第39話 狂い始める指針

桜利が風也の屋敷に運ばれてから六度日が沈み、七度目の日が顔を出した。未だに起きる気配を見せない桜利の横顔をネアは、じーっと見つめていた。その目元には、らしくもないクマが現れている。髪から滴る水滴が畳に垂れているのに気がつくのにネアは数分を要した。桜利が戻ってから毎朝、ネアは麓の神社で禊を行うようになっており、髪を拭くのを忘れていた。


「朝食できてますよ」


「ありがとうございます」


呼びにきた風也は目元にもほんのりとクマが見えている。風也も、屋敷に戻ってから極端に睡眠時間を減らしていた。2人は、大量の資料が散らばった部屋で朝食をとり始める。


「...起きてこないですね。桜利さん」


「そもそも生きているのかもわからないからね。祈ることしか今はできないかな」


「なかなか受け入れがたい状況ですね」


食事の間に会話を挟みながら、2人の視線は手元の資料に向けられていた。桜利を運んだその日から何が起きたかの整理が始まっていた。


「しかし、紅葉先生もよくここまでの量の情報を桜利さんに持たせる判断、それと自分が死ぬなんて判断をしましたよね。私なら一緒に戻れるような選択をしますけど、なぜその選択をしたのでしょうか?」


「そもそも『自分で死ぬ』なんて、普通は選択として取らないでしょ。その理由も考えないといけないや」


ネアの問いかけに、風也は額を覆うようにして答えた。


「一旦、情報をまとめませんか。多分、ここらで情報整理しといたほうがいいかと」


「そうだね」


風也が手元のリモコンからモニターの画面をつけ、島の予想図を出した。


「桜利君が受験した島は太平洋に浮かぶ島だ。ここで試験が実施された。今回は、予定所刻をオーバーして試験が始まった」


「試験が遅れた理由が不明なのはどう思われますか?私としては、何かしらこの遅延がカギになっているのではないかと」


ネアとしてはここに引っかかる部分がある。時間の遅れがかなりのものだったことに違和感を感じていた。


「それに関しては、何かあるとは思っているけど、船の故障、出航時の海の様子、その他人為的、機械的な要因。理由として考えられるものが多いから後回しかな」


風也はネアの意見に答えた。


「そして、試験は順調に進んでいったが、謎の部隊が上陸。大規模な戦闘になった」


「ここの映像だけだとかなり激しい戦闘ですよね。よくデータが残っていますよね」


「カメラの破壊がされていなかったのは、運がよかったとしか言えないね」


モニターには上陸したタイミングでの戦闘の様子が映し出されている。とてもではないが、人数の差で苦戦を強いられていたのが伝わってくる。


「そして、本部の襲撃」


C地点での一方的な蹂躙の映像が見られる。映像のデータはここで終わっていた。


「あくまで、断片的なものが多いけど、それでも他の資料と合わせればある程度の仮説は立てられると思う。ネア君としては、今回のこれをどう見る?」


「組織的に行われているのは明白ですね。ただ、どうも都合の良いように進められている気もします。特に、最後の襲撃映像の場所にはほぼすべての受験者が固まっていた。本来、時間を競う試験においては少し違和感を感じます」


「それについては同意。ただ、紅葉先生の資料にあった『C地点での試験内容』を見る限り一応の整合性も見える」


USBデータの中にはC地点では受験者の個人の能力をインターバルを挟んで連続しようさせる課題と示されていた。風也もネアも内容自体を疑いはするが、これが何につながるかまではわからなかった。


「桜利さんが起きてくれれば一番早いんですけど…」


「そうだね。花守先生も今いない状態だし。しばらくは2人で仮説立てかな。学校側からは?」


「以前のメール以外は来ていませんね」


桜利が帰ってきた次の日、ネアの元には試験運営からのメールが届いていた。内容としては「事故により船の出航が遅れており、帰宅が遅くなることご理解ください」とのことだった。


「これ運営側どうする気なんですかね?」


柿沼から送られた資料により事実を知っている側からするとこの件に関してどのように結論づけて発表するのか、ネアは気になるところだった。


「このレベルだと学校単位ではなくてその上の、国レベルでの問題になりそうだけどね。もしくは、隠蔽するかもしれないけど…」


風也は隠蔽のことを口には出したが、あまりにも大人数が関わっていることから、ありえないと踏んでいる。


「先生も私の考えと似た感じですよね」


風也は首を縦に振り、互いに「それじゃあ作業に戻りますか」とアイコンタクトを交わすと、再び2人は情報の渦に踏み込んでいった。








ネアと風也が情報に頭を抱えているその日、一つの議案が国連に提出された。


『日本国が戦略破壊兵器もしくは、それに準ずる兵器の保有をしており、その存在は世界の平和を脅かしかねない』


このような趣旨の議題が提出された。日本の国連大使は、この議題に対して、「慎重かつ正確な情報が必要」と説明し、回答に時間を要することを求めた。対して、議題を提出した東アジア共和国は『第三者による正確な調査と判断』が必要とし調査員の派遣を要求した。両者の発言に対して、国連では様々な意見が飛び交い、長時間の議論が行われた。


「この議案に関しては、事実次第ではアジアそして世界の平和に対して大きな影響を与えかねない。それらを考慮し、各国の情勢を踏まえ、大英連合国より調査員の派遣を行い、調査及び事実の報告を行うこととする」



自国の運命を他国に握られるという最悪のシナリオの幕開けでその日は終わった。


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