第28話 刺激的で、後に戻れない
桐菜と別れ無言で走り出した桜利は何も考えなかった、というよりも何も考えたくなかった。考えたくなかった。今考えたら確実に桜利は足が止まると思った。何も考えずにB地点に行く時に苦戦した崖までたどり着いた。桜利が崖から飛び降りたりしたら、その時点でこの世からいなくなることはわかっていた。桜利は登った時と同じように迂回路を使って下っていく。少し下った場所で、桜利は気に背中を預ける。
白い息が桜利の口から空に送られた。
背中を預けた桜利だったが、すぐに進み始める。止まっている暇はない、森から早く出なければならない思いが桜利の体を動かす。
「こっちだぁ」
森を出たところから聞こえる生徒の声を桜利の耳がとらえる。桜利が様子を見ると何人かの受験生が逃げている途中だった。桜利も合流しようと体を前に進めようとした瞬間、逃げている中の一人が血を流して倒れる。悲鳴と共に逃げていた受験生が次々と撃ち殺された。
桜利は焦ってすぐに近くの木の裏に身を隠す。
桐菜といた時と同じ格好をした人が六人、死んでいるかどうかの確認をしている。桜利が少し顔を出すと一人の男と目が合った気がした。とっさに身を隠したが桜利は鼓動が止まらずにいた。
「何をしている?」
「いえ、ただ誰かと目があった気がしただけです」
「意識を集中させるのはいいことだが、気張り過ぎもよくないぞ」
桜利は心臓の音を止まれと願った。桜利の隠れる木の手前で話し声が聞こえる。
「あまり時間がない。行くぞ」
桜利はその発言を聞くと、安心し、おとなしくやり過ごそうと引き続き隠れてやり過ごそうとした瞬間、桜利の目の前に雪が落ちてきた。積もった雪が重く葉っぱにのしかかり耐えられなくなった。
「今、物音がした気がします」
「俺も聞こえた、誰か潜んでいる可能性がある。探せ」
男たちは周りの木の裏などを探し始め、桜利のもとに刻々と足音が近づいてくる。桜利は頭を抱え震えて身を隠し続けた。「早くどこかに行ってくれ」ただそれを願うばかりだった。
一人の男が桜利の木の裏をのぞこうとしたとき、どこからか爆発音がした。
「何事だ」
「隊長、本部との連絡が付きません」
「…地図を開け。今後の動きについて確認する」
桜利の手前にいた男は、木の裏を確認せずに離れていった。
桜利は木の裏から顔を出し周りを確認したが、先程の男たちの姿は見えない。桜利は慎重になりながら撃たれていた人たちのもとに向かった。倒れていたのは4人で、体からの出血は止まっていた。桜利がその体に触れると何も感じない。視線が受験生をとらえることでそれが死体なのだと理解させられた。
「ごめんよ」
何もしてあげられないことを謝罪し、桜利は進み始めると衝撃の光景を女にする。
雪道を進むと死体をあさっている男がいた。
桜利は呆然と立ち尽くしていたところを見つけられてしまう。
「何してる」
桜利は男の行動が理解できず質問した。
「何って、死体をあさっているだけだぞ。僕は死んだ人間の体が大好きなんだ」
「っう」
その発言に桜利は気持ち悪さを感じた。
「君はどんな顔をするのかな」
立ち上がった男は桜利の頬に向けて手を伸ばす。
「黙れ」
伸びた手は桜利によってはたき落とされる。
「おやおや、反抗的な子だな。いいよ」
男が桜利を掴もうとすると、その手をかわして桜利はバックステップで避ける。背負っていたナップサックを投げ捨て構える。桜利はできることならナイフがほしかったが柿沼に渡したままだったため素手で戦わなければいけなくなった。
「君が獲物を使わないなら僕もなしでいいよ」
男は自分の持っているナイフを地面に落とし、男の腕を桜利は冷静に避けて捌いていく。桜利と男には体格差があるため、桜利としては一回でも捕まったらその時点で反撃はほぼ不可能。
…捕まえられない
男は自分が目の前の少年の死体を簡単に遊べると思っていたが、そうはいかなかった。男がナイフを捨ててくれたことが桜利にとって功を奏した。素手と素手の戦いでは差はない。むしろ、桜利のほうが有利に立ち回り、男の大振りの拳を避けた桜利は作った握り拳を全力で振るった。
男の絶叫は桜利の耳に届かなかった。
桜利はその隙に地面に落ちたナイフとナップサックを拾い上げた。ナップサックの中からハンドガンを取り出し男に向ける。
「ひっ」
桜利の放った弾丸は男の左膝をとらえる。
「何されても文句はないだろ」
桜利の中ではこの男は死体で遊び自分を殺そうとした存在、殺してもいいと思った。右手に持ったナイフを男の左胸に突き刺した。
案外、それは柔らかい土にスコップを入れるような簡単な感覚だった。
目の前でもがく男も少ししたらパタリと動かなくなり倒れた。突き刺したナイフを男の体から抜くとじんわりと血が広がっていく。桜利はそれをじーっと見つめ、自分に時間がないことを思い出し、足を動かし始めた。
一歩目、足元の雪を踏みつける。
二歩目、足元の雪を踏み潰す。
三歩目、その足は地面から動くことはなかった。
「お前に味方はいない。お前の味方は…」
誰かもわからない声が桜利を振り返らせた。
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