に相応しき武装へと。


「……ビューディフォー」


 オリヴィエは思わず呟いた。

 黄金剣が形を変える事は、本来あり得ないはずなのだから。

 そう、“黄金剣の意思”がそれを許さない限りは。

 今ここに、天上の意思さえ切り裂く剣が、完全に服従したのだ。


「なるほどな」


 真宵の右手に収まっているのは、黄金に光輝く大口径の弾薬。


(なんだこの高レアリティ感!? 撃っちゃうよ? 撃っちゃえ!!)


 旧世界の女帝、すなわちレムカイトⅢ−クイーンを構え直した真宵。

 ボルトを引いた後に黄金に輝く弾薬を放り込み、ボルトを前方に押し弾薬を薬室にシュート、ボルトハンドルを倒してボルトを回転させ薬室を閉鎖する。装填完了。

 スコープを覗けば、上半身を赤黒い結晶に覆われた魔獣が見えた。

 新たな鎧のようにも見えるが動くには邪魔らしく、しきりに剥がそうともがいている。

 あれでは弾がどう動くのかわからない。ならば排除してもらうしかないだろう。

 新前線には人員がいない。最後の浦賀と矢小木も退避済みだ。であるならば、任せられるのは彼女しかいない。


「茜」

『了解!!』


 巨大な塔が、魔獣の下から一直線に飛び出した。

 今日最後の仕事。スティンガー……『対大装甲用327式無反動徹甲杭JS-SA-327-エクスキューショナーズパイル』が、スコア4の東堂茜アーツマスターの突撃に合わせてその全力を解き放つッ!

 凄まじい絶叫。

 魔獣の頭部を覆っていた結晶が、魔獣をぶっ飛ばしながら砕け散った。


「よくやった」


 引き金に掛けられた真宵の指先に、力が加えられる。

 黄金の軌跡が、『R-ka3L7-6xレルカーセルブリー・シクスス』を超える、稲妻に匹敵する速度で線を引いていく。

 小さく甲高い音は、遠く離れた者でさえも確かに聞いた。

 それは祝福の奇跡。主を得た黄金剣の喜びそのもの。

 魔と恐れられる巨躯を貫くは、天上の意思をも切り裂く黄金。

 魔獣の体躯が、ゆっくりと倒れ伏した。

 討伐したのだ、あの各国のオペレーターを蹂躙せしめた強大な魔獣を。

 その光景をドローンを通して見ていた者達は歓声を上げる。

 

「リアム、茜を拾って全速力で退避しろ」

『了解!』


 その後に何が起こるのかを知っている者達は、顔を強張らせる。

 死体である魔獣の残骸が、徐々に膨張していた。

 酸素を、窒素を、水素を、珪素を——

 周囲の分子を取り込みながら、体積を凄まじい速さで増大させていく。

 忘れてはいけない。魔獣の体内には、小型の余獣がひしめいているのだ。130メートル級の巨体の中に、みっちりと詰まっているのだ。

 あまつさえ、周囲の物質を取り込み成長している。

 解放された余獣が何を起こすのか。

 逃げる? 魔獣にあってそれは考えにくい。

 ならば選択肢は一つ。自分達の脅威を速やかに殲滅する為に、全力を振るうしかないだろう。

 アラヤ各国の人員に、天災が迫ろうとしていた。


「私の仕事は終わった——道は見えている。エイブ、メリュ、後は君達の仕事だ」


 そして、ルヴィが天災の対処法を真宵に伝えないわけがない。

 

『余獣の出現を——多過ぎでしょ!? しかも早いわ!?』


 茜の言葉が、状況をそのまま表していた。

 魔獣の死骸が破裂し、数千の小型余獣が津波の如く真宵達に迫る。

 それでも、真宵の口元には笑みがあった。


(何あれ気色悪過ぎなんですけどっ!?)


 引き攣り笑いだったようだ。

 気持ちはわかるがお前本当は余裕あるだろ。

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