第27話 最初で最後の宴
※このお話では未成年の飲酒のシーンを含みます。もちろんこの作品はフィクションですので、くれぐれも未成年の方は飲酒されませんようお願いします。
桐菜が手に取ったのはアルコール飲料、いわゆる『酒』だった。缶を持っているだけで、心臓の音が高鳴っている。桐菜のファーストキスは自身が想像しているよりも情熱的なものだった。
怖い
桐菜の心は、最も思うはずであろう感情が自身の鼓動の高鳴りからか完全に抜けてしまっていた。桐菜にとってのファーストキスは想像していたよりも静かな口当たりだった。静かな中に存在する情熱を桐菜は体で感じ始める。抵抗の仕方を知らない桐菜の体に「それ」は、じんわりと侵食し体を包んでいく。
桐菜は突如、自分の意思とは関係なく頬が吊り上がる。
様子のおかしくなった桐菜を前にした男たちは試しに1発の弾丸を撃った。弾丸が銃口の先を出発して桐菜に向けて一直線に進むのを桐菜の眼は見逃すことはなかった。ウィンクをして桐菜は空を切る弾丸を避ける。
「あれ?避けれた?嘘。これすごーい」
桐菜も男たちも全員が桐菜の動きに驚いた。桐菜は不恰好な踊りを踊るように歩き始め発砲してきた男に近づく。不気味な女を前にした男たちは丁寧に撃ち続けるが全て外れてしまう。男に近づいた桐菜は優しく男の口に自身の人差し指を当てる。動揺する男に人差し指を外し、拳を作って殴る。
直後、男の脳はまるで世界が揺れるような痛みと共に視界が割れた。
「今この場で最も正しい選択を脳で理解するより先に、体がどうすればいいか理解している」
そんな感覚を桐菜は初めて体感している。ゆっくり伸びてくる男の手を優しく引き、近づく男の体に肘を突き刺す。
男はもがき倒れ込む。桐菜は倒れた男の顔に右脚の蹴りをいれた。
2人倒れた。桐菜は全く何も感じず、ただ今の気分は良かった。
2人倒れた。かなりの場を踏んでいた経験豊富の男たちには、理解できなかった。ただ、目の前の少女に不気味さを覚えるだけだで終わってしまった。
彼女の家族は母だけ、父はいない。父の記憶なんてものはない、幼かったから。ほとんど父のことは考えずに生きた。ただ、母親への感謝だけを忘れずに生きようと、母に教えられた人に対して優しくしよう、それだけ思った。
少女は今、初めての『酔い』を感じながら人を殺した。
桐菜は自分の能力『酔宴』を初めて本格的に使った。普段は母から「絶対に使うな」と口酸っぱく言われており、洋酒入りのチョコレートでなんとかしようとしていたが上手くはいかなかった。
だから、持ってきたのだ缶を。絶対に受かるため。
桐菜は毎朝、学校に向かう通学路を歩いている気分だった。たまに、すれ違うおじさんには挨拶をして軽い足取りで学校に向かう。途中、集団で登校している別の学校の人たちに道を譲ってもらい。
「もうちょっと、あとちょっと」
桐菜は歩むことをやめない。赤信号では立ち止まり、青になったら手を上げて横断歩道を渡る。
「あ、いーけないんだ。いけないんだ。ママにいっちゃお」
まるで、幼稚園児のような満面の笑みで注意をする。
『全ての宴に終わりがある』
突如、桐菜の頭に雷が落ち耐えられなくなり倒れこむ。お腹の辺りにありえないほどの力がかかる…体から全てが出てきた。
怖い
全てを出した桐菜は、この感情が真っ先に襲ってきた。視界がぼやけて上手く体に力が入らない、むしろ今まで夢のように何も感じなかった体が一気に全てを感じるようになり、全身が震え始める。
「ママ、マ…マ」
倒れた桐菜の頭の中には、母親の顔が思い浮かぶ。もはや、地面にある雪も掴めぬほど体から力が抜けきっている。それでも、腹に信じられない力がかかり息ができなかった。
「なんでここにいるのだろう?」
「私は何をしていたんだろう?」
「ママに何かかって帰ろうかな?」
一瞬、桐菜の意識が途切れた後、桐菜の母の声が聞こえた。
「うーん、この子の名前ねぇ。私の名前から1文字『桐』を上げるとして…後何にするかな。まぁ1文字『桐』でもいいか?いや、よくないな。ほーん、菜の花か。おっしゃ、この子の名前は『桐菜』。…喜んでくれるかな…」
桐菜は体の底から暖かくなるのを感じた。もはや、ゆっくりと自分の体の痛みが消えていくのすらわからなくなり静かに目を閉じる。
「ママ…お酒、美味しいね」
雪の中で一人の少女が沈んでいった。その後ろにはまるで、鬼が通ったかのような人の死体が散らばっていた。
「未成年の飲酒は禁止されています。そのことを知っていたにもかかわらず、あなたはお酒を飲みましたね?」
「はい」
人が桐菜に問うと、桐菜は元気に返事をした。まるで、全く自分は悪くないと言わんばかりの活気のある声で。周りを囲む大勢の人々はその答えに激昂し、暴言を浴びせ始める。
「静粛に、静粛に…判決を下す。水亭桐菜 有罪 社会的な抹殺刑に処す」
判決が下ると周りから大歓声が湧き上がり、さらなる罵詈雑言を観客たちは浴びせ始めた。
「異議あり。私はあの場面で飲酒していなかったら確実に死んでいるのですけど、そのことに関しては考慮されないんですか?ただ、黙って死ねというのでしょうか」
桐菜が発言をすると観客は黙り込んでしまう。
「でも、飲酒したじゃないか。お前みたいな売女がいるから良くないんだ」
勇気ある誰かが叫んだ一言に、大衆から歓声が起こる。
『事実』が欲しいのではない。『正義』が欲しいのだ。
「結局私の命よりつまらない正義か。揃いも揃って」
悟った桐菜は皮肉を込めて笑い、桐菜の発言に聴衆は激昂する。自分たちこそが正しいと、自分たちこそが正義であり、自分たちが裁くことこそが民主的であると。
「私のことは『法』が守ってくれる」
その発言を聞くと皆が笑った。哀れであると。
「何を言っているのだ。法を犯したのはお前であろう」
「だから、私のことを『有罪』にするのはおかしいんじゃない?なんで、人が人を裁いてるの?」
その発言を聞いた者たちは、理解が追いつかなかった。
「私はここに生きる以上、法によって裁かれる。あんたらが、なんて言おうと法は絶対に私の味方になる」
傍観していた『法』は一つの判決を下す。
「無罪」
判決に拳を高く上げる少女と激昂する観客。もう何も怖くないと彼女は大きく手を振って笑った。
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