第44話 湯船につかると人は生き返る

溶け切った後、桜利は慎重になりながら道なりに山を下った。麓にはネアと風也が待っていた。


「どうしたの?」


「いやいやこっちがどうしたの?ですよ。どこまで行ってたんですか?」


「気が付いたら頂上まで上ってた」


「結構な距離あったでしょ」


風也の問いに桜利はそれほどでもなかったと返すと2人は驚愕した。


「とりあえずその泥だらけの足を何とかしてください。お風呂が沸いてますから」


「はい」


「桜利君」


ネアに連れられて桜利が屋敷に入ろうとしたとき後ろから風也の声がした。


「はい」


「おかえり」


振り返った桜利に風也は笑って伝えた。


「ただいま。先生」


笑って桜利が返すとネアが風呂場に案内し、湯船に入った。最後に湯船に入ったのがいつなのかも覚えていない桜利は思わず声を上げてしまった。お風呂から上がると脱衣所に着替えと牛乳便がおいてあったのでありがたく一気飲みした。


「生き返ったぁ」


「それはよかった。さぁどうぞ」


桜利が席に案内されるとそこにはたくさんの料理が並べられている。桜利は待ちきれなくなり手前にある料理から手を付けた。


「あぁ、おいしい」


一口含んだ瞬間から押し寄せる風味に桜利の体が感動した。


「いっぱい食べてくださいね。おかわりもありますからね」


横で一緒に食べるネアの言葉に桜利の食欲は止まることはなかった。結局、茶碗二杯分を平らげ食後のカステラを出された。


「食事もひと段落したしそろそろ話を始めようか」


カステラを頬張る桜利に風也は話しかけ、モニターの電源をつけた。


「まず、どこから話せばいいのかわからないくらいたくさんあるんですけれど、どこから行きますか?」


「とりあえず私と別れたところからお話してもらってもいいですか」


ネアの助言に従って桜利は船に乗り込んでからの行動や、起こった出来事を話し始める。手始めに船が予定よりも遅く出航したことから話し始めた。どんな試験があったのか、途中で罠にはめられてなのか川底に落とされたことも。そこから柿沼に会い、大きな白いキューブを見た滝での出来事など、とにかく何でもかんでもすべての事を話した。ただ、自分が人を刺してしまったことを除いて。


すべての話を聞き終えたネアと風也の表情はパッとしなかった。


「桜利さん。私たちは最後に見たドラマの内容を聞いているわけではありませんよ」


「これが実は本当の話なんだよ」


事前にある程度の出来事は把握しているつもりだったが、桜利の話は二人の想定を超えていた。


「ここから質問攻めになるけど大丈夫?」


「大丈夫です」


「じゃあまず最初に船の出航が遅れた理由はわかる?」


風也は画面を切り替えて桜利が乗った船の画像を出す。桜利は船の中での会話を必死に思い出した。


「なんか遅刻してくる人がいたとかなんと言ってた気がする」


「遅刻してきた人がだれかってわかる」


風也の問いに桜利は首を横に振った。ずっと部屋にいたことだけを桜利は覚えている。


「じゃあ次の質問。罠にはめられたって話していた部分をもう少し詳しくしてほしい。人名がわかるならそれも教えてね」


桜利は一連の受験生とのやり取りを話した。話しを聞きながら風也とネアはタブレットの受験者一覧から名前の挙がった人物を探し出した。


「この子が君の言っていた馬場荒士君かな」


プロジェクターに映った荒士の顔写真を見て桜利は頷いた。間違いなくそこに映るのは桜利を殺そうと計画していた荒士本人だった。


「桜利さん以外に腕章が白い人がいなかったという点も引っかかりますよね」


「なんか父親が偉い人らしいって威張ってましたよ」


「あーこの人だいぶ左な人かも知れませんね」


ネアのタブレットの画像がモニターに移る。


「この人昔からゴリゴリの左派の人だね。確か、左派の中でもかなりの実権を握ってる人じゃないかな」


「先生に質問です。左派って何?」


「うーん、今ここではね共産主義や社会主義を理想として政治活動している人のことを呼んでると考えてくれればいいよ。ちなみに今の日本の政治は資本主義の保守的な考え方で行われている。そっちを右って言うことも抑えておいてね」


「はい」


「よし、じゃあ次の質問だけど大きな白いキューブの話が聞きたいかな」


「それに関しては滝の中に隠し部屋があってそれの中にあったことくらいしかわからないです。一緒にいた柿沼さんはわかっていたみたいだけど...」


「どこにあったかとかわかりますか桜利さん」


ネアがモニターに大きく地図を出し桜利はそれに指をさしながら考える。大きな川沿いを柿沼と歩き滝に出会ったことを指でなぞっていく。


「ここかな。あれここって...」


「C地点の真下ですね」


「偶然かな?」


「どうでしょうね」


「先生は何か知っているの?」


桜利の問いかけに終始無言だった風也は沈黙した。やがて、その重い口を開いた。


「桜利君が見たそれはもしかすると『環境付与型能力装置』と呼ばれるものかもしれない」


風也はネアの方に視線を向けるとネアもそれに反応した。


「先生、その話はこのあとの流れで話したほうが良いかと」


「そうだね」


「桜利さんにこれから深刻な話をするので覚悟して聞いてください」


「え?」


いきなり真剣な面持ちでネアが話しかけてきたため桜利は動揺した。


「まず、本日の日付なのですが5月8日です」


「5月8日なんだ。ん?え?5月の8日?待ってネア。俺が試験に行った日って...」


「そうです。桜利さんは1月22日に試験に向かいましたので約3ヶ月程眠っていたのです」


「...マジで?」


信じられない桜利にネアがスマホの画面を見せた。無残にも現実が桜利を襲った。





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