第38話 また、間に合わなかった

福島県にある大きな公園。深夜3時を過ぎた頃に少し朝の散歩には早いのではないかと思った男、鷲宮風也は警戒しながら公園内を歩く。車で数時間程かけてここまで来たのはとある人物からの連絡が理由だった。


「貴様のところの生徒を預かっているから、回収しに来い。場所は...」


といった連絡を受けて急いで車を走らせてきた。その数十分ほど前にネアから「桜利の帰宅が遅れる」といったメールを受け取った風也としては何かあると考えネアには連絡せずに単身で向かった。


「ここか」


指定されていた場所にたどり着く。


「いるか」


風也が何もない空間に問いかけるとそこから魔女は現れた。


「久しいな」


「最後に会ったのは...結婚式以来かな?」


「どうだろうな」


「それで、預かっているうちの生徒はどこに?」


風也が問いかけると空間から桜利が浮いて出てきた。その状態の桜利を見て風也は驚いた。


「これはどういうこと?彼は生きているの」


「わからない。もともと私がその子供に出会ったときには、心臓は止まっており、動かせるか試してみて、動いたから貴様を呼んだまでだ。この先、起きるかどうかは私の知るところではないな」


その話を聞いて、「止まった心臓を動かした」という発言に風也は耳を疑った。


「それって、心肺蘇生...ではないよね?」


「完全に息の止まった死体からだな」


その発言に風也は息を飲んだ。本来、死者蘇生なんてものは行えるものではない。例え、それが可能な技術だとしても使うべきものではないと風也は教えられているし、その意見に賛同している。


「複雑だなぁ。何とも言えないかな」


ただ、それがなければ桜利が死んでいたと考えると、風也は何も言えない。触れる桜利の頬に温かさはなかった。


「桜利君の事についてはわかったけど、何があってこうなったんだ?そもそも試験は?」


風也は次の質問を魔女にぶつける。いくら、試験とは言え、受験生が死ぬなんてそれは試験とは言えない。


「それに関してはその子供のポケットの中に貴様の関係者の、あー何だっけ...そう、紫仙だ。紫仙が何か入れてたぞ」


風也が桜利のポケットを探ると5本のUSBが入っていた。


「あと、これもプレゼントだ」


風也は魔女から大量のコピー用紙をもらう。そこには、おそらく受験者であろう人物の情報が事細かに記載されていた。


「これ何?」


「貴様の関係者がデータを抽出している間に記憶しておいたものを書き写しただけのものだ」


「どうやって作ったんだこれ?」


「魔法の力って奴だな」


ティーカップを優雅に取り出し空中に座りながらお茶をすする魔女を横に風也は資料をパラパラとめくる。


「前から思っていたんだけど、魔法ってどうやって使うものなの?」


「わかりやすく言うなら、『魔力』自体はその辺にあるからそれを認知できる奴は魔法が使える。認知できないやつは使えない。これだけの話だな。魔力自体は石油みたいなかたちで、空中とかにあるからな」


「今までに認知した人はいるの?」


「...数人。ただ、魔力を認知してもそのあとに構築の作業が入るから普通は無理だな。構築が下手だと爆発しかねないし、扱えたとしてもうまく組み換えることは難しいからな」


「魔力って枯渇しないの?」


「貴様が1人で地球の石油を使って枯渇することはあるのか?」


いくら、石油不足、資源不足が叫ばれてもそれは地球規模で考えての話。たった1人の人間がすべて使うことなど、先に寿命が枯渇することだろうと納得した。


「ごめん。聞き忘れてたけど紅葉先生はどこ?」


「おそらく、死んだだろうな」


「は?」


資料を落とした風也の声にはいろんな感情が混ざっていた。


「助けれなかったのか?」


「いや、助けなかった。あれを救うのは私の信念に反するからな」


その発言に、風也は冷静にはなれなかった。


「その崇高な信念のために敵を作るかもしれないぞ」


風也の発言に魔女は爆笑をかます。


「貴様、勝てると思っているのか」


「むしろ、勝ちのほうが見えているよ」


風也の眼光は、歴戦の兵のものだった。




「紫仙は私に願った。貴様にこの子供を届けてほしいと、紫色の眼を光らせながらな」




その発言に風也の怒りがスッと抜けてしまった。


「私は歴史に介入する気はない。私があいつを殺すのは歴史を大きく変えてしまう。あいつの行動は、歴史を大きく変えた」


魔女の発言を聞いて、風也は完全に落ち着き、自分の行動を反省した。


「そう、先程の発言は無礼で傲慢だった。申し訳ない」


「面白いものを見せてもらったんだ。別に怒りもしないさ。むしろ、戦たいくらいだが?」


「遠慮しておくよ。どうせ、今は全力を出せないし」


「では、また今度にしよう」


そう言い残すと魔女は闇夜に溶けて消えていった。残された風也は桜利を担ぎ、車に向かった。桜利を後ろに寝かせると、携帯を取り出し電話をかける。


「もしもし、ネア君起きてるね。今いろいろとあったんだけど桜利君の身柄自体は確保できました。それで、今福島のあたりにいるんだけど、事情はともかくとして一旦、屋敷に連れて行こうと思うから向かってくれるかな。うん、任せるね」


電話先のネアは事情は深く聞かず、風也の言われる通りに動いた。風也はエンジンをかけて車を走らせる。








「俺はあの人に対して何かしてあげられたのでしょうか」


風也はふと、以前紫仙から言われた言葉を思い出した。その時、どのような回答をしたかはもう覚えていない。


「むしろ、こっちが聞きたいくらいだよ。私は何か授けることはできたかい?」


うるんだ眼をこすりながら、誰にも聞かれぬよう小声で問いかけた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る