第26話 お久しぶりです
C地点からB地点までの距離は正規の道でもかなり長く、柿沼と別れてから桜利は必死に走った。途中、どこからか悲鳴が聞こえてくるたびに桜利は自分の心臓の音が耳に確かに届いていた。
桜利はやっとの思いで、B地点の試験を受けた建物にたどり着いた。中に入ると不気味なほど静かな建物を桜利は探索する。途中で休憩室を見つけると部屋の中には水があった。すぐさま水を手に取り地面に座って桜利は喉に水を流し込む。
喉に流し込んだはずの水が目から出てきた。
さっきまで、桜利の隣にいた人は誰もいない。試験が始まる前は孤独でも大して何も感じなかったはずが、今は寂しさで心が溢れた。
声を押し殺していた桜利はどこからか物音が聞こえてきた。桜利は腕で水を拭うとガラクタのメンバーから貰ったゴム弾を装填した銃を取り出して構える。桜利はトリガーに指をかけ、ゆっくりと歩き出す。桜利が聞いている足音は桜利のいる休憩室に向かってきている。
桜利はタイミングを見て、廊下に飛び出す。
「キャーーーー」
甲高い悲鳴が廊下に響く。桜利も叫んだ方も初めは暗すぎて、顔が見えなかった。
「水亭…さん?」
「えーっと、赤宮くん。だっけ?」
ひとまず近くの部屋に入り、スマホのライトをつけると桜利の前にいたのは桐菜だった。
「どうしてここにいるんですか?」
「君こそなんでここにいるの?私はその…嫌な予感がしたから」
桜利がC地点につくより少し前、桐菜は他の受験生とC地点で待機させられていたが、今いる場所に居心地の悪さを感じ、勝手に落ち着ける場所に向かおうとC地点の建物を抜け出していた。
「私は試験で使う機械にトラブルがあって待機させられていたの。でもね、明らかに何かがおかしかったの。口では言えないんだけど…違和感を感じたの。それでここまで来たの」
その話を聞いた、桜利は一種のバケモノのように感じた。
「どうしたの?そんな顔して何があったの?」
桜利はC地点のことを話した。襲撃されたこと、混乱の中で自分が逃げてきたこと。その話を聞いた桐菜は半ば信じられなかった。
「ずっとこの建物にいたんだけど、そんなことがあったんだ」
桜利は深く頷く。
「…じゃあ、この後どうするか考えないとね」
桐菜が話を信じたことに、桜利は驚いた。こんな映画みたいな話をするなりと受け入れられるものなのかと思った。
「私としてはここから離れるべきだと思うんだけど…どう思う?」
「外はどこも危険だと思う。どこから敵が襲ってくるかわからないから建物の中にいる方がいいと思う」
実際、桜利は何度も襲われては対処をしていたがその時と今では全く状況が違う。ここには、頼れるおっさんたちも柿沼もいない。入るのは子供が2人、そのうち1人は能力が使えない。
「外のことは私よりもあなたの方がよく知ってるものね。なら、この建物を探索してみるのはどう?何か役に立つものがあるかもしれないし」
桐菜の提案に乗った桜利は建物の中の部屋を見て回る。試験官室の鍵が空いていたので2人は中に入った。
「ねぇ、ちょっと」
棚を漁っていた桐菜が桜利を呼んだ。
「これ見てよ」
桐菜は桜利に資料を渡す。表紙には「海難救助用小型船の取り扱いについて」と書かれていた。
「でも、これって何か特別なやり方とか資格が必要なやつじゃないんですか?」
「この中に『自動操縦機能』ってモードがあるみたいだけどこれなら海に脱出できるんじゃない」
資料とともに鍵も付いている。
「どうやって、海岸まで行くんですか?そもそも、たどり着くまでの危険が多すぎる」
「でも、あなたはずっとここにいるの?」
その問いかけに桜利は答えられなかった。ここで柿沼を待つという考えも浮かんだが、桜利は柿沼が最悪ここに来ない可能性も考え始めた。
ここにいても状況が良くならないことは桜利もわかっていた。
「それに、安心して。何かあっても私が守るから」
桐菜は桜利の肩をたたき、親指を立てた。
「いや、誰にも見つからないようにいきましょう。それに俺も自分の身は自分で守れます」
「…うん。でも、私が守る」
桐菜は桜利に負い目を感じていた。
桐菜はオレンジの腕章のグループに配属された。配布された端末に送られてきたメールを見て桐菜は驚愕した。
『白い腕章をつけた受験生をリタイアさせた場合その人物を合格とさせる。なお、白い腕章をつけた受験生に本メールを見せるなどの試験の妨害を行った場合、失格とする』
桐菜はそのメールを見てからすぐに周りを歩き回り、見つけた桜利を見て理解した。「彼以外に白い腕章をつけている受験生がいない」ことに。桐菜は、桜利にこのことを伝えるべきか悩み続けたが結局、伝えることはなかった。
『この試験に絶対に合格しなければならない』という気持ちと『真っ直ぐな人間であり続けたい』という気持ちがぶつかり、結局桐菜は行動をしなかった。それでも、彼女の中の罪悪感はずっと息をし続けており、桜利を見た時桐菜は嫌でも自覚させられた。
「じゃあ、行きましょうか」
桜利と桐菜は建物を出て一番最初の島に降りた場所に向かって走り始める。雪の勢いは弱まり始め順調に進んでいく…わけなかった。突然、桜利の後ろを走っていた桐菜は転ぶ。
「大丈夫ですか」
桜利が駆け寄ると足から血が流れている。桜利が顔を上げると覆面姿の者たちが数人桜利と桐名の前に現れる。桐菜は先程まで桜利が戦っていた人たちとは別の服を着ている集団に撃たれた。
「逃げて。私はあの人たちをどうにかしてから進むから」
「俺も手伝うかもしくは、一緒に逃げましょう」
桜利の発言に桐菜は失笑する。
「相手は私たちをそんな簡単に逃がすわけないでしょ。そのことは誰よりもわかっているんじゃない?」
「それは…」
桜利はC地点での光景が頭の中に蘇る。
「それに私、こう見えても結構自信あるんだ」
立ち上がった桐菜は桜利の背中をそっと押す。
「早く逃げて。私はオレンジの腕章をつけている。君を見捨てようとしたからその謝罪として受け取ってくれないか。そうじゃないと一生後悔しちゃう」
桜利はその発言を聞いて、走り出した。
「まぁ、自分の能力をしっかりと使ったことはないんだけどね」
桐菜は背負っているカバンの中から1本の缶を取り出すとカバンを放り投げた。
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