第7話 疲れているとおかしくなる

ピーピーピー



風也は無言でアラームを止める。普段は鳴る前に起きれているが、ここ数日はどうも体の調子が悪い。洗面所で顔を洗いリビングに行くが誰もいない。キッチンでコーヒーを入れて飲みながら新聞を読んでいるとリビングのドアが開いた。


少女はキッチンに向かいコップに白湯を入れると風也の向かいにあるソファーに座った。白いショートカットのきれない髪がボサボサのまま白湯を飲み始める。


「おはようございます」


「…」


「何か朝ごはん食べました?」


「…まだ」


「じゃあ、なんか作りますね」


風也は特別なものを作る気もないので簡単にトーストを作りテーブルに出すと少女は無言で食べ始める。


「………不安?」


「?」


「………顔に…現れている…」


風也は自分でも意識しないでいた感情を読み取られてしまった。


「…不安?」


「まぁ、原因は私の読み間違えからなんですけどね」


風也の読みでは桜利は北海道に行ってクーラにお願いした最後の特訓で終わると思っていた。しかし、現実は想像を超え一日でクリアしてしまった。そこで、クーラとの手合わせだったわけだが…結果は162戦0勝162敗。


「桜利君に対してあまりいい教育ができなかったかなと...余計な不安を与えてしまったなと思っていて」


そんなことを語る風也の顔を見もせずトーストを食べ進める少女。


「…傲慢…相手…一流」


少女の言っていることは正しかった。能力のない桜利が能力者、それも最高格のエージェントを相手に勝つほうがおかしい話ともちろん風也は理解している。



「『楽園』出身はさすがに強すぎました」



それでも経験値としては素晴らしいものを得られたと思うが最後の最後に不安を与えたのではないかという考えが風也のここ数日の悩みとしてまとわりついていた。


「…不安…伝播する」


試験に行く前に桜利がこちらに挨拶に来るから早々にその不安をどうにかしろという少女なりの警告なのだと風也は受け取った。風也は立ち上がると引き出しの中から一丁の銃を取り出す。


「…グロック?」


「銃の名前聞いてるわけじゃないんですよ」


「…持たせるの?」


「それを迷っているんですよ、持たせるべきか持たせないべきか」


「それ…必要?」


「例年、途中でのリタイアや理由不明な不合格が多いらしいんですよ。試験内容が不明だというのも原因でしょうけど。何があるかわからない場合、自己防衛の手段が多いほうがいいのはわかるでしょ」


「なんとも…言えない」


風也もまだ迷っている。この銃を持たせるということは、もし何かあった時彼はこの引き金を引き、人を撃つことになる。



引き金は重い。



桜利はまだ若い。人を撃つには早すぎる。


「冷める……よ」


一度冷静になれと少女は話を変えた。熱かったコーヒーはぬるくなってしまった。


「保険…は?」


「かけてます。念のため」


「…………信用…してない?」


「してます」


「彼…信用できない?」


「できますよ」


風也は念のための保険を用意しているが、どこまで保険が効くかわからない。それに、もしこの保険を使うとなると、それこそ予想不能の最悪の事態になったということを意味していた。


「使いたくても使えない保険もあるんですよ」


つまり風也からするとこの保険は当てにならない保険だった。


「………親…バカ」


「違いますよ。私と彼は運命の出会いみたいなものですから運命の相手なら大事にするでしょ?」


そんなこと知るかというような顔をして少女は部屋を出ていくが、すぐに戻ってきた。


「…頼まれた…物」


机の上に置かれたナップサックの中には痛み止め、消毒液、包帯が入っていた。


「後…これ」


出されたのは、コンバットナイフ。


「銃を持たせるよりもこっちにしろ」という少女なりの意思表示と風也は受け取った。ナイフを置くと少女はまた部屋を出ていく。どちらを持たせるかは風也に委ねられた。




決めきれない。





熟考していると、ガチャッと扉が開く音がして、少女が部屋に戻ってきた。


「面白い物…見れた」


ウキウキしながらソファーに戻るのを見て風也はなんのことだと思い、一階の受付に行ってみると言葉の意味がわかった。そこにいたのは桜利だった。凛々しく立つ桜利の眼は赤色に輝いてるように見える。


「調子よさそうだね」


「今日のために準備してきましたから」


「そうか、ちょっと待ってね」


桜利に伝えると風也は急いで2階の机にあるナップサックと、迷いなくナイフを手に取った。


「これを持っていくといいよ」


ナップサックとナイフを手渡して、もう一つ黒手袋を渡した。


「この中には便利なものが入ってるから使ってね」


「ありがとうございます。いってきます」


「いってらっしゃい」


見えなくなったところで、2階に上がると少女はソファーに座っていた。


「私、疲れてませんよね?彼の眼は光ってましたよね?」


「…きっと…疲れ」


からかうように笑うと、笑うと風也は笑みを隠すように天を仰いだ。


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