第25話 艶やかな紫の蝶

『エネルギー変換』


世間一般で柿沼の能力はそう呼ばれた。この能力は別の物質から発生したエネルギーを別のものに切り替えて利用する能力と理解されている。大抵の使われ方として『電力』を『火』に変換したりする。


「そこら辺の電線の電気からビームを出すような感じだよ」


この説明はエネルギー変換の能力を持つものがよく出す例えの話である。しかし、現実はそんなに簡単にできるわけではなく、この能力はエネルギーを変換する過程でエネルギーが漏れてしまいほとんどが無駄になってしまう扱いが非常に難しい能力だった。


また、一般にこの能力の変換元は何でもよく「エネルギーが発生する」ことが条件だった。そして、柿沼はこの特殊な能力の中でもさらに特殊で、変換元がそもそも決まっていた。



『太陽』



柿沼の言ってしまえばエネルギー源となっているものは太陽だった。太陽のエネルギーの仕組みを簡単に言えば『核融合』によって生み出されており、その異常なエネルギー量を柿沼はうまく調整し、必要な量はほとんど余すことなく変換することができるようになった。


『紫焔』



柿沼は艶やかな紫色の炎をそう呼んだ。










柿沼に向かって行く弾丸は紫の炎に優しく包まれていった。柿沼の周りを取り巻く紫色の炎は真っ暗な暗闇を幻想的な雰囲気に照らす。


「火の能力者か?」


「いーや、違う。エネルギー変換だ」


その答えを聞いた男は疑問に思う。


「エネルギー変換?もっとうまく嘘はつけるだろ」


「まぁ、そう思うよね。種明かしするなら変換元が太陽なんでね。ここまで言えばなんとなく掴めるんじゃない」


ここまで聞いてその場で唯一男は柿沼の能力について少し理解する。同時に、この目の前の男が異常なことも理解した。


「名は?」


「柿沼」


「偽名だろ」


「…紫仙紅葉」


「聞かない名前だな」


「世界が狭いんじゃないか?そっちの名は?」


「李」


「どうしてここを襲撃した?」


「…ここに、日本の優秀な学生が集まると情報を得たためどのような人材がいるのか、そして人材をいただくか、もしくはそれらを消すために襲撃した」


「…それが建前だとして本来の目的は?」


柿沼は十中八九、別の目的があると考えている。むしろ、そっちじゃなきゃおかしいとしか思えない。


「そんなものはない。先ほど言ったことが全てだ」


「確認したいんだが、本当にそれが目的なのか?」


「ここで生き残ったほうがすべてを手に入れられるのならば、俺はお前に興味がわいてきた。お前はなんだ?」


李の回答を聞くと、柿沼の中で情報の整理が行われる。滝の裏側で見たアレ。敵の目的はアレの情報を得ることだと柿沼は考えていたが実際は、違う。李の言ったことが嘘かもしれないが、もし本当だとした場合、自分があそこで見た光景はなんだったのかと考える。


「どうやら急用ができたらしい。帰ってくれない?」



柿沼の中に1つの仮説が浮かび上がった。



「その死体の山にお前の死体を加えてから帰るとする」


柿沼の問いに対して、李は部下に構えさせる。


「いいか、1人だからといって油断するな。お前らにも見えているだろうあの山が。油断したものからあの山の一部になると思え」


李は背中に背負っていた手斧を持つ。


「奴をあの山の一部にするぞ」


李の鼓舞に対して周りの兵士も呼応する。


「誰も1人にはさせない。みんな仲良く地獄行きさ」


李は手斧を構え突進する。柿沼は刀で受けるが体格差で押される。李は柿沼の倍近くの腕の太さを持った恵まれた体型に加えて、長年使いこんできた炎の能力で攻め続ける。逆に、柿沼は正面は刀で受け止めながら左右からの弾幕には紫焔を常時使い続け防いでいる。


「そんなに、炎を出しすぎるとガス欠になるぞ」


「あいにく俺の相棒は太陽ひかりなんでね。終わることを知らないんだ」


防戦一方の柿沼は、刀を空に放り、両手を開き親指の腹を合わせる。




「ゆらゆら、ふらふら、めらめら」




柿沼が唱えると、周りの炎から大量の紫色の蝶に変化する。紫色の蝶はふわふわと森を舞い周りの兵士のライフルに止まり羽を休める。


「紫蝶」


柿沼が手元の蝶を飛ばすと、羽を休めていた蝶たちは燃え始める。兵士たちは途端に持っていたライフルを地面に投げ捨てた。


「クッソ」


一瞬、判断の遅れた李は自身の炎で蝶を焼こうとするが、横から柿沼の刀が襲い掛かる。


「勝てるなんてそんな幻想を抱くなよ」


柿沼はライフルによる対処をする必要が無くなったことで、正面にだけ集中できるようになる。李に体格負けしているとはいえ、それ以外の点では柿沼は圧勝していた。剣術、体術、能力の精密度、そして経験値のどの点でも李は勝てる点はなかった。


「火力勝負で勝てると?」


少し離れた李は自身の能力である火を構える。李の中ではこれだけの能力の使用で柿沼の炎はもう限界だと判断した。


「もう限界だろ」


「そう、かもな」


互いの炎が勢いよくぶつかり合う。一瞬、互角まで持っていった李の赤色の火だったが柿沼の紫色の焔の前に飲み込まれてしまった。すぐさま近づき、柿沼が李の手斧をはじくと、腹を横に切り裂く。李の巨体がゆっくりと前に倒れていく。李は強く、さらに柿沼の強さに対して打てる手を全て打って柿沼と戦った。ただ、どれだけの工夫でもどうにもならないさがあっただけだった。


「どうする?まだやる?」


柿沼は周りの兵士に問いかけたのは、これ以上は時間と体力の無駄だと考えた。問われた兵士たちにも、もはや柿沼と戦う気力はなかった。戦う気がないのが分かると、柿沼はその場から離れ、残った兵士は死んでいったもののわずかな遺品を集め森の中へと消えていった。





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