第29話 彼だけが…すべてを超えて闇から手を伸ばす
ささやいたのは天使だろうか、それとも悪魔か何者か。そんなものは今の彼にはどうでもよい些細な事。桜利の目には現実だけが映し出された。
自分が殺したモノ
その光景は桜利の眼光を貫き光を失わせる。もう、その足は前に進むことはなくなった。まるでそこに目的の船があるかのように引き寄せられた。
「人殺しだ」
どこからともなく声が聞こえ、桜利は声の出どころを探した…が誰もいない。
「他人の人生を奪っておいて、どうしてのうのうと生きていられるのか理解できない」
桜利は背中からナイフを刺され倒れこんだ。
「立て」
執行官に腕を掴まれ桜利は立たされる。目の前に広がるのは群衆と、机をはさんで立っているギャベルを持った男がいる。ここがどこで、自分が今から何をされるのかなんてことは今の桜利にはどうでもよかった、それ以上に『群衆の視線』が桜利を刺し続けた。
カンカン
「静粛に」
静寂が訪れ、視線がさらに桜利を刺す。
「死刑だ」
静寂の中から出てきたその言葉は群衆の熱に火をつけた。会場からは鳴りやまないほどの熱い熱い『死刑コール』が桜利に浴びせられた。
カンカン
「静粛に」
群衆が静まると桜利の前に一人の女性が現れた。
「私の…息子を…息子を返してよ。あなたのせいで私の息子は…私の息子はぁぁぁ」
その発言にフロアのボルテージは最高潮を迎えた。
カンカン
「静粛に。被告人、何かあるか」
その場にいることさえ限界だった桜利に発言権が渡される。
「ごめんなさい」
その発言にフロアからは、割れるほどの暴言の嵐が帰ってくる。桜利はもう早く消えてなくなりたいと思い続ける。
カンカン
「静粛に」
高まった熱が一度抜ける。
「判決を下す。原告 赤宮桜利 死刑」
大歓声の中で真っ青な顔になる桜利は、まるで水の中に放り込まれたかのように目の前がぼやけ、だんだんと息ができなくなり始めた。群衆の視線はさらに重く鋭く、声は大きく低くなっていく。視線を下げるとじんわりと赤色が桜利の海の色を染めている。
「あKみや…おい、赤宮桜利」
桜利を呼ぶ声はだんだんと鮮明に桜利の耳に届き、紫の炎が桜利の世界を燃やし尽くした
桜利は理解が遅れ、ゆっくりと目の前の光景を理解し始める。
「おい、大丈夫か」
その声は桜利の涙腺を優しく崩した。
「がぎぬまぁさん」
鼻水をたらし、涙を流しながら、ずっと聞きたかったその声を聞けた安心感に桜利は体の力が抜け柿沼に体を預けようとしたがとどまった。
「え?その傷…」
柿沼の左手にはナイフが刺さっていた…桜利が先程、男を刺したナイフが。
「なーに気にするな。このくらいいいハンデだよ。それに傷なんていっぱいあるんだから」
そう言いながら柿沼はジャケットの右側を捲り、火傷傷の跡を桜利に見せる。そして、柿沼は右手で刺さったナイフを抜くと紫の炎で止血して見せる。
「この通り傷は治せる」
「え?直ってる?」
「あれ?説明してなかったか。これ、俺の能力」
桜利に見せた、左手の炎は柿沼の手から零れ落ちて消える。
「君以外には誰もいない感じ?」
桜利は頷く。
「そっか、こっちに向かう途中、俺も誰にも会わなかったからまた2人か」
その発言が桜利に引っかかった。
「あの、女の子に会いませんでしたか。俺よりも背が高くて髪の長い子」
「悪いが出会ってないな…知り合いでもいたか?」
桜利は柿沼に桐菜のことを説明したが柿沼はそれらしき人を見ていなかった。
「そういえば君、体に痛いところとかある?」
「右腕が少し、もっと言えば全身疲れてます」
柿沼は桜利の体を触り『くるくる、さらさら』と唱えると、触れている部分からゆっくりと全身に温かさが広がっていった。
「なんか体があったかい」
「詳しく話すと長くなるから省くけど、それ俺の能力なんだよね」
「何でもできちゃうんですね」
「俺のはちょっと特殊だからね。そしてこれを渡しておく」
柿沼は桜利に桐菜が見つけた鍵と同じ船の鍵を桜利に渡した。
「話を聞く限り、こいつがこの島を出る最後の望みみたいだから君に預けておくね」
「柿沼さんも一緒に行きましょう」
桜利は柿沼の右腕を掴み離さない。
「今ね…君にわかりやすく伝えると、この先の大きな問題になりかねない火種があるんだ。このまま放置しておくと最悪、国が消えかねないレベルのがね」
柿沼は桜利の手をそっと自分の腕からどかした。桜利はどかそうとした柿沼の左手から目が離せなかった。
「加えて、どうやら予想していた人たちとは別の人たちもいるみたい。だから、君とは別の方向に走らないといけない」
柿沼は桜利の肩を掴み、くるっと回して自分と反対方向へ向けさせる。ちょうど柿沼の目の前には桐菜を襲った男たちと同じ格好の者達がゾロゾロと現れる。
「勇気を振り絞って一歩前へ」
桜利が一歩踏み出すと二人の間に火の壁ができる。そこまでされて桜利はもう駄々をこねるのをやめた。
「先に行きます。でも、絶対に待ちます。あなたがくるまで」
声が炎の向こうに届かなかったことを知らず桜利は走り始めた。
「あんたらの目的は?」
柿沼の質問に大勢のうちの一人が答える。
「うん、わかった」
柿沼の判断は正しかった。桜利に刺された左手は止血こそしたが満足に動かせるような状態ではない。そんな状況で桜利と一緒になんてことは無理でしかない。
「頑張ればまだ、一緒に帰れるかな」
柿沼は小さな希望を抱いて刀を抜いた。
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